Chapter2
【惑星エデン首都 トランスポーター内】
「カーネル、一体何が起きているの?ここには連邦軍もいるはずなのに、いきなりエデン本星に侵攻を許し、しかも首都を攻撃されるなんて。」
人類の起源であるエデンは銀河連邦の中心であり、その惑星の首都となると政治を含め広大な銀河を管理する為の中心地だ。
惑星エデンの総人口は200億人を突破してさらに伸び続けており、銀河中に植民が開始された今でも銀河人口の5パーセントを占めている。
その為政府は、エデン近郊の宙域に防衛用の砲撃衛星群や偵察衛星が配備され、万が一それが突破されたとしても銀河最強と言われる連邦第一艦隊や地上には連邦第一師団が控えているため、たとえ反連邦勢力が束になって攻撃して来たとしても返り討ちにできると豪語していたのにも関わらずこのような攻撃を受けるなど軍事に詳しくないグレースから見ても異常事態であると分かっていた。
グレースの問いに対してカーネルはため息を吐いて事の顛末を話し始める。
「10日前惑星ビルドの難民から届いた情報は知っているな?」
「ええ、その報告を受けたファースト政権は緊急議会を開くことになり、私も含めて銀河連邦議員ほぼ全員が議会に出席しています。」
銀河連邦は名前の通り銀河を股にかける組織であり“ドライブ”という超長距離跳躍技術を使ったとしても銀河の端から端まで早くて一ヶ月以上はかかってしまう為、連邦政府が直接統治するのは不可能であった。
その為、銀河連邦は銀河中にある各恒星系が中心となりある程度の大きさで区分けされた“セクター”という単位で銀河を管理している。
そして各セクターは代表者を“連邦議員”としてエデンに派遣し、自治体はその連邦議員にある程度の裁量権を持たせることで、定期的に開催される連邦議会でそのセクターの代表として発言ができるようになっていた。
今回は数十年に一度有るか無いかの緊急議会であったのだが、この制度のお陰で各セクターの代表者とすぐに連携を取ることができ、この騒動が起きるまでの数千年間なんとか銀河連邦を維持して来たのである。
そして10日前に入って来た情報というのは、今攻撃を受けているダストの事であり、ダストの報告が上がってくる数日前から惑星ビルドを中心とするセクター6近郊にて相次いで植民惑星が何者かの攻撃を受けていると報告が上がって来たのだが、詳細がこちらに伝わる前に
もちろん
ビルドの生き残りより、もたらされた情報によると、事の発端は【セクター6の管轄内でダストを排除できた場合に得られるダストの情報やテクノロジーの独占権】と【ダストの侵攻で受ける被害】を天秤にかけた結果の政治的判断だったらしい。
「先の“ビルド帝国大戦”で
過去の遺恨、利権問題、様々な要因が重なり一部の権力者が独断専行した結果、セクター6全域に情報規制を敷き、2個師団を派遣したがダストは予想以上の大群であり対抗できず惑星ビルドはすでに壊滅。
また派遣した2個師団も全損した事で焦ったセクター6方面軍は全戦力を持って最終防衛ラインで待ち構えようとするが、そこでダストのジャミングが発生、軍はまともに連携が取れず瓦解し、ダストは勢いそのままに銀河中に侵攻している状況。
グレースが知っている限りの情報を頭の中でまとめて要約すると“くだらない権威欲に目が眩んだ馬鹿共のせいで引き起こされたこの事態の収拾を図るべく人類が必死になっている”ということである。
「人類とはどこまで愚かなのでしょうね。」
そう呟くグレースは元来歴史学者であり、こういった窮地に立たされる文明の共通点は紛れもなく“人々の怠慢”にあると考えていた。
文明に暴君が君臨するのも、飢餓に苦しむのも、人種や思想で差別を受け、迫害され潰えるのも全て、その文明に属する人々の怠慢であり、誰か一人が100%悪い訳ではない。
今回の一件はグレースを含めこの銀河に生きる人間が“ダスト”という存在に対して向き合わず、臭いものに蓋をしてしまった為に起きた騒動であり、だからこそ直感的に今回の一件はこのままでは終わらないであろうとグレースは感じていた。
「首都攻撃が始まる直前に届いた情報だが先程アトランティスが落ちた。」
恒星系エデンの第五惑星アトランティスは外惑星帯の星ではあるが、ドライブという超長距離跳躍技術が発展した現代において、エデンから2日ほどの距離であり、日常生活に落とし込むのであれば「隣国が爆撃されたらしい」レベルの距離感である。
エデンを含むセクター1の政府は最終防衛ラインをアトランティスに設定していた為、昨日の時点でセクター1の全戦力をアトランティスに集結させていた。
カーネルが語った言葉を聞きグレースは戦線が崩壊しアトランティスが抜かれたことで起きた“最悪なシナリオ”が現在進行していることを察し、自分の直感の鋭さに嫌気がさす。
「歴史は繰り返すとはよく言ったものね……。」
この状況に陥ってグレースが放った言葉は人類史で言う所の“真実”であり逃れようもない“現実”なのかもしれない。
