消えたショートケーキ
佐倉伸哉
本編
無い……!
昨日買ってきた、ショートケーキが……無い! 冷蔵庫の中を探してみるが、影も形も見当たらない。
ちょっと高い、自分への御褒美用に買ってきたショートケーキ。今日食べるのを楽しみにしていたのに……。
許せない。一体誰がこんな暴虐非道な事を……。
「――ってかさぁ、たかがケーキ一個いいじゃん」
「良くない! あのケーキを食べる事を楽しみにしていたからこそ、今日の超ダルい講義を耐える事が出来たんだ! ……チクショウ、何て事だ」
妹のレミが至極どうでもいいという感じで声を掛けてきたが、オレにとっては非常に重要な事だった。3時間にも及ぶダラダラと話す教授の必修授業、しかも授業中寝ると問答無用で不可が付く過酷な耐久レースを乗り切るには、それ相応の御褒美が必要だった。
「じゃあさぁ、また買ってくれば?」
「馬鹿野郎! あのケーキは昨日までの限定販売なんだ! つまり、あのケーキはもう二度と手に入らないんだよ!」
ブランド品種のイチゴと契約酪農家の生乳をたっぷりと使った、特別なショートケーキ。定番のショートケーキから格段にランクアップしたその品は、きっと特別な味がしたに違いない……。食べれなかったからこそ、余計に腹が立った。
「こうなったら誰が食べたか徹底的に調べてやる!」
「調べてどうするのさ?」
「今日から発売の新商品“フルーツ山盛りプレミアムケーキ”を2個買ってもらう! 食われたら、食い返す……倍返しだ!」
「そのセリフ、ちょっと古くない?」
レミの適格なツッコミも聞き流し、オレは早速犯人捜しに乗り出した。
我が家の家族構成は父、母、オレ、レミの四人家族。昨日オレが冷蔵庫にケーキを入れてから消失を確認するまでの間に外部から侵入された痕跡は無い(あったら一大事だ。普通に警察呼ぶ案件になる)。
「……レミ、まさかお前が食べたってことはないよな?」
「ないわー。自分以外の物食べるとかマジないわー」
まず身近な人間の犯行を疑ったオレだが、即座に否定された。その発言を裏付ける証拠は無いが、逆に犯行を決定づける証拠も存在しないので、とりあえずは保留。
次に、家の中に何か手掛かりが無いか捜索に乗り出す。まず怪しいと睨んだリビングから始める。
「……ボストン君! これを見ろ!」
「それを言うならワトソン君でしょ。なんでレッドソックスなのよ」
ツッコミを入れながら覗き込むレミ。ゴミ箱の中から掘り出したのは、ケーキが入っていた紙の外箱の残骸だった。証拠隠滅を図ったのか、ビリビリに破られていた。
「てか、普通食べたら外箱って破って捨てない?」
至極真っ当な意見が飛び出したが、黙殺する。ここで指紋を確認出来れば一発で犯人が特定出来るが、残念ながらオレにそんな技術は無い。
リビングを中心に隈なく捜索したが、有力な手掛かりはこの外箱だけだった。生ゴミを探せば他に物証が出るかも知れないが、そこまでする勇気がオレには無かった。
次に、オレは家族に聞き込みを開始した。
レミは高校、オレも大学に行っている為、その間は家に居ないのでケーキを食べる事は不可能だ。そして、オレ達二人が不在になっている間は家に母しか居ない。そこで母に聞いてみることにした。
「え、ケーキ? 食べてないわよ」
主に冷蔵庫を利用する母の証言はかなり有力なものと踏んでいたが、こうもあっさりと否定されるとは思ってもいなかった。
残るは父だけだが……その父は甘いモノが苦手でおやつを食べている時を見た事がない。まず無いだろうが、一応聞いてみるか。
「ケーキ? あぁ、今日の昼に大事なお客様が見えたから、出したぞ」
灯台下暗し。犯人は父だったか。
しかし、ここで一つ問題が浮かぶ。犯人は分かったものの、大事なお客様をおもてなしする為に出したとなれば、補償を求めにくい。見た目は普通のショートケーキだから父もそんなに高い物だと思っていないだろう。多分代わりの物を買ってきてと言えば、コンビニで売っているような1個400円の安いケーキで済まされる可能性が極めて高い。倍返しどころか半分返しだ。
そこまで考えて出した結論は――!
「へー、そうなんだ。あれオレのヤツだったから今度から気を付けてね」
罪を憎んで人を憎まず。これ以上の追及は諦める事にした。
これで万事解決……なのかなぁ。うぅ……あのケーキ、マジで食べたかったなぁ。
消えたショートケーキ 佐倉伸哉 @fourrami
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