第20話 自由と随える者

 





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「――――という事だ、頼むよ」



 悪魔行進デーモンパレードを防ぎ切り、天魔を滅ぼし脅威が去ったアザレスの街が歓喜で包まれている中、サージェスは調査隊員であるノイマンとヘッケラーの元に赴いていた。


 調査解析の結果を待たずして戦争は終わったが、その報告は上げなければならない。


 しかし今回は、その報告は疑惑をもたらすだけであり、世界の役に立つものではない。


 人類が長年かけて辿り着いた真実の末端に、その報告は不要であり世界を混乱させるだけ。


 一部の、真実を知る者がほくそ笑むだけなのだ。



「ではやはり、今回のこれは悪魔行進では……」


「悪魔行進ではあるが……この悪魔行進は人為的に起こされたものだ」



 信じられないと言った表情をするノイマンとヘッケラー。


 国を容易く葬れる行進が人為的に起こされた事もそうだが、何が目的でこんな事をするのかも検討が付かない。


 そもそも、そんな異常な力を持つ者の事に、恐怖以外の感情を覚える事はなかった。



「こ、公表するべきなのでは? こんな力、人が持っていいものでは……」


「誰も信じないさ。お前達と同じように、想像の遥か彼方にある非現実は人に夢を見させる反面、人を絶望と恐怖で縛り上げる」



 知らない方がいいという事もある。例外は所詮、例外なのだ。


 この世に絶対なんて存在するかどうか分からないが、例外を知らなければそれが絶対となる。


 その例外を知った時、人は一からやり直し。例外に囚われるなど本末転倒、それが神の奇跡ではなく同族がもたらしたものとなれば尚更だ。


 俺のせいでその例外が起こされたのであれば、握りつぶした方が世界のためだろう。


 例外を起こした者を始末すれば、いずれ世界は絶対を確立する。



「……この事は、私達だけの秘密とします」


「悪いな、ヘッケラー。ノイマン、調査結果の改ざんは可能か?」


「問題ありません。調査で分かるのは特異点ではないので、過去の結果に似たように調整すれば……」



 どこか顔が優れない二人だが、それは仕方のない事。


 悪魔行進を起こしたのが、人間であるという現実。人類の敵は悪魔や天魔だけではないのだ。


 神は世界を公平にはしても、人を平等にはしなかった。


 平等ではないがゆえに生まれる感情、優越感や劣等感。力ある者は優越し見下す、力なき者は劣等に苛まれる。


 それが向けられるのは人同士。この世界の人間は感情で戦争する愚かな生き物なのだ。



「悪魔行進の予兆は、周辺の悪魔の狂暴化。それは真実の一つだ」


「はい。あれから過去のデータを読み漁りました。知らなかった事が恥ずかしいですよ」


「その真実を突き詰め調査するのが二人の仕事だ。その後で、例外というもう一つの真実に頭を使えばいい」



 何が起こっても不思議ではない世界。人はそれを奇跡と呼ぶが、どういう意図で神はその奇跡を人に与えたのか、何がしたくて優劣を付けたのか。


 まぁ、だからこそ世界は面白いのか。俺が神でも同じようにして、世界を眺めて楽しんだかもしれない。



「ところで、興味本位で聞くのですが……もう一つの真実とは何なのですか?」


「例外……人為的に引き起こされた奇跡……」



 目の色を変える二人、流石は研究者だと思った。未知なる事への好奇心、飽くなき探求心。


 それは人を進化させ、世界に様々な色を付けた。


 その色は混ざり合い、今ではどんな色になっているのだろうか? 間違いなく、どす黒く変色してしまった所もあるだろう。



「――――奇跡・従属。神の奇跡によって、他者を従わせる力」



 他を支配し、従属させる力が神の奇跡……ではない。


 序列輝石・従属。神の軌跡が作り上げた、人造輝石。人の強欲が、その奇跡を作り上げた。


 しかし結局は、人が作り得た力。人が作り出せたものを神が作れない訳がない。


 であるのであれば、神は何を思って他者を従わせる力を生み出したのだろう。



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 アザレスにけしかけた悪魔の群れと天魔が、サージェスに退けられたのを見届けたディードとアラキスタ。


 その二人は今、アザレスを離れ人気のない森の中を歩いていた。



「――――ねぇ~ディード、なんで転移で帰らないのさ~」



 ディードの少し後ろを歩く背の低いアラキスタは、黙々と前を歩いて行く長身のディードに声を掛ける。


 仮面を付けているため、その表情は読み取れないが、その声色は明らかにディードを馬鹿にしていた。


 両手を頭の後ろで組み、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているであろうアラキスタ。ディードがなぜ転移で戻らないのかなんて分かっていた。