人類が初めてダストの脅威を知ったのはたった数百年前の出来事であるのにも関わらずその恐怖を人類は何処か他人事のように感じてしまう。
それはグレースを含め全員であるのだが、この現状は歴史学者としての一面があるグレースとしては分かっていたとしてもやるせないものであった。
「ああ、技術がどれだけ進歩したとしても人類の根本は進歩していない。未だに同族同士で争い、たった100年前の事だというのに過去を忘却してしまう、ダストはそんな人類を嘲笑っているかのようだ……。」
「だとしても、昨日の今日でエデンまでくるなんていくらなんでも早すぎるのでは?」
「おそらく別の群れがいたのだろう。でなければ辻褄が合わん、そもそも100年前のデータでは数の暴力で押し切って突撃するしか脳のない連中だったはずだが今回の動きは明らかに違う、しかも諜報部の連中が持ってきた情報によると奴らは我々が持っていない未知の技術を持っている可能性があると報告があった。B粒子ネットワークに干渉するジャミング能力と我々のドライブ能力を超える超長距離跳躍技術だ。」
「そんな!……ダストが人類を凌駕する技術力を使い外銀河から侵略して来たとでもいうの?!」
グレースはその言葉を聞き驚愕する。
“B粒子ネットワーク” とは未開拓惑星に植民を行う際、情報共有を容易にする為特定の通信基地を作る事なく、情報共有ができる広域ネットワーク技術でありドライブ技術と並び人類が発明した偉業の一つだ。
この広大な銀河で人類が孤独を感じる事なく人との繋がりを感じ続ける為に官民関係なく全ての人類がアクセス出来る“B粒子ネットワーク”は、人類が辛うじて連邦という枠組みを維持し続ける理由の一つであるが、この通信技術は“時空間”にサーバーがあり、どんな優秀なハッカーや技術者と言えど、ハッキングすることが出来ないと言われるほど機密性が高いことで有名だった。
そして人類を凌駕するドライブ技術を持っているという部分に関してだが、統一歴900年代人類は“超空洞(ボイド)”の発見により“銀河系の端”に到達したと言われている。
“
それでも学者たちは諦めず、B粒子を貯蔵して
この事が確認された時、人類が信じていた“宇宙は無限に広がっている”という常識は砕け散り、統一歴2044年である現在の一般常識としてこの銀河にはボイドという壁がある事は周知の事実であり、人類は銀河という“箱庭”の中で生きている生物ということだ。
長年の常識が覆された人類であるが、一般的に今はまだこの銀河に開拓していない惑星が無数にあり、半永久的にエネルギーを生み出す事ができるB粒子技術が存在する為、そこまでの危機感はないが、裏を返せばもし人類がこのまま増え続け、この箱庭を食いつぶしてしまったとしたら人類は絶滅するしかない。
まぁ、そんな絶望的未来がいつ来るのかと様々な場所で議論されているが、それが数百年後なのか数千年後なのか、はたまた数年後なのかなど、どんな学者に聞いたとしても明確な答えなど持っていないだろうが、宇宙に壁があったという事実は人類にとって“これ以上先がない”頭打ちという意味でもある。
だが、ダストが我々の
「まさか、現在他のセクターと連絡が取れないということは……。」
「ああ、おそらく現在銀河中でダストの襲撃を受けている可能性が高い。」
「……このままでは人類は滅亡してしまいます!早く方針を決めなければ!!」
「その通りだ、通信が途絶する前、セクター11の惑星フレアからダストの第一次侵攻を防ぎ切ったと連絡があった、連邦議会はひとまず惑星フレアを目指す事になる。」
「……惑星フレア懐かしいですわ。」
グレースはフレアという名前を聞き、過去数年間お世話になった惑星の記憶を呼び起こす。
あの美しい自然や暖かな街並み、そこに君臨する頑固だが心温かい国王や、グレースにとって最初で最後の教え子を思い出しこの非常時になくなっていた心の余裕を少し取り戻す。
「キミはフレアに行ったことがあるのか?」
「ええ、昔少し縁がありまして数年間滞在したことがありますわ。ですがフレアは銀河連邦の端にあります、この状況で上手く脱出できたとしてもその先は厳しい道のりになりそうね。」
思い出に浸っているとその空間に割り込んできた大声に二人は振り向く。
そこに居たのは息を切らしたカーネルの護衛をしていたSPの一人であった。
「カーネル長官、グレース長官!来てください!!」
その言葉を聞きソファーに座っていた二人は立ち上がり運転席の方に駆けて行くと、運転手が近寄ってきた二人に気がつき、フロントガラスの向こうを狼狽しながら指差している。
二人は目線をそちらに移すと視線の先に見えたのは、グレース達が乗っているものと同じ政府専用のトランスポーターが横倒しになり、その周りには護衛についていた筈のBTが炎上していた。
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