Ending
【惑星エデン首都 連邦議事堂】
「………ース長官……ですか……!」
マイクがハウリングしたような音が耳元で響く。
遠くの方で微かに鼓膜を揺らす男の声、朦朧とした意識の中、反射的に瞬きを数度繰り返すと光が網膜を刺激し、 画面全体にモザイクをかけた映像が視界に映り始める。
「グレース長官!!ご無事ですか?!」
グレースと呼ばれた30代半ばの女性は首だけを上げて薄目を開くと自分が倒れていたことに気がつき、慌てて体を起こそうとするが、グレースの身の丈以上ある本棚が倒れ掛かり、下半身が挟まってしまい動けない。
グレースにとって不幸中の幸いだったのは、本棚より先に落ちて来た数冊の本が本棚と身体の間に挟まったおかげで下半身を押し潰されずに済んでおり、九死に一生を得たグレースであったが、それでも倒れた衝撃で全身を打ったのか体中に痛みが走り顔を顰める。
グレースは「こっちです…。」とやっとのことでか細い声をあげると先ほど声を掛けてきた黒服のSPがグレースを見つけて駆け寄り、本棚に挟まった体を引き摺り出してくれる。
SPはメディカルパックを開くと医療用ナノマシーンをグレースに打ち込み数分後効果が出てきたのかやっとの思いで立ち上がった。
「グレース長官歩けますか?」
「え、ええ、一体何があったの?」
「現在、エデン本星が攻撃を受けています。」
「なんてこと!……やはり本当だったのね…。」
グレースははっきりとしてきた意識の中、ここ数日議会で紛糾した話題を頭に浮かべ苦虫を噛み潰したような表情をする。
「やはりダストがこの銀河に…!…ファースト大統領は何処におられますか?」
「ファースト大統領は先程閣僚と第一陣のトランスポーターで脱出しました。残りはあなたと国務長官と政府職員が数名です、お辛いでしょうが時間がありません、急ぎましょう。」
グレースはSPに支えられながら赤い絨毯が敷かれた議事堂の廊下を歩く。
数千年間改修を重ねエデンの繁栄を見守ってきた連邦議事堂は所々窓が割れ、劈く破裂音と何かが崩れる音が交互に聞こえてくる。
またしばし歩くと議事堂のシンボルであった吹き抜けの天井は崩れ、曇天が見えておりかつての荘厳さはなりを潜めていた。
瓦礫を避けながら正面玄関を抜けると真四角なトランスポーターが待機しており、グレースはナノマシーンが効いているとはいえまだ完治していない足を引きずりながら、やっとの思いでトランスポーターの中に入る。
要人が移動する為に用意された政府専用のトランスポーターは、広々としており、観光用の大型バスを縦に2台繋げたような見た目をしている。
内装は機能的で無機質な座席部分とは別に奥の方には要人が座る豪奢なソファーがコの字型に配置されていた。
本来はそこで他星系の要人を歓待し、緊急の会議をするのであろうが、豪奢な机には白いシートがかけられ臨時の手術台として使われている。
その手術台に重傷者であろう職員が倒れ伏しており顔色を見る限り助かりそうにない。
その周りのソファーには数名の政府職員が座って負傷した者は医療スタッフに看護を受けていた。
グレースにとってこの殺伐とした雰囲気には身に覚えがある。
それはなんだったかと天井の一点を見つめ記憶の片隅を探るとフラッシュバックしたのは自身が若い頃、歴史学者として銀河の端まで渡り歩いていた時立ち寄った開拓惑星の移民キャンプの医療テントだった。
そこでは看護師が足りておらず、テント外で息を引き取る移民たちを見るに見かねてグレースが看護を申し出たのだが、それでも助からない者たちを見て当時のグレースは心を痛めた。
心の奥底でトラウマとして根付いていたその経験がここで生きるとは思ってもいなかったが、今はそんな経験のおかげで目の前で苦しむ人間に対して少しでも力になれることを若かりし自分に感謝しつつ、苦しむ職員達に声を掛けていく。
「グレース!無事だったのだな!!」
野太く力強い声に振り返るとそこには誰のかわからない血で汚れたワイシャツの腕部分を捲り壮年期の男性が佇んでいる。
グレースはその男性が国務長官のカーネル・マグライアであると気づき立ち上がると握手をする為に手を差し出した。
「ええ、カーネルあなたも無事でよかったわ。」
「議事堂が攻撃を受けて他の者は連絡がついたがグレースだけ見つからなかったので私のSPをキミがいそうな場所にさしむけたのだ。」
私の命を救ってくれたこの人はカーネルのSPだったのかと思い、改めて感謝の言葉を言うとSPは無言で黒服の皺を伸ばし頭を下げる。
教育長官という役職上、危険な目にあう事もあまりないのでSPを雇わず秘書官のみをつけているグレースだが、こういう事態になるのであれば今後警護の者を雇おうと心に決めつつ、カーネルに目線を戻した。
「でもどうして私が議事堂の図書室にいると思ったのかしら?」
「自覚はないかもしれないが何かに息詰まるとキミは決まって図書室に行くという話は議員の中で有名だったからな。」
「流石の諜報力ね。」
カーネル・マグライア。
メディアには“影の大統領”と呼ばれ、女性関係にだらしないファースト大統領のスキャンダルをあの手この手で捻り潰しファースト自身も頭が上がらない人物であるカーネルは、本来たたき上げの軍人であり、現役時代は諜報部で様々な紛争をコントロールして来た人物である。
噂では“ダマスカス動乱”を引き起こした張本人でありそれが諜報部としてのデビュー戦であったとも言われている。
その為周りから畏怖される存在であるが、歴史の影に潜む“怪物”であるはずのカーネルが表舞台である連邦議員に立候補してさらに国務長官まで上り詰めたのは総じて“この銀河の為”であると知っているグレースはカーネルの人柄やその根本にある信念を好んでいた。
「腰抜けファーストもその周りの腰巾着共も第一陣でさっさとマスドライバーに行きおった、まだ議事堂で逃げ遅れた政府職員もいると言うのに!」
「カーネル、ファーストは“仮にも大統領”なのです。身の安全を守るのも大事なお仕事ですよ」
「ガッハッハ!仮にもか!!いやはや相変わらずキミの言葉は皮肉が聞いていて面白い!前にも誘ったが是非次期大統領選に立候補しないか?私が全力でサポートするぞ!」
「前回もお話した通り、私は踊るのは好きでも踊らされるのは好きではないの。」
目の前の職員の包帯を撒き直しながらそんな冗談を飛ばしていると運転手から出発する旨の放送が響きトランスポーターがBS機関特有の甲高い音を鳴らしながら進んでいく。
連邦議事堂を抜けると護衛に来た白塗りのBTが二機、トランスポーターの前後を挟むようにしてフォーメーションを組むとBTのつま先と踵から地上戦用であるローラーを展開してインラインスケートの要領で進み、首都防衛を受けている部隊であろう兵士たちが道を譲り敬礼をして見送られる。
グレースはこの場に残っても自分にできる事はないと知っているが、それでもここで戦っている人や逃げ遅れた人々を見殺しにして逃げる自身の浅ましさを感じつつ、マスドライバーに向けてトランスポーターは進んでいった。
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