Chapter8

【惑星エデン首都 マスドライバー】



「グレース長官!マスドライバーが見えてきました!」



 その言葉にトランスポーターに乗っている全員が安堵の表情を浮かべた。


 マスドライバーは港から伸びる一本道の先に見えており、半径数十キロにも及ぶメガフロートというには大き過ぎる人工島の上にマスドライバーは聳え立っている。


 ダスト達が侵攻を初めて以来、立ち込める曇天はマスドライバーの先端部分を隠し、雲に突き刺さっている様に見えた。


 トランスポーターが通る港町を見ると、普段は海産物を売っている市場もシャッター街となっており、不気味なほど人の気配がない。


 耳をそばだててみても、鼓膜を揺らすのはトランスポーターの駆動音と隣で寝ている怪我人の呻き声、窓の外で微かに聞こえるのは砲弾の遠吠えが響く。


 曇天に突き刺さるマスドライバーが示す先には何が広がっているのだろうか、青空が広がっているのか、それとも更なる絶望が待っているのか。


 グレースは不安な気持ちを掻き消すようにして、隣に倒れ伏す怪我人の包帯を巻き直した。


 トランスポーターがマスドライバーへとつながる一本道をしばらく進むと入場ゲートが見え始め、その周りには、先程の静けさとは打って変わりダストの襲撃で逃げてきた難民であろう人々がゲートに押し寄せゲートの開場を求めて怒鳴っている。



「難民の受け入れはしていないのですか?」


「この騒動が起きた時、脱出できる民間人は我々より早くエデンを脱出していて、民間船舶は全て出払っております。ここにいる多くはマスドライバーを使用する事ができなかった者達です。」


「政府の救助も……この状況では難しいわね……。」


「はい……残念ながら現状、この人数を逃す船舶はエデンに存在しません。」



 グレースは隣にいたSPに向けて問いかけるとSPは首を振り応えたが、その顔色は決して良くなかった。


 たまたま政府職員をしていたが為にこのトランスポーターに乗っている人達にも家族や大切な人が少なからずいて、もしかしたらあのゲートに群がる人波の中に自分たちの掛け替えのない人がいるかもしれないと思っているのだろう。


 だが、あの難民を受け入れたら自分たちの命も危険に晒されるかもしれない、そう思うと人間は自己保身に走ってしまうものだ。


 そんなやるせ無さを感じながらゲート前に着くと中からマスドライバーを守るために派遣されてきた連邦軍の兵士たちが出て来てゲートが開き始めた。


 何事かと驚く難民達を差し置いて護衛のBTブラッドトルーパーは難民に注意を呼びかけながら人波をかき分け、グレース達のトランスポーターはゲートの目の前にたどり着き、ゲートを守っていた連邦兵とトランスポーターの運転手が政府職員である事を証明する為やり取りをしている。



 政府専用車両だと気がついた難民は「俺たちを見捨てるつもりか!!」「政府は責任を取れ!!」などとヤジを飛ばしながら落ちていた石や手直にあったものをトランスポーターに向けて投げつける。


 誰かが投げた物が窓ガラスに何かがぶつかった音がトランスポーター内に響き数名が短い悲鳴を上げるが、その程度で政府専用トランスポーターに傷が付く事はない。


 難民が護衛対象に危害を加えようとしていることに気がついた護衛のBTはガンポットを構え数発の弾丸を上空に向けて撃ち威嚇すると銃口を民衆に向けて黙らせる。


 BTが難民に対して行ったやり方を窓越しに見ていたグレースはライダー達に注意する為立ち上がろうとした瞬間、視線で捉えたのは難民の最前列で子供を抱え、グレースの乗っているトランスポーターを睨みつける母親の姿だった。


 トランスポーターのガラスはスモークになっており、目が合うはずがないのにも関わらすその母親の視線は確実に自分を見ているように感じてしまう。


 ゲートでのやりとりが終わったトランスポーターはゆっくりとゲートをくぐり、やがて見えなくなった親子であったがグレースの脳裏にへばりつくあの母親の視線。


 グレースは立ち上がり運転手に向かって言葉を吐いた。



「止めてください。」


「なにをなさる気ですかグレース長官。」


「難民を受け入れます。」


「冷静になってください!!あの人数の難民を乗せられる場所はスターフォースワンにありません!無用な行動は長官のお命と難民の命まで奪ってしまう可能性があります!ご再考を!」



