Chapter2


【強襲揚陸艦アサヒ 所属パープル小隊 アステロイドベルト内】


「ふぁー…」



 無線のマイクを切り大きなあくびをする青年はアルベルト・アダムス。

身長、体重、容姿全てにおいて平均といった外見で人に誇れるものなど特に無い。



(退屈だ、実に退屈だ。)



 周りにはアステロイドベルトの小惑星群と遠くの方で嘲笑うように星々が輝いている。

 ケラケラと笑う星々に手を伸ばしても届きそうにないのはこのコックピットのせいなのか。

 BSブラッドシステムが鳴らす独特な駆動音が循環するかの如く響く空間で、アルベルトの手足に届く範囲にあるモノといえば愛機の操縦桿とフットペダル、レーダー、通信機、火器管制システムなどなどである。



 アルベルトが強襲揚陸艦アサヒのパープル小隊に配属されて一年とちょっと、最初はそれまで勤務していた後方基地より艦内勤務の方が給料もよく、銀河連邦に加盟する様々な惑星を任務で見る事ができると思っていたが、1年も経てばいい加減飽き飽きであった。

 しかも今回の任務に就いてからというものロクに休んでいない。

 こんな憂鬱な気分だというのにアステロイドベルトで起きた時空変動の調査と該当宙域の哨戒任務を10日間連続で行なっている。


 何を探しているのかも“時空変動”という事以外何も説明されず、宇宙に浮かぶ石のむれが渦巻き状になっている不気味な空間を中心まで行って調査してくるのだ。

 挙句、時空変動の影響で母艦との通信は疎かレーダーにもノイズが走っている始末。

 しかも今日の前半シフトを担当しているイエロー小隊の連中が帰投時間になっても帰ってこないせいであと一時間は待機だったはずのパープル小隊が駆り出されているのだからあくびも出てしまう。



 BTブラッド・トルーパー有り体に言えばこの鋼鉄で出来た人型二足歩行兵器のパイロット(BT乗りのことはライダーと呼ぶのだが)になって5年、元はと言えばあの連邦広報官がいけないのだと数年前の出来事を思い出す。

 運動も勉強もイマイチだったアルベルトが高校卒業の時『君はBTに乗れる素質がある!君は選ばれた存在だ!一緒に平和を脅かす敵に対抗する騎士になって銀河を守らないか?』なんて耳障りのいいことばっかり言われたら18歳のガキなんてちょろいものでその気になった。

 もちろんそんな浮ついた気持ちだけで軍属になろうと思った訳ではなく内心の半分には学費が掛からず、早く一人前になって両親が事故で亡くなった後アルベルトを育ててくれた祖父母に仕送りをしたかったのもあり志願を決意した。



 そのあと、トントン拍子に話が進んで晴れて連邦士官学校の候補生になり、そこからが地獄の始まりだった。



 アニメや映画の主人公みたく特別な才能なんて微塵もなく、広報官が言っていた素質とやらも怪しいものでアルベルトとマッチングするBSブラッドシステムは今操っている愛機でもシステム同調率75%と合格点ギリギリ、士官候補生時代に必死になって同調率が低くても人並みにBTを操縦する方法を極めたおかげで今はこの通り、操縦もやる気もイマイチ、万年ブービー賞なうだつの上がらないBTブラッド・トルーパーライダーをやっていられるのだ。



 同調率と言うのは所謂血液型で扱えるBSブラッドシステムが限られているもので、大まかにA型B型O型AB型の血液型で使えるBSの型が異なり、この銀河で生まれた人類はすべからく血液型を調べられると生まれてから死ぬまでBSの恩恵に預かって生きていくことになる。

 ちなみに一般常識として血液型の違いでBSをうまく使えるかが決まるわけではなく“同調率”が高ければ高いほどBSの扱いが効率よくなったり、乗り物を上手く操れたりする。

 もちろん一般で使用されている車や生活必需品にはそこまで同調率は必要ないが、プロのアスリートが使う様な道具やモータースポーツの車、オートバイなどは同調率が高くないとそもそも操縦できない物も存在するのだがアルベルトの様に全てのBS機器を“それなり”に使うことができる人は稀だそうで「逆にその技術を会得する方が難しいだろ」とか「どんな練習したんだ?」と同期の候補生に言われたがコツなんて特にない。


