Chapter7

【強襲揚陸艦アサヒ 格納庫】



 そんなこんなで雑な打ち合わせが終わり、アルベルトたちはそれぞれの愛機に向かう。

 格納庫区画を進むと見えてきたのはパープル小隊が搭乗する3機の機体が膝立ちの状態で乗機姿勢をとっており、突然アイリスが駆け出すと一番手前に待機している機体に近寄っていく。


「これが私の機体……。」


「あ、そうか、アイリス准尉は今まで部隊配備された事ないから、この機体が初めての納機か。」


 BTブラッドトルーパーは自分の血液を触媒に機械と同期する兵器であり、ライダーに納機される時点で操縦するライダーに合うように調整されている為、血液情報が合わないライダーが他のBTに乗るとBS LINKのマッチング率が著しく落ちてしまう。


 その為、機体が納機された時点でBTはそのライダー専用機となるわけだが、BT部隊を小隊規模で運用した場合でも通常は4機編成となっており、全て専用機だと整備やらセッティングが大変なのではないかと思ってしまうが、そんな致命的欠陥を抱えた兵器がこの銀河で主力兵器になるわけがなく、ちゃんとした理由があるらしい。


 座学の成績は並以下だったアルベルトの脳みそは教官が小難しく説明してくれた内容を睡魔と共に忘却してしまい覚えていないが、細かい事を抜きにすると、基本はBSが機体内部の保持を自動的に管理してくれており、BTのフレーム内を通る血液を交換するとき以外、整備兵はBS LINKの設定や外装パーツの修理をするだけで済むらしい。



「初めての機体って浮かれるよなぁ、なんていうか運命の出会いをして告白してその恋が実ったみたいな感覚。」


「そう言うもんかね?」


「何?!ライダーになった人間が愛機に恋心を抱かないとは!アルベルト!貴様はライダー失格だ!!」


「ウルセェよ!どの機体ともマッチング率が低い俺にとっては機体が変わるごとに特性を覚えないといけないし苦行なんだよ!」



 そんなじゃれあいをしながらアイリスの方向を見ると、アイリスの隣には機体の説明をする為に待機している整備兵がいるのにもかかわらずその存在を無視し、アイリスは誕生日に新しいおもちゃをもらった子供みたいな表情で目の前のBTに見惚れており、それを遠巻きに見守っていたカイルとアルベルトは整備兵の言葉を無視し続けるアイリスの姿を尻目に自分の機体へと足を進めた。


 アイリス機の隣にはアルベルト機がありその奥にカイル機が見える。

 二人は駆け足で機体に近寄り、カイルと別れる間際二人が出撃前いつもやっている験担ぎのヘルメット同士をぶつけ合い、自機のタラップを登ろうとすると整備兵の声が聞こえてアルベルトは振り向いた。



「おい!アル!!」



 耳馴染みのある可愛い声に似合わない威圧するような声の主は、タラップの上から見下ろすといつも並んで立っている時よりさらに小さく見える。

 そんなチグハグな光景なのにも関わらず仁王立ちでアルベルトを睨みつけてくる少女の姿を確認すると「また厄介な奴が絡んできたな」と小声で呟きいつもの様に声を掛ける。



「あぁ、ジェン、なんか用か?出撃前で忙しいんだが?」


「ナンカヨウカ、じゃねぇんだよバカ!!テメェ私の大事な息子になんてことしてくれてんだ!!」



 ズカズカと安全靴を掻き鳴らし飛び上がるとアルベルトにドロップキックをかます少女の名前はジェン・ブローニング整備主任。

 この艦に配属してからずっとパープル小隊の機体を整備してくれているジェンはアルベルトのどんな機体に乗ってもマッチング率が上がらないという特性に興味を持ち、何かと絡んで来ては長話メカオタク談義をしてくる女性である。


