Chapter1

【強襲揚陸艦アサヒ ブリッジ】


「依然、イエロー小隊、パープル小隊共に交信途絶しています。」



 オペレーターがタッチパネルを操作し艦橋にある大きなホログラムスクリーンに艦の現在地と作戦宙域の位置関係が映し出される。


「任務の進行状況にもよりますが予想ではイエロー小隊の推進剤がそろそろ底をつく時間です。」



 オペレーターの1人が次の指示を欲しそうな目で振り返りホログラムスクリーンの前に立つ女性を見る。

 そんな視線を尻目に平静を装いながらホログラムスクリーンを難しい顔をして見定める二十代半ばの女性士官。

 右胸に光る少佐の階級章とその上に刺繍されている名前を見れば“アキナ・ムラサメ”だと誰もがわかってしまうのだが問いを投げ掛けるオペレーターに対して反応しない彼女の内心はひりついていた。



(まずい、まずい、まずい!!どうしてイエロー小隊と連絡が取れないのよ!!哨戒任務中にその部隊と連絡が取れなかった場合の対処法はなんだ?!この一ヶ月間寝る間も惜しんで指揮・管制の教練書を読み漁り、刷り込んだ内容を思い出せ私の脳みそ!!)



 外見で判断する限り二十台半ばであるムラサメが少佐という階級を付けていることに対して軍属の人間からしてみればそれなりにエリートなのだろうと推測できる。

 だがムラサメの内心は穏やかではなくその心情を隠すようにわざとらしく眉間に皺を寄せて口元を隠しながらこの場に立っていることを心底後悔していた。



 ムラサメがこの強襲揚陸艦アサヒに任官して10日、その前はエデン本星の諜報部でホットティーを片手に諜報部とは名ばかりなお飾り部署である『宇宙害獣対策課』の事務仕事をしていたはずだった。

 なぜ宇宙害獣対策課がお飾りかというと、そもそも肝心の宇宙害獣というものがこの宇宙にほぼいないからである。

 もちろん宇宙コウロギの作物被害や植民惑星に元々いた野生動物からの被害はあるものの、それは仮にも諜報部である『宇宙害獣対策課』の出る幕ではなく惑星政府の管轄内で済まされる場合が大半であり、もし動く事がある場合といえば100年前にこの銀河に猛威を振るった人類最大の敵“ダスト”レベルの生物が出現した場合くらいであろう。



 では『宇宙害獣対策課』自体何故あるのかというと万が一、“ダスト”レベルの生物が出現した場合対処する為といったものであるらしい。

 「そもそもそんな生物が簡単に発見される銀河系なら人類数兆人が安穏と暮らしていけるわけがなく、今も尚続く反連邦勢力との内ゲバをしている人類はすでに滅んで然るべき」とどっかの放送局で専門家と紹介されていた学者様が言っており、まあその通りであるとムラサメも思ったのだが、要約すると『宇宙害獣対策課』はすでに形骸化した過去の遺物であり、今となってはお偉いさんの天下り先くらいにしかなっていないのが現状である。



(あのクソ禿課長ぜってぇ許さねぇ!!大体なんで私なんかが“血染めのブラッティ”の副官に任命されんのよ!!おかしいでしょ!!)



 そんなことはどうでも良いと言った感じで現実逃避していたムラサメは発狂しそうな内心を抑える為に噛み締めていた下唇の内側に血の味がし始めると同時に一ヶ月前にあった事の発端を思い出す。




 一ヶ月前、ニコニコとした禿頭が宇宙害獣対策課の部屋に入室して来ると「みんな聞いてくれ」と一言放ち、加齢臭をまといながら上機嫌である理由を説明し始めた。



 その説明を要約するとアステロイドベルトで起きた時空変動と宇宙害獣の関係性を調査するべく、一ヶ月後に改修工事を終える「強襲揚陸艦アサヒ」に任官する候補を探していると言う上司に対して、すかさず目を逸らす同僚達。

 いつもこの禿げ親父の無茶振りに付き合わされて円形脱毛症になったと嘆いていた禿げていない方の上司の困った顔を見て居た堪れなくなったムラサメは仕方なく立候補する形になったのであった。


