Chapter3
【強襲揚陸艦アサヒ 所属パープル小隊 アステロイドベルト内】
「隊長!!」
カイルは叫び、赤黒い影に向けガンポットの引き金を引くと閃光とともに弾丸が黒い影に吸い込まれていく。
カイルの放った弾丸の閃光を受けて我に帰ったアルベルトは操縦桿を握り直し、カイルと同じようにガンポットを構えて引き金を引いた。
黒い影はガンポットの弾丸を受けると液体やら四肢と思われる部位などを吹き飛ばされたじろぐがその影は自分の一部が吹き飛んだ事など気に求めず、壊れたブリキ人形がギギギと軋んでいる様にゆっくり振り向いて赤い眼で睨みつけてくる。
「うぁぁあああああ!!!!」
その姿はまるで三流ホラー映画に出てくる化け物を彷彿とさせ、あまりに現実感がない光景だが、アルベルトとカイルはまるで幽霊を見た子供の様に絶叫や奇声を撒き散らしながら荒い呼吸を振り絞り、ガンポットの引き金を引き続けた。
どちらのガンポットから放たれた物かわからないが、一発の弾丸が影の頭部と思われる部位を貫き影の動きを止める。
二人が恐慌状態から解放されるのはちょうど弾倉が空になると同時だった。
瞬間静寂がその場を支配し、カイルとアルベルトはモニター越しに目線を合わすと、どちらともなく機体を動かし、黒い影とパープル1が合体して浮遊する空間に進む。
周囲を警戒しながら辿り着いた場所に浮かぶ赤黒い影を隊長機から引き剝がし隊長の安否を確認する。
「だめだ、パープルリーダー
カイルの通信に対して不思議となんの感情も湧いてこない、これはアルベルトがワスナー中尉とそこまで親しくなかったからではなく強いて言うなら現実感がないと言うべきなのか。
ワスナーの遺体を確認したのがカイルだったのもあるが、思いのほか無駄な事を考えられる事に違和感を感じ、何故だろうと考えるがその原因に気がつくまでそう長い時間はかからなかった。
アルベルトは先ほど引き剥がした黒い影を凝視する。
その姿は人類の認識できる範囲で例えるのであれば昆虫のような形をしており甲殻類のような手足を持ち、死んでいるはずの目に瞼はなくその瞳は肉食獣のように野蛮で闇に抗して赤黒く光り輝いていた。
「こんな生物聞いた事もない、まるで様々な生物を混ぜ合わせたキメラみたいじゃないか……。」
アルベルトはこの世の生物とは形容し難い“ソレ”を目の前にしても理解できずにいるとカイルの緊迫した声が通信機から聞こえてくる。
「おい、アル!」
不意にアルベルトの鼓膜を震わせるカイルの声を聞き、
その方向を見たアルベルトは自分たちが置かれている状況を驚く暇もなく実感することとなった。
カイルがお互いの背中を守る様に機体を翻し、先ほど殆ど撃ち尽くして空になったガンポットのマガジンを放り捨て新しいマガジンを入れて構える。
あたりを照らしていた星々は影に飲まれ不気味な赤と黒のカーテンに覆われており、敵意を灯した瞳が星々の代わりにそこら辺中で輝いていた。
その様子を見たカイルはさっきとは打って変わりいつもの軽口をつぶやいた。
「こりゃあ……まずい……よな?」
「まずい、ってレベルじゃないだろ」
「どうする?アル?」
「どうするも何も……」
漫画やアニメの主人公ならあたりにいるこの黒い塊を蹴散らして活路を切り開くくらいして見せるのだろうが、口に出さずとも解るくらい身体は正直で、様々な五感が1秒でも早くこの場から逃げろと告げていた。
二人はモニター越しに視線だけで合図をして、一気に機体を翻すと加速させる。
加速の拍子にリアクターの回転数がレブリミットに当たり、計器の一部がレットゾーンを示すが気にしていられない。
先程まで無重力状態にあった身体が背もたれ部分に無造作に押さえつけられ、目の前が暗くなっていく感覚に苛まれるがアルベルト達は死ぬよりマシだと構わず進む。
それと同時に赤黒い影は逃げる草食動物を追い回す肉食獣のように動き出し1匹2匹と二人の前に立ちはだかるが、二人は照準を合わせず反射神経だけでガンポットをその方向にむけ弾丸をばら撒く事でなんとか無力化していった。
ただでさえ機体との相性が物をいうBTという兵器でマッチング率70%そこそこのアルベルトが小惑星を高速で避けながら敵を迎撃するなんて「こんな芸当、訓練でもやったことないぞ」と心の中でつぶやく。
だが人間とは不思議なものでこの追い込まれている状況でも頭は冷静なままだった。
「それで!この後は?!」
「仮にもパープル小隊の先輩だろ!隊長が戦死した後はカイルが現場の指揮をとれよ!!」
「軍歴は同期だろ!!こういう時だけ先輩扱いすんなや!俺そういうキャラじゃねえし!」
「こんな状況でいつも通りの軽口とは将来大物になれるよ全く!」
「お前もな!」
お互いの心情はきっと同じなのだろう、この状況で心底ビビリながらそんな言葉を繋げ二人は極限状態の精神をなんとかして保とうとするが、こういった状況だとお約束のように別の問題が降って湧いてくる。
アルベルト達は互いの死角をカバーしつつ敵を撃退していたが思ったより敵の装甲が固く速い相手の行動を避けながら、息の根を止めようと弾丸をばら撒く。
そんなやり取りを無尽蔵とも思われる黒い影に対して数合、後先考えず使った推進剤と弾薬が心もとなくなり始めていた。
「アル!このままだとジリ貧だ!こんな殺風景な場所であの世行きなんてヤダぜ俺は!なんか考えろよ!」
