Chapter2

【強襲揚陸艦アサヒ 艦長室】


「艦長、入ります」


「入れ」


 短く伝えるとブラッディのいる艦長室に入ってきたのはいつも通りこの艦の主要メンバーであるアキナ・ムラサメ、イーサン・ヒート、先任曹長、マジメンの4名だった。



「皆座ってくれ。」


 全員が敬礼をして各自近くの椅子に座ると現状の報告と今後の方針を確認するための幹部会議を始めた。


「艦長、スターフォースワンの乗組員及び市民への情報収集がある程度終わりましたので報告します。」


 ムラサメはそう言って腕に着けている端末を操作するとホロモニターが出現し資料が映し出される。


「まず、スターフォースワンに収容されていた市民は2.587名でした。そのうち怪我人ですが重軽傷含めて1.150名、大統領がエデンから逃げ延びる際、リストを作ってくださいましたので状況把握にさほど時間はかかりませんでした、そのリストの中にアサヒに乗船しているクルーの親族や所縁ある者が何組か居ますがクルーに伝えますか?」


 ブラッディは艦長帽を深く被り直し一考すると答えを出す。


「まだクルーには伏せておけ、市民には現在任務中の為面会出来ないがフレアに着いたら時間を与える旨伝えろ、あと……。」


 ブラッディは胸元から電子タバコを取り出し一服するとこう言った。


「その市民の中に重傷者がいる場合のみ例外として面会を許可する、対象者はムラサメに一任する。」


 ムラサメはその言葉に安堵の溜息と同時になんとも言えない微笑みを返しつつ敬礼する。


「マジメン、フレアまであとどれくらいだ?」


「はい、アサヒの長距離ドライブの準備が終わるまで後2時間程で完了します、スターフォースワンの方も同程度の時間でドライブ出来るかと、その後は航路通り行ければ7日程度の距離になります。」


 マジメンは手元の資料に目を通し、空で何かを弾く動作をしつつ答える。


 ブラッディはその言葉に肯き、電子タバコをさらに吸うと紫炎を吐いた。


 マジメンは「後一つ、お伝えしたいことが……」と手でジェスチャーして発言をする。


「ダストに関してですがムラサメ少佐がスターフォースワンの方で手に入れた資料を基にダストの規模と生態を推測してみましたのでお伝えしたいのですが……って皆さんどうしたんです?そんな惚けた顔で見て。」


 その場にいる全員はその言葉を聞き顔を一斉にマジメンの方に向ける。


「さすがマジメンロボ、その情報を待ってたんだ勿体ぶんないで早く教えろ!」


 イーサンがマジメンの肩を小突くとマジメンは嫌そうな顔をするが全員マジメンに「早く言え!」とせがむような目線を送る。


 皆の関心が向くのも無理もない、この場にいる全員が軍人であり、戦闘状態にも関わらず組織の中枢は崩壊、その他の部隊はほぼ壊滅したと考えてよく、まさしく敵陣地で孤立したワンマンアーミーといった状況がこの強襲揚陸艦アサヒなのだ。


 挙句、戦闘している敵の正体、規模、開戦理由等々、すべての情報が足りておらず背中には銀河連邦の最高権力者と数千人の民間人を抱えている。


 なんの絵が描いてあるジグソーパズルを解いているかわからない状況でマジメン一人がそのパズルに対してヒントになるかもしれない仮説を持っている、しかもここにいる皆「マジメンが言うことなのだから間違う確率は低い。」と思っているため、この状況も仕方ないと言えた。


 マジメンは視線の一斉射撃をくらいたじろぐが咳払いをして話し始める。


「まずこの映像を見てくださいこれは大統領がカーネル国務長官から託されたメモリースティックにオートセーブされていた地上の様子です。大統領がエデンを飛び立つ数十分前まで更新されていました。」


 マジメンが動画を再生すると映像はエデンの首都が燃えている様子から始まる。


 逃げ惑う人は後ろから迫りくる全長2メートルから3メートルの赤黒い生物。


 その姿は蟻とカマキリを混ぜたような見た目をしており強靭な前足で逃げ惑う人々を切り裂き前進する。


 首都を防衛していたBT部隊も逃げ惑う民衆を護ろうと奮闘しているが圧倒的な物量の前に一機、また一機と複数のダストに囲まれ津波に流されるかの如く脚を取られ地面に倒れ、そこからは見るに耐えない映像が続く。

 

