Chapter1
【強襲揚陸艦アサヒ 艦長室】
「早速ですが、今回の戦闘で一番初めに奴らの存在に気がついたアルベルト少尉、あなたに意見を聞きたいと思っております。」
「はい、ムラサメ少佐。」
「まず、状況の確認ですがイエロー小隊の捜索と哨戒任務中、あの未確認敵勢生物に遭遇。事実確認はまだですが便宜上ダストと呼びます。アルベルト少尉が一番初めダストの接近に気が付いたのはどのタイミングですか?」
「えっと……あの時、隊長から通信でウェポンセーフティの解除を命じられ周囲を警戒していました。その際の陣形は一番前にワスナー隊長の機体、二番目にカイル少尉の機体が続き、私は小隊の一番後ろについてレーダーを確認すると急に反応があって、見上げると影が迫っておりました。」
「すると、あの瞬間までレーダーに反応はなかったということですね?」
「ええ、一応レーダーには普段から気を配っているので、おそらくあの瞬間に反応があったのではないかと。」
「そうなるとダストは高度なステルス技術または我々では理解できない未知の技術を使ってレーダーを無効化できるということか……。」
イーサンは今までの会話を聞き「厄介だな」と呟きながら頭をかく。
宇宙空間を行動する前提で作られているBTには覗き窓などは無く、肉眼で宇宙空間を確認することが出来ない。
その為、BTがレーダーやその他のセンサーを使って入手した情報を
ダストがもしレーダーやセンサー類に映らないとなると最悪の場合、接敵する直前まで相手の存在が分からないといったことが起こるかもしれない。
「幸いカメラに映っているという事は光学迷彩のような機能はないということだ、流石に物理的に消えられたら手も足も出ないが敵が“ソコ”にいるとわかっているのであれば戦いようはあるだろう。」
そう先任曹長が発言すると次の話題に移る。
「その後の行動ですが、ダストの弱点が光であると思ったのはカイル少尉が撃った閃光弾を避けたように見えたからだという事ですね?」
「はい、映像の通り閃光弾が炸裂した場所のみダストは避けているように見えました。奇襲を受けたあの状況で周りを囲まれており、しかも相手の動きが素早く、アステロイドが邪魔で無線も通じない状況でした、先程の死骸を見て貰えばわかると思いますが奴らの装甲はかなり硬い、この場合で増援を待ったとしてもその前に俺たちがやられている可能性が高く、光を避けるという習性にかけるしかなかったので。」
「なるほど、その戦術はこの先ダストと戦う上で重要な情報になる可能性があります。今回の報告書とは別で詳しい状況を報告書にまとめてください。」
「了解しました。」
「僕からも質問よろしいでしょうか?」
「はい、マジメン大尉。」
今まで黙していたマジメンは、かけていたメガネを直しながらカイルとアルベルトを見て質問をし始めた。
「お二人はあの化け物に知性があると思いますか?」
二人はあの状況下で、ヤツらに知性があるかどうかを確認する間もなかった為、マジメンの意外な質問に首を捻り思考する。
カイルがどう思っているかは分からないが、アルベルトは今回のダストに対して知性を感じる行動はなかったと考えていた。
なぜかと言うと、今回のダストには学習能力という部分が感じられなかったからである。
戦いに勝利するという一点において、数の優位というのは重視するべき点の一つであり、あの時点でこちらは二機、相手は数百、もしくは数千という数の優位があったにも関わらず、ダストは一斉に責めるのではなく戦力の逐次投入という愚策に出ていた。
もちろんこちらの数が少なく、一斉攻撃をしたら同士討ちになってしまう可能性があったが、根本的にそこを気にしているような相手では無いようにアルベルトは思う。
だからと言って今回の襲撃相手は、今まで見聞きしていたダストの行動とは違い、規則的な行動をとっており、知性がないと言い切るには少し違和感があった。
そうなると、考えられる原因は二つ、“二人
を攻撃することが目的では無い”場合と“何か別の原因で攻撃できなかった”場合であるが、断定できる材料が少なくアルベルトの憶測でしかないのが現状だ。
