第23話 自由と別れの時






「――――お、お待たせ致しました」


「あ、はい、お待ちしていました……」



 お手洗いにしては随分と時間が掛かったようだが、それを聞くのは野暮というもの。


 恰好がラフなものになっており、僅かではあるが綺麗な金髪も湿り気を帯びていた。


 色々と準備、覚悟をしてきてくれたようだ。そんな女性の一大決心を無碍にはできないし、恥をかかせる訳にはいかないのだが……。


 どうしよう。本当にいいのだろうか? 俺には理解できない、したくない、信じられない。



「サ、サージェス? どうかしたの? 私、どこか変かな……?」


「へぇ!? いやいや、変じゃないよ!? すっげぇ綺麗だぜ?」


「そ、そう? ありがとう……」



 う~む、柄にもなく緊張しているようだ。レイシィではなく、俺が。


 比べるようで悪いが、レイシィのような美人はたくさん抱いてきた。昔ならいざ知らず、例外なく緊張なんてせずリードできたと自負している。


 しかし、今回のは俺も初めての経験。やる事は変わらないが、環境が違う。



「えっと……そ、それじゃ私は、先に部屋に行ってるね? 鍵は……開けとくから」


「ああ……いやその…………あぁぁぁもうっ!! レイシィ、ちょっとこっちにおいで?」


「え……? うん……分かった」



 近づいてきたレイシィの手を引き、強引に抱きしめた。


 予想通りレイシィはビックリしてはいたものの、特に抵抗することなく俺の胸に頭を預けだす。



 ――――



「――――ん、ドキドキしてるね、サージェス」


「ま、まぁな。お前が綺麗すぎるからさ」


「嘘ばっかり。沢山の子に言ってきたくせに」


「今は、レイシィしか見てないぜ?」


「そっか。じゃあ今日は私が独り占めだ」


「ああ、俺も今日はレイシィを独り占めだ」


「ん……ねぇ? 私の部屋に……行こうよ?」


「あ~……なあレイシィ、俺もう我慢できない」


「えぇ!? だ、だめだよ! こんなところじゃ!」


「大丈夫だよ、ちゃんとベッドもあるし」


「そ、そうじゃなくて! リヒャルドがいるじゃない! 見られるなんて……い、嫌だよ……」


「大丈夫だって! その……ば、爆睡してるし……起きやしねぇよ」


「うぅ~……だって……声が……出ちゃうからぁ……」


「ごめん、もう我慢できない。可愛すぎる」


「サ、サージェ……んん……ば、ばかぁ……もう……いいよ――――」



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 次の日の昼前、俺達はクロウラへと帰還する事となった。


 簡単な調査だけを行うつもりが、とんでもない事になってしまったが、まぁ終わりよければ全てよしであろう。


 戦友と握手などを交わすクロウラ守備隊に混ざり、俺もアザレスの者と別れを惜しんでいた。



「――――じゃあなお前ら、また会おうぜ?」


「隊長! 隊長に言われた通り、僕は部隊長を目指します!」


「隊長! 今度会った時は、立派な槍捌きをお見せしますから、楽しみにしててください!」


「隊長! いつか絶対に、連れて行ってもらいますからね? ふひひ……」


「カイルきも~……隊長、お金持ちになったら迎えに来てください!」



 出会った時と印象が逆転している新兵達。


 俺の印象では、守備隊として立派なのはカイルとマリアだったのだが、終わってみればヴィクターとミラードの方が立派な志を見せていた。


 しかしどんな形であれ、彼らは守り人として色々な人を守っていくのだろう。


 それは俺には出来ない事。曲がらず腐らず突き進んで欲しいと思う。



「ガッハハハハ!! 隊長殿、顔色が優れませんが、そんなに私と別れるのが悲しいのですかな?」


「ああそうだな、お前の馬鹿面を見れなくなるのは寂しいぜ」


