Chapter 10

【強襲揚陸艦アサヒ ムラサメ自室】


 アサヒに着任した時にムラサメに与えられた個室で司令部に宛てた報告書を書いている時、突如として艦内にアラートが鳴り響く。

 活字に没頭していたムラサメの脳はその騒音にかき乱され、睨んでいたモニターから目を離したと同時くらいにノックの後、入ってきたのはブリッジクルーのマジメンであった。



「ムラサメ少佐大変です!至急ブリッジまで来てください!」


「マジメン大尉いったい何事なの?」


「ヤツらが!現れました!!」



 マジメンが浮かべる必死の形相にムラサメの内心を嫌な冷たさが覆う。

 椅子に掛けていた軍服の上着を羽織り、部屋を飛び出すとマジメンの後を追いブリッジまでの通路を早足で歩く。


 けたたましいアラート音に非番であった船員たちも自分たちの寝床から飛び起き、自分たちの持ち場へと慌ただしく駆け巡っていた。



「マジメン大尉まさか、この宙域にダストが?」



 その言葉にマジメンは額の汗を拭いながら言葉を続ける。



「はい、詳しくはブリッジで説明します。」



 この宙域にまで進行している可能性は想像していたがあまりにも早すぎると思いムラサメは首を傾げ、その仕草を感じとったマジメンは首を振りムラサメの疑問に答えを出した。



「ムラサメ少佐が危惧していた通りになってしまった様です……。」



 その言葉を聞きムラサメは天を仰ぐ。


 ムラサメはアルベルト少尉とカイル少尉を交えた報告会の後、艦長と先任曹長、マジメンの四人で意見交換をしたのだが、その話し合いの中でムラサメが語った最悪のシナリオが現在進行中であることが予想できたから。



「確かに私の見解では、もうすでにエデンはダストに捕捉されている可能性があると思っていましたが、我々が調査に出る前はその兆候すら見えなかった、それが急になぜ?」



 ブリッジへと繋がる通路を早歩きで進みながら、ムラサメは思考の海へと浸かってしまうが圧倒的に情報が足りない現状では思考の海を泳ぎ切り真実という島に取り付く航路すら見当たらない。


 だが、このまま溺れ死ぬわけにはいかないと気を引き締め、ブリッジの扉に腕の携帯端末を翳すとブリッジの扉が開く。



「副長、入られます!」



 ムラサメの入室に気がついたクルーの一人が声を上げるとブリッジクルー全員がバタバタとしている中一時的に手を止め、ムラサメに向けて敬礼をしようとするがそれをムラサメは手を上げて制す。



「非常事態です、敬礼している暇があれば作業に専念しなさい。」



 ブリッジクルーはムラサメの言葉に軽く礼をして各々の仕事に向かい合う。


 ムラサメは「また柄にもないことをしてしまったな」と内心でため息を吐くが、昔から責任感が強く頼まれたことは完璧にこなしたい性分のムラサメにとって、決して望んでこの立場に立っていないとしても自分の思い描く副長を演じ切ろうと任官した時に決めており、人生とはこうも儘ならないものかと考えてしまうが、どこからともなく現れその姿を静観していた先任曹長はムラサメの後ろで笑う。



「副長が板に付いてきましたな、それでこそ艦長の一番弟子です。」


「私がブラッティ艦長に弟子入りした事実はありません、第一それを言ってるのは貴方だけですよ”先任上級曹長”。」



 軍の階級の中で”先任上級曹長”というのはとても珍しい階級である。


 先任曹長はある程度経験を積んで准尉に昇格するか、一兵卒から勤め上げた人間であれば曹長まで勤め上げた時点で退役して、その際に記念で准尉に昇進させてもらうものだが、アサヒにいるこの褐色肌の先任曹長はその中でも特殊な人物であり、この広い銀河連邦内に数人しか居ない “先任上級曹長” の一人であった。


 そもそも先任上級曹長は階級ではなく偉大な功績を挙げた曹長がなることを許される名誉職の部類であり、一部の佐官や将官は先任上級曹長に上座を譲る事があるくらい凄い役職なのだが、ここにいる先任上級曹長はブラッティと共にザマルカス動乱を戦い抜いた英雄の一人である為、当然と言えば当然なのかも知れない。


