Chapter11

【強襲揚陸艦アサヒ所属 パープル小隊 スタンド付近】



「お前たちは……一体何なんだ!!」



 その姿はまごうこと無き化け物で人間とは違う筈だ、だがアルベルトは知っているコイツの感情を、眼差しを。



「やめろ……そんな目で俺を」



 嫌悪感と共にふと思ってしまう。


 コイツは“アルベルト”だと。



「見るな!!見るなぁぁぁ!!!」



 胴体に張り付いたヤツはアルベルトの機体をおそらく口部分にある頑強な刃で傷つけ、BS LINKの影響を受けたアルベルトの脳はそれを痛みと嫌悪感に変換した。


 醜い化け物は強靭な顎で何度も食らいつきBTの装甲を貫こうとする。



「うわぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!」



 アルベルトは自信を鼓舞するかのように声を荒らげながら、左手に持ったバトルナイフを振りかぶり胸部装甲ごと引き剥がそうと刃を薙いだ。


 BSを通して共有される手の感覚は有機物に刃がめり込んで行く感覚とその途中で何か硬い物を叩き割る感覚。


 現実には一瞬の出来事だったと思う、だがアルベルトにはスローモーションのように感じた。


 絶命したソイツはバトルナイフに体液を付着させて分裂すると宇宙の塵になり、その空間を漂う。



 ソイツの目が言っている。



 明確な悪意を持って伝えてくるのだと。



 アルベルトは頭の中で何かが弾け飛んだ。


 それは何かアルベルトの中で忘れかけていた感情。


 それまでアルベルトの心の中にしまっていたドス黒い感情が身体を貪り、アルベルトの意識に入り込んでいく。



「隊長無事ですか!!そっちに二匹!!」



 アイリスも余裕がないのか雑に敵がこちらに向かっていることを知らせてくれる。


 アルベルトは通信を聴き、振り向くと先程殺したヤツと同じ眼差しでこちらに向かってくるダストを視認した。


 冷静に状況を認識したアルベルトは無意識に弾薬の少なくなったガンポットを投げ捨て、右側の腰部に収納されているバトルナイフを引き抜く。

 ギラリと光る2本の刃を逆手に持ち目の前でクロスさせ構えると、流れるような動作で背部スラスターを操り、アルベルトの機体は稲妻のように複雑な軌道を描いた。


 馬鹿正直に突撃してきた二体のダストをすれ違いざま両手のバトルナイフを振り抜くと、バトルナイフは二体を撫でるようにして切り裂きダストは絶命する。


 さらにブースターを点火させると群がるヤツらを鋭い動きで避け、時には足場にしつつバトルナイフの攻撃範囲内に入ったヤツだけ確実に絶命させていった。



 ……不思議な感覚だった、今まで重いと感じていた機体がアルベルトの思い描いた通りに動いてくれる。


 どんなに足掻いてもシステム同調率75%では辿り着けなかった感覚、アルベルトはこれがBSが100%発揮できた場合の力だとなぜか確信できていた。



 アスリートが時々入ると言われている“ゾーン”によく似た感覚だろうか、目の前に見える筈の無い道がアルベルトには見えており、その道を通れば攻撃は当たらないと確信できる。


 左心房さしんぼうが奏でるビートが頭の中に響き自身の血管に流れる血潮が“身体よ動け”と命令すると粒子の渦がキラキラと瞬き拡張された感覚が宇宙(そら)に溶け込んだ。



「アルベルト・アダムス……あなたは……一体。」



 アイリスは異常な機動で大宇宙を駆け巡る人型兵器に目を奪われ、構えていたスナイパーライフルを下ろしその場で立ち尽くした。


 まるでアイスダンスでも踊るかのように機体を翻し、すり抜けざま確実に敵を絶命させていく。

 何かに取り憑かれたかの様にして、死を振りまく人型兵器が通り過ぎた轍には光り輝く粒子の道。



「すごい……綺麗……。」



 それは適当では無いと思ったがアイリスの口から漏れ出した言葉。


 機体から敵の接近を知らせるアラートが鳴り響くまでの数秒間アイリスはその姿に目を奪われていた。


 目の前で行われるアイスショーの観客と化していたアイリスは一瞬で頭を切り替えると振り向きざま、空気の読めない相手に向けられたのはスナイパーライフルの銃口。



「うるさいのよゴキブリ風情が!!」



 腰だめに構えられたスナイパーライフルは突撃してきたダストのちょうど開いた口に突き刺さり悶絶している様に見えるがアイリスは死んだ目でその姿を睥睨し、引き金を押し込むと同時に哀れな怪物は体の内部から粉微塵に吹き飛ぶ。

