第1話 祈りながら生きている

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【強襲揚陸艦アサヒ 艦内】





 あの黒い影から逃げ延びて母艦であるアサヒに収容されると、休む暇なく艦長室で報告するよう言われカイルと共に向かった。



「全く!命辛々戻って来たっていうのにこの仕打ちかよ!シャワーくらい浴びさせてくれよな」



「シャワーなんて浴びていて遅れましたって艦長に言えるのか?俺はごめんだね。」



 毒づくカイルに対してそう言いつつひたすら真っ直ぐに続く艦長室への道を歩くが、これがひたすらに長い。

 アルベルトたちの母艦【エス・ティマ級 強襲揚陸艦アサヒ】は準大型艦に区分され全長600mを越す艦であり強襲揚陸艦という名前の通り単艦でコロニーや敵基地を制圧する為大隊規模の戦力を展開できる能力を有している。

 艦載機、BTや機甲戦力の搭載数は100機以上、搭乗員人数5000名を超える為、フライトデッキフロアから艦長室までたどり着くのも一苦労であった。

 ちなみに大昔の宇宙船は無重力空間だったらしいが現代の宇宙船の殆どは居住区には反重力機関があり、常にエデンと同じ1Gの重力が掛っている為、艦内は歩いて移動する。

 無重力状態だと艦内の荷物から何から浮いてしまうことや長期間の無重力状態は人間の体を弱くしてしまう為このような仕様になっているそうだが大袈裟ではなくあの戦闘のあと1キロ近く歩くのは堪える。

 黙って歩くと尚更思わず艦長への愚痴を零してしまいそうになる為アルベルトは暇つぶしがてらカイルに質問を投げかけた。



「なあ、ぶっちゃけこの後どうなると思う?」



「この後ってこの呼び出しの後か?」



「ああ、俺みたいなモブキャラ無害系兵士は呼び出しを受ける事とかも少ないし、最後に呼び出しを受けたのこのアサヒに転属になった時だから正直艦長と会話したことすらないんだよ」



「なんだそれ?俺がメインキャラ有害系兵士とでも言いたいのか?」



「自分で言っちゃうかそれ?」



 有害系かはともかく自分をメインキャラとか言っちゃうコイツに対してイラッとしないくらいしっくりくるのはなぜだろうか。

 呆れたアルベルトを見て軽く笑ったカイルはアルベルトの無駄話に少し頭を捻ると答えてくれる。



「まあ言っても、俺もそんなに頻繁にはないぞ?先週呼び出された時は艦内の女性をナンパするなと隊長からお叱りを受けたくらいだな」



「いや、先週って時点で頻繁だと思うんだが」



「正直作戦中の出来事で呼び出されるのは俺も今回で二度目だ、一度目は前話した反連邦勢力との戦闘後のデブリーフィングだったがその時も隊長がほぼ説明してくれて立っているだけだったしな…直属の上官が戦死してる今回みたいなパターンは俺も初めてだよ……。」



 アルベルトはワスナー隊長がダストに貫かれる瞬間を思い出し背中に冷たい汗を感じる。



「まあ、心配するな俺たちの今回の行動は何一つ間違っていないさ」



 不安そうにしているアルベルトを和ませる為かカイルはそう笑って肩を叩くがアルベルトの気持ちは落ち着かなかった。



 この気持ちを例えるなら士官学校で教官に呼び出された時の感情に似ている。

 数年前の出来事だが、士官学校の寮で同室の奴がロッカーにエロ本を隠しており、それが見つかった時に連帯責任で呼び出された時のことだった。



 アルベルトはその真相を知らず自分が何かしでかしたのかと焦ったのだが、同室の奴のせいで呼び出されたと知りほっとしたことを覚えている。

 その時の罰は風呂掃除とトイレ掃除を一週間するというものだったが、初日に泣いて謝る同期にアルベルトは文句を言うこともできず渋々罰を受けた。

 そんなことも今となってはいい思い出なのだが、こういった時の感情はなんともいえない緊張感があった。



 そんな話をしていると艦長室の目の前に着く。

 カイルがノックすると「入ってください」と女性の声が聞こえカイルはドア部分に手を翳すと自動で扉が開き中に入っていき、一呼吸おいてアルベルトも続いて入っていく。



 中には、ソファーに座るブラッティ艦長とその隣には副長をしているムラサメ少佐が座っている。

 別のソファーにはこの艦で2人の次に階級の高い参謀補佐のマジメン大尉とこの艦のBT中隊の中隊長であるイーサン大尉が座っており、先任上級曹長が艦長の隣に立っていた。



「カイル・ガーランド少尉、アルベルト・アダムス少尉出頭しました。」



「2人とも休みたまえ、よく生きて帰ってきた」



「ありがとうございます艦長」



 アルベルトとカイルは返事と敬礼をして直るが、休めと言われてもこの艦の最高幹部が雁首揃えている前で何を聞かれるのか気が気でない、何せここにいる4人の意見によってはアルベルトの将来が決まってしまう可能性がある。


