第22話 自由と勝利の美酒

 



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 未だ興奮収まらぬアザレスの街で、サージェスは酒を片手に馬鹿騒ぎをしていた。


 守備隊の者と、街の者と、見知らぬ者とまで杯を交わすサージェス。タダ酒なのを良い事に羽目を外している。



「――――ほらサージェス! もっと飲めよ!!」


「あざまーす!! ……ばっかお前!! 零れてんじゃねぇか!? 手が震えてんぞ!?」



 ウロウロと飲み歩いていた俺は、クロウラ守備隊が宴会を行っていた区画に腰を落ち着かせていた。


 コイツらとは一番近くで共に戦った戦友だ。他の所で飲んでいた時よりも、数段温かい感じで俺を迎え入れてくれた。


 結局のところ、俺の活躍を知っているのはコイツらと、レイシィなどの一部の人間だけ。


 他の守備隊の者からすれば、特段変わった貢献をしたとは思っていないだろう。


 それとは逆に、最前線で悪魔行進デーモンパレードの進行を食い止めたクロウラ守備隊への英雄視は、凄まじいものだった。



「でも気にくわねェよな。俺達ばっか持てはやされてるけど、ほとんどサージェスの功績なんだからよ」


「そうですよ! なんなら今から叫びますか!? 真の英雄はサージェス・コールマンであると!」


「それいいな!! この声が枯れるまで叫んでやるぜっ!!」



 勝利の美酒に酔うクロウラ守備隊の者は止まらない。皆が皆、顔を赤くしたまま立ち上がり、精一杯に腹に空気を起こり込んで大声を出す準備をしだす。


 言った所で酔っ払いの戯言だと流されるだけなのに、元気な奴らだ。



「静まれお前達!! 約束したであろう! 忘れたと言うのか!?」



 そんな酔っ払い達を鎮めたのが、この酔っ払い精鋭を率いた隊長、リヒャルド。


 あれほど俺に壁を作っていたリヒャルドは、俺の隣で楽しそうに酒を飲む程には心を開いてくれていた。


 男に開かれても困るのだが……この守備隊の弱点は女性がいない事だ。いくら温かく迎え入れてくれても、女性がいないだけで他の所に行きたくなる。



「はぁ……なんで女の子いないんだよ? なんで俺の杯に酒を注いでるのがお前なんだよ……」


「わ、悪かったな! どれだけ女好きなんだお前は!?」


「男なら誰もが女好きだろうよ。もしかしてお前はアレか? 男が好きなのか? 変な性癖だな」


「俺だって女が好きだ!! 変な性癖など…………なぁサージェス、一つ頼みが――――」

「――――女ならいますよぉー!! たいちょー!!」



 リヒャルドと馬鹿な話をしていた時、急に背中に柔らかい感触が感じられた。


 リヒャルドが何か言いかけていたようだが、当の本人は話す気を失くしたようで、他の守備隊の者と会話を始めた。


 背中に柔らかさを感じていると、また別の気配が近づいてきて俺に声を掛けてきた。



「お疲れ様です! 隊長!」


「うっわ~、酒くせぇ……」


「こ、こんばんは、隊長」



 やって来たのは調査作戦で一緒だった新兵のミラード達だった。


 先ほど他の守備隊から聞いたのだが、素晴らしい活躍だったそうだ。僅かな間の隊長ではあったが、誇らしく思う。


 という事は、後ろに抱き着いているのはマリアだろう。ここまで大胆な行動に出る奴だとは思わなかったが、女不足の俺を憐れんでくれたのだろうか。



「ねぇたいちょー。デートしてくれるんですよね? マリア、買ってほしいものがあるのぉ~」


「おいマリア! 大人の店が先だぞ!?」


「そうだよ! 大体、こんな時間からデートするのかよ!?」


「ふへへ……こんな時間でも、大人の店は開いてます……」



 ええ、開いてるでしょうね。こんな時間からが本番だろうよ。今日は勝利に浮かれて、興奮冷めやらぬ野郎で溢れかえるのではないだろうか。


 むっつりカイルは最早オープンになっている。誰よりも下卑た目を見せるカイルは、将来とんでもない女好きになる事だろう。


 それに比べてヴィクターとミラード。さっきチラッと見えたのだが、同年代の女の子に囲まれて鼻を伸ばしていた。


 前線で活躍した新兵の噂が広まったのだろう。我先にと唾を付けようとする狡猾な女性達が印象的だった。


 マリアは……成長期はまだなのだろうか? 柔らかさの中に固さを感じる。諦めるな、これからデカくなる。



「たいちょーってばぁ……ウップ……きゅ、急に気持ち悪い……」


「ダァァァ!? 吐くなよ!? いま吐かれたら脳天からシャワーを浴びる事になるだろ!?」



 緊急事態につき、ミラード達に命令しマリアを抱えて離脱してもらった。


 去り際に顔を青くしたマリアにデートの約束をさせられ、顔を赤くしたカイル達と大人の店への突撃作戦を約束した。


 約束は守らねばならんが、残念ながら今は金がない。守備隊の先輩達に連れて行ってもらって下さい。



「な、なあサージェス。その……頼みがあるのだが……」


「あん? どうしたよ? そういえばさっきも何か言いかけてたよな?」



 ミラード達が去ってすぐに、隣でこちらの様子を窺っていたリヒャルドが話しかけてきた。


 何か頼みづらそうにしているが、よほど言い難い事なのだろうか?



