Chapter1
【スターフォースワン 大会議室】
会場は数百人は入るであろうスターフォースワンの大部屋に簡易的に作られた舞台があり、周りには所狭しと民間人や臨時政府の関係者、撮影スタッフがカメラやら照明やらを持って待ち構えている。
民間人は不安と希望の入り混じった表情で壇上を見つめ、会場は異様な空気感を醸し出していた。
「はぁ、やっぱ俺隊長向いてないわ……。」
スタッフがグレース大統領の耳元で何かを伝えると、アルベルト達に目で合図して一足先に舞台に向かって歩き出す。
会場中央のホロモニターに銀河連邦とエデンの星旗が映し出されており、グレースは壇上に上がる前に旗の方向を向き、手を胸に当て一礼すると壇上に上がった。
「この放送を聴いている銀河連邦の皆さん、私はグレースケラー銀河連邦議員です。現政権の教育長官をしておりましたが私以外全ての閣僚が死亡、又は行方不明の為、銀河連邦憲章有事特例第三条二項が適用され大統領継承順位15位の私が繰り上がりで臨時政府を預かる立場、即ち大統領をしております。現在はダストの進行により惑星エデンは陥落し、皆様と同じ宇宙を放浪する身になっております。」
授与式はそんな衝撃的な事実から始まった。
「閣僚がエデンを脱出する道中、奴らの襲撃に遭い、私は他の閣僚が乗っていた物とは別のトランスポーターに乗っていた為無事でしたが、ファースト大統領と閣僚の大半が死亡又は重傷、私は生き残った者と助けられるだけの民間人を連れてスターフォースワンでエデンを脱出しました。そこからは現在もダストに対して抵抗しているという一縷の望みにかけて惑星フレアを目指し途方もない旅を続けております……。」
そこからの話は知っての通りアルベルトたちが遭遇したスターフォースワンの救出劇に繋がる。
グレースの演説は熱を増していきアルベルトたちへ贈られる勲章の話へと進んでいった。
「それでは数千体のダストに囲まれたスターフォースワンを助ける為、たった三機のBTで立ち向かった英雄をご紹介します!」
いかにも芝居がかった身振りで舞台の
「まったく、仮にも隊長なんだからしっかりしなさいよ……!」
「し、仕方ないだろ!舞台に上がるのなんて初等教育の時以来なんだよ!……あと仮にじゃねぇ!正式に俺が隊長だ!」
「はぁ。男ってなんでこういう時口だけ達者なんだか。……隊長、手出して。」
「はぁ?」
「いいから早く!!」
アルベルトの右手を引きちぎるみたいな速度で掴むと、あまりの痛さに踏み潰されたヒキガエルのような声が出るが、アイリスは構わずアルベルトの掌に×印を書くとその手を包み込み小声で何やら呪文を呟き始めた。
その姿を見ていたカイルは一瞬驚愕の表情を浮かべるが、すぐさまニヤケ顔を浮かべ「お楽しみのようだし俺先いくわ」と言って舞台へと歩いて行く。
いきなりの行動に面食らったアルベルトだったがさっきまで痛かったはずの右手に感じる温もりでハッとする。
アイリスの色白の肌と握ったら折れてしまいそうな指は、なんの手入れもしておらず、訓練や任務で酷使しているアルベルトの手と比べても違う生き物の手なのではないかと思えてくる。
二十数年間生きてきて、女性と浮いた話など一度もなかったアルベルトにとってそれはドキドキすると言った感情ではなく、真っ先に浮かんできたのは“不思議”という感情だった。
「早く飲んで。」
「…はぁ?」
「おまじないしたんだから!早く飲んで!!」
「飲むってどうやって……ブハッ?!!」
不思議な感覚に浸っていたアルベルトの精神を引き戻すかの如く、アイリスはアルベルトの右手を両手で掴み、顔の方へ思いっきり持ち上げ、力の抜けていた自身の手が顔面に直撃すると乾いた音が舞台に響き、会場にいる全員の視線が音の方向を注視する。
しばらくの沈黙の後、澄まし顔のアイリスと右頬に掌の跡をつけたアルベルトが舞台に出てくると会場はなんとも言えない空気感に包まれた。
「……よって、ここにいるパープル小隊に私からブラッドスター勲章を贈呈します。アルベルトアダムス少尉前へ!」
自分の名前が呼ばれグレースの待つ方へと進み出る。