 ちなみにアサヒに任官した者は全員「そんな人がどうして曹長止まりなのか」と疑問に思うのだが、誰もその真実を知る者は居らず、さらに言えばこの人は、皆から“先任曹長”と呼ばれているため、本名を誰も知らないという謎多き人物であり、アサヒクルーの噂話によると先任曹長の名前を聞いた者は存在を消されるらしく、先任上級曹長の本名はアサヒ七不思議の一つに数えられていた。



「いやいや、私もあの人と長いですが長らく空いていたあの人の隣に抜擢されたという事、それこそが証拠ですよムラサメ少佐、実際少佐ほどの方が後方勤務の文官をしていたとは些か疑問ですな、軍の人事部は今も昔も無能と見える。」


「先任上級曹長、私はどちらかと言えば中央の人間ですよ、あまり過激なことを言わないようにしていただかないと私も危険思考の持ち主としてあなたのことを上に報告しなくてはならなくなります。」


「おっと、これはこれは少佐は諜報部の所属でしたな、なにちょっとした冗談です、貴方が少し気負いすぎているように見えたのでロートル老兵の要らぬお節介をお許しください。」



 もちろん冗談でそう言ったムラサメであったが、先任上級曹長はそんな内心を予想していたかの様に冗談を返して、褐色の肌に刻まれ年輪の様になったシワを深くして笑うこの老骨に、ムラサメは敵わないなと感じ微笑む。



「先任上級曹長、貴方にはまだ働いて貰わなくては困ります、引き続き頼みますよ」


「アイアイマム!」



 ムラサメの言葉に先任上級曹長はさらに笑みを深め、ムラサメに目で「艦長はあそこだ」と合図し、その方向を見ると艦長が戦術マップを見つめていた。

 ムラサメは少し緩んだ頬を引き締めるとブリッジ中央にある戦術マップへ歩を進め、 艦長の横に着くとここ数日で何度も繰り返してきた為、手癖の様になってしまった敬礼をしてしまうと、横目でその姿を見ていた艦長に手で制されてしまう。



「先ほど君が言っていたではないか今は非常時だ敬礼などしないで君の仕事をするべきじゃないかね?」



 その言葉にムラサメは内心で一本取られたと思い苦笑いを浮かべる。

 その姿を見て艦長はニヤリと笑いムラサメを見た後、戦術マップへ目線を戻した。



「先ほど情報が入った、 “おおよそ” 君の予想していた通りになったようだ。」


「ダストが恒星系エデンに侵攻してきたという事ですか?」



 ブラッティは艦長帽子を脱ぎ乱れたロマンスグレーの髪の毛を整えると被り直しムラサメの方へと目線を向ける。



「残念だもっと悪い……銀河系ほぼ全てがすでに侵略されている可能性がある。」


 その言葉にムラサメの脳内は何か雷に撃たれたかのような衝撃が走った。



「まさか、そんな事が!」


「ワープアウトと同時に司令部に通信を繋げたら録音された内容が全自動通信で星系全域に発信されていた、惑星アトランティスを筆頭に銀河連邦に加盟している殆どの惑星がヤツらの侵略を受けている。」



 あまりの現実に追い付かない頭を振って艦長から手渡された通信の内容がまとめられたデータに目を通し現状の分析を開始する。

 ダストが銀河連邦の全域を同時攻撃する程の戦力を持ち、さらにここまで組織だって行動するという事が想定外であった。



「銀河系全域を同時に攻撃するなんて……100年前のダストはこんなに組織だって行動している例はなかったのになぜ……?」


「あの害獣が100年掛け進化して考える知恵がついたか?」


「ありえません、100年で進化できる生命体などこの世にありません猿から人間への進化ですら早すぎるという説があるくらいです。」


 艦長の発言を否定してムラサメは顎に手を当てて考えているとマジメンが大声で艦長を呼んだ。



「艦長!!パープル2から艦長に直接お伝えしたいことがあるそうです!」


「繋いでくれ。」



 艦長の言葉にマジメンはうなずきブリッジのモニターにカイル少尉を映し出した。



「ブラッティ艦長だ。」


「艦長!緊急事態発生です!!」



 捲し立てるように話すカイルに対して、ムラサメは勤めて冷静に次の言葉を促す。



「少尉落ち着いて、一体何があったの?まさかスタンドにダストが?」


「いや、それよりもっとマズイことになってます!」



 その言葉にブリッジクルー全員が訝しみ、カイルの言葉を待った。



「何があったのかね、カイル少尉」


「スタンドからポイント1-343セクター1-225のところからエマージェンシーコールが送られてきました。」



 その言葉にブリッジクルーは騒つくがマジメンが「中央スクリーンにその宙域のマップとここからの距離を表示してください!」と言うと、ブリッジクルーは即座に反応してカイルが伝えたポイントと着くまでの時間を表示し、マジメンは瞬時にアサヒに残っている推進剤で着けるかを暗算して、補給なしで行ける距離だと判断した。