 カイルは親父さんの会社でも継げば良いかもしれないが、アルベルトには特別なコネなんてないし、才能といえばどんなBSにでも同調できるというものだが、世の中のプロフェッショナル達から見れば低い水準での話であり、BTを含めBS搭載型の乗り物をなんとか操縦できる程度のもので、再就職となると難しいだろう。

 再就職出来る場所で強いて言うのであれば、宇宙港のクレーンやリフトの運転手とかであるが、軍のライダーに比べれば安月給である。



(とはいえ福利厚生がしっかりしていれば構わないような?今日のような命の危険もないし)



 よくよく考えてみるとライダーの給料は割に合っていないと感じるアルベルトは給料面は目を瞑って転職するのもありかもしれないとくだらないドロップアウト人生を想像していた矢先、ブラッティ艦長が艦長帽子を脱ぎロマンスグレーの髪を掻き上げながら本題を話し始めた。



「ある程度の報告は上がってきているが、この様な事態だ是非本人たちから話を聞きたいと思ってね、ムラサメ少佐例の映像を頼む。」



「かしこまりました艦長」



 そう言うと艦長の隣に立っていたムラサメ少佐がなんの変哲もない壁の方に歩いて行き艦長室の壁を三回ノックすると壁がスクリーンに早変わりした。



「まだ断片的にしかわかっておりませんが現在まで解析できた情報をまとめましたのでご報告します。今再生されている物はパープル小隊が戦った敵の映像になります。」



 目の前に映し出されたのはアルベルトの搭乗していたパープル3の頭部カメラが捉えた映像で、この後何が起こるかわかっているアルベルトとカイルは顔を潜めてしまう。



 上から高速で突っ込んで来る黒い影は、アルベルトの警告も虚しく隊長の機体に突き刺さる。

 コックピットの潰れる音と同時にノイズが途絶える無線、動画はそのあと十数分続く戦闘を映し出し止まる。



 ムラサメ少佐とブラッティ艦長は事前に映像を確認していたのか動じていなかったがマジメン大尉とイーサン大尉は映像を見て驚愕していた。



「コイツは……よく出来たCGじゃないならどう考えてもこの銀河の生物じゃねぇな」



「これが……100年前にビルドを壊滅寸前まで追い込んだ“災厄戦争の魔物”……。」



 マジメン大尉は目の前で再生されている映像をみてたじろいだ。



「おいおいマジメン、戦う前からビビってんのか?」



 隣にいたイーサン大尉は、マジメン大尉に対して揶揄うように肘で小突きながらニヤリと笑う。

 マジメン大尉はそれに対して鬱陶しそうな顔をするが、すぐにいつもの表情に戻るとイーサンに対し冷たく言い放つ。



「イーサン大尉、おちょくるのはやめて下さい、いくら年下だからって同じ大尉なんですよ、もっと敬意を持って接してもらえませんか」



「十分敬意を払ってイジってるつもりなんだがな」



 2人の戯れ合いに対して艦長は「それぐらいにしておけ、2人とも」と宥めて話を戻した。



「我々は現在想定外の事態に陥っている、詳しくはムラサメ少佐の報告を待ってエデン本星の連邦司令部に報告することとなるがマジメン大尉、現在司令部はなんと言ってきておるかね?」



「艦長実は、司令部と最後に交信したのは無線封鎖前の約十日前なのですが、すでに時空変動の影響下を抜けているのにも関わらず連絡が取れていないのが現状です。原因を調査中ではありますが一先ずアサヒを現在の位置からポイント120、セクター1-75まで移動させて再度通信を試す予定であります。」



「ふむ、なるべく急いでくれ、司令部の連中にこうなった経緯を聞かんとな」



 艦長はそう言って明後日の方向を睨む、その鋭い眼光は遠いエデン本星に向けられている物だと分かってはいるがこの場にいる者はその眼光に当てられ数秒口を継ぐんだ。

 沈黙が艦長室を包む中、艦長はその空気を察したのか一つ咳払いをして言葉を続ける。



「それはともかくとして、このまま司令部の連絡を待つだけという訳にもいかん、これからこの艦はコンディションイエロー《準戦時体制》に移行する。イーサン大尉、BT隊は非常時に備えて1小隊は必ずスクランブル状態で待機させてくれ。」