 6〜7メートルあるBTの腕や脚に絡みつき関節部に強靭な前足でダメージを与えるとBS LINKしているパイロットは痛みに悶え振り解こうとするが関節分の蓄積ダメージで思うように動かず、BTの動力源である人工血液を噴出し辺りが血の海になると潤滑血液がオーバーフロー枯渇状況に陥った機体は動きを止め、操縦席にいるライダーはBTに搭載されているセーフティーが働きBS LINKが強制的に切断され、自分を守ってくれるはずの愛機はライダーのとなった。


 もちろんBS LINKが解除されてしまったあとコックピットハッチをパージして脱出をすることも出来るのだが辺りにはダストどもがウヨウヨとしており脱出した所で斬り刻まれるのがオチなのが分かっている為、当人はダストが見逃してくれるのを祈るか、助けが来るのを待つことしか出来ない。


 ダストは動かなくなったBTを狙いすましたかのようにコックピットにむかって集中砲火を開始する。


 いくらBTの装甲がライダーの安全を考え1番分厚い装甲に覆われているとはいえ、ダストの強靭な前脚と顎の攻撃を何度も受けると少しずつ装甲が変形していきライダーはなす術もなく泣き叫びながら肉片に変えられてしまった。


「惨すぎる。」


 そういって口元を抑えるムラサメは

 逆流してくる胃液をなんとか我慢すると画面から目を逸らす。

 ブラッディはそんな彼女を一瞥し、ムラサメに対して言う。


「目を逸らさず観ておけこれが我々の敵だ。」


 そう激励するとムラサメは逡巡しつつ逸らした目を画面に戻した。


「これを観てください、ダストは一見すると無秩序に進行してきているように見えますが、俯瞰で見ると戦線を引き縦陣を引いています。」


 マジメンはダストの布陣が見える俯瞰視点へと画面を変える。


「この布陣は……相手は完全包囲ができるのにもかかわらず一箇所だけ包囲に穴を空けている?」


 先ほどまでと打って変わり画面を食い入る様に見つめるムラサメは少しの思考のうちハッとした表情をしてマジメンを見た。


「まさか?!マジメン大尉!首都全域が見渡せる映像はありますか?」


「はい、こちらです」


「やはり!敵の狙いは銀河連邦軍司令部です!」


 ムラサメの叫びにブラッティ以外の全員はハッとした表情を浮かべ再度画面に向き直る。


「……なるほど、最初に人口密集地を攻撃する事で混乱を誘い、防衛隊の予備兵力を混乱している所に割かせる事で本丸を無防備にしたと。」


 先任曹長は一つ頷くと顎に手を置き解説する。


 ムラサメと先任曹長の予想は的中し、数分と立たず司令部が灰塵に帰すとそこで映像は途切れた。


「これでダストには戦術を理解する知能があるというのが確定しましたな。」


「薄々感づいてはいたが目の当たりにすると信じたくないな、あの物量で戦術を使うとなると厳しくなる。


「司令部がやられて、オートセーブ機能が停止した為、地上戦の映像はここまでとなっております。次は大統領が宇宙に上がった際、目撃した宇宙空間の映像になります。」


「まだあるのか、これ以上酷い映像じゃないことを祈るぜ。」


 イーサンは目線を虚空に逃すと渇いた笑いを浮かべるが現実はままならないものであり、ホロモニターに映し出されたのはスターフォースワンがエデン脱出時に撮影した映像だった。


「こいつはかなり多いな……。」


 映像に映っていたのは青い星の周りに無数の黒点が浮かんでおり、惑星を侵略する為に次々と大気圏へと突入していく。


 残存していた銀河連邦軍の宇宙船が数隻の艦隊を組みスターフォースワンを横切るとダストの群れに特攻を仕掛けるべく飛び込んで行くがそれを察知したダストの群れは次々に軍艦に突撃を仕掛けると強靭な顎門で艦橋や砲身を噛み切り、まだ遭遇したことのないダストの個体だろう数匹は粒子ビームの雨を降らせる。


 数分間の抵抗の後、銀河連邦軍の艦船は瞬く間に爆発轟沈した所で映像は途切れた。


「……連邦第一艦隊がなす術もないまま壊滅……?」


「……マジメン大尉、連中の総数は?」


「解析ソフトで調べた所、映っている部分だけで数十万匹、惑星を取り囲む程になると数億規模になるかと」


 マジメンの言葉に全員が絶句する。


「こりゃ無理だ勝てる戦じゃない戦力が違いすぎる……。」


 そう発言するのはイーサンだった。

 そう思うのも無理はないそもそも物量が違いすぎるのだ、銀河連邦の総戦力を合わせてやっとトントンになるかどうかの戦力を持ち、大統領が持ち出した情報を確認するにダストは統率の取れていない獣ではなく、何かしらの意思でこの銀河を蹂躙していると考えられる。