「艦長ギリギリ行ける距離ではありますが、戦闘がある事を考慮しますと推進剤を節約して……指定ポイントまで45分で行けるかと。」



 マジメンはムラサメと艦長を交互に見て指示を乞うが艦長は腕を組み思考している、するとカイル少尉が発した言葉にブリッジは騒然となった。



「そのエマージェンシーを送って来た相手のコールサインですが……スターフォースワンです。」


「スターフォースワンだと?!」


「大統領がダストに襲われているというのか?!」



 ブリッジクルーはカイル少尉の発言にさらに騒然とする。


 この連邦全域がダストに囲まれている状況でスターフォースワンのエマージェンシーコール、ムラサメも内心穏やかではなかったが隣にいる御仁はモニターに映る情報を鋭く睨み付けて命令を発した。



「カイル少尉は今すぐパープル1、3を追え!マジメン!ブルー小隊とイーサンのイエロー小隊を緊急発艦してパープル小隊を追わせろ、我々はスタンドの安全を確保する!」



 その命令にブリッジクルーは口々に「自分たちも向かわなくていいのか?」と囀るがそれを先任上級曹長が一喝する。



「馬鹿者!!艦長の命令だ!さっさと持ち場に戻れ!」



 その一喝にブリッジは一気に静まり返るとそれぞれの持ち場に戻り艦内にはいつも以上の喧騒が立ち込めはじめた。



「ムラサメ少佐は医学号もとっていたと思ったが?」



 ふと艦長から質問され、ムラサメは肯く。



「はい、取得済みではありますが医療現場に立ったのは実習の時のみです。」


「かまわん、ムラサメ少佐は我が艦の医療スタッフの陣頭指揮をとってスターフォースワンに乗船してくれ。」



 その言葉にムラサメは肯き軽く敬礼すると返礼も待たずに踵を返し駆け足でブリッジを出る。


 医療班がいる階層はアサヒの最下層にあり発艦デッキにアクセスしやすい場所にあるのだがやはり準大型艦なだけありここから向かうだけで10分くらいかかってしまう。



「まったく!軍艦ってなんでこんなに広いのよ!」



 誰にも聞こえない声でそう呟き、一呼吸入れるとだだっ広い艦内を最短距離で進み目的地に向かった。


 ようやく後エレベーターに乗って降りるだけだと思い息を切らしながら最下層の行き先ボタンを押すとエレベーターの閉まる寸前の所で「そのエレベーター待ってくれぇー!」と声が聞こえて慌てて開ボタンを押す。