 隣にいたSPの声を聞きグレースは目を瞑り深呼吸をする。


 未だに脳裏に映るのはあの親子の視線。


 グレースはゲートを過ぎた所で停止したトランスポーターの出口から降りるとゲートの前まで歩き、慌ててSP達も後を追った。


 護衛のBTは民衆に銃口を向けて暴動を起こさないように警戒していたが、通り過ぎたはずのトランスポーターからグレースが出てきた事に気がつくと「またあの長官か」とため息を吐き出す。



「長官!トランスポーターに戻ってください!」



 グレースはライダーの言葉に対して素っ頓狂な返答をした。



「BTの機能を使って私の声を拡声できますか?」


「は?え?いや可能ですが……。」


「では私の声を最大にして流してください。」



 グレースはそう言うとさらにゲートに近づき自分の脳裏にこべりついた視線を探し、見つけると更に近づく。


 その親子は突如出てきたグレースに驚いて目を剥くが、グレースは親子に向けて少し微笑み、吸った空気を吐き出すと同時に言葉を放った。



「皆さん、私は銀河連邦政府教育長官のグレースケラーです。現在ファースト・ゲム大統領を含め政府の閣僚は私以外におりません、その為政府を代表してわたしが皆さんにお話しております。」



 BTの機能で拡声された声は曇天の空に染み渡る。



「現在このマスドライバーには、ここにいる全員を乗せられる船舶はありません。」



 その言葉を聞き民衆達は抗議の声を荒らげる。


 グレースは民衆が放つ罵声の一言一言を聞き取れる程の聴力を持ち合わせていないが、数千人が集まっているこの場の空気がその怒りを物語るかのように、うねりを上げてグレースに襲いかかり、誰かが投げた石がグレースの額に当たり、血が流れ始め、それを見たSPがグレースの下に駆けつけようとするがそれをグレースは片手で制すと目線を最前列に居た親子に向けた。


 目があった母親が目線を下にそらした時グレースは鳴り止まない怒号を制すかの如く静かに語り始める。


「私には2本の腕しかありません、この両足は自身の体重を支えるので精一杯。皆さんと同じ路頭に迷いこの場にたどり着いた非力な人間でしかありません……私にはあなた方全員を救うことはできません。」



 透き通る声は怒号をかき消して辺りに染み渡り誰もがグレースの言葉に耳を傾ける。



 人類は有史以来一人で生きていけないから群れを成し、人類にしか成し得ない知恵を使ってこの広大な銀河を開拓できるほどの力を手に入れた。


 それでもヒトという種族はこの先数万年経とうと一人で生きていくことはできないのであろう。


 いくらこの身に余る責任を背負おうとしても一人で背負えるモノには限りがある。



「それでも私にはまだ2本の腕があり、一人で立って歩ける両足がある。声帯を揺らしてあなた方に対して私の声を届ける事ができる……だから私は私にしかできない事をしたいと思います……。」



 グレースは目の前に見えている民衆一人一人に目を合わせ、一呼吸おいて話を続けた。



「私は今からエデンを脱出しなければなりません、これはこの銀河連邦という人類の生存圏を維持する為に確実にしなければならない事です。……ですがスターフォースワンにはまだ僅かですが乗船スペースが余っております。……その為、この難民の中からスターフォースワンに乗船できる人間を選ばなくてはなりません。」



 民衆はグレースの言葉を聞き動揺しているが先程の怒号が上がるような事態に陥ることはなかった。


 グレースが来る前まではなんの説明もなくゲートの外でただ待ちぼうけているしかなかったが、政府の長官が助かるかもしれないという希望を話始めたのだからこの反応も当然なのだが、グレースはまだスターフォースワンに乗れる条件を話していない為、民衆はその条件を聞き逃さないようにと静かにしている。



「スターフォースワンに乗船できる優先順位はまず、重傷者、続いて子供達とその両親、それ以外は医療関係者などの特殊技能を持っている方を優先させていただきます。それ以降に関しましては後で派遣されるスタッフの指示に従ってください。」



 その言葉を聞いた民衆の反応は様々であったが少なからず救われる人達がいる事で冷静さを取り戻した民衆に向けてグレースは最後に言葉を繋げた。



「私が出来ることはこの程度しかありません……非力な人間には出来ないのです。だから、があるはずです。冷静に考えあなたにしか出来ない事をしてください……皆様に鮮血の女神のお導きが有らんことを……エラーニエ…。」