アルベルトは今更、内心の緊張を隠そうとするがカイルの横を通り過ぎる時右頬を指しながら「イケてるぜ。」と小声で茶化され、緊張と恥ずかしさを上乗せされながら頬をさすり礼装の襟を正した。
「アルベルト少尉貴方に鮮血の女神のお導きが有らんことを。」
胸に付けられた赤と金色で彩られた勲章を確認すると一歩下がり敬礼する。
返礼するグレースの微笑みはこの先アルベルトたちが巻き込まれる波乱を見透かしての事だったのかもしれない。
アルベルトに続きアイリス、カイルの二人も授与を受け定位置に戻るとグレースは銀河に住む人間全てに向けて演説を開始した。
「この放送を聴いている皆さんの状況は様々だと思います。宇宙船の中で不安な者、ダストに包囲され怯える者、今は大丈夫でも次は自分たちの星かもしれないと息巻く者……我々人類は絶望の淵に立たされています。」
その言葉をその場に居合わせた者、放送を観ている者たちはどんな感情で聞いたのか、アルベルトには想像しかできない。
人類はこの数週間で失ったモノが大きすぎるのだ、それでも次にグレースから発された言葉は人類にとって大きな呪いにも似た命令だった。
「……この場にいる皆様、放送を観ている皆様。私、グレースケラーはこの銀河に生きる人類に向けて大統領権限22項を行使し、Galaxy Federation order《銀河連邦命令》を宣言します。」
空調の音が響く会場にグレースは愛しみの微笑みを浮かべ言葉を繋げた。
「この混沌とした銀河で絶望の淵に立たされたあなた方が『この世は地獄だ』と嘆いたとしても、『死んだ方がマシだ』と憂いたとしても……それでも“あなた方”は生きぬいて下さい。」
会場のライトは整った顔立ちとエデンに古くから伝わる民族衣装を現代に合うようにアレンジされた礼服が相まって人々を魅了し、グレースは屈託のない微笑みで呟く。
「人類は今、先の見えない暗闇に居ます、大切な人を亡くし、帰る場所を失い、正体の分からない悪意に生命が踏みにじられようとしています。ですが、我々は生き残らなくてはなりません。たとえ綺麗事だったとしても……今、生きている我々は、死んだ者たちの生きたかった今日に居る。守りたかった未来に生きている。だから生きなくてはならないのです。ですからどうか皆様……生きてください。」
政治家とは元来、人民に対して真実を言うのではなく、真実や問題から人民の目線を遠ざける事で平和な世界を演出して人間社会を回すものだ。
その価値観からすると彼女が語った事は、政治家の演説としては二流以下のものだっただろう。
どうしょうもなく正論であり、誰もが直視したくなかった真実を彼女は語ったのだから。
ただその実直さは、吹き荒ぶ嵐の隙間に見えた太陽の如く煌き、人々に晴れた空を思い出させた。
誰にも頼れず先の見えない絶望の中で終わりを待ち、その真実から目を逸らしていた人々にとってグレースが放った希望という言の葉は人々を奮い立たせるのに十分だった。
「理不尽な暴力で多くの命を失っても尚、立ち上がり生き抜こうとする者達よ、“星々の導き手が指し示す航路でこれに従え。”この祈りが皆様の真の安寧となる日が来ますように鮮血の女神のお導きが有らんことを。」
グレースは演説の最後にエデン神話の第一章から一部文章を引用し、銀河連邦で最も信徒が多いエデン教に伝わる祈りのポーズを取る。
《エデン銀河連邦》に属する者なら誰もが聴き馴染みがある祈り文句と行動を行ったことでその場に居た誰もがその祈り文句に対して次に口にするべき返事を頭の中に思い浮かべた。
会場の誰が1番初めにし始めたのかわからない、1人が口にした言葉が一雫の波紋を呼び、細波の様に広がってからは、その場にいる者全員が跪き一斉に祈りの最後にする返答をした。
「「
グレースがマイクに向かって「エラーニエ」と返答する。
歓声が沸く中、グレースは銀河連邦旗とエデンの国旗に対して一礼すると壇上を去り、アルベルトたちも後に続いた。