 見た目は中学生と見間違う容姿をしているがアルベルトより一年先輩で最初は敬語を使っていたのだがジェン曰く「お前が敬語だと逆にムカつくからタメ口にしろ」と命令され、それ以来出会うたびにドロップキックを喰らわせられるくらいの関係であった。



「イッテェな!毎度毎度ドロップキックを上官に喰らわす軍曹がいるか!!」


「テメェが少尉だろうと大統領だろうと関係ねぇ!!私の息子をボロボロにする奴が悪い!!」


「仕方ないだろ!あの時はああするしかないギリギリの状況だったんだよ!」



 アルベルトがそう言うとジェンは大きなため息を吐き、先程の剣幕とは打って変わりアルベルトの目を覗き込むと体をペタペタと触ったりした後「ふむ、お前に怪我はない様だな」と頷きアルベルトは困惑の表情を浮かべるしかない。



「ワスナー中尉、いや少佐は残念だった……。まぁでも、お前が無事で何よりだ。」


「あ、あぁ、心配してくれてありがとう。」


「一応、一通り機体の整備はしておいた。調整はいつもと変わらないが例の特性のせいなのか、お前が操縦する機体の部品はいつも劣化が早くてな。一旦、内部の人工血液を抜いてBS LINKブラッドシステムリンクを初期化したからお前のLINKが切れている。」


「それって……つまり。」


「再リンクしてくれ。」



 その言葉を聞きアルベルトは露骨に嫌な顔をしたのだろうバツの悪そうな顔でジェンはアルベルトの返事を聞かずにその場をそそくさ去って行こうとするが一瞬振り向き「隊長就任おめでとう!」と一言おいてどっかに行ってしまった。



「全く、嵐の様な女だな。」



 ジェンの姿を見送るとタラップを再度登りコックピットハッチに近づき、腕についているデバイスを近づけるとハッチのロックが解除され、ゆっくりと開きコックピットが露わになり、重い足をBTの後部、人間で言う所の頸椎にあたる部位にあるコックピットに入るとシステムチェックに取り掛かった。



「マジかよ、俺BS LINKする感覚苦手なんだよなぁ……って!ゲェ!!ジェンの奴BS LINKだけじゃなくて最適化ログまで初期化しやがったな!!」



 最適化ログまで初期化されていると言うことは今までの行動パターン登録などが全て消えてしまったと言うことになり、アルベルトは納機された当初の機体と同じ状況ということになる。

 先程ジェンが逃げ去ったのはこの事を言いたくなかったからかと嘆息するが愚痴っていても仕方ないと気持ちを切り替え、様々な計器を弄りつつヘルメット越しに見えるセキュリティープロトコルを音声認証で済まして行く。



「アルベルト・アダムス少尉、認識番号Δ Rh O- 9263007」


“認証中、BS LINK再構築開始、ライダーはLINKを開始してください”


 BTのコックピットはパイロットが座るシートと操縦レバーが両手の部分にあり、足の部分は座席の真下に伸びている。


 座ってみると分かる事だが非常に狭い上に手足を固定しなくてはならず搭乗員からは“三角木馬”とも言われ、オートバイの操縦姿勢に似ている為、BTの搭乗員のことをライダーと呼ぶ様になったと言う話らしい。


