Chapter4


【強襲揚陸艦アサヒ 所属パープル小隊 アステロイドベルト内】



「ぐおぉぉぉ!!」



 声にならない悲鳴を上げながらGに耐える。

 加速しているはずなのに周りの小惑星が止まっていると錯覚するが速度計を確認すると見た事のない速さでメーターが上昇していた。



 目の前に現れた小惑星とは名ばかりの巨大な“石ころ”に向けて残り少なくなったミサイルをぶち込み巡洋艦サイズの“石ころ”は爆散する。

 この作業を繰り返して来て分かったが、この作戦で一番厄介なのは後方から襲いかかる黒い影でも小惑星を避けることでもなく、爆破した後に四散する小惑星であった。


 爆散した石ころは周りの小惑星とぶつかり合い、まるでビリアードのファーストショットの如くバラけたボールがアルベルト達に襲いかかってくる。


 先程の爆発で弾かれた小惑星が自分に向けて殺到するのを確認し、避けても無駄だと察するアルベルトは、覚悟を決めて衝撃に堪えるために身を固め、その瞬間、土砂降りの雨が傘を叩くかのような音を響かせコックピットを揺らし、小惑星達が機体の胴体部分を撫でるとアルベルト機のカウルに細かい傷をつけていった。


 それだけであればよかったのだが、小惑星の雨足が鳴り止むと同時にモニターの片隅に見えたのはアルベルトが乗るBTブラッドトルーパーの半身程度ある小惑星。

 脳内で処理できるまもなく、全高数メートルはある小惑星がアルベルト機の左肩の装甲にぶち当たり、装甲板をひしゃげさせるとアルベルトの左肩に鈍痛が走った。


 BS LINKブラッドシステムリンクで機体と同調するBTという兵器にはいくつか問題点がある。

 人型兵器と言うものは従来の兵器とは違い数個のボタンとレバーで操縦できるほど甘くない。

 なぜかというと人体と同じ動きをボタンやレバーで操作するのはどんな優秀なAIの制御を使ったとしても無理である。

 その為、BTライダーは特殊なライダースーツでBTと直接接続されBSブラッドシステムに必要不可欠な血液をエネルギーに変換してヘルメットで脳波を読み取り意識を完全にBTにリンクさせて機体を擬似的にライダー自身の体に見立てているのだ。

 要するにライダーにとってBTは自分自身であり機体を“アバター”として制御している様な物である。

 しかもBTは、ただの分身としての機能だけでなくある程度の五感をフィードバックする機能が備わっており、機体がダメージを受けるとダメージを痛覚に変換してライダーは機体ダメージを“痛み”として感じ取ってしまうのだ。


 誰もが一度は“開発者は何故こんな無駄な機能を付けたのか”と思うのだが、BTを操縦する為にこの五感が必要になってくることをライダーを目指した者は操縦訓練で知ることになる。


 想像して欲しいのだが100センチの子供がいきなり大人の体になった時どうなるかというと、まず歩くこともできないし、そもそも歩幅が違いすぎて体の感覚が追いつかず転んでしまうだろう。


 それを生身の人間はゆっくりと時間をかけ成長し、様々な感覚を頼りに修正していく事ができるがそれは五感と経験がなせる技と言っても過言ではない。


 大雑把に言えばBTの操縦も同じことで、突然自身の数倍ある巨大な鋼鉄の着ぐるみを着込んで動くとなると歩くどころか立ち上がる事も出来ない。

 BS LINKはそれを解決する為に作られたシステムであり、長く同じBTに乗っているライダーは機体を自身の体の様に動かすことができ、ライダー同士の戦いで最新鋭機が旧式に乗っているベテランにボロ負けするなんてこともザラにある。


 補足しておくがBS LINKに五感をフィードバックする機能があるといっても嗅覚と味覚を感じ取る機能はないし大半は視覚、触覚のみであり、限定的に聴覚を補助する機能はついている。


 痛覚に関してもシステム内で軽減されており、骨折の痛みが突き指くらいの痛さに軽減されているのでBTの動体を撃ち抜かれたからといって実際にライダーの内臓が破壊される様なことはない。


 前置きが長くなってしまったがアルベルトはそんなBS LINKの恩恵を今ひしひしと感じているわけであるが、そんな痛みを気にしている程余裕があるわけがなく目の前に迫ってくる小惑星を必死の思いで掻い潜り次の関門に備えて息を整える。


