Chapter5

【惑星エデン首都 政府専用トランスポーター】



「あのトランスポーターは!」



 カーネルは乗っていたトランスポーターを飛び出し炎上している、かつてトランスポーターだったものに近づく。

 グレースは周りの安全を確認せずに飛び出していったカーネルを連れ戻そうと続いてトランスポーターを飛び出し、カーネルのSP達もその後に続いた。



「カーネル!危険です!早くトランスポーターに戻りましょう!」



「だ、だが……あのトランスポーターにはファーストが乗っていたのだ。」



 その言葉を聞きグレースはやはりと得心がいく。


 第一陣でマスドライバーに向かったはずの政府専用トランスポーターが目の前で炎上しているということは銀河の最高権力者である連邦大統領とグレース達以外の長官全員がダストの襲撃を受けたという事である。


 本来で有れば大規模な捜索隊を編成し、遺体の捜索に向かうのであろうが、現状がそれを許さないであろう。


 こう言った非常時の為に銀河連邦憲章で規定されている《有事特例第三条二項》があり、その中身は“現大統領が死亡した場合現政権より継承順位の高い者から臨時大統領を選出し、事態の収拾が付いたのち、然るべき選挙を行う”と書いてあるのだが、グレースの役職である教育長官は大統領継承順位15位であり、本来であれば他の長官と比べ下から数えた方が早いので大統領になる可能性は低い。


 グレース自身、大統領になる事にそこまでの興味はないし、歴史学者の立場から言うと有事が起きた時の権力者がハッピーエンドを迎えることは少ないことを知っており、この状況で臨時大統領になるなど目に見えて貧乏クジである。


 更に隣にいるカーネルは大統領継承権二位の国務長官である為、その貧乏クジを引かずに済んだと内心ホッとしながら、カーネルが臨時大統領になった後、自分なりに何を補佐するかを考えつつエデン流の黙祷を燃え盛るトランスポーターに静かに向ける。



「すでにこの辺りにもダストがいる、カーネル急がないと……。」



「長官!首都から通信です!!戦況劣勢!中央司令部を放棄し第二防衛線まで後退するそうです!早くマスドライバーに向かわなければ囲まれます!!」



 不意に護衛のBTの外部スピーカーから響く声を聞きハッとしたグレースはライダーの声で正気を取り戻したカーネルと目を合わせて踵を返すとトランスポーターに向けて走った。


 若い頃はもっと走れていたはずだが、30代半ばの体力ではトランスポーターまでの100メートルが酷く長く感じる。


 グレースは体に鞭を打って全速力で進むが、その刹那、一瞬の静寂の後、空気が膨張した感覚を背中に受け押し倒されそうになるのを必死に堪えると今度は空気が掃除機に吸われているかのごとく後ろの方に吸い寄せられ、大きな炸裂音が轟くと同時に体が一瞬燃えたのかと思うほどの熱波に包まれた。


 グレース達は瞬間振り返ると炎上していたトランスポーターがさらに破壊され火柱を増しており、その影から這い出て来たのは漆黒と血液を混ぜたマーブル模様の巨体が炎に包まれながら佇んでいた。


 その化け物は二、三メートルはあろう体躯をよじらせると左右にある鎌のような部分を曇天の空に向けて、口腔部分にある顎を左右に開け閉めして威嚇している。



「長官!!そこにいると攻撃ができません!早く退いてください!」



 BTの外部スピーカーから聞こえて来る声に、カーネルとグレースは再度全速力でトランスポーターに向かい始めるが、先程のまで威嚇していた化け物が俊敏な動きでグレース達を守るように前に出ていたBTの一機に飛びつこうとし、急な接近に冷静さを失っていた護衛のライダーは反射的に持っていたガンポッドで応戦を開始した。



 瞬間鼓膜を思い切り殴られたような感覚があたりに響き、グレースは思わず耳を塞いでしまう。


 連続的なマズルフラッシュの後、秒間数百発に及ぶ90ミリの弾丸が放たれ、役目を終えた薬莢がチャンバーから狂ったように放出され始めると、BTの真下あたりで立ちすくんでいたグレースに向けて黄土色の輝きを反射させながら、隕石のように飛来する。



「グレース!!」


 カーネルは立ちすくむグレースに向けてタックルをかましながら、グレースを庇うようにして地面を転がりその直後、鈍い音をさせながら先程二人が居たであろう場所に薬莢が殺到した。


「無事か?!グレース!」


「え、えぇ、ありがとうカーネル助かったわ。」


「この馬鹿者ッ!!真下に人が居るのに発砲する奴がいるかっ!!これだから昔からライダーは嫌いなのだ、ぶっ放すしか脳のない連中ばかりで状況判断がなってない!!」


 物凄い剣幕で怒鳴るカーネルの言葉を集音センサーで受け取ったのか、発砲していたライダーはハッとし動きを止め、「も、申し訳ございません!」と謝罪しながら先程の発砲で撃ち落としたダストの警戒に移る。