アルベルトは思考の渦をかき分けながら自分なりの理論を組み立てていると二人が発言しない為静まり返っていた艦長室の沈黙を破り「あくまで持論ですが……。」と枕詞を置いてカイルが発言する。
「おそらく、あの連中に知性は無いと思われます。映像にも残っている通り奴らの動きは単調で、考えて行動しているようには思えませんでした、うまく言えませんがチグハグな行動をしているような……おい!アルお前もなんか言えよ。」
発言したのは良いものの、生まれつき感覚派で天才肌のカイルにこういった説明は向いていなかったらしい。
隣のメインキャラ有害系兵士に背がまれアルベルトは先程の考えを頭の中でまとめつつ発言する。
「私もカイル少尉とおおよそ同じ意見ですが一つ気になる点としては、アイツらが100年前のデータと明らかに違う動きをしている点です。」
100年前にあった “災厄戦争” のデータは現代のデータと違いローカルネットが主流だった為、現存する物が限られているが政府のデータベースには辛うじて残っており、それを確認する限り、もっと物量を使って敵を押し潰し、たとえ単騎になっても撤退せず死ぬことを恐れない野生的な行動原理が多く見られたように感じる。
だが今回遭遇したダストは、突撃するのは最小限であとは二人の退路を塞ぐように行動するなどと明らかに組織的な行動をしていた。
「なんというか命令の通りに動いているドローンと戦っているような感じがします。」
「アルベルト少尉はダストを操っている何者かがいると考えているのかね?
ずっと黙っていた艦長が急に発言した事で、アルベルトは少し焦りながら否定する。
「あ、いいえ、どちらかというと何か……そう、実習用にプログラムされた敵との戦闘を受けているような感覚です。」
「プログラムだと?」
「はい、意思ではなく命令を忠実に推敲するプログラムです。」
「少尉、プログラムも何者かが介入しているのだから、同じことではないのか?」
素朴な疑問を率直にぶつけてきたイーサンにアルベルトは横に首を振る。
「ゲームと一緒ですよイーサン大尉、プログラムの場合はゲームに出てくるNPCで何者かがダストを操っている場合はそのキャラクターにはプレイヤーがいるということです。」
アルベルトは昔銀河中で大流行していた対戦ネットゲームにどハマりしていたことがあり、そんな例え話をし始める。
ゲームと言っても様々な種類があるが、ゲームに出てくる登場人物には“NPC”と“PC”の2パターンしか存在しない。
ゲームにおいて“PC”はプレーヤーであり、そのプレーヤーの反応がキャラクターに宿る為、プレーヤーの癖や敵が予想外の動きをすると動揺が見え隠れするなど、ある種の感情がキャラクターにのってしまうものだが、“NPC”はあくまでもゲームを面白くする為に製作者が用意した
今回の敵は明らかに何者かの命令によってあの宙域にいたが、二人が逃げに徹すると攻撃もまばらで進行方向に布陣して妨害してくるのみであった。
「……もしかして……あの動きは俺たちを誘導していたのかも……。」
「誘導?どういうことだアルベルト少尉。」
先任曹長は眉間に皺を寄せてアルベルトの発言を急かすと、視線に気がついたアルベルトは一瞬どこかに行っていた思考を会話に戻す。
「あ、いや、今考えるとダストに脱出方向を誘導されていたように感じまして……。」
二人があの宙域から撤退を決断してから何度となく襲撃を受けたが、アステロイドベルトを抜け出そうと小惑星の密度が濃い宙域に入った後は散発的な妨害をするにとどまっていたように感じる。
「ダストはあのアステロイドベルトを調べられたくなかったのかもしれません、例えば……今回の調査対象である時空変動を調べられたくなかったとか。」
それであれば、アステロイドベルトを抜けた後に追撃がなくなった理由にもある程度は説明が付くだろうと一人納得しているとムラサメ少佐が咳払いをして「その件に関しても別で報告書を上げてもらえるかしら?」とニコリと笑いアルベルトはまた書類仕事が増えたと苦笑いを浮かべつつ「了解しました」と返した。
それからも、デブリーフィングという名の事情聴取は続き、アルベルトとカイルに対して戦闘時の詳細な状況説明やダストと戦った時の違和感を具体的に伝え、聞いている面々がアルベルトに対して時折質問をしつつ会議は進められる。