「アル、まだ生きているか!」


「さっきの爆発で左肩の装甲がひしゃげたが、あいにく死んではいないな!!」


「まったく!いい腕しているぜお前!」


 少しでも推進剤を温存させる為に目の前に浮遊する小惑星を足場にして、さらに加速して行く二機のBTだったがそこにどこから湧いたのか、黒い影が数十匹現れた。


「奴らだ!カイル!閃光弾撃つぞ!」


 目の前がホワイトアウトした瞬間アルベルトのモニターが砂嵐状態になり数秒後メインカメラの視界が回復するといきなり小惑星が目と鼻の先に出現する。


「クッソォォォ!!死んでたまるかぁぁぁぁああ!!!!」


 そんな予想外の出来事に、アルベルトは奥歯を噛み締めながら機体を操作し推進剤を前方に噴射した。

 急ブレーキを掛け飛んできた小惑星を足場にステップを踏むと、片足を捻り腕を振ることで生まれた遠心力を使って機体を180度ロールさせる。

 飛んできた小惑星と背中合わせになり、さながら走り高跳びで行う背面跳びの容量で跳躍し、半ば無理やり背面飛行を行なった。


 背面のスラスターの一部が小惑星と擦れ合い、耳障りな音がコックピットに木霊すが、機体の傷など構っている暇などない。


 アルベルトは先程小惑星を避ける為に殺した速度を回復させるべく、フルスロットル。


 レブリミットまでリアクターをぶん回し、今までちまちま温存させていた推進剤貯金を消費して機体を加速させてアルベルトは九死に一生を得たのであった。



 その少し先で難所をあっさり抜けていたカイル機の後ろに着いて編隊を組み直す。


「おいおい、この非常時にあんなアクロバットマニューバやるとか正気か?!アルはBTパルクール選手になった方が稼げるぜ。」



「この非常時だからあんな避け方しかなかったんだ!!大体“BTパルクール”ってなんだよ!」



「知らないのか?簡単に言えば障害物競走をBTでやるんだよ!今開拓惑星で大人気のスポーツだ」



「しらねぇし、第一俺の同調率じゃ普通の選手の反応速度に追いつけないだろ」



「いや、今の動きをできる反射神経があれば十分だろ?」



「あれは反射神経じゃない、小惑星が目の前にある可能性を前もって予測しといたんだよ、予測さえできていたら前もって脳波がそのイメージを読み取って動きをストックしてくれるから楽なんだ。」


 確かに脳波コントロールとBS LINKのバックアップ機能がライダーのイメージ《動き》をストックしてくれることはカイルも知っているが、そもそも実際に身体を動かさず、正確にイメージする事がどれだけ高度な技術だと思っているのかと嘆息する。

 それを成す為に必要な要素としてまず人体の構造を正確に把握し、それをイメージとして脳波にするというだけで変態的な妄想力なのに、咄嗟に起きた事に対して適切な動きを選択してそんだけの変態機動ができてしまう時点で異常だとカイルは感じたのだがこれ以上の追及は生き残ってからにしようと思考を戻した。



「あと、どれだけあるんだ!!」



 アルベルトは横目で周辺のマップを確認するとあと少しでこの宙域を出られる所まで来ていた。



「あと2キロ!」


「よし!ラストスパートだアル!ついてこいよ!!」



 言われなくてもついて行くつもりだと声を発したつもりだったがGに耐える事で精一杯で発することが出来ない。


 満身創痍の状態でマップで見た限り最後の難関に差し掛かる。


 手持ちの武装でギリギリ破壊出来るか出来ないかの小惑星を破壊しなければならない。



「あたれぇぇぇ!!!」



 トリガーを引き、手持ち全てのミサイルを発射する。

 ミサイルはロックした小惑星の真ん中を貫き破壊、砕けた小惑星が機体に当たり轟音と共に衝撃が身体を揺さぶる。



 しばらくの沈黙があのアステロイドベルトを抜けたことを物語っていた。



 見渡すとそこには広大な銀河が目の前に広がりいつも通りケラケラと星々が輝いている。

 アルベルトはレーダーを確認するが、アステロイドベルトを抜ける手前であの黒い影たちは何処かへ姿を消し機体の損傷を報せるアラート以外何も聞こえない静寂に包まれていた。



「なんとか生き延びたな。」



 何気なしに呟いた言葉が生きている実感を呼び起こす。


 アドレナリンが引き達成感と同時に体が重くなるのを感じ、ヘルメットのバイザーを開けて大きなため息を吐いた。



「推進剤、もうカラだぜ……どうする?この後。」



 その言葉に自分の推進剤を確認するが、残り1%と表示されており二人は自分たちが動ける状況でないことを理解した。



「そこまで考えていなかった……。」



「だよなぁ……。」



 任務の途中でふざけて言っていた言葉を思い出す。



「本当に宇宙遊泳になりそうだぜ……。」


 そんな事を話しているとヘッドセットが沈黙を破り雑音混じりで女性の声が聞こえ始めた。


「パープル小隊!応答して下さい!こちらアサヒ!」





 二人はモニター越しに目を見開き「助かった」と言い終わる前にコックピットの座席に倒れ込んだのであった。



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