 とりあえず気合いと根性で相手の行動を先読みしているだけであり、先読みした行動がハズレていたらそこからの修正が難しく模擬戦で何度もボコボコにされたりした。

 アルベルトから言えば自身と75%以上同調ができるBSは今の所無いので器用貧乏なだけであり、職場戦場で勝手に縛りプレイをしている様なものである。



「パープル3聞こえるか?」



 昔のことを思い出していると、不意にパープル小隊の隊長であるワスナー中尉から通信が入り返事をしようとするが無線のマイクを切っていたことに気がつき慌ててマイクを入れた。



「はい聞こえています隊長」



 視覚の一角に隊長の顔が映し出される。



「ボケっとするなもうすぐ予定ポイントに到着する、気を引き締めろルーキー。」



 そう無表情で言い放つ姿にあいかわらずうちの隊長は愛想がないと思いつつ少しの沈黙の後、ここ最近気になっていることを思い切ってぶつけてみた。



「隊長、自分パープル小隊に来て、もう1年ですよ、そろそろ “ルーキー”卒業でもいいんじゃないですか?」



「任務中にマイクを切って大あくびしている奴は一人前とは言わないんだ、知っていたか?」



 ギクリと冷汗を流し苦笑いを浮かべる。

 何かイイ言い訳がないか探すが見つかるはずもない、隊長はトドメを刺そうと言葉を続けた。



「モニターを見ればわかると思うが、お前が俺の顔を見ているようにこっちからもお前の顔が見れるんだ、逆に聞こう、いつになったら “ルーキー”を返上するつもりだ?」



 嫌味を言う隊長とモニター越しに目が合う、まさに蛇に睨まれるとはこのこと。

 アルベルトは「善処します」と答え押し黙った。



「アル、どうせまた例のあの子のことでも考えてたんだろ?」



 隊長からお叱りを受けていると不意に聞き馴染みのあるおちゃらけた声が聞こえて来る。



「なんだカイルいたのか、今日はあまりに静かだから宇宙遊泳でも楽しんでるのかと思ったよ。」



「いたのかとは失礼な、ビリケツのお前とは違ってずっとお前の前を飛んでいたんだよ“ブービー”」



 わざとらしくブービーを強調する声は芸術的に人を小馬鹿にしているが、このカイル・ガーランドという男はBTの操縦センス抜群、連邦の広報誌の表紙常連のイケメンで親父は財閥の社長という所謂パーフェクトヒューマン。

 性格と女癖の悪い所を治せば漫画やアニメキャラのような男である。

 アサヒクルーの中で士官学校の場所は違えど同期であり同い年だったという理由で絡むようになった。

 休暇の時はだいたいこいつの付き合いでBARやクラブでナンパする為に連れまわされるのが定番のパターンでアルベルトはこいつの引き立て役である。

 まぁ御曹司なだけあって金の羽振りも良く、休暇中の費用は全てカイル持ちだからいいのだが。



「で?例の文通彼女とはどうなったんだよ?」



「だから彼女じゃねぇって、ただの友だちだよ!顔も見たことないし。」



「はぁ?!三年も文通していてまだ一回も会ったことないのか?!」



「文通っていつの時代だよ!メールだよ!メール!」



「メールだって立派な文通だろ、流石にそれはないわ、三年間メールしかした事ないってプラトニック過ぎんだろ」



 カイルが言う所の“文通彼女”とはアルベルトのファン第一号と言えばいいのか。


 アルベルトが士官学校を卒業してすぐ配属基地と地域の交流が目的のフェスティバルがありそこでBTのアクロバット機動をしたのだ。

 案の定アルベルトは先輩達の足を引っ張りまくり後日こっぴどく絞られたのだが、彼女はその展示飛行を見てアルベルトのファンになったらしく、どこで仕入れたのかアルベルトのプライベートアドレスにメールを送ってきた。


 最初は基地内の知り合いの冷やかしだろう程度にしか思っていなかったのだが、毎週送られてくるメールを読むうちに彼女の事が気になり始め、返事を送ってみたのが事の始まりで、彼女について知っていることは “ナル” という名前とメールアドレスだけ、話す内容は最近身の回りに起きた事や上司の愚痴など他愛の無い事ばかりだったが身寄りがなく友だちも少ないアルベルトにとって素を出して接することが出来る唯一の存在になっている。