「その、だな……レイシィ――――」

「――――ここ、宜しいですか?」



 再びリヒャルドの話は遮られた。


 俺の許可を待たずにリヒャルドの反対側に腰を下ろしたのは、この国を救った英雄、レイシィ・ミストリアであった。


 美しい金髪をなびかせながら、マリアより大きな物をブルンブルンさせている。



「おうレイシィ! やっと来たかよ? 待ちくたびれたぜ」


「申し訳ありません。色々と捕まっていましたので」



 待ちに待った華が登場。仄かに頬が赤くなっており、様々な所で酒を飲まされたようだ。


 それも仕方のない事。レイシィはこの国の英雄で、滅亡から救った救世主なのだから。



「あの……場所を変えませんか? お礼をしたくとも、ここでは言いづらいです」


「別にお礼なんていいけど……まぁレイシィが言うのなら、二人で飲みなおすか?」



 静かに頷くレイシィ。その顔は先ほどよりも真っ赤になっていた。


 交わした約束もある、しっかりと覚えてくれたようで何よりだ。



「じゃあ、行くか?」


「はい」


「お、俺も行くぞ!! さ、三人で飲みなおそうではないか!」



 何故か慌てて割り込んできたリヒャルド。


 夜は長いし、俺は別にそれでもいいのだが……レイシィの、空気読めよお前! といった蔑みの目が凄かった。



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 ――

 ―



「――――本当にありがとう、サージェス」


「好きでやった事だ、気にすんなよ」


「…………グゥ」



 場所を移し、更に飲み続けていた三人。


 もう何度目かも分からない礼に、同じように返答する。その横では、早々に潰れてしまったリヒャルドが寝息を立てていた。



「ねぇ、そのさ……ど、どうして……助けてくれたの?」


「どうしてって、俺はそこまで非情じゃないぞ? 敵じゃないんだし、俺は仕事で来てたんだから」


「そ、それだけ……?」



 何を思っているのか、俺を見上げるレイシィの目には怯えの色が見えた。


 助けられた理由がそんな重要なのだろうか? 残念だけど、崇高な理由を持った勇者様ではない。


 結局は自分のためだ。理由なんて取るに足らない、ごく単純なもの。



「――――約束したからな」


「……約束」


「おいおい忘れたのかよ? 約束しただろ? それで、美人なレイシィちゃんは俺にどんな褒美をくれるのかな?」



 ワザとらしく煽ってやると、レイシィは恥ずかしそうに俯いてしまった。耳まで真っ赤になって、実に初々しい反応だ。


 何やら俯きながらブツブツ呟いていたかと思うと、意を決したかのように顔を上げ、俺に向き直った。



「あ、あの! ちょっと……お手洗いに行って来る。その……化粧とか、治したいし……」


「俺は別にそのままでもいいけど」


「だ、だめ! 汗臭いし、下着も……可愛くないもん……」



 あまりに可愛かったので失笑すると、少しだけ怒った顔をしたレイシィが何も言わずに部屋を飛び出していった。


 意外でもなんでもないが、やはりレイシィも女の子のようだ。



「…………行ったか」


「は? お、お前……起きてたのかよ!?」


「無論だ。どうしてもお前に言わなければならない事がある」



 机に突っ伏して寝息を立てていたリヒャルドが顔を上げ、俺の目を見つめてくる。その様子から、狸寝入りだった事が伺えた。


 え……レイシィがいなくなったタイミングを見計らって? 俺に言わなきゃない事があるって? なんかちょっと、顔が赤いのは気のせいか?


 ま、まさかコイツ……本当に男色なのか? 俺、犯されるのか?


 や、やばい。逃げなきゃヤバイ。コイツの目はマジだ。



「俺は――――」

「――――ヒ、ヒィィィィィ!?!? いや、困りんす!! 俺、その趣味はないからぁぁぁぁ!!!」


「黙って聞け。こんな状況、二度とないかもしれん」


「いや、いや! いやあぁぁぁぁぁ!! 聞きたくなーーーい!!!」


「いいか? 俺は――――」

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