 アルベルトはスクランブル待機と聞いて、今回は運よく生きて帰っただけでこれから先あんなことが何度となくあるのかと、これから巻き込まれる危機的状況を想像して正直な所、気が重くなる。


 艦長室に入る全員が神妙な面持ちでいると、小さく咳払いをして「艦長、ちょっといいか?」と発言したのはイーサンだった、艦長は発言を許可する旨伝えるとイーサン大尉は頭を掻きながら少し躊躇いながら話し始めた。



「艦長はそこに映っている化け物がダストだって確信しているってことか?」



「何が言いたい、イーサン。」



「いや、映像に映っているヤツらがダストだとしてスクランブルに対応はする。しかし、動画を見る限り、奇襲攻撃には注意しないといけないが、高度な組織的行動をする脳みそはないんじゃないか?どちらかというと野生動物や昆虫のような本能に従って狩りをしているかのように見えるが。」



 つまり、イーサンが言いたいのは敵がどんな連中かわからないのにも関わらず“コンディションイエロー(準戦時体制)”と言うのは大袈裟ではないかと言いたいらしい。



「まぁ、別に艦長を疑っているわけではないが、本来であれば害獣駆除を目的とした命令にした方が良いんじゃないか?それとも艦長はこのまま“第二次災厄戦争”になるとでもお考えで?」



 イーサンの言葉にムラサメ少佐が首を振る。



「イーサン大尉それは楽観的過ぎます、100年前の災厄戦争が悲惨な結果に終わったのも当時の軍首脳部が自体を楽観視した結果初動が遅れ、敵の進行を阻止できなかった為です。」



「当時はBTもなく、貧弱な戦闘機と戦車しかなかった為に被害が大きかったのだと聞いています。そもそもBTブラッドトルーパーはダストとの戦闘を目的とした兵器、BT黎明期の物ならまだしも、現在我が軍が採用している主力BT“YZF-R−25”はダストに引けを取らないかと」



「イーサン大尉、いくらダストと戦う為に創られた兵器だったとしても、実際に遭遇したイエロー小隊は全滅さらにはパープル1も撃墜されています、この損害を見ても楽観視できる状況ではありません。」



 その言葉にイーサン大尉は自分の部下をバカにされたと思ったのかムラサメ少佐を睨み付ける。



 その目線を知ってか知らずかムラサメ少佐はスクリーンをタッチすると画面が変わりそこに映されたのはワスナーを襲った後アルベルトとカイルで蜂の巣にしたダストの死骸であった。

 今回の戦闘で姿を見ていたアルベルトとカイルであったが戦闘時に見ていたモノとは違い、近くで映し出されたダストの異様な姿に氷つく。

 そのバケモノと言って遜色ない見た目は人間の価値観から言うところの昆虫のような形をしており、甲殻類のような手足を持ち、目は肉食獣のように野蛮で闇に抗して赤黒く光り輝いていた。



「これを見ても楽観してきますか?」



「こりゃ……近くで見るとヒデェ外見してんな、まるでこの世に存在する化け物を全て混ぜ合わせたかのような見た目だ。」



「この個体は調査隊が先ほどの交戦中域で発見したものですが、数十箇所に弾痕があったのにも関わらずまだ動いていたそうです。」



「まじかよ……。」



 イーサン大尉はスクリーンを苦い顔で睨んだ。

 化け物の所々に弾痕が確認できる、アルベルトとカイルがワスナーの仇に対してこれでもかとガンポットをぶっ放したのだから。

 少なくとも生物であるならば生命維持の為にウィークポイント(弱点)というのがあるはずだが、この化け物は全身と言いても過言で無いくらいに攻撃をくらっているのにも関わらずまだ生きていたと言うのだ。

 この以上な生態を目の当たりにして、この場にいる全員がスクリーンに映し出されている化け物を凝視する。



 ムラサメ少佐はこちらに向き直るとアルベルトとカイルを交互に見渡す。



「カイル少尉、アルベルト少尉、あなたたちが戦って率直に感じたことを話してもらいたい、なに分こちらには情報が少な過ぎます。ダストの動きや癖、コミュニケーションの有無どんなことでも構いませんので教えてください」



「我々も必死でしたのでどこまでお役に立てるか解りませんが……。」



 カイルがそう答えると艦長はうなずき、空いている椅子に座るように促される。

 こういうシチュエーションに慣れていないアルベルトは借りてきた猫のような気分でカイルの後を追い席に座った。

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