Chapter3

【強襲揚陸艦アサヒ レクリエーションルーム】




「おいおいアルその胸のゴールドスターバッチどこで拾ったんだ?」

「万年ブービー賞のお前が隊長とかなんの冗談だよ」



 他の隊の奴らが同意する様な笑い声を尻目に、アルベルトは胸で光る隊長バッチを投げ捨ててしまいたい衝動に駆られるがそんな事ができる訳もなくアルベルトは艦内にある士官用休憩所を歩いた。

 何故こんな場所にいるかと言うとパープル小隊の隊長としての初任務を完遂させる為だ。



 士官用のレクリエーションルームは軍の備品として自販機やビリヤード、ダーツなどが置いてあり、ジュークボックスから少し前に流行った流行歌が流れている。

 それなりの人がこのレクリエーションルームにいるがその一番奥にある3人は座れるであろうソファーを占領している女性が見える。

 その周りには一つの聖域のように人は居らず、軍用ブーツを脱いで足をソファーに投げ出しながら読書をしていた。

 ショートカットの髪の毛は黒髪で読書をするとき少し邪魔なのか華奢な指で前髪を耳にかける仕草は洗練されており、スラスラと本の文字をなぞる透き通ったブルーの瞳はなんとも言えず神秘的で、その姿はまるで絵画の中から出てきたかの様に絵になる構図である。



 周りから奇異な目線を貰いつつ一歩一歩歩みを進めて、その女性の前で立ち止まり、アルベルトは一呼吸置くと意を決してその女性の名前を呼んだ。



「アイリス・ハート・ローズマリー准尉ちょっといいかな?」



「なんの用でしょうか。」



 ダボっとした軍用のズボンからでも女性的ラインを感じる長い足を組みなおし座ったまま彼女は清々しいくらい無関心でそう答えた。


「いや、あの、一応俺上官なんだけど……。」

 そういうとチラリと目だけアルベルトの方に向け本を閉じてため息を吐く。


「なんでしょうか少尉、ナンパなら他でやってください」


「はぁ?!」


「生憎間に合っていますので」


 これはイーサン大尉から話に聞いていた以上の曲者だとアルベルトは頭を抱えた。



「アイリス准尉、そんなくだらないことで君の読書時間を邪魔したりしないよ」



「それは失礼いたしました、貴重な休憩時間を無駄にしたくないので用件がある様でしたら早く済ましていただけますか?」



 太々しくそう言う女性ライダーはブーツを履き立ち上がると目の前に立ち透き通った淡いブルーの瞳はアルベルトを睨み付ける。

 軍から支給されているタンクトップは女性のラインを座っていた時よりも一層際立たせて目のやり場に困るがこれから彼女に打診することを考えるとこれ以上舐められるわけにはいかない。

 意思を宿した目でアイリスの目を見つめ返すがそれが気に障ったのか、睨み付けているブルーの瞳はよりいっそ迫力を増していた。

 俗にいう「何ガン飛ばしてんだてめぇ」ってな具合に。



 眉間に寄ったシワが数本増えたところでこの不毛な争いを終わらせるべくアルベルトは胸ポケットから一枚の書類を取り出すとアイリスの目の前に晒して見せる。


「アイリス・ハート・ローズマリー准尉、本時刻を持って准尉はパープル小隊に転属となる、これが命令書だ。」



 アルベルトの手から引ったくる様にしてアイリスは書類を読むと少し口の端を歪めて笑う。



「了解しました少尉、隊長はワスナー中尉でありますか?」


「いや、パープル小隊は俺が隊長だ。」



 そう伝えるとアイリスは一瞬狼狽してアルベルトの階級章を確認すると訝しむ様にしてみせた。



「ワスナーにい……いえ中尉は、他の隊に転属したのですか?」



 現在事実確認の為、アルベルト達がダストと交戦した事といえ、ワスナー中尉がダストにやられた事は上層部と調査部隊のみが知っている事実であった為艦内にいる者は殆ど事実を知らない状況だった。

 その中でアルベルトがパープルリーダーになったことは配置転換と艦内メールで周知されていたのであるがアルベルトはこの状況でアイリスに対して真実を伝えるか迷う。



「ワスナー中尉は…………二階級特進で少佐に昇進された、よって俺が今パープルリーダーを引き継ぐことになった。」


 アルベルトは迷った末にワスナー中尉に関して事実のみ伝えるとアイリスは先ほどと比較にならない程狼狽して呟く。


「二階級特進……そんな…………ワスナー……が。」

 透き通ったブルーの瞳がどこか焦点が合わないまま俯き茫然とすると目を潤ませて向き直り。



「誰が……誰がワスナー中尉を反連邦の連中ですか!!」

「それは今俺からは言えない、この後ある艦長の放送で説明される。」



 そう伝えるとアイリスは潤んだ瞳を擦り、命令書をズボンのポケットにしまいアルベルトに向き直る。



「了解しました。少尉一つだけ……これからワスナー中尉、いえ少佐の仇を殺す機会はありますか?」



 先ほどの太々しくソファーに座り敵意剥き出しの目線とは違い真っ直ぐな眼差しでそう問われアルベルトは少し惚けてしまうが答える。



「仇個人、いや、個人と言えばいいのか個体と言えばいいのかわからないが俺とカイル少尉が止めをさした。」



「そうですか……それはよかった。」



 アイリスは安堵と喪失感を合わせたなんとも言えない表情で微笑む。

 その姿を見てアルベルトはなんと声をかけていいのかわからず沈黙しているとアイリスが震えた声で話始めた。



「あなた達がアサヒに帰って来てから艦内の雰囲気がピリついてます、それに加えて私の配置転換、ワスナー少佐の戦死、これから銀河連邦は戦争になりますか?」



 先ほどの太々しい敵意剥き出しの目線とは違い鋭いブルーの瞳に真っ直ぐな眼差しで問われ、アルベルトは曲がりなりにも隊長らしく答えようと目線を逸らさず彼女の求めている答えを探す。