 アルベルトはライダースーツの装置と重なる様、シートに座ると脊髄に這わす様に背もたれに寄りかかる。

 システム音が鳴ると脊髄の当たりに衝撃が走り注射をした時の鈍い痛みと体の中に入り込む異物感を感じ顔を顰めた。


 そのタイミングでカイルが通信をつなげてくる。



「アル、出撃前に何してんだ?」


「ジェンがまた設定初期化しやがったからBS LINKの再設定だよ!」


「うわぁ、ご愁傷様だわ、あの感覚何年ライダーやっても慣れないよな。」


「血液採取と点滴を一気にやられている感じがなんとも不快だよな」



 そんな顰めっ面をお互いしているとアイリスからも通信が入り、アルベルトの顰めっ面を見ると訝しむ。



「何やっているんですか隊長?」


「BS LINKの再設定。」


「はぁ?!設定切れたんですか?この非常時に?馬鹿なんですか?」


「准尉、今はその毒舌を控えてくれないか?ただでさえ再設定の不快感と闘ってる時に上乗せで精神攻撃を喰らうと正直きつい。」



 BTはBSと直接リンクして脳波で操縦するという他の兵器にはあまり無い構造上機体の内部構造も特殊であった。


 BTの内部構造には骨格となるフレーム部分に操縦士と同じ血液型の人工血液が流れる管がありそれをBSが機体全身に循環させて、BSに送られているライダーの血液からB粒子を抽出し核融合させる事で動力を得る装置である。


 ここ数十年は戦車や戦闘機・ヘリコプター、まして家庭にある電化製品の制御に至るまでBSは搭載されているが、簡易的なBS化であり出力や情報の処理速度などをアシストする様なものが多いのだが、BTは人体を模倣している兵器故に、簡易的なBSだと動力を複雑な構造の隅々まで行き渡すことが難しく、さらにBSとのマッチング率が75%ないと動かす事もままならない。

 BTにとってBSは心臓であり、ライダー自身が脳の役割をする為、簡単にいうのであれば、人造人間兵器と言った感じであろうか。


 ちなみにアルベルトが士官学校時代に見せられた資料映像では、BTの装甲の下に人工血液の管がある構造上、戦闘で手足が吹き飛ばされたりするとオイルや何やらに混じって人工血液が噴出し、その姿はまさに巨人が血溜まりに倒れ伏している姿そのものであった。



“BS LINK正常起動、脳波リンクオールグリーン機体の制御をアルベルト・アダムス少尉に譲渡準備完了、You have control. ”



「I have control. 」



 機械的な音声がコックピットに響きアルベルトは操縦桿を強く握り直し目を瞑るとまぶたの裏に各種制御計が浮き上がり目蓋を開ける。


 目蓋を開けた後、視界一面に広がるのは格納庫を見下している景色。


 自身が6メートルを超す巨人になりハンガーの喧騒を睥睨する。


 足元を見るとフライトデッキクルーが誘導灯を降ってカタパルトまで道案内をしてくれていた。



「準備終わったようだな、新生パープル小隊の初陣だ張り切っていこうぜ!」



 通信画面のカイルがニヤケながら親指を上げてくるのでアルベルトは無言のサムズアップで返す。



「こちらアサヒCDCコンバット・ディレクション・センターパープル小隊はドライブ終了後、順次発艦をよろしくお願い致します。」


「こちらパープルリーダー、了解したカタパルトまで移動する。」



 アサヒのオペレーターとの会話を切り上げると誘導灯の通りにカタパルトまで歩みを進めた。


 強襲揚陸艦アサヒは船体の右舷と左舷両方に艦載機が離着艦できるデッキがあり、両舷デッキは貫通したトンネル型になっている。


 被弾面積とステルス性を考慮した設計なのだが、その部分だけ遠目に見ると少し角ばったコッペパンが両側に吊り上げられている様に見え、 船体中央部はクジラの胴体を角ばらせたような形状であり、クジラの胴体中央部に迫り出されたブリッジは背鰭のようであった。