 戦争とは資源や利権問題、イデオロギーの違いや民族問題など様々あり、基本的にその国ごとに勝利条件があるものであるが今回の相手は目的を持ち、この銀河連邦を攻撃しているというのは間違いないがその目的がわからないのだ。


 よって和平交渉や停戦というのは見込みが薄く、そもそも相手が使っているコミニュケーション方法が我々の知っている言語なのか、はたまた言語ではなくテレパシーの類である可能性もあり、現状見当もつかない。


「これは戦争ですらないな、ただの虐殺だ。」


 イーサンの呟きにマジメンは肯き手元の端末を操作すると次の動画に切り替えた。


「問題はこの映像の最後の部分に映っている超巨大宇宙船です、解析ソフトによると直径1000キロメートルにも及ぶ、惑星クラスのバケモノです。」


 拡大された画像に映し出されていたのは宇宙空間を埋め尽くす赤黒い影のおくで鈍く明滅する楕円形の飛行物体であり、無機質と有機物の間を取った様な質感は、人間にとってそれを宇宙船と呼ぶにはいささはばかられるような見た目をしている。


「これがダストの母艦か?」


 ブラッティの問いにマジメンは神妙な面持ちで「可能性の話ですが」と付け加える。


「……この惑星級宇宙船をこれよりダストボックスと命名します。」


「そりゃ随分とデカいゴミ箱だな。」


 マジメンが突然言った一言にイーサンがツッコミを入れると小さな笑いが起こる。


 ブラッティはその姿を見てマジメンがこの絶望的な空気を少しでも和らげようと発した言葉だと思い、部下の気遣いに感謝しようとマジメンの方に目を向けるが、マジメンはただ自分の中でピッタリなネーミングだと思い言っただけでウケを狙ったものではなく、なぜ皆が笑っているのかわからないと言った様子で首を傾げており、ブラッティは心の中でマジメンの人物表に“天然ボケ”という項目を追加した。


「マジメン他になにか分かったことはないのか?」


「あ、はい。映像に映っていたダストの個体についてですが、ダストと一括りにするには個体差が大きいのでムラサメ少佐と相談し、交戦経験がある個体と観測したものに関しては個体識別名を付与してアサヒとスターフォースワンのデータリンクを同期化しております。」