「相変わらず手厳しいですな! ガハハハ……では、またお会いしましょう、サージェス・コールマン殿」


「ああ、またな、ガハルディード・ゴリゴリラ」


「ガハルディード・ミストリアです!!」



 絶対嘘だ。あのレイシィの弟だなんて思えない。昨日の夜のレイシィとは種族が……いや次元が違う。


 そんなガハルドは人望熱いようで、ついぞ昨日は一緒に酒を飲めなかった。どこへ行っても人に囲まれており、俺も声を掛けるのがはばかられたほどだ。


 こういう人気、カリスマ性はレイシィにソックリだ。コイツであれば、問題なくアザレス守備隊を纏める事ができるだろう。



「サージェスさん、お元気で!」


「サージェスさんに指導いただいた複数奇跡、もっと極めて見せます!」


「あ~お前らも頑張れよ? えっと……名前は……」


「ノイマンです! 忘れたのですか!?」


「ヘッケラーです! 酷いですよ!?」


「ははは、冗談だよ、冗談……」



 ノイマンとヘッケラー。俺と言う異物と話している事を、周りの調査隊に変な目で見られている事もお構いなしに笑顔を見せる。


 複数奇跡を習得した彼らは、更なる未知を解き明かす事ができるだろう。


 コイツらとは秘密ができた。取るに足らない秘密ではあるが、彼らの探求心はいずれ真実へと辿り着くだろう。



「サージェスさん。この度はご助力、本当に感謝致します」


「あぁ、レイシィも頑張れよ? 今日は休んだ方がいいかもな、まだ歩きづらいだろ?」


「お、お気づかいなく! なんの問題もありません」


「ははは、そうかよ? じゃあなレイシィ、また会おうぜ?」


「ええ、また――――すぐに会えるよ、会いに行くから」



 最後の一言だけ耳打ちをして、周りに聞こえないようにするレイシィ。


 すぐに会えるとは、恐らく数か月後の副隊長就任の事を言っているのであろう。


 これだけの成果をあげたのだ。ほぼほぼ決まりかけていたレイシィの昇進は、今回の事で不動なものとなっただろう。


 次に会えるのが楽しみだ。レイシィの私服姿というのも、見てみたいからな。



「――――ではそろそろ出立する! お前達、準備はいいか!」


「「「「ハッ!!」」」」


「サージェスも、もういいか?」


「ああ、いいぜ」



 リヒャルドの号令の下、クロウラ守備隊と俺はアザレスを後にした。


 少しくらい観光でもしようかと思ったのだが、俺はすぐにでも次の仕事を見つけ、金を稼がなくてはならない。


 冒険者になれれば、時間はいくらでもある。その時にまた、ゆっくりと来ればいい。


 俺達はアザレスの者達の大声援を背中に受けながら、多少ノンビリとしつつクロウラへの帰路に就いた。



 ――――



「――――凄かった。お前に頼んでよかった」


「あ、そうですか……」


「あのレイシィが……俺のレイシィが……」


「貴方のではないと思いますけど……」


「昔からずっと一緒だった女が、好意を抱いていた女が……目の前で……寝取られ……はぁ、はぁ……心が震える」


「キモッ! 理解できねぇよ……」


「どう思った、お前は?」


「だから理解できない。胸が痛い……俺は手に入れた女を奪われるのは嫌だ」


「素質あるよ」


「は……?」


「素質あるよ」


「なんの素質だよ……ったく、お前の同郷はみんな変態なのか?」


「みんな? どういう事だ?」


「レイシィの奴、途中からお前が見ているのに気づいていたぞ」


「な、なんだと!? でも止まらなかったじゃないか!?」


「ああ、それどころか見られて更に興奮していた」


「そ、それは……つまり?」


「レイシィは見られる事に興奮する……変態だ」


「……なあ、また今度……」


「嫌だよ、俺はノーマルなんだ。変態達につき合っていられるか」

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