 グレースはエデン教徒の挨拶を最後にしてその場を後にするとトランスポーターに乗り込み、スターフォースワンに向かった。


 そこで出迎えてくれた船長に挨拶を返すと、スターフォースワンの格納庫から、食料と水、燃料、医療品以外を全て下ろし、空いたスペースに難民を乗せると伝える。


艦長は驚愕したが有無を言わさず、他のスタッフに話を振り、ゲート前の難民の選別に生かせるように指示しその場を去る。


 その後はスターフォースワンに収容する難民の手伝いやスターフォースワンが今後向かうルートを艦長に伝えるなど、バタバタしつつなんとか残りの難民受け入れを待つだけという状況まで持ち込んだ。



「グレース長官!!中央司令部が落ちました!軍は最終防衛ラインであるマスドライバーまで後退するそうです!!」


「早過ぎる!一体どうなっているの?!司令官は今どこに?」


「それが……残念ながら中央司令部内で戦死したようです。」



 その言葉を聞きグレースは本日何度目なのかわからない絶句の表情を浮かべ頭を抱えるが、悩む時間すら惜しいとすぐに気持ちを切り替えてスタッフに向き直る。



「難民の収容状況は?」


「現在、90パーセントまで収容しておりますので完全に終わるまでの時間は30分程度かと……。」


「ダストは待ってくれないわ、収容できればなんでもいい15分で終わらせて。私は艦長に収容できたらすぐ出発できるように準備させます。」



 スタッフは頷くと挨拶もなく会議室を飛び出していきグレースはスターフォースワンのブリッジに向かった。



「艦長、中央司令部が落ちたことはご存知ですね?」


「は、はい長官、すぐに出発されますか?」


「収容があと15分で終わります、それまで待ってください」


「で、ですが!ダストがすぐそこまできています!民間人の収容を諦めた方が……」


「いけません!!民間人の収容が最優先です!合図があったらすぐに発進できるように準備してください!」



 急に声を張り上げたグレースにスターフォースワンの船長はビクリと肩を震わせて敬礼を返すとすぐさま出発の準備に取り掛かるが、悪いことは立て続けに起きるものらしい。


 ゲートを守っていた兵士から慌てた声で連絡が入った。



「こちら第一ゲート守備隊!ダストが港町の方まで侵攻してきている!!首都防衛隊はどこをほっつき歩いているんだ!!」


「こちら第三ゲート守備隊!混乱した難民達が押し寄せてきて収拾がつかない!!応援を回してくれないか!」


「どこも手一杯だ!無理に決まっているだろ!!」



 混乱した兵士たちの通信がスターフォースワンのブリッジに木霊し、ブリッジクルーの誰もが不安そうな表情を浮かべて、グレースの号令を待っている。

 その目線に耐えられそうになかったグレースは自然と目を逸らし平然とした表情を装いながら祈るしかなかった。



「こちら首都防衛軍第3機兵隊第二分隊アルフォンス1、これよりマスドライバーの防衛任務に移る。」



 その声の主はグレース達を連邦議事堂から護衛してきたBT部隊の隊長である事がわかり、グレースは咄嗟に通信に割って入るが何を言えばいいのか思い浮かばず少しの沈黙の後話し始める。



「……アルフォンス1、こちらグレース・ケラーです……議事堂からマスドライバーまでの護衛ありがとうございました……。」



「これはグレース長官、護衛任務なのにも関わらず危険な目にも合わせてしまい申し訳ありませんでした、人生最後の任務で貴方をマスドライバーに送り届けられた事光栄に思います。」



 人生最後の任務と言い切った隊長はこの先頭で死ぬと確信しているかのようだがどこか安堵したような声色でそうつぶやき、グレースは次の言葉が見つからず黙ってしまうがそれを悟ったのか隊長が会話を続けてくる。



「カーネル長官の容体は?」



「え、あ、今は安定していますが予断を許さない状況よ。」



「そうですか……ですがあなたは生き残りました。」



「え?」



「あなたが人類を守ってくれる。そうでしょ?」



 その言葉にグレースは躊躇いつつも、これから死地に向かう者にそう問われてしまったら答えないわけにいかないであろうとグレースは腹を括り精一杯の強がりを言ってみせた。



「ええ、私が人類を救ってみせるわ、だから安心して行ってらっしゃい。」



「その言葉を聞きたかった……では行って参ります……エラーニエそうでありますように



エラーニエそうでありますように……」



 その言葉を最後に隊長との通信は切れてしまい、グレースは俯きながら歯噛みをする。

 この感情は、自分の力不足で死んでしまった人間に対しての悲しみなのか、一人の人間を自分の言葉で殺してしまった事への後悔なのか、人類を背負ってしまった事の重圧なのか。