「なるほど、ありがとうございました他に質問がないようで有れば二人には退席してもらいますが?」
少しの沈黙の後、質問がないようなのでアルベルトとカイルは面々に一礼し、退席しようとするとイーサンが呼び止めた。
「言い忘れていたがパープル小隊に一人補欠から選別して隊に入れる形になる、イエロー小隊が全滅した今イエロー小隊の士官が足りていないから俺が出張ってやるしかない状況だ、俺としては遺憾だがワスナーが死んだ以上隊長も決めないとならない、階級も軍歴も同期の二人だが実戦経験があるカイルに隊長をやってもらいたい、できるか?」
家柄や軍歴も踏まえると妥当な人選だとアルベルトも含めて全員が肯くがそれに対して異議を唱えたのは他ならぬカイルだった。
「謹んで辞退します。」
「ほう、それはなぜかね?」
意外な返答に対して艦長が艦長帽子をかぶり直しカイルを見定めるとカイルは他所向きのスイッチを切ったかのようにニンマリとした笑顔で応えた。
「残念ながら俺は隊長になれる器じゃありませんので、代わりにアルを隊長に推薦します。」
その言葉にアルベルトの思考は一旦停止するが隣の悪友がいつもの悪い笑顔をアルベルトの方に向けると思考が戻ってくる。
「なっ?!なに言ってんだよ!!俺が隊長なんてできるわけないだろ!?大体さっきも大尉が言ってたように実戦経験があるのはカイルなんだから!」
そう伝えるとカイルはゆっくりと首を振って答えた。
「さっきの戦闘を含めるならお前も実戦済みだ、戦闘経験の一回や二回でそこまで技術が変わるわけでもないしな、それに残念だが俺には人一倍先を見る目があるんでね、俺自身が隊長になった後にどうなるかが見えてるんだ。だから隊長はお前がやれ。」
そう言い終わるとカイルは目を閉じて考え込むような仕草をして言葉を続ける。
「イーサン大尉いいですよね?」
「まあ、お前がそう言うなら構わないが?」
イーサン大尉は目線で同意を取るかのように艦長を一瞥すると艦長も肯く。
「では現時点を持ってアルベルト・アダムス少尉をパープル小隊の隊長に任命する。」
そう言い終わるとイーサン大尉はアルベルトの所まで近寄り、階級章の上の部分にBT隊の隊長しか着けることが許されない金色の星マークをつけると肩を叩き「まあ、気張らずやれよ」と口をニヤケさせる。
呆然としているアルベルトをよそに二人揃って退室するとアルベルトはカイルの方を睨みつけていた。
「どうしてだよカイル!お前、親父さんから今年中に軍隊辞めて会社を手伝うように言われて、昇進したらもう一年待ってもらえるって条件だったろ!せっかくのチャンスをなんで……。」
先を歩いていたカイルが立ち止まり背中を向けたままアルベルトの問いに答える。
「クソ親父の言うことなんて元から守るつもりはないさ」
その言葉にアルベルトは訝しむ。
「第一ダストが再来したって言うのに軍を抜けちまったら尻尾巻いて逃げたって思われちまう…………ってのは建前だよ。」
そう言い、カイルは両手を上げてヤレヤレと首を振る。
「正直、さっきの戦闘でワスナー中尉が落とされた時頭が真っ白になった、その後に現実感と共に這い寄ってきたのは焦燥感と絶望だ、挙句勝手にテンパって閃光弾を目の前に発射、視界がホワイトアウトした時“もうダメだ”って思っちまった。あの瞬間、諦めちまったんだよ生きることを俺自身が。」
カイルは薄目で遠くを見ていた仕草をやめて手をアルベルトの肩に置き目を見据えて言う。
「だが、お前は違ったいち早く現状把握をして知恵を絞り死なない為の行動をした」
「そりゃ、当たり前だろ!誰だってあの状況になれば交戦せずに撤退を考える!お前だって同じ事を考えていたろ?」
「撤退するのと逃げるのとじゃ全くちげぇよ、俺が部下の立場だったらって考えたら、今の俺の下で命張ろうってきにはならないしな、お前の下なら命を張れるって今日そう思った、だから今回はお前に譲るぜ、隊長。」
そう言い残すとカイルは歩みを進める。
アルベルトはそれを茫然と眺めるしかなかった。
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