「クソ!わかってんだよそんなことくらい!」
この宙域は無数の小惑星が回廊上になっており、比較的に小惑星の少ない場所を移動しようとするとアルベルト達が逃げている前方の空間と黒い影が追ってくる後方にしかない。
もちろん小惑星の密度を気にしないのであれば上下左右に移動することもできるが、旧来の兵器と違い人型のBTは三次元的機動が取れるとはいえ、石ころサイズのものから宇宙船サイズの物まで様々ある小惑星を避けて、音速を超える速度で飛び回る機体を制御しつつ、襲いかかってくる敵の突撃を掻い潜るのは無理である。
そしてこの宙域から離脱するのに必要な推進剤は今の段階でギリギリでこれ以上無駄にできない。
加えて残りの武装はガンポットとミサイル5発、
「閃光弾?……カイル!閃光弾でアサヒに救援を求められないか?」
「信号弾代わりに使うのか?!だが、まだ距離がありすぎる届くとは思えないが」
「こんだけ周りに熱源体がなくて静かなんだ!アサヒのレーダー班が無能じゃなければ熱探知してくれる!ってかそれしか方法がない!」
数体の黒い影が二人の進む方向に回り込み突撃してくるのを確認したカイルはダメでもともとだと言わんばかりに閃光弾をガンポットの銃身の下あたりについているグレネードランチャーに装填して引き金を引く。
「馬鹿やろう!目の前で!!」
普段であれば自分の進行方向に閃光弾を撃ち込んだらどうなるかなど、想像したら分かるものだが、この時のカイルは追い込まれており、敵が見えた瞬間、咄嗟に引き金を絞ってしまったのだろう。
アルベルトが静止するより前に引き絞られたトリガーは酷く単純でいて戦場で一番スピードを要する命令を完璧に遂行する。
カイルのグレネードランチャーから放たれた閃光弾は白い尾を引いて数匹集まっていた黒い影に向けて飛翔していった。
普通、閃光弾と言うものは敵が密集している時の陽動や視界を数十秒から数分奪うことで敵を無力化する兵器であり人型兵器であるBTに装備されている閃光弾は敵BTのメインカメラを一時的に機能停止する為に装備されている。
そんなものを高速巡航中、しかも自分達の周りには小惑星と黒い影という状態で閃光弾の光に突っ込むとどうなるか?そんなものBTライダーであれば想像がつく。
要は帰宅ラッシュのハイウェイを目隠しで走行する様なものだ、この状況でそうなった場合、最悪黒い影に特攻、良くて小惑星に激突。
アルベルトの思考が導き出した結論と同時、正面の黒い影に閃光弾が当たった瞬間、白い閃光がモニターを覆った。
瞬時に真正面で閃光弾が炸裂した場合の最悪な状況を察し機体を急制動させてモニターから目を逸らし衝撃に備えるが何も起きず閃光が数秒間機体のメインモニターをホワイトアウトさせた後、辺りを見渡すと正面に群がっていた黒い影が雲を散らした様になっていた。
「……あれは光に弱いのか?!カイル!閃光弾とミサイルあと何発ずつある!?」
カイルの愚行を叱責する事も忘れ俺はカイルに問う。
「閃光弾があと2発、ミサイルは3発しかない!」
アルベルトとカイルは閃光弾が散らした影の穴をすり抜けると周辺のマップを確認しアルベルトとカイルの残弾で切り抜けられるかを計算する。
「ミサイルと閃光弾の距離を調整すればあるいは……ギリギリ行けるか。」
アルベルトは頭に描いたプランを瞬時にまとめるが成功する確率はあまり高くない。
はっきり言ってむちゃくちゃな作戦だ。
「カイル、俺に命を預ける覚悟はあるか?」
悩みつつ自信なさげにアルベルトはカイルに問いかけた。
「ばーか、命預けるとかそういうタイミングはとっくのとうに過ぎ去ってんだろ」
カイルはモニター越しにそう答えアルベルトはいつも通りのにやけ顔に若干の安堵を覚えながら作戦を説明し始めた。
この宙域を脱出するために取り除くべき障害は現時点で2つ、黒い影と小惑星群だ。
現段階での仮定に過ぎないがあの黒い影は光に弱いと思われる。
まずこのまま小惑星の回廊を進んでもあの影に追いつかれてしまう確率が高いため、あえて回廊ではなく小惑星の密度の濃い場所をミサイルの爆発で破壊、または衝撃波を使って小惑星を二人の進行方向から弾き出す。
それを邪魔してくる敵が群がってきた所に閃光弾を打ち込み散らしつつ残りの道のりはこれの繰り返しで突破するという単純明快な作戦だ。
「自分で言っておいてなんだか、こんなの作戦と呼べる様なものじゃない、ただの運試しだ」
「いいじゃないか運試し、ダメでもともと!俺は乗ったぜその賭け!」
この絶望的状況でこいつのプラス思考はどこからやってくるのかと半分呆れ、もう半分は尊敬の念を持ちつつアルベルトは笑う。
「アルが笑っているってことはきっと成功するぜ!」
「なんだよそれ」
「俺のジンクス、ナンパの時お前が笑うと成功率が高いんだ」
こんな状況で笑っていられる自分に心の中で呆れつつ、残りの推進剤を使い進行方向を変えて更に機体の速度を上げて行く。
トップスピードで小惑星群を駆け抜けていく二機のBTが放つマニューバの光は暗闇の中で交差し、弾ける小惑星と閃光弾は端から見れば、夏祭りの打ち上げ花火の様だった。
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