「カーネル、早くトランスポーターへ戻らなくてはダストに囲まれてしまいます。」


「あぁ、その前にこれから戦う連中の顔を拝んでおきたい。」


 そう言うとカーネルは駆け寄ってきたSPの制止を振り解きダストの方に向かって歩く。

 グレースは内心恐怖しながら、歴史上最も謎が多い生命体“ダスト”の姿を見たい気持ちに抗えずカーネルの後ろを恐る恐るついて行った。



 護衛のBTが警戒する中、ダストの5メートルほど手前に立ち、その異様さに驚愕した。


 見るからに非生物的な見た目をしているのにも関わらず、頭部にある瞳は醜く獰猛でいて生物的な質感を醸し出しており、90ミリの弾丸を食らい風穴が空いた胴体からは赤黒い体液が滲み出ている。



「これが、ダスト……。」



 カーネルが呆然としながら立ち尽くし、さらに近くで見ようと一歩前へ出た瞬間、グレースは仰向けで倒れ伏すダストの特徴的な目が一瞬動いた気がした。



「カーネル!まって!!」



 グレースがその言葉を放つのに要した秒数より先に、手負のダストは最後の力を振り絞り、軋む身体を捩ると腕部の鎌をアッパースイングで逆袈裟斬りにしてカーネルの脇腹を鎌の先端で引っ掛けるように吹き飛ばした。


 人間が宙に浮いた後辿る末路など誰もが知っている通り、カーネルは鈍い音をさせて地面に不時着する。


 警戒していたはずの護衛のBTは一瞬の出来事で反応出来ず、遅れて反応すると先程怒鳴られたことが余程効いたのか、ガンポッドの発砲は控えて腰部に収納されているバトルナイフを取り出すと暴れているダストの頭部を突き刺し、今度こそ息の根を止めた。



 ダストの絶命に目も暮れず、グレースは吹き飛ばされたカーネルの元へ駆け寄り、力無く仰向けで倒れ伏すカーネルの容態を確認する。


 倒れ伏すカーネルの左脚は本来向いてはならない方向に曲がり、ダストの攻撃をもろに受けた脇腹からの出血が酷く、内臓まで達している様に見えた。



「カーネルしっかりして!!」



 遅れて駆け寄ってきたSPの一人に担架の用意と骨折した左足の添木を用意するように指示するとSPはトランスポーターへと走って行った。

 グレースは開拓惑星で身につけた救急マニュアルを思い出し、ブラウスの袖を引きちぎり雑に畳むと出血している脇腹に強く押し当て止血しようとするが白いブラウスはあっという間に真っ赤に染まってしまう。



「グレース……。」


 止血していたグレースは、か細い声を聞き逃して仕舞うが2度3度と同じように自身の名前を呼ばれ、今起きた様々な出来事で頭がはち切れそうになっていた思考をカーネルの声に向けた。


「カーネル、大丈夫です。マスドライバーのスターフォースワン政府専用クルーザーに辿り着ければちゃんとした医療施設があります、それまでの辛抱ですよ。」


 ぎこちないが、グレースなりの笑顔を浮かべるとカーネルは力無く笑う。



「キミは……嘘が下手だな……まぁ、俺にお似合いの最後ってやつだ。」



 グレースはその言葉に次、どのような言葉を繋げれば良いかどんな表情がいいか思考をフル回転させるが、これまでの政治家人生で培ったおべんちゃらもこんな時に限って浮かんで来ず歯軋りしかできない。



「……グレース……私の…左ポケットに入っているデータスティックを取ってくれないか。」



「えぇ……。」



 言われた通り止血していた為血液で真っ赤に染まった手でカーネルの左ポケットを弄ると、中指の長さ程あるデータの記録媒体を取り出しカーネルの手のひらに乗せた。

 カーネルは震える手でそのデータスティックを握るとパスワードを小声で呟き、記録媒体を起動させ「管理者権限を変更」と言うと無感情な機械音声で変更が完了した旨を報告する。



「グレース……これを…キミに……。」



「これは?」



「これには……諜報部と政府が100年で集めたダストに関する全ての情報が入っている……。」



「カーネル!それはーー。」



「いいから話を聞いてくれ。」



 カーネルは力を振り絞り声を張ると、グレースの手にデータスティックを握らし、咳込みながらグレースを見定め言葉を繋いだ。



「1ヶ月前…強襲揚陸艦アサヒを“時空変動の調査任務”に向かわせるように私の名前で依頼し、アサヒは10日前に出港している……。」


「それって……つまり銀河連邦政府は1ヶ月前にダストの侵攻を予見していたというの?!」


「いいや、その時はダストの侵攻とは知らなかった……1ヶ月前のファーストの側近だけが集まった会合でこの話題が上がったが、誰一人取り合おうとしなかった……私は諜報部からセクター6の件を小耳に挟んでいたから万が一を考えて……あの偏屈ジジイに頭を下げて調査を依頼したんだ。」