「会うも会わないも俺の自由だろ!あいにく俺はお前と違って女に刺される趣味はないんでね。」



「まだ刺されていない、刺されそうになっただけだ!」



「はぁ、カイルその女癖治さないといつか身を滅ぼすぞ。」



 お互い毒づきあっているとワスナーから無線が入る。



「パープル2、3そろそろイエロー小隊の反応が消えた宙域だ、私語は慎め」



 ピリピリとした声のトーンで話すワスナーにカイルは見事な腕で機体を翻し隊長の斜め後ろに着くといつもの軽口で質問する。



「隊長はまさか本気で今回の時空変動を “ダスト” が起こしたとお考えなのですか?こう言っちゃなんですが100年前の災厄戦争以来、ダストを見たものは居ないんですよ?今や神話生物と言ってもいいくらいに。」



「カイル少尉なぜこの状況でダストの名前が出てくるのだ?」



 ワスナー中尉はモニター越しに訝しむとカイルはニヤケながらその問いに答えた。



「俺の情報網なめないでくださいよ、ブリッジクルーの知り合いから噂で聞いたんです、なんでもあの諜報部からきた美人少佐の居た部署が宇宙害獣対策課とかいう聞いた事もない部署だったらしくて。」



 その話をするとワスナーは大きくため息を吐き「くだらん」と一言吐くがカイルは話を続ける。



「では、ワスナー中尉はこの明らかに人為的に出現した時空変動は何者が作ったか知っているのですか?まさかよりにもよって銀河の中心である惑星エデンの勢力内に反連邦勢力がドライブアウトしたとでもお考えで?」



 カイルは出来の悪い政治記者が芝居がかった表情で政治家の失策を糾弾しているかの如くモニターに詰め寄るが、ワスナー中尉はその政治家に負けないくらい素っ気なく返答する。



「それが解らないからこうやって偵察をしているんだ、カイル少尉さっき俺がなんて言ったか覚えていないのか?」


「はいはい、私語は慎めですねわかりましたよ」



 睨みを利かせる隊長にカイルは罰の悪そうな表情でため息を吐く。



「そうだ、後少しで先行の部隊と合流する予定だ、機体のチェックを今のうちにしておけ」



 カイルとアルベルトは「了解」と短く返事をして機体の操縦桿を握り直し計器の確認をする。



 カイルの言う通り100年前、人類は初めて人類以外の生命と遭遇し、惑星一つに壊滅的な被害をもたらした “災厄戦争” 以来ダストとの戦闘は一度も起きていない。


 100年も経つとかつて最大の脅威だったダストに対しての危機感も失せ始め、学者や軍のお偉方もダストが直ちに侵略してくる可能性は低いと高を括っているが未だにいつこの銀河を襲ってくるかわからないという意見が根強いことも確かであった。



「おい、アル聞こえてるよな?」



 プライベート通信から例によって例の如くカイルの声が響き、心の中でやれやれと息を吐きながら応答する。



「カイル、任務中にプライベート通信なんてバレたら軍法会議モノだぞ、お前は親父さんのコネがあるから良いかもしれないが俺は間違いなく禁固刑だ。」


「大丈夫だ、安心しろ対策は練ってある。所でよ、やっぱヘンじゃねぇか今回の任務。」


「ヘンってなにが?」



 そう呟くとカイルは今回の任務に就くクルーが全員思っているであろう事を話し始める。



「まずこれはなんの調査なんだ?時空変動の調査なんて研究チームとそれなりの機材がないと出来ないのに一隻の軍艦と銃火器一式、弾薬マシマシでなんの調査ができるってんだ?」



 確かにカイルの言い分は正しいのかもしれない。

 今回問題となっている“時空変動”というのは人類が開発した中で最も偉大な発明である“超長距離時空跳躍”【ドライブ】に起因する現象である。

 詳しい説明は置いておくが簡単に言うと時空を操作して別の場所と別の場所にワームホールを作り出す技術なのだがその“ドライブ”を行うと必ず観測される現象が時空変動であり、この銀河大航海時代に於いては銀河中にその現象を確認できるものであるが、今回上層部が観測した“時空変動”は普通のものと違うらしくそれがなんなのかを確かめるのが我々アサヒに課せられた任務であるはずがアルベルトを含め誰もどうやって調べるかわかっていないと言う現状であった。



 そして何よりも、名目上は時空変動の調査である今回の任務が始まってもう10日は経とうとしているがなんの成果もあげられていないのが実情であり、それに加えてこれから最前線でドンパチすると言われても納得するレベルの装備と弾薬。

 普段哨戒任務で装備するのはガンポッドくらいだが今回はミサイルをたんまり吊るしてフルパッケージでの出撃、これが意味するのはなんなのかと言われれば戦闘があると暗示している様にしか思えないのも事実である。