 まあ、そんなに悪い事ばかりではない、軍艦勤務になるとそれだけでキャリアとして優遇されるし、それなりの手当も出る、何より内心このどうしようも無い部署からおさらばしてちょっとした宇宙旅行を楽しめると思い立候補したムラサメだったがそれが運の尽きだった。



 後日、ハゲ親父が「君ならやってくれると思っていたよ!」とニンマリ笑いながら大量の書類と一時転属を任命する旨の指令書が片付けたばかりのムラサメの机に雑多に置かれた。

 綺麗にしたばかりだった机を散らかされ、少しウンザリするが、指令書を読んでムラサメは愕然とする。

 指令書には “アキナ・ムラサメを艦長補佐(副長)に任命する” と書かれていたのだ。



 上司曰く、部署同士の縄張り争いで諜報部のお偉いさんが今回の調査を諜報部の手柄にするべく派遣する軍艦の艦長補佐として諜報部の人員を入れると約束してしまったらしい。

 士官学校で指揮・管制に関しては第二専攻として授業で取っていたが長らく軍艦の指揮などとは無縁の場所にいたはずの人間がこんなことになるとはと思いつつ、部署の仕事をほっぽりだして軍艦の指揮に関する本を任官する前に網羅し、なんとか付け焼き刃で軍艦の指揮について学び直した。


 その成果は無駄ではなく、おかげでこのアステロイドベルト到着まではなんとか大きな問題も起きずのらりくらりやってきた。



(今の状況で何も指示しないのは非常にまずい、ま、まずは無難に捜索隊を出すのが得策?)



 付け焼き刃で身につけた指揮能力しかないお飾り少佐にそんな視線を送られてもこちらも困ると思いながらオペレーターからの目線に耐えられず、船と呼ばれる乗り物には必ず存在する“特別な座席”に座る御仁に顔を向けると声が震えないように注意しつつ言う。



「か、艦長!残りの即対応可能な部隊はブルー小隊が待機していますが出撃させますか?」



 ムラサメが考え得る限りにおいて一番無難であると思われる方法を提案すると艦長帽子を深く被り直した御仁「ブラッティ・フォン・ビルド」は呟く。



「君は優秀であるが頭が硬いな」



 そう言われてムラサメは「普段はデスクワークで現場になんて出ないし軽い宇宙旅行感覚できていました」などと本当のことを言える雰囲気ではなく。

 喉の奥まで出掛かった言葉を飲みこみ「すみません艦長!」と勢いよく敬礼を返し艦長の言葉を待った。



“ブラッティ・フォン・ビルド”

 この名前は軍人をしていれば一度は聞いたことがあるだろう、その御仁と現場を共にして早10日、ムラサメはこの御仁がどの様な人物なのか未だに計り兼ねていた。

 数十年前に反連邦勢力によって起きた“ダマスカス動乱”という戦いで連邦軍のBT《ブラッド・トルーパー》を駆り。

 エースとして味方からは《不死鳥ブラッティ》と呼ばれどんな不利な戦場からも生きて帰り、敵からは《血染めのブラッティ》と呼ばれ、恐れられている英雄である彼には様々な噂があるが、私にはそんな危険な人物には見えなかった。



 10日前、任官してすぐ行われた顔合わせでムラサメは「文字通り “お飾りの少佐” として艦長の邪魔をしない様にします、なんなら必要な時以外自室から出ないようにします」と申し出たのだが「君はタダ飯食いになるつもりか?」と鋭い眼差しを向けられ慌ててそんなつもりはないと伝えると「では今日から非常時以外は君が指揮したまえ」と所謂丸投げ行為をくらってしまったのだ。


 余程嫌われているのかと思い顔合わせの席に同席していたこの艦の実質No.2である“先任上級曹長”に後々聞いてみた所「少佐は余程気に入られましたな」と豪快に笑われたのだが文句など言える立場ではないムラサメは現在に至ると言った感じであり、イエロー小隊からの通信途絶が起きる先ほどまでブラッティは艦長席にすら座らず喫煙所でタバコを吸っていたと先ほどブリッジクルーが休憩から帰ってきた際噂していたのを聞いていたムラサメにとって謎が謎を呼ぶ人物であると評価していた。