 グレースは偏屈ジジイと聞いて一瞬誰の事かと考えるがに調査を依頼したと言っていたことを思い出し、過去カーネルが愚痴っていた人物の顔を思い浮かべる。


「あなたが犬猿の仲であるブラッティ艦長に頭を下げるなんて、余程気になっていたのに何故会合で発言しなかったの?貴方の言葉なら少なくとも取り合われないなんて事はなかったのに……。」



 グレースの言葉にカーネルは咳き込みながら薄く笑い首を振る。



「何故だろうな、この立場になってカンが鈍ったのか……。いや、違うな……私自身、信じたくなかったのだろうダストが侵攻してくるなどと。まぁ、今となっては後悔先に立たずというやつだ……。」


 担架を持ってきた政府職員がカーネルの状況を見てあまりの惨状に一瞬たじろぐがグレースが手当を急ぐように目配せすると職員は肯き明後日の方向に向いている足を元に戻す。


 その瞬間、カーネルは激痛で呻きながらグレースの手を強靭な握力で握り締め、グレースも顔を顰めそうになるが重症の知人に気を遣わせまいと理性で抑えた。



「グレース……この騒動が発覚した後、アサヒと連絡を取ろうとしていたが、極秘作戦中で通信封鎖で連絡が取れていない……だがあの男、不死鳥ブラッティがこんな事で死ぬ程ヤワじゃない事はこの私が1番わかっている。」


「グレース長官、カーネル長官を担架に移します手伝ってください」


 話の途中だったがこの場に長くいるリスクを考え、止血していた手を退けると足の添木を終えた職員とSPがカーネルを担架に移すために体を持ち上げた。

 止血していた部分から勢いよく血液が流れ出している姿を見てグレースはカーネルが長くないであろう事を悟り歯噛みする。



「移動します、グレース長官もお早く」


「ええ、わかったわ」



 担架に揺られるカーネルの横に着きトランスポーターまで向かう途中でカーネルは先程の話の続きを始めた。



「ブラッティは必ずエデン方面に戻ってくるはずだ、そのデータスティックに奴が通る可能性があるルートを記してある。……ブラッティと合流した後はフレアに向かえ。」


「カーネルわかったわ、もうしゃべらないで。」


「グレースこんなことを頼むのは間違っていると思う……だが……すでに無事な閣僚はキミしかいない。……キミが銀河を……人類を導いて……くれ。」


 カーネルは担架に揺られながら譫言うわごとを呟くが、グレースは担架の隣で頷くことしかできない。


 トランスポーターに乗り込むとトランスポーターは出発し、護衛のBTもトランスポーターに続いて発進した。



「医療用ナノマシーンを2本打ちましたが……カーネル長官は長くないかもしれません。」


「そうですか……最善を尽くしてください」


 グレースがそういうと医療スタッフは先程の言葉を最後に気絶してしまったカーネルを臨時ベットになっているソファーに移動させて治療を行い始める。


 その風景をぼんやりと眺めていると同時に頭の中に浮かんできた言葉は「この先どうするのだろう」という素朴でいて重大な疑問であった。



 グレースがその疑問を頭に浮かべた瞬間、ハッとしてトランスポーターを見渡すとその場にいる全ての人間がグレースを見ていることに気がつき背筋がゾッとしてしまう。


 誰もが傷つき行く宛のない、だからと言ってこの場で立ちすくむわけにもいかない状況。


 寄る辺もない人間のコミュニティで指導者となる人間が必要なことはグレースでなくとも解る。



「今まで避けて来たけど、最後の最後で貧乏クジを引かされてしまいましたね、カーネル……。」



 これまでグレースは、自分が背負える範囲の責任を背負うことはあっても、見に余ると思った責任は背負おうとはしなかった。


 冗談なのか本気なのかわからないがカーネルから大統領選に出馬しないかと誘われた時も断った理由はそこにある、本質的に自分が責任を負おうとしない性格は政治家に向いていると思った反面、こうして土壇場に立たされ、人類の為と言われても実感など微塵も湧いていないが、少なくとも目の前の人々の為に何かできないかと考えている自分は世界で一番政治家に向いていないとも思っている。



 それでも重い腰を上げなければならない現状に嫌気はさそうとも、絶望などしている暇はない。



 グレースは辺りを見渡しその場にいる一人一人を見て頷くと、遠くに見え始めたマスドライバーを睨みつけた。

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