「あ~そっか~。簡単に負けちゃったもんね? 負けた言い訳を考える時間が必要だよね~」



 その言葉に歩みを止めるディード。ゆっくりと振り返りアラキスタと対面した。


 ディードもアラキスタと同様に、仮面に隠れ表情は読み取れないが、その雰囲気から苛立っているのは明らかであった。


 肩に乗るネズミも、主の殺気に呼応するかのようにアラキスタに牙を剥く。



「黙れガキが。俺は負けてなどいない」


「はぁ~? 負けでしょ? アンタの力が届かなかったんだから――――ていうか負け犬の分際で、てめぇが黙れよジジイ」



 向かい合う二人の怒気と殺気がぶつかり合う。動物達は逃げ出し、木々に止まり羽を休めていた鳥たちは、疲れた羽を必死に動かし飛び去っていく。



「まさかお前、従属させた天魔が負けただけで、自分は負けてないとでも言うつもりか? 馬鹿じゃねぇの?」


「黙れと言った。防ぐ事しか能のない貴様に、とやかく言われる筋合いはない」


「他人に頼る事しか出来ないジジイにも言われたくねぇよ。マジで……殺すぞ?」



 ピリピリと殺気立つ二人、周りには誰もいない。葉の擦れ合う音だけが響く、まるで意思持たぬ葉すらも逃げ出したいと暴れている様だった。


 そんな中、その気配は急に現れた――――



「――――僕からしてみれば、どちらも己の矛を持たない弱者ですけどね」



 二人が視線を向けると、いつの間にそこにいたのか木にもたれ掛かっている一人の男の姿があった。


 それはディードとアラキスタもよく知っている、序列七位のレゾート・レゾナンスだった。


 二人とは違い仮面を付けず、素顔を晒しているレゾート。その顔には僅かな微笑みが浮かんでいた。



「レゾートォ……なんだてめぇ、何しに来やがった」


「引っ込んでいろ。保守派など邪魔なだけだ」



 互いにぶつけ合っていた殺気の全てが、レゾートに向けられる。同じ組織の者とはいえ、今は考えの相違から袂を分かっているのだ。


 もちろん直接的なぶつかり合いはご法度ではある。しかし個性が強い者が多い実行官エクスには、そんな法はあってないようなものだった。



「忠告ですよ。貴方達が束になった所で、先輩には勝てません。死ぬ前に引いた方がいいですよ」


「はぁ? ふざけんなよテメェ!! ぶっ殺すぞ!!」



 煩わしい仮面を投げ捨てたアラキスタ。その下には醜悪に歪んだ、整った子供の顔。


 同じ年の子供であれば、絶対に真似できないような凶悪な表情。その顔についている耳は普通より長めの、長耳種のもの。


 その薄緑の髪色は長耳種に多く見られるものだが、所々に黒髪が混ざっていた。


 恐らく種族的な関係が、この者の姿を形作ったのだとレゾートは察する。



「何用だレゾート。俺達の用件は済んだ、そこを退け――――」

「――――穿て」



 急襲により、反応が遅れたディード。レゾートの穿孔は肩をかすめ、そこから血が流れだす。


 穿たれたのはディードのペットであるネズミ。小さな体はいとも容易く弾け飛んだ。



「貴様……ふざけているのか?」


「すみません、手元が狂ってしまいました」



 ペットが弾けたと言うのに、ディードには悲しみも怒りもない。元々この森で見つけたネズミに、遊び半分で力を使っただけの事、想い入れなどなかった。


 実行官エクス同士の戦闘はご法度である。そんなものを守る者はいなかったが、だからと言って戦闘を行う者もいなかった。


 メリットがないという事もあるが、もっと単純な理由があったのだ。


 それは組織の忠実な犬である序列一位と、ラストナンバーである序列十三位の存在。


 実行官エクスを狩る実行官エクスとして有名な二人だ。


 あの二人に目を付けられるのは面倒でしかない。誰も口には出さないが、暗黙の了解として認知されていた。



「……なんのつもりだ? レゾート・レゾナンス」


「喚び醒ます者に手を出した愚か者の顔を、見てみたいと思いまして。仮面を狙ったのですけどね」



 品のいい微笑みなのに、どこか馬鹿にされている印象を受けるディード。


 ここまでされて、ここまで言われて黙ってはいられない。ディードは序列六位、七位のレゾードに舐められるのは我慢ならない。



「――――平伏し随え……第六位奇跡・従属!!」



 序列六位、【随える者】ディード・バリアント。


 元序列六位、【圧し潰す者】レグナント・ウォリアーに変わり、その座に付いた者。


 ディードの奇跡に反応し、大型の天魔がどこからともなく現れ、ディードの前に平伏した。


 その現れた天魔は、天魔の中でも特に強大な力を持つ種の一つ、竜種であった。


 その天魔、アザレスを襲った天魔より数段格上の雰囲気を纏いながら、主の敵であるレゾードの目を射抜くのだった。

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