 アイリスは哀れな怪物に対しての手向けとして鼻で笑い、レバーアクションでチャンバーから薬莢を排出すると雑音混じりの通信が聞こえてきた。



「パープル1!パープル3無事か!!」



 通信相手の声に聞き覚えがあったアイリスは相手を確認するために振り向くと先ほどスタンドに置いてきたはずのパープル2カイルが遠くの方に見えた。



「何だありゃ?!、あれに乗ってんの本当にアルか?!」



 アイリスの隣に着けたカイルは、目の前で繰り返されているダストの殺戮ショーを見て驚愕する。



「見惚れていないで手を動かしてください、金髪ゴキ……。いやパープル2」



 カイルはアイリスの言いかけた言葉が気になりつつも、敵は目前まで迫っておりそれどころじゃなかったと気持ちを切り替えガンポットとミサイルでダストを蹴散らした。


 アルベルトは集中していた意識が薄れ始めると通信画面に映るカイルを見てやっと増援が来てくれたことに気が付き、再会を喜ぶ暇もなくカイルに向けて話す。



「カイルか!アサヒからの増援は?!まさかお前だけってわけじゃ無いよな?」



「お前……本当にアルだよな?」



「何寝ぼけた事言ってんだ、IFF確認すればわかるだろ。」



 カイルはその言葉に上手く返答できず苦笑いを返すと気を取り直して前に向き直る。



「ブルー小隊とイーサン大尉のイエロー小隊が向かっている所だ!もう少し持ち堪えるぞ!」



 アルベルトはその言葉に安堵の息を吐くと気を引き締め直しバトルナイフを構え直す、左手のナイフを逆手に持ち突撃してきたヤツらの1匹を受け流すと右手のナイフで頭を切り落とした。


 カイルが加勢したことによって、体制を立て直せたアルベルト達は、ブルー小隊とイエロー小隊の加勢まで何とか持ち堪えようとアルベルトが逃した数匹をカイルが迎撃しつつアイリスは手薄な所に狙撃する連携で奮戦する。



「パープル小隊無事か!!」



 イーサン大尉の通信が聞こえあたりを見渡すと少し後方からアルベルトたちが守っていたエリアを追い越すように8機のBTが綺麗な編隊を組んで旋回する。

 編隊の一番先頭にいたBTが腕を横に振り抜くと後に続いていたBTが一気にばらけてヤツらの元に殺到し、瞬く間にヤツらの数を減らしていった。



「スッゲー、イーサン大尉の機体アレってまだ少数しか配備されていないYZF R−1だよな?」



 カイルの言葉にアルベルトはイーサン大尉が戦闘している方向を見る。


 アルベルトたちが乗っているYZF R−25を一回り大きくさせて、曲線と軍用機らしい角ばったフォルムは大海原を駆け巡るシャチの様であり、まさに水を得た魚の様にして宇宙そらを飛び回りヤツらを圧倒していく。


 カラーリングはアルベルトたちが乗るR−25と同じで全体的に濃いブルーと黒で塗装されているが部隊長の機体と見て解りやすくする為かはたまたイーサン大尉の趣味か解らないがワンポイントで黄色の線が入っていた。



「あぁ、俺たちのR−25はあの機体を量産しやすくダウングレードした機体だからな、やっぱりBSの出力が違う。」



 望遠機能を使いイーサンの戦闘を確認するとガンポットを構えて弾丸をばら撒きつつ宙域を疾走して時々ガンポットの射程範囲より近くなったヤツらに対しては背部スラスターのハードポイントに収納されている粒子ブレードで一閃して薙ぎ払っていた。


 アルベルトにも詳しいことはわからないが粒子ブレードはBSが発するBS粒子の特性を使いBS粒子の刃を具現化するものらしいが、かなりの出力リソースを使うらしく新型量産機のBTであるR−25への搭載は見送られた武器であり、連邦軍のBTの中でも出力の大きな機体しか扱えない武器らしい。


 確かに連邦軍に正式採用された機体であるR−25は誰にでも扱いやすくはあるが、R−1の戦闘を見ていると目に見てその他の機体とは動きが違い機敏でいてパワーがあるように感じた。



「隊長、パープル2いい加減キモオタ談議は後にして目の前に集中してもらえますか?」


「アイリスちゃん!キモオタは酷くないかい?」


「カイルの言う通り!BTは男のロマンだよ?」


「私女だし、誰でしたっけさっき降りかかる火の粉を払えって命令したのは?」



 通信画面にジト目で映るアイリスを見てアルベルトとカイルはバツの悪い返事を返し目の前に集中することにする。


 アルベルトがさっきの様に機体を動かせたのはカイルが来てから数分間で、それから徐々にあの感覚は無くなり、いつもの体中に鉛の塊を括り付けたかの様に重い機体を振り回しながらバトルナイフで応戦していた。