「間に合った!」



 息を切らせながらエレベーターに滑り込んできたのはイーサンだった。



「おや、少佐はなぜこんな所に?」


「医療班の陣頭指揮を任されました、スターフォースワンと合流後乗船します。」


「なるほど相手が大統領だと医療班にも佐官がいた方が何かと都合がいいですからね。」



 冊子の良いイーサンはそのたくましい両腕を組みながら頷く。


 軍服の時ではわからなかったがライダースーツを着込んだイーサンは筋骨隆々としていて、さすが軍人といった風体であった。


 そんな話をしているとエレベーターが動き出し、二人きりの空間は沈黙が支配する。


 イーサンはアサヒの先輩でBT隊をまとめる中隊長であるが、任官して間もないムラサメはそこまで繋がりがあるわけでもなく特に話したこともない。

 しかもムラサメの方が階級は上であり馴れ馴れしくするのも微妙であり、なんとなく今までこういったシチュエーションになるのを避けてきたのだ。

 その為、これまでイーサンと話したのはミーティングの時だけでこういった密室で二人きりになると何を話していいのか分からない。


 ムラサメはこの非常時にしょうもない事で悩んでいるとイーサンは何の気なしにムラサメの方を向き会話を始める。



「少佐はダストの専門家として今の状況はどう考えます?」


「私は軍人ですので専門家というのは少し語弊があると思いますが?」



 ムラサメの言葉を聞きイーサンは「ご謙遜を」と言いながら笑う。



「昔話と不完全な資料で研究していたエセ研究者と違って今の貴方は、実際ダストの行き交う最前線でフィールドワークを行った唯一の専門家ですよ?」



 ムラサメはため息を吐くがイーサンが言っていることも一理あるのでなんとも言えない。



「現状から言えば非常事態である事は間違いありません、エデンがどうなっているかも分からないですし。スターフォースワンにいる大統領に詳しい話を聞いてからと言った感じですかね。」



「ですな。……それ次第で今後の身の振り方も考えないといけないわけか。」



 イーサンは頷きながらこれから起こることを想像したのか頭を掻きめんどくさそうに項垂れ、 目的の階にエレベーターが止まると開ボタンをイーサンは押し「お先にどうぞ」とジェスチャーしてくるのでムラサメは礼をして降りた後、イーサンが降りて閉まるエレベーターを見送る。



「では、ムラサメ少佐また後ほど」


「あ……イーサン大尉ご武運を、無事を祈っております。」



 イーサンはその言葉にニヤリと笑い「少佐も大統領に失礼がないように」と後ろ向きで手を上げてハンガーへと向かっていき、その捨て台詞を聞いたムラサメはエレベーターで悩んでいた事を思い出し、なんとなく苦笑しつつ医務室へ向かった。


 それから数十分経った、頃艦内にアナウンスが響きアサヒがスタンドに着いたことを知る。


 辺りにいた乗員は補給の為、慌ただしく動き始めムラサメも何か手伝おうとするが上官であるムラサメが動く前に他の者がその作業に取り掛かってしまい、手伝っても足手纏いになると察し事の成り行きを見ているとムラサメの端末に通信が入る。



「こちら、ムラサメ」


「マジメンです、少佐スターフォースワンが間も無くこちらに着きますので医療班とともにシャトルに乗船してお待ちください。」


「スターフォースワンの状況は何か聞いてる?」


「はい、向こうさんによると重傷者もいるらしいので医療物資は多めに持っていったほうがいいかもしれません、宜しくお願いします。」



 了解した旨をマジメンに伝え通信を切ると、隣にいた医療班の一人に指示を出してムラサメもその後に続く。


 シャトルの座席に座ること数分、シャトルの機長から発信する旨のアナウンスがありアサヒからシャトルは飛び出した。



 窓を覗き込むと補給する為、アサヒから様々なコード類がスタンドとドッキングしており、船外活動中のクルーも見える。


 シャトルが一度スタンドの周りを旋回すると真っ正面には白とスカイブルーが特徴的なクルーザーが見え、 流線型のクルーザーは所々凹み、攻撃跡の装甲が焦げているが、さすが大統領が乗る船なだけあり、丈夫にできているようだった。


 シャトルはスターフォースワンの周りを旋回し後部ハッチが開くとスターフォースワンのガイドビーコンの指示に従い着艦する。


 着陸した衝撃がしたと同時にムラサメは腰に巻いていたベルトを外しシャトルの搭乗口から降りた。



「救助していただきありがとうございました、おかげで命拾いしましたよ。」



 そう言って敬礼をする艦長と思われる中年の男はムラサメの返礼を見ると右手を差し出し、その手を握ると思っていた以上の握力で握り返され面食らってしまったが艦長は手をブンブンとシェイクしてくるのでムラサメはあやふやな微笑みを返す。



「強襲揚陸艦アサヒ所属のアキナ・ムラサメ少佐です早速ですが治療が必要な方はどちらに?」


「医務室では事足りず、船尾のキャビンを臨時の医務室として使っております。なにぶん急な出航だったもので医療器具も最低限の物しかなく酷い有り様です……ついて来てください。」



