第21話 自由と相容れぬ存在

 





 ディードの奇跡により、強制的な従属状態にある天魔と対峙するレゾート。


 通常、悪魔だろうが天魔だろうが人に従うものではない。それを捻じ曲げるのが神の奇跡。


 しかしそれはいびつなどではなく、自然の摂理なのだろうか? 結局の所、弱者は強者に逆らえないという事か。



「いい気になるなよ? 七位風情が……六位の俺に勝てると思っているのか?」


「一つしか変わらないですし、お零れの六位でしょう? そんな数字になんの意味があるのですか?」


「あははは! そうそう、ディードはお零れ六位だよね~」



 いつの間にか殺気を治め、再び子供の様な態度を取るアラキスタ。その表情はまさに愉悦、楽しくてしかたがないといった表情だった。



「九位の下位風情が……お前も一緒に殺してやろうか?」


「ああ~ウザッ!! 負け犬の癖にさぁ!!」



 レゾートがそんな数字に意味はないと言ったばかりなのに、やはり反応してしまうアラキスタ。


 位などどうでもいいと考える実行官エクスもいれば、ディードの様に拘る者もいる。レゾートは意外にも後者であった。



「僕は七位であり続けますよ。六位にも九位にも興味はありませんので、ご安心を」


「なにそれ? 意味が分かんないよ。別に待遇は変わらないけどさ~、他人より上にあるって気分いいじゃない?」



 結局それが全てなのだろうと、レゾートは心の中で溜め息を付く。


 底が浅い理由。人より上である事が、上に存在する事を第三者に認められる事が気持ちいいのだろう。


 しかしそれは誰しもが持つ感情、優越感。レゾートも例外ではないが、彼はもっと優越に浸れる方法を、慕う先輩に聞かされていた。



「七は先輩の好きな数字ですから」


「……は? だからなに? 意味分からないって言ってんでしょ?」


「つまり必然的に、僕の好きな数字であるという事ですよ。七以外の数字に興味がないので」



 盲目的な依存、歪んだ愛情。


 今のレゾードを形作っている全てであった。もちろんそんな想いは、本人はおろか周りには知られていない。


 秘密。それだけでレゾートは優越感を感じられる。



「気味の悪い奴だ。それで、どうするのだ? 今なら見逃してやる、さっさと消え失せろ」


「消えるのはそのトカゲですよ――――虚空穿」



 ほんの一瞬、目が眩むほどの光が走ったと思った瞬間だった。


 ディードの横でレゾートに殺気を放っていた天魔が、片脚を残して消滅した。


 天魔の巨体を軽々と包み込んだ奇跡・穿孔は、容易く天魔を葬った。


 片脚を残し全てが穿たれた天魔、流石のディードも動揺を隠せなかった。



「――――なッ!? 馬鹿な!?」


「お、おいおいディード。んな雑魚を従わせてんじゃねぇよ……」



 驚きの様相を見せるディード。仮面を付けているため表情は見えないが、声と佇まいから狼狽えているのは明らかであった。


 仮面を外しているアラキスタはディードとは違い、感情の半分は雑魚を使った事に呆れている様子だ。



「くくく……あはは……あぁ、やっぱり先輩の言った事は正しかった!」



 恍惚の表情のレゾート。先ほど言っていた、先輩に教えられた優越感が体を震わせる。


 今頃、奴らは劣等感を感じている事だろう。それがまた、なんとも甘美である。



「ふふふ……どうですか? 下だと思っていた者に出し抜かれる気分は? 何も知らずに、上位者だと思っていた愚か者になった気分は!?」


「き、貴様ァァァァ!!!」


「精々しがみ付けばいいですよ。でも言っておきますが、位は上でも、貴方は僕より弱いですよ? ――――身の程を知れ、愚か者……あ、これは先輩が好きなフレーズです」



 ブチッ――――という音がハッキリと聞こえる。


 仮面を握り潰したディードは、新たなる奇跡を起こそうと輝石に神力を注ぎ込む。


 今にも切れてしまいそうなほどに浮き出た血管。歯を食いしばり過ぎたのか、口からは血も流れ出していた。


 冷静さの欠片も見られない、凶悪な表情。


 そんな顔を見てほくそ笑むレゾートは、ゆっくりと腕を上げディードの心臓に向ける。



「本当に愚かですね……第七位奇跡・穿こ――――」

「――――第九位奇跡・拒絶ッ!!」