「総員戦闘態勢。」



 そんな謎多き御仁が鋭くよく響く声で短く言い放った言葉に艦橋にいる全員の表情が凍る。



「戦闘態勢、ですか…?」


「聞こえなかったのか?ムラサメ少佐」


 艦長帽子のツバから見える瞳はムラサメの頭の中まで見透かしているかのように鋭く、澄んでいた。

 強烈な覇気を纏った瞳に当てられ、先程までの艦長への認識を改めることにする。



 確かに目の前にいる御仁は皆に畏怖される “ブラッティ・フォン・ビルド” であるのだと。



「いいえ、失礼しましたブラッティ艦長、総員戦闘配置!!繰り返す総員戦闘配置!!」



 その声にすかさず反応して各自が慌ただしく動き始める。



「ムラサメ少佐は筋は良いが、足りないな。」



 先程の気迫に押されていたムラサメには

 艦長の言葉が誰にかけられた言葉なのかわからなかったが辺りを確認し自分以外に人がいないことを確認すると少し上擦った声で返事をする。



「艦長補佐と言う任務に対して、身に余るとでも感じているかのようだ、まぁ、それが君の良いところでもあるのだが。」



「は!申し訳ありません!!」



「これからは君たちの時代だ、私のような老いぼれは早く引退したいもんだよ。」



「何をおっしゃいますか、この艦のクルー全員を相手でも艦長の指揮には敵いません。」



「世辞など言っている暇があれば、渡した教練資料にでも目を通せ。」



 ムラサメはそう言われ、先程の瞳を見たあとだと「お世辞じゃないんだけどな」と苦笑いを浮かべつつ、目の前のホログラムスクリーンに向き直る。



「艦長は本当に“敵”が来るとお考えですか?」



 そう言うと艦長は立ち上がり、60歳になる御仁とは思えない洗練された足取りでムラサメの隣まで歩いてきた。



「さぁな。」



 そう言って片手に持っていた電子タバコのスイッチを入れ大きく吸いこむとゆっくりと吐き出す。

 殆ど匂いのない電子タバコに苦い顔をして「やはり、本物のタバコがいい」と小さくこぼし言葉を続けた。



「長年戦場なんてものに居るとな、見え始めるんだ。」



 訝しげにその言葉を聞いたムラサメに対して艦長はニヤリと笑みを溢す《こぼす》。



「人が死んだ後に輝く“粒子”がな。」


「B粒子が目に見えるのですか?」



 もしかしてもうボケてるのか?なんてことを勘繰ってしまうがそんな野暮な気持ちは心の中に閉まい、ムラサメは艦長を真剣な表情で見る。



「もちろん実際に見えているわけじゃない、あくまでイメージにすぎないのだがね。歪んだ雰囲気と散っていった魂の姿、そんな物を感じてしまうのだ」



「要は、艦長の”カン”ってやつですか?」



「まあ、雑に言ってしまえば”カン”で済んでしまうだろうが……残念なことにこの”カン”が外れるのは稀でね、まったく嫌なものだ、歳を取るってものは全て卑屈に考えてしまう。もしパープル小隊と連絡が取れた場合即ブルー小隊を増援に向かわせてくれ、戦闘配置は場合にもよるが必要がなさそうなら通常配置に戻して構わない。」



 艦長は電子タバコをひと吸いして吐き出すとホログラムスクリーンに背を向け「ここを任せるぞ」と短く吐きブリッジを出ていき、ムラサメは釈然としないまま敬礼して艦長を見送った。



 ムラサメは一つ大きなため息を吐き現状を映し出しているホログラムスクリーンを見定める。



 いくら戦場に出たことがないムラサメだとしても歴戦の英雄であるブラッティが何かを感じ取ったというのであればきっと何かが起きているという事なのだろう。

 ムラサメは見落としている点はないかとホログラムスクリーンを食い入る様に見つめるがやはり何もわからない。

 ムラサメ自身それなりに優秀な脳みそを持っていることは自覚しているし、それが認められたからまがりなりにも諜報部の一部署で出世してきたと自負しているが、やはり餅は餅屋と言う様に戦場に関してはブラッティに及ばないのも理解している。



「一体何が起きているというの?……。」



 浮かび上がっているホログラムに向けて放ったその呟きは



 ブリッジの喧騒に掻き消され誰の耳にも届くことはなかった。

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