「これもブリッジクルーの知り合いから聞いた話なんだが、ダストの件の噂ともう一つ出回っている噂があるんだ、俺はダストよりもこっちの方が信憑性はあると思っている。」



「またかよ」と茶々を入れようとするとカイルが「まぁ聞けって」と話を続けた。



「なんでも艦長が連邦に反乱を企てているとかクルーの間でも噂になっているらしいぜ?」


「不死鳥ブラッティが?連邦軍最後の英雄だぜ?」


「ありえない話でもないだろう?なんせブラッティ艦長と言えばあのビルド家の血筋を引く御仁だ、反連邦と結託して打倒連邦を掲げてもおかしくない」


 今から数十年前、厄災戦争以降最大の規模の戦争“ビルド帝国大戦”で唯一ビルド帝国から連邦側についた家系として祖国からは裏切り者と呼ばれ連邦側からは二重スパイ容疑をかけられ家族共々幽閉されていた。

 そんなブラッティは18歳の時家族の汚名を濯ぐ為、BTライダーとして連邦軍に入りどんな不利な戦場からも生きて帰る事から、不死鳥ブラッティと呼ばれ、若干30歳で大佐まで上り詰めた。

 BTライダーを引退後は強襲揚陸艦アサヒの部隊を率いて反連邦と戦い現在60歳、生ける伝説として畏怖と敬意を持って人々から崇められている。



「眉唾な話だな」



 そんな話をしていると通信が入り、カイルは慌ててプライベート通信を切り何事もなかったかのように振る舞うが明らかに動揺を隠せていない様子をアルベルトは見て笑いをこらえた。

 隊長はそんなことを知ってかしらずか少しの間無言でカイルを睨み話を続ける。



「そろそろイエロー小隊の反応が消えた宙域のはずなのだが、カイルそっちにレーダー反応はあるか?」



 カイルとアルベルトもレーダーを確認するが反応はない。



「ありません隊長、アサヒに確認を取ったほうがよろしいのでは?」


 そう提案するとワスナーが首を横に振り答える。


「いやもう少し進んでからにしよう、どの道ここからでは小惑星と時空変動の影響で邪魔されてまともな通信ができない」


 パープル小隊はアステロイドベルトを進むが合流するはずの部隊は見つからない。

 そこらにある小惑星が動くたびに注意して見るが何もなく嫌な沈黙がこの場を覆い、こんな時に限ってカイルの無駄口が恋しいと思ってしまう。



 アルベルトはヘルメットのバイザーを開けて、額を流れかけていた汗をぬぐい再度レーダーを見ると微かに味方を示す反応を確認して通信を繋げた。



「隊長!レーダーに反応10時方向!」



IFF敵味方識別装置は?」



IFF敵味方識別装置確認、先行していたイエロー小隊のものに間違いありません。」



「パープルリーダーから各機、俺が先行するパープル3は短距離通信でイエロー小隊への交信を試みろ。」



 アルベルトは嫌な予感を感じつつ、了解と返事をして交信チャンネルを開いた。



「こちらパープル3、イエロー小隊応答されたし、繰り返す応答されたし。」



 二度三度交信を試みたが以降に返答はない。

 パープル小隊各機はイエロー小隊の反応がある方向に進む。

 目標数百メートル手前の小惑星を避けるとアルベルトの操縦するBTに小惑星とは明らかに違う金属が当たり、目を見開いた。



「これは……。」



 宇宙空間に漂っていたのはBTの左肩の装甲板であり、イエロー小隊のエンブレムがひしゃげている。

ハッとして目視で周りを確かめると、辺り一面にバラバラになったBTが散乱して無数のデブリとなりここからかなり遠く離れている恒星からの光が無慈悲に反射してキラキラと光っていた。



「こ、こちらパープル3、イエロー小隊を確認、生体反応なし」



「こちらからも確認した……。」



 無残に大破したBTをまじまじと凝視して生唾を飲み込む。

 コックピットはぐしゃりと抉れており、千切れた右腕の周りにはBTの中に流れるオイルやライダーが体内に持つB粒子を機体に循環させる為、フレーム内を通る管から人口血液が漏れ出て、宇宙空間で凍りつき幾何学模様を創っている。