 まだダストのことは艦内に周知されていない為彼女の言う戦争と言うのはこれまでの人と人の戦争が行われるかと言う意味だと思うが、アルベルトが戦ったのはこれまでの常識が通じない敵、化け物だった。

 これに対してアルベルトが今の段階で伝えることはできない、それは艦長やそれより上の連中が決めることだ。

 戦争か紛争か害獣駆除か何と戦いどうして戦うのかどうかも今のアルベルトから答えは出せない。

 アルベルトは少し考えて一息つくと透き通ったブルーの瞳を真っ直ぐ見て答える。


「戦争になるかはわからないが、一つ言える事があるとすれば、今までも俺たちライダーは“それなりの覚悟”を持って職務に当たってきたが、これからはこれまで以上に“覚悟”を試されると思う。俺から言えるのはこれくらいだ。」



 アルベルトがない語彙力を振り絞って放った言葉に、アイリスはなんの反応も示さずアルベルトの目を見据えていた。

 アルベルトは何も反応がないことに居心地が悪くなり、頭をかくとカイルから学んだ“気まずい雰囲気を和ませるニヤケ顔”を自分でも似合わないと思いながら浮かべ言葉を続ける。


「えーっと、アイリス准尉の求めた答えになっているかは分からないけど、反応ぐらいしてくれないかなぁ……?」


 そう伝えるとアイリスは硬い表情を一瞬崩し、アルベルトに向き直り姿勢を正して敬礼をする。

「覚悟ですか、望むところです少尉、パープル3としてこれから宜しくお願い致します隊長。」

「あ、あぁ、さっきの態度とえらい違いだな」

 先ほどのアイリスとは打って変わり180度違う態度に苦笑いを浮かべながら敬礼を返すとアイリスは周りを見渡す。



 容姿端麗でいて格闘技、射撃、BT操縦もトップクラスの技術を持ち。

 挙句、エデン本星の一流大学出身というカイルとは違った意味でパーフェクトヒューマンな彼女だが、なんでも出身は連邦から一番遠いことで有名な惑星フラウの王女様らしい。

 まぁ、そんなやんごとなき血筋だが今の連邦は王政や帝政、一党独裁政治は禁止されている為、現在は象徴君主制となっているそうだが、そんな経歴の為か配属当初からかなり有名だった。

 まあ、その頃の連邦将兵はアイリスがどんな人間か一部の人間以外知らなかったのだが。



「と言うことで、私がパープル小隊に配属になったからにはこのとろそうな隊長にはさっきのことを忘れてもらわないとね」



 いきなりの話の展開で「はぁ?」と言う間抜けな声が漏れてしまったアルベルトはアイリスの前蹴りを脛に一発もらい、あまりの衝撃と激痛で思わず前のめりになってしまう。

 するとアイリスはすかさず目の前に降りてきた隊長殿の胸ぐらを掴み思い切り自身の目の前まで引き出し小さな声で呟く。



「さっき私が泣きそうになっていた所、見たわよね?」

「へ??」

「見たわよね?!」



 胸ぐらを掴み凄みの効いた声で恫喝され、アルベルトは目を白黒させる。



「少しでもその事を艦内に漏らしたら殺すから」



「あ、あのー、俺一応上官なんだけど……。」

「返事は?!!!」



 透き通ったブルーの眼差しはアルベルトを今にも貫くんではないかという迫力に体は硬直し、ただ首を千切れんばかりに縦に振るしかなかった。



「そのミジンコ以下しかない脳味噌にもやっとわかってもらえたようね、そう言うことでこれからよろしく隊長」



 そう言うと後ろに向き、手をひらひらさせながらレクリエーションルームを出ていくアイリス。

 その姿を遠目に見ていた周りの隊員は一目散にアルベルトを囲み質問責めにする。

「おいアル!!アイリスとどういう関係だ!!」

「アイリスを口説くなんてお前には五千年早えぞ!」

「お前隊長になったからって《ブリザードクィーン》を口説くのはいくらなんでも自殺行為だぞ」

「悪いことは言わねぇからやめとけ」



 軍用ブーツでスネを蹴られて激痛な上に散々な言われようのアルベルトだがこの周りの反応がこうなることもなんとなく理解できた。



 アイリスが初めて配属された部隊でのこと、彼女は任官早々直属の上官に右ストレートをブチかましノックダウンさせてその上官のマイ・サンを蹴り倒して再起不能にさせたり、その次の部隊では命令違反を起こしまたも頭突きで前歯を折って左遷。

 その次の部隊ではナンパしてきた隊員3人に対して殴る蹴るの大立ち回りをかまして左遷。

 そして回り回ってこの艦アサヒに任官してきた頃にはその悪行が知れ渡っており彼女の周りには人が近寄らず先の様に半径3メートル内は聖域と化しており、そんな畏怖の象徴として名付けられたのが《ブリザードクィーン》

 世俗に疎いアルベルトでもその大層なあだ名とその武勇伝を噂で聞いていた。



 そんな悪名高いアイリスをわざわざ新人隊長のところに配属させるなんてイーサン大尉は鬼だと思うのであるが、イーサン大尉は「これも新人隊長の通過儀礼だ」といい配置転換命令書をアルベルトに託し、わざとらしく「あー、BT隊の中隊長とイエロー小隊の再建で忙しいなー」といいながらアルベルトの前を足早に去っていってしまい今の状況である。



「はぁー、俺、絶対隊長向いていないわ」



 アルベルトはボソリと呟きやんや言われている隊員を適当にあしらってレクリエーションルームを後にした。



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