 スターフォースワンの艦長はキャビンまでの道のりを早足でかけて行き、ムラサメと医療班はその後を追い、船尾のキャビンに続く通路を歩くと異常な光景が飛び込んできた。



「こ、これは一体?!」



 スターフォースワンというものは本来大統領とその側近のみが搭乗して居るはずなのだが、通路にはおびただしい量の一般人負傷者がホームレスのように横たわっている。


 苦しそうに呼吸する母親の隣で子供が泣きじゃくる声や負傷者の呻き声が充満しており、漂う血生臭さも合間ってまさに地獄のような状況がひしめいていた。



「少佐、ここの皆さんがまだ軽傷です、重傷者はこの奥に。」



 その言葉を聞きムラサメは絶句してしまう、この状況で軽傷なら重傷者は一体どれほどの物なのか。


 ムラサメは先を促すスターフォースワンの艦長に頷き、アサヒから来た医療スタッフ数名を指名してこの場所のトリアージと手当を行うように伝え、この人数では対処できないと判断したムラサメはマジメンに通信を繋ぎ、さらにアサヒから応援を寄越すように伝えるとその場を後にする。



 救護者の行列を縫う様に進み、一番奥の自動扉を抜けると大きなキャビンが見え、そこはソファーや机をベッドに改造した臨時医務室になっていた。


 ベッドの横には数人の看護師と医師が慌ただしく作業しており、入って来たムラサメたちを見ると安堵の息がもれる。


 ムラサメは後ろに控えていた医療班に対して指示を出すと医療物資を運び込み手の開いたものから治療に専念していった。


 ムラサメもその後に続こうとするが、部屋の隅にしゃがみ込み、今にも生き絶えそうな男性の手を握っている女性を見つけそちらに歩みを進める。



「すみません、少し容態を見てもよろしいですか?」



 そう伝えると手を握っていた女性はこちらに振り向き頷くと男性の隣を譲った。


 ムラサメはしゃがみ込んで男性の今にも留まりそうな鼓動を数えながら様子を観察する。


 倒れ伏して居る男性は見るからに身なりのいい服装をしているが脇腹から大量の出血があり、見るからに重症であった。


 ふと簡易ベッドの横にある椅子を確認すると背もたれにこの男性のものであろうジャケットが無造作にかけてあり、 襟の部分に銀河連邦政府の議員バッジが輝いていることに気がつく。


 失血が酷く土色になってきている男性の顔をマジマジと見ると薄らと思い出されたのは政治ニュースの一面で大統領の横にいた男性の顔であり、定かではないが国務長官だったような気がする。


 ムラサメは一瞬ハッとするが、この男性が何者なのかを思い出したからといって現状は変わる事がないと思い直し、容態を見る限りこのままでは長くない国務長官を救おうとムラサメは救急パックの中から治療用のナノマシンを取り出し国務長官に打とうとするが隣にいた女性が首を振りムラサメを制した。



「ナノマシンはもうすでに二本打っていますが効果がありません。」



 その言葉にムラサメは目を瞑り奥歯を噛み締める。


 傍の女性は「カーネル……残念です」と呟き立ち上がった。


 その姿を見てムラサメは違和感を覚え、顎に手を当てて考えると頭の中に一人の人物の名前が浮かぶ。



「もしかしてあなたは、グレース・ケラー議員ではありませんか?」



 ムラサメがそう言うと目の前の女性は優しい目線で肯くと手を差し伸べ、ムラサメは慌てて立ち上がるとその手を握った。



「改めましてグレース・ケラーよ。……えっと少佐のお名前は?」



「これは失礼しました、アキナ・ムラサメと申します。」



「よろしくねアキナ少佐」



“アキナ” と呼ばれファーストネームを呼ばれ慣れていない為か少し照れ臭くなりぎこちない笑顔を返した。



「ケラー議員は確か教育長官だったと記憶しておりますが、このスターフォースワンには全ての閣僚が搭乗されていらっしゃるのですか?」



「グレースでいいわよアキナ少佐、残念ですがそこのカーネルが死んでしまうとこのスターフォースワンに乗っている閣僚は私だけになってしまうわね。」



 その言葉に嫌な予感を感じつつ、ムラサメは訝しみながら質問を続けた。



「グレース長官、ファースト大統領はどちらに?」



「残念だけど、ファースト大統領の生存は絶望的ね……。」



 その言葉を聞き、ムラサメは口元を押さえて愕然としてしまう。


 グレースはエデンで起きていることをムラサメに話し始めるが話を聞くにつれて気が遠くなっていく感覚に支配されてしまい、グレースの話を遮りアサヒのブリッジにいる艦長へと通信を繋いだ。



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