 マジメンはそういうと艦長室の壁を三回叩きモニターを出現させ、個体識別名と3Dモデリングされたダストを画面に映し出した。



 ・ビートル甲虫型

 パープル小隊が交戦しサンプルを採取したアサヒにとって最初のダスト型。

 全身を装甲で覆っており、甲虫類に似ていることから付けられた。


 個体差はあるが全長4メートル程度。

 連邦軍のBTに配備されている90ミリガンポットの直撃を2〜3発程度耐えており、かなりの強度であると考えられる。

 現在残留サンプルより装甲材質を調査中である。


 ウィークポイントは頭部にありそれを撃ち抜くまで活動可能の様である。

 カイルとアルベルトが撃墜した個体は頭部が半分弾け飛んでいたが、活動していた為中途半端な破壊ではなく確実に頭部内にあるコア部分を潰す必要がある様だ。


 戦闘方法としてはコア部分の破壊又は手足及び背部にある羽根部分を破壊し動きを止める事が重要であると考える。


 尚、宇宙空間で羽根を使って移動できる原理に関しては調査中であるが宇宙空間にあるイオンあるいは粒子を用いた作用で動いている可能性がある。



 ・アント蟻型


 アサヒのクルーはまだ戦闘経験はないが先ほど見た映像の中で地上を蹂躙していたカマキリとアリを足したような見た目のダスト。


 多少の個体差はあるが全長は3メートル程度であり接近して前足の鎌と強靭な牙で目標を切り裂く。

 大気圏突入時は数匹で固まり大気圏突入カプセルのような見た目を形成して摩擦熱を防御しているようである。

 ビートル型のように装甲が厚い訳ではないため歩兵装備のロケットランチャー、対戦車砲、ミサイル、BTのガンポットで対抗できるようであるが

 問題点として相手は圧倒的物量で侵攻し多少の被害は物ともせず接近戦を仕掛けてくることであり、アント型に囲まれた場合はその時点で数で押し切られると考えたほうが良い。



 ・クラブ蟹型

 エデン攻防戦の映像に出てきた蟹型のダスト

 特攻を仕掛けたエデン防衛艦隊を遠距離から粒子砲撃で撃沈させた。

 全長は8メートル程度で両腕にあるハサミから粒子を圧縮した砲撃をする。

 その攻撃力は映像から推測するに巡洋艦クラスの艦船を一発で中破させる程の威力がある。


 個体数は他の個体より少ないが射程が長い為少ない個体でビートル型が手こずる大型目標を攻撃する。

 尚、攻撃力が強い代わりに運動性はBTの戦闘速度より劣る為、BT隊か戦闘機にクラブ型を叩かせる方法が有効である可能性がある。


 ・モス蛾型

 ダストボックスの近くに密集しており拡大した映像では大きく広げられた翼形状の部分からビートル型を放出しており母艦のような扱いを受けているようである。

 尚、翼形状の上部には特殊な粒子を放出しており巡洋艦クラスの実体弾、エネルギー弾を弾く防御フィールドを発生しているようである。


 ・ダストボックス《ダスト巨大宇宙母船》

 六角形の形をしたダストの宇宙母船1000キロにも及ぶ超大型母船。

 ダストのマザーシップと目されているが全容はまだ調査中であり詳しいことは解っていない。



「現状でわかっている敵の戦力は以上になります。」


 マジメンはお辞儀をしてモニターの前から一歩退く。

 ブラッティは頷きモニターを静かに睨みつけ思考を巡らせた。


 どのようにして戦うのか、兵站は、こちら側に増援はあるのか、エデンを攻めてきた一団が敵戦力の全てなのか。

 様々なシミュレーションを行ってみるがいくら歴戦の猛者であったとしても勝ち筋が見当たらない。


 没頭していた思考から帰ってきたとき艦長室は静寂に包まれており

 周りの人間がブラッティのことを気遣って黙っていたのだと察し、電子タバコのスイッチを入れて一服すると紫煙を吐き出す。


「今分かることは現状の戦力で太刀打ちできる相手ではないということだな。皆ひとまずは惑星フレアを目指すことに異議はなかろう?」


 ブラッティはそう話を振るとその場にいた全員頷き返す。


「よろしい、イーサンはBT部隊と艦載機隊の再編成を急がせてくれ。先任曹長は引き続きCDCを任せる。」


 マジメンには敵の分析とブリッジのまとめ役を任せ、ムラサメには引き続きスターフォースワンにて大統領の補佐とアサヒのパイプ役を任せることにする。


 会議も一区切りついたところで解散し、この場に残ったのは先任曹長とブラッティの二人。


「先任、一杯付き合え。」


「勤務中ですぞ、艦長。」


「何を今更、第一中央の連中が居ないのに、規則違反をどこに報告する気だ?」


「……やれやれ、ご相伴に預からせて頂こうかな。」


 ブラッディはグラスを二つ取り出すと棚の奥から半分程度空いているウィスキーを取り出して机の上に置き、グラスに1/4程度注いだ。


「マッカラン?こんなものを隠し持っていたのか。」


「ただのマッカランじゃないぞ、30年ものだ。」


 先任曹長は驚いた顔をして、グラスを持ち匂いを嗅ぐとツンッと鼻に抜けるアルコールの香りに頬を緩めた。


「……何に乾杯するんだ?」


 先任の問いにブラッティは一瞬思考し、今は亡き図々しい“戦友”の顔を思い浮かべ、そういえば奴をとむらってなかったなと思い出す。


「……カーネル・マグライアに。」


「……カーネル・マグライアに……。」


 目線近くまであげたグラスを静かに打ち付け、口元に運ぶと二人は40度を超えたアルコールを一気に流し込む。


 それなりに高いウイスキーだと言うのに、一気に飲んでしまうとそれは戦地で飲んだ安酒と変わらず、食道から胃の粘膜まで染み渡るアルコールの刺激に二人は酔いしれた。


「艦長は、先程あった大統領の演説を聞きましたかな?」


「……あぁ、聴いたよ。大した役者だよ彼女はカーネルが可愛がっていたのもわかる。」


「あの演説が後に響かないと良いがな……。」


「恒星系エデンを離脱して二週間、奴等ダストの反応がピタリと止んでます。ローカルな無線通信とは言え、ここまで廃れず残っていたのは構造的に簡単で、さらに信頼性が高かったからです。ですがB粒子通信をジャミングできる技術を持つ連中が、無線通信なんて古典的な技術を見逃すものでしょうか?」


「いや、奴らは必ず気が付いている。……その上で我々を見逃しているのか?」


 二人の会話と酒は明けない深淵不安と星々の煌めきをアテにしてしばらく続いた。







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