 今のグレースにはわからないがここで泣いて良いほど自身が背負う十字架は軽くない、グレースはすでに数千人の難民と先程の隊長とその部下を見殺しにしてしまったのだから。



 徐々に大きくなる戦闘音と振動はグレースの鼓動とリンクしてリズムを刻み、その時を待つ。

 グレースにとってこの奇妙な時間は数秒にも感じたし数時間いや、数年にも感じた。



「難民全ての収容完了!!」



 その通信がブリッジに響いた瞬間顔を上げ艦長と目を合わす。



「艦長!発進して下さい!!」



「発進シークエンス7から4は省け!カウントスタート!!」



 グレースは近くにあった椅子に座るとシートベルトを手早くつけていく。

 目の前のディスプレイに映るカウントダウンが0まで数えると、背中を大きな足で蹴り上げられたかのような衝撃の後、スターフォースワンはマスドライバーのレールを信じられない速度で滑空する。


 蹴り飛ばされた後にグレースの全身を握り締める様に襲いかかるGに耐えているとマスドライバーの中間地点に差し掛かり、スターフォースワンは更に加速していく。


 スカイブルーに塗装されたスターフォースワンがマスドライバーを猛スピードで滑空する姿はあの蒼穹に戻ろうとする星のカケラの如く輝き、走る。



 地上に残った命ある者はその姿を眩しく思った。


 すでに息絶えた者はその瞳に星を宿した。


 憎しみを宿した者はその姿を目に焼き付けた。


 重力に逆らい続け打ち上がる蒼穹の星が、次に見たものは深淵の宇宙。



 グレースは一息つけるかと思いシートベルトを外すと目の前のモニターに映る宇宙空間を見て唖然としてしまった。



「な、なんなのあれは……!」



 グレースは今見ているものがなんなのか、頭で理解出来ていないが、この光景を今ある知識で無理矢理説明するのであれば、惑星であるエデンを喰らい尽くさんとするダストであろう物体は規則正しくまるで人工衛星かの様に惑星全体を取り囲んでおり、その数は目算で数千数万はある様に感じる。


 そして、更に異様な光景は遠近感がおかしくなる程大きな黒と赤をマーブル模様にした球体がエデンに迫ってきており、その球体の一部が引き伸ばされ、うねる触手の様にしてエデンの地上に向かっている光景だった。



「……艦長この光景をローカルネットワークに記録して置いて下さい。」



「はい……長官……。」



 ブリッジクルーは暫し唖然としていたがレーダーを見ていたクルーが座席から飛び上がり報告を始める。



「後方より熱源多数!!ダストが追ってきます!!」



「クソッ!!ドライブ航行スタート!!せっかくここまで登ったのに死んでたまるか!!」



 艦長が座席の肘置きを勢いよく叩きながら立ち上がり命令するとブリッジクルーは死に物狂いで動き始めるが、レーダーを確認する限りダストは目前まで迫っており、脱出までとても間に合いそうにない。



「艦長!!」


「今度はなんだ!!」


「……熱源…離れていきます。」


「なに?!!」



 レーダー班のクルーは呆然としながらこちらを向き、気の抜けた様な声でそう言うと艦長はクルーの場所まで駆けていく。



「アイツら俺たちの後ろにいる連邦第一艦隊の残存艦に攻撃を?……。挟み撃ちする為にターゲットを変えやがったのか!!」



 スターフォースワンの艦長はこの事を味方残存艦隊へ知らせるべく通信を送るがジャミングが酷く相手に届かない。


 後方から挟撃を受けた味方残存艦隊は最後の手段として宇宙空間に浮かぶ巨大な球体に向けて特攻を仕掛けるが、ダストの巨大なレーザー砲撃で全艦爆散してしまった。



「……艦長ドライブの準備完了……いつでも行けます。」



 艦長は残存艦隊に対して何も出来なかった事を後悔しているのか感情を露わにして通信用のヘッドセットを叩きつけるとクルーに対して小さく返事を返す。



「……ドライブ開始、長官、打ち合わせ通りこの航路でいいんですね?」


「……えぇ、艦長お願いします。」



 ドライブ航行に入るとグレースは一息付きながら目を瞑るが、死ぬ程疲れているはずなのに全く眠気がない。


 だが、きっとこのドライブ空間から通常空間に戻ったらまた何か起きるのではないかという当たってほしくない予感を感じ、グレースは無理矢理でも休もうと強く目を瞑った。

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