 後部にはBS推進のブースターを無理やり6本括り付けた異様な見た目をしており、他の艦にない特徴をしている。


 BTやそのほかの艦上機は船体中央部に格納されており、生身の人間が歩くと、かなりの距離があるのだが、BTの歩幅だとそこまで遠い距離には感じない。

 ジェンが設定を間違う訳ないとは思ったが、アルベルトは一応BTの操縦感覚を試しながらコッペパン部分にあるフライトデッキに向かった。


「パープル1と3は右舷1番と2番カタパルト、パープル2は左舷5番カタパルトから発艦お願いします。」


 平時の時は右舷のデッキを発艦用として使い、左舷は着陸用に使うのだが任務遂行時は両舷からの発艦になる。


「パープルリーダーよりアサヒCDCコンバット・ディレクション・センター、了解した誘導感謝する。」


 今回カイルは左舷デッキからの発艦を命じられアルベルトとアイリスは右舷からの発艦となるようだ。



「パープルリーダーより各機、兵装は各々で決めていいが弾薬はフルで持っていけよ。」


「パープル2了解だ、奴らがまた現れるとしたら、しぶといからな……弾薬がいくらあっても足りない」


「パープル3了解です、私はガンポットじゃなくスナイパーライフルを持っていきます。」



 アルベルトは二人の返信に肯くと発艦シークエンスに入る。


 カタパルトの両側から兵装を取り付ける為のクレーンアームが迫り出してきて、右手にはガンポット左手にはシールド、背中には宇宙空間用の飛行スラスターを取り付けられる。



「アサヒCDCよりパープルリーダー、ドライブ航行終了、各部オールグリーン発艦どうぞ」



「アサヒCDC了解、パープルリーダー発艦する。」



 スキージャンプをするかのように機体を前屈みにさせると、カラフルなヘルメットをしたフライトデッキクルーが動き回り各部の最終点検をし始め、数分後、一人のクルーがアルベルトに向けてサムズアップをする。


 アルベルトはそのクルーに対して返礼すると、フライトデッキクルーは手をピストルの形にして発射のポーズを取り、アルベルトは目線を前方へと移した。


 その瞬間、体中に普段の数倍とあるGを感じ、アルベルトはクルーの放った弾丸のようにしてアサヒを飛び出す。


 ほぼ同時に飛び出したパープル小隊の面々と流れるような機体制御でデルタ陣形を組み、アサヒの周りを一周してCDCからの指示を待った。


「こちらアサヒCDC、パープル小隊はそのままの航路を維持し、先行してスタンドに到着、スタンドのクリアリングを行い、別命あるまでその場を掌握。無線は部隊間の短距離通信のみ、こちらとの交信は非常時のみ許可します。」


「ミッションコピー、これより状況を開始する、パープル小隊各機カウント3でスラスター噴射、タイミングを合わせる。」



 各機から了解と無線が入りアルベルトはカウントダウンをして3機のBTは星を巡る流星の様に後方に白い線を残して加速していった。



 アサヒが点になり数十分、目標地点に近づくとそこにあるのは漆黒の中に浮かんでいる銀色の構造物。


 今回補給をするスタンドを右回りに旋回して、異常がないかを確認するが正然と存在する補給基地だけであり、アルベルトは音がしない真空の宇宙空間であったとしても、なんとなく、本当に直感であったが不自然に感じた。



「パープルリーダーより各機異常はないようだが、何かおかしくないか?」


「こちらパープル2、そうか?俺は感じないが……。」


「パープル3、隊長が仰る通り何かが変です、スタンドが閑散としすぎている。」



 アイリスの発言を聞きアルベルトとカイルはハッとする。

 この宇宙時代にエデン本星から1日と無い距離の民間スタンドがここまで閑散としているのは少し違和感を感じる。

 もちろん空いているだけならまだしも、スタンドに立ち寄る人たちに対して物を売る商人や出店すらもここには出ていない。



「いくらなんでも静かすぎるな」


 アルベルトはアサヒに対してこのことを報告しようとしたその時であった。


「隊長!!オープン回線です!」



 アイリスの進言を聞きオープン回線を拾う設定にするとそこから雑音混じりの通信がコックピットに流れ出した。




『・・・応・答願う!こちら・・・エデ・政・・攻撃を・・・繰り返す!こうげ・・・」




 ヘッドセットから流れてくる通信は雑音が混じりよく聞き取れないが、アルベルトはこの先に待ち構えているであろう困難を察し眉を顰めた。

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