式典が終わった後、アルベルト達は控え室で礼装を脱ぎライダースーツに着替え、控え室を出るとそこには出待ちしていたスターフォースワンに乗船している民間人から声援を贈られたり、握手を迫られたりなど、てんやわんやあったがなんとかスターフォースワンの後部格納庫までたどり着くと逃げるように機体に乗り込んだ。
「ひぇー、熱烈な歓迎だったな、いくらモテ男の俺だってあそこまでチヤホヤされた事ないぜ」
そう一人ごちるカイルだが、あいつがドサクサに紛れて数人の女の子から連絡先を聞いていた事を見逃していなかったアルベルトはため息まじりで首を振る。
一方アイリスはと言うと先程の騒動など歯牙にもかけていない様子で、平然とした顔のまま機体のチェックを進めており、流石は一惑星のお姫様といった所であった。
ちなみにアイリスの民間人への対応は極端なものであり、子供や女性にはしっかりと対応し、無害な男は適当にあしらい、有害な男には鉄槌を加えるといった感じでブリザードクィーンの本領発揮と言ったところか。
「パープル1よりアサヒCDC、無事式典終了。これよりスターフォースワンを離脱哨戒任務に入る。」
「こちらアサヒCDC、了解だパープルリーダー。英雄様と同じ職場になれて光栄だ、これからも期待してるぜ“トリガー小隊”」
“トリガー”引き金といった意味を持つ言葉だが、銀河連邦の軍人にとってトリガーとは別の意味を持つ。
「トリガー小隊?一体誰の事だ?」
「アンタらの事だよ、さっきの放送を聴いた連中の間で“パープル小隊がファーストトリガー”なんじゃないかって噂になってるんだ。」
“引き金とは命の次に必要な部品であるそれ無しでは戦えないが、同時にトリガーは戦争を止める最後のセーフティーである”
名前は忘れたが昔の英雄が言った言葉だと士官学校に入ってすぐくらいに習った覚えがあった。
その英雄が伝えた話は銀河連邦軍人にとって神聖な言葉として伝えられ、銀河連邦の戦争で英雄と呼ばれる者たちは“ファーストトリガー”と呼ばれ尊敬されるのだ。
真面目一徹だと思っていたアサヒの管制官からトリガーなどと揶揄されたことで、アルベルトは面食らってしまうがスターフォースワンの誘導員が合図している為、何か気の利いた返答もできずにいると横から割って入ってきたカイルが言う。
「こちら“パープル2”もとい、“トリガー2”、了解した。フレアに着いたらあんたの奢りで一杯ひっかけさせてもらう」
「大歓迎だ、フレアまで無事に俺たちを導いてくれ英雄諸君、幸運を。」
その言葉にアルベルトたち全員は微笑みスターフォースワンから出撃する。
「隊長、見てください。」
アイリスの機体が指差す先にはスターフォースワンの展望デッキがあり、そこには多くの人がパープル小隊の発進していく姿に手を振っていた。
「重いなぁ、こんな重いもん背負わされるとは、大統領を恨みたくなるぜ。」
柄にもなくごちるカイルに、アルベルトは苦笑を浮かべ同意しつつ、アルベルトはスターフォースワンの方向へ機体を翻すとカイルとアイリスが後に続く。
「パープル1より各機、スラスター消費を抑えつつ式典機動デルタでスターフォースワンを一周する。」
カイルは機体の右手で敬礼するとアルベルトの右側にピタリと張り付き、アイリスもそれに続いた。
「大統領も観てるんだお行儀良く飛べよ、俺たちにとって一生に一度有るか無いかの晴れ舞台だサービスしてやろう。」
カイルとアイリスからホロモニター越しに返答をもらうと、アルベルトは肯きスラスターを吹かす。
「スラスターよりB粒子解放5%を維持、機体後方より“粒子雲”の発生を確認、いつでもどうぞ。」
BTのスラスターからB粒子を用いた即席のスモークを吐き出しスターフォースワンの周りを綺麗なエレメントを組みながら旋回する三機。
展望デッキの周囲をデルタ陣形で一周回し、展望デッキの頭上をフライ・パスしようとすると、展望デッキの方に母親に抱き抱えられた女の子が笑顔でこちらを指差し、一緒に手を振っている姿が見えた。
アルベルトたちはその姿を微笑ましく一瞥して、哨戒宙域へと向かって行くのであった。
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