 両者に間に入り、不可視の壁を作り出したのはアラキスタであった。


 序列輝石:拒絶。如何なるものも拒絶する最強の盾。全てを穿つ最強の矛を持つレゾートの反対に位置する輝石だ。



「……そんなもので防げるとでも? 貴方も愚か者でしたか」


「さぁね? だけど一瞬なら防ぐ事は出来るさ~、一瞬あればどうとでもなるんだよ」


「邪魔をするなアラキスタッ!! コイツは俺が殺すッ!!」


「馬鹿が、冷静になれよ? ここでコイツを殺したら……次は誰が出張って来るのか、分かるだろ?」



 アラキスタのその言葉に、頭に保守派最強である実行官エクスの姿がよぎるディード。


 保守派がここまで堂々と存在し行動できるのは、間違いなくレゾートとその者の力が大きいからだ。


 組織を抜けた者を擁護するなど前代未聞。如何なる理由があろうとも、脱退者は例外なく闇に葬ってきたというのに。


 サージェス・コールマンは確かに強者だ。しかし特別優れていて、圧倒的な力を有している訳ではないはずだ。


 にもかかわらず、サージェスを消すのではなく連れ戻そうと考える者は多かった。もちろん、消す事に賛同している者の方が圧倒的に多い。


 問題は、連れ戻そうと考える者の中に、面倒な奴が何人かいる事。


 目の前にいるレゾートと同じように力ある者が数名。そして組織に大きな影響力を持つ指揮官ディレクトが二人ほど、保守派になったのだ。



「まぁどうでもいいです。逃げるなら追いません」


「逃げるんじゃないけどね~、そもそも実行官エクス同士の戦闘はダメなんだよ~?」


「どうでもいいと言いましたよ? 僕は先輩がいれば、他はどうでもいいです」



 そう言って微笑むレゾートに、気味悪さと恐怖心を覚えるアラキスタ。


 レゾートの言う先輩とは、他ならぬサージェスのはず。まさかたった一人のために、保守派になり組織のほとんどを敵に回したと言うのか。


 敵……ではないが、それは今の所はだ。このまま行けば、間違いなく強硬派と保守派は武力で衝突する。



「レゾート、覚えていろよ? サージェスを擁護するお前ら保守派は……組織の敵だ!!」


「随分と大胆な発言をしますね? 派閥は派閥ですよ? やり方が違うだけだと思うのですが……」


「そのやり方が問題だと思うんだけどね~……まぁいいや、今はまだだし」



 アラキスタの言葉に、どこか優しさを持っていたレゾートの表情から温かみが消えた。


 どこまでも冷めた目が二人を見据える。殺気とは違う何かがディード達を包み込み、念のためにと二人は後ずさる。



「仲間じゃないよ、なに言ってんの?」


「……そうか~、それは悲しいなぁ~」


「そんな風に思われていたなんて――――気持ち悪い、早く消えてくれ」



 無表情だと思ったら、今度は嫌悪感を露にするレゾート。いつもの穏やかな口調は崩れ、人当たりのいい雰囲気も消えている。


 演技でも何でもない、心の底から頂く不快感を全身で表現していた。



「い、言われなくとも帰るさ。じゃあねレゾート、精々頑張って――――」

「――――最後に一つ言っておきます」



 ディードと共にレゾートから離れようと足を動かした瞬間、レゾートの優しい声が二人の歩みを止めた。


 その表情には温かみが戻っていて、二人がよく知るレゾートであった。



「これ以上、先輩に手を出さないでくれますか? 次は本当に――――殺しますよ?」


「……テメエ、調子に乗ってんなよ?」


「サージェスは必ず殺す……邪魔するなら貴様もだ! レゾート!!」



 ぶつかる三つの殺気。誰も一歩も引こうとはせず、再び戦闘が開始されるかとも思われた。


 舐められる訳にはいかない立場。そもそも他者より上でありたいとの野望を抱く者が多い上、それを成し遂げられる力を持つ者達。


 相容れる存在などではなかった。



「貴方達には無理ですが、そうですね……――――もし先輩を殺すとしたら、その役目は僕のもの。誰にも渡しません」



 そう告げたレゾートは踵を返し二人の元から去っていく。


 森の奥に消えていったレゾートを睨みつける二つの目には、レゾートとは正反対に燃え上がるような殺気が籠っていた。

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