 生まれて初めて見た壮絶な光景にゾッと背中に寒気が押し寄せ後悔の念が心臓を押し潰しそうになった。

 何に対しての後悔なのかアルベルトにもわからない。

 死体を初めてまじまじと見てしまったからなのか、こんなキナ臭い任務に選ばれてしまった不運なのか、はたまたBTライダーになってしまったことなのか。


 アルベルトはふと目線を泳がした先に広がる漆黒の空間に漂う有機物を発見してしまう。

 捉えたものから目を背けようとするのだが後悔先に立たず、脊髄反射で焦点を合わせてしまう網膜に文句など言っても無駄であった。

 身体がひしゃげヘルメットに浮かぶのは血液。

 苦悶に歪むその顔はアサヒの船内で何度か顔を合わせた事のあるイエロー小隊のライダーであったはずの



 アルベルトは目眩がしてこのままではマズイと本能で感じ取り、死体から目を背ける。

 着込んでいるライダースーツの首元を緩めて平静を取り戻そうとするが自身の左心房が早鐘の如く脈打つ現状を抑えられそうもなかった。

 人生で死体を見たことは去年祖父母が死んだ時以来であるはずが、あの無重力空間に浮かぶ無惨な姿を見て何故か脳裏に浮かぶのは“両親が事故で死んだ光景”であった。


 両親のことは遺体を含め、事故現場を見たことがないはずであるのだが何故だか鼓動が落ち着かない。

 まるで警告音の様に鼓膜にリフレインする鼓動をなんとか落ち着けようと目を瞑り息を吐く。


 数十秒後アルベルトが少し落ち着きを取り戻し、我に返るとヘッドセットから隊長の声が聞こえてきた。



「パープル2、3……ウェポンセーフティ解除。」



「ウェポンセーフティ解除って……。」



 真横にいたカイルは持っていたガンポットの弾倉を確認し始める。



「アル、戦闘準備だ、ボサッとしていると敵に食われるぞ。」



 いつも軽口を叩いているカイルの口が冷たくそうつぶやく。


 5年間連邦軍でライダーをやってきたが任務中に引き金を引いたことはない、反連邦との小競り合いはあるもののごく稀な出来事であり自分が所属する部隊が戦闘に巻き込まれることなど今の今まで真剣に考えることはなかった。


 吹き出てくる汗をぬぐいアルベルトも慌てて手順通りセーフティを解除する。



「パープル各機俺の後ろにつけ、離れるな。」



「パープル2、了解。」



「パ、パープル3、了解……。」



 アルベルトと違い落ち着いているカイルを見てカイルは一度戦場で引き金を引いたことがあると言っていたことを思い出す。


 当時ルーキーだったカイルは初めての偵察任務で偶然出くわした反連邦勢力と戦闘になりカイルは2機撃墜して表彰された。

 だがその戦闘で同じ部隊の隊員が死にそのことは公表されずカイルの表彰はプロパガンダに使われたらしい。

 カイルは「知名度をあげられたおかげでナンパが成功しやすくなったよ」といつもの調子でごまかしていたが、その時のカイルの目が少し泳いでいたことをアルベルトは覚えている。



「パープル2からパープルリーダー、反連邦勢力でしょうか?」



「わからん、だが機体のあの傷……弾痕ではなかった、何かに引きちぎられたような跡と何か鋭い刃でコックピットを一つ突きで捩込んだような跡。」


「明らかに俺たちが使っている武器とは似つかないってことは……。」


 アルベルトはそこまで言って最後の言葉を押しとどめるがその続きをカイルが続ける。



「まさか……ダスト……。」



 その言葉に全員が動揺を隠せずにいると全周囲モニターの真上に影が映り、小惑星にしては動きが変だと思ったアルベルトがとっさに見上げる。

先程までケラケラと笑っていたはずの星々の一つが赤黒い影に飲み込まれ光を遮り、その黒い影が高速で飛来して来るのが見えた。


 アルベルトは瞬時にレーダーを確認すると反応を示す光点が微かに光っており、その反応は真っ直ぐワスナーの機体に向かって行く。



「隊長!!真上です!!!」



 その言葉を発した瞬間、黒い塊が先頭に居たワスナーの機体に吸い込まれていき、目測で音速を超えたであろう影が突き刺さる。

 ヘッドセットから機体の無機物と中に有機物が切り裂かれたような音がした。



 その影とワスナーの機体は真っ直ぐそれなりの質量がある小惑星に激突し砂埃を撒き散らす。

 その光景を呆然と見ることしか出来ないアルベルト達であったが、砂埃が落ち着くと見えた始めたのは、無機物とも有機物とも形容し難い何かがワスナーのコックピットブロックを強靭なあぎとで引きちぎる姿だった。

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