 いつも以上に疲れた体を酷使して集中すること数十分、ダストは突如として反転すると撤退していく。



「終わった……のか?」


「イエローリーダーより各機、何故か知らないが奴らが撤退した。奴らの行動原理は謎だが今の所は誰も死んでいないことを喜ぼう。状況終了、アサヒに帰投するぞ。」



 アルベルトは背もたれにもたれ掛かり機体を自動操縦に切り替えると機械的な音声で《目的地までの自動操縦に切り替えます。I have control.》と返ってくる。



「チーム初出撃で3人とも何とか死なずに済んだみたいだな。」



 通信画面を横目で確認するとカイルがニヤケ顔でサムズアップをしておりアルベルトはそれにニヤケ顔で答える。



「隊長、その……助かりました。」



 アルベルトはアイリスのしおらしい態度に目を丸くする、その態度を見てアルベルトが何か失礼な事を考えていると思ったのかアイリスは少しムスッとするが表情を直し言葉を続けた。



「あの人が、ワスナー少佐が言っていた通り、あなたは特別な何かを持っているのかもしれません」



 その言葉にアルベルトは訝しむ様な表情で何と返答を返そうか思案しているとカイルが通信に割り込んでくる。



「あのー、アイリスちゃんもし良ければなんだけどワスナー隊長とどんな関係だったの?もしかして付き合っていたとか?」



 カイルが言ったことにアイリスは「これだから色ボケ金髪は」とため息を吐き少し言葉を選び、頬を緩ませてその問いに答えた。



「ワスナー少佐……いえワスナー兄さんは私の兄です。」


「「兄さん?!?!?」」



 疲れも吹っ飛ぶ衝撃の事実に目を丸くするカイルとアルベルトであったが、アイリスは今まで隠していた事実を遠くを見つめながらポツポツ話し始めた。



 ワスナーとアイリスは腹違いの兄だったらしく、ワスナーは使用人とフレア王の間に出来た息子でアイリスの母親と比べワスナーの母親は立場が低い為、家族が王宮のゴタゴタに巻き込まれない様にワスナーは軍に志願し、士官学校に入った後は一度もフレアには帰らなかった。


 末っ子のアイリスは幼少期ワスナーを実の兄の様に慕っていた為、ワスナーがフレアを出て行った理由がくだらないお家騒動だと知り、アイリスは家出同然でワスナーの後を追って軍に志願したらしい。


「私の夢は、BTのライダーになってワスナー兄さんと同じ部隊で戦うことだった……だからアサヒに任官が決まった時とっても嬉しかったんです。……再会したときすごく怒られたけど、それでもワスナー兄さんは優しいワスナー兄さんのままだった……これから頑張って認めてもらってワスナー兄さんと同じ隊に入るつもりだったのになぁ……。」


「……。」


「ワスナー隊長……なんでそんな大事なこと言ってくれなかったんだよ水くせぇなぁ……。」



 それからアサヒに戻るまでの道中アイリスが話してくれたのはアルベルトもカイルも知らないワスナーの姿だった。


 アイリスは今までの行いが災いしてアサヒに赴任してきた当初から浮いた存在で同性の乗員からも煙たがられていたが、なんだかんだ末っ子のアイリスが可愛かったワスナーは、何かと気を使ってくれたらしく、BTの操縦やら人と仲良くする為の方法をアドバイスしてくれたらしい。



「そんな一面があったなんて知らなかったよ、俺もカイルも隊長とプライベートなことは話さなかったし。」


「あの口数の少なくて頭の固い隊長がねぇ……。」



 アルベルトとカイルがそんな言葉を口々に言うとアイリスは口元を綻ばせて言う。



「ワスナー兄さんはすごく口下手だけどとっても仲間思いなんですよ、いつもパープル小隊の事を言っていました筋は良いがアルベルトは詰めが甘いとか、カイルは女癖が悪すぎるとか、私がカイル少尉に出会った時のことを言ったら涙を浮かべて爆笑していました。」



 カイルはその言葉に何とも言えない表情を浮かべつつ苦笑して目を瞑る、アルベルトはあのアステロイドベルトのことを思い出していた。

 あの時なぜもっと早くダストの存在に気が付けなかったのだろう、ワスナーを助けるもっといい方法があったのではないかと無駄な事と分かっていても、もしかしたらという“可能性”を考えてしまうが、今は自分が隊長であることを思い出しアルベルトは首を振りその思考を振り解き言葉を振り絞る。



「なぁ、帰投したら3人で艦の休憩所で一杯やろう、チームの結成祝いとワスナー隊長の冥福を祈って。」



(今は俺が隊長であり、この二人を守るのは俺の仕事だ、ワスナー隊長の為にも俺が隊長らしくならないと……。)



 アルベルトはそんな暗示を自分に掛け、精一杯の笑顔をアイリスとカイルに向けた。


 その言葉にアイリスは一瞬表情を躊躇うが静かに肯くとモニターに映る星々に思いを巡らせている。


 カイルは「もちろんお前の奢りだよな?」と言って笑う。


 そんな二人を見てアルベルトは決意を新たにマイスイートホーム愛しの我が家に向かって操縦桿を握り直したのだった。

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