第19話 自由と歓喜と約束と

 





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 悪魔行進デーモンパレード、そして天魔をも退けたアザレスは歓喜に包まれていた。


 被害らしい被害はほとんどなく、死者もなし。いい意味で前代未聞の結末となった。


 その後、他方に避難していた民がゾロゾロとアザレスに戻り、口々に守備隊への賛辞を述べていく。


 ある者は家族と笑い合い、ある者は恋人と抱き合い、ある者は仲間と肩を組み合っていた。


 そんな中、クロウラより派遣された援軍が到着し、それの対応にリヒャルドが当たっていた。



「――――信じられません。悪魔行進を無傷で……」


「運が良かったのだな。規模の小さい悪魔行進だったし……ア、アザレスにはランク:王の単発奇跡があったからな」



 そんなものはない。あまり嘘はつきたくないが、この国を救ってくれた男の頼みとあれば、無碍には出来ないとリヒャリドは思う。


 目立ちたくないと言う話だったが、あの男の性格的に目立ちたがりだと思うのだが違ったようだ。


 ともあれ、皆がレイシィの功績を称えているこの中で、今更サージェスがやったと言っても誰も信じないだろう。


 当人がそれでいいと言うのならば、何も言う事はないとリヒャルドは思っていた。



「流石はミストリア部隊長ですね。確かリヒャルド様の……」


「ああ、同郷の者だ。全く、ここまで差を付けられていたとはな」


「またまたご謙遜を。――――ではリヒャルド様、事態の収拾と見回りなどは私達が行います。貴方達はアザレスの者達と祝杯を」


「すまない。よろしく頼んだ」



 ビシッと敬礼をした援軍の長が去り、部下達に命令を出し始める。それを確認したのち、リヒャルドは街の様子に目を向けた。


 甲冑を身に付けたまま肩を組み酒を飲む守備隊の者や、子供を抱きあげ微笑んでいる父の姿、二人だけの世界に浸っている男女の姿など、様々な様子が見えた。


 どれもこれも皆一様に笑顔。街全体が歓喜に震えていた。


 その笑顔を守った一人の人間として僅かに微笑みながら、リヒャルドは馬鹿騒ぎしている己の部下達の元へと向かった。



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「――――はい。ご助力に感謝致します、アルフレッド大隊長」



 終戦のち、レイシィはクロウラにいるアルフレッドと通信を行っていた。


 内容は主に報告と謝辞。外でアザレスの守備隊が勝利の美酒に酔えているのは、アルフレッドが迅速に行った援軍編成のお陰だ。


 そして報告。戦いが終わった事により、新たに送り込まれるはずだった大隊援軍は必要なくなった。


 それになんといっても悪魔行進デーモンパレードの報告は必須だ。今回の事は、今後の世界に役立つ情報として重宝される事だろう。



≪――――大筋は分かった。詳細は後日、調査隊から報告を上げてもらおう≫


「了解しました」


≪さて、それではここからは個人的な話になるのだが、時間はあるか?≫


「構いません、なんでしょうか?」



 アルフレッドと通信を行っている部屋の外から、守備隊の盛り上がりの声が聞こえていた。


 それにはアルフレッドも気づいている様子で、そこに気を使ってくれたようだ。


 今外に出たら守備隊や街の者に捕まり、時間など取れなくなる。夜はまだ長い、少しくらいなら何の問題もないとレイシィは思った。



≪あまり長々と国を救った英雄を引き留めるつもりはない、一つだけ確認したい事があるだけだ≫


「英雄……ですか」



 英雄は私ではなくサージェスだ。国を守ったのも、皆の笑顔を守ったのもサージェスなのだが、それを公にする事をサージェスは嫌がった。


 腕を引かれ、結界の隅に連れて行かれた時に交わした交換条件。


 天魔を倒す代わりに、落ちた輝石はサージェスの物に、そして倒したのを私とする事が条件であった。


 もう一つ、個人的な約束もあるが……それを考えたら顔から火が出てしまう。通信奇跡は音声のみで使うのが主流だが、声に震えが乗らないとも限らない。



≪小規模とはいえ、悪魔行進を少ない戦力で打ち破った事。更には天魔を討つとは……まさに英雄ではないか≫


「…………」



 それは違う。切羽詰まっていたという事も大きいが、私は責任をサージェスに擦り付けた。


 最低な女、最低な隊長だ。あの時、サージェスが天魔を倒せるとは思わなかった。


 それなのに私は考える事を放棄し、サージェスに押し付けたのだ。


 失敗しても私のせいではない。他に方法がなかったと言い訳する事も出来ると。とは言っても、失敗した場合は死んでいたと思うが。



「私は英雄ではありません。天魔を倒せたのはまさに、奇跡だったのです」


≪……奇跡か≫



 そんな私の醜い心に気づいたはずなのに、サージェスは嫌な顔一つせず私の頭を撫でるだけだった。


 私の弱さと醜さを知る、唯一の男。初めて甘えてしまいたいと思える男性だった。



≪その奇跡は……サージェス・コールマンが起こしたのではないか?≫


「――――っ!? そ、それは……何故そうお思いになるのですか?」


≪この目で見たからだ、あの男の強さをな。アイツは冒険者組合の結界を素手で壊しおった≫



 アルフレッドは知っているようだ。それもそうか、サージェスはそもそもアルフレッドからの紹介なのだ。


 冒険者組合にある結界輝石といえば、万が一に備えるために高位の輝石だったはず。もしそれの事を言っているのなら、本当に規格外だ。


 嘘を付いても無駄。王ランクの結界を壊せる者なら、王ランクの奇跡を起こせて当然であろう。



「……お察しの通り、天魔を葬ったのはサージェス・コールマンです」


≪ハッハハハハハ!! やはりか! あの男やりおるわ。報酬を増額せねばならんな≫



 嘘の報告を上げたと言うのに、アルフレッドは豪快に笑うだけで咎めようとしなかった。


 私は醜くもサージェスに甘え、部下を死に追いやりアザレスを滅ぼす所だった。それを隠すように嘘の報告を上官に上げたというのに。



「何故……咎めないのですか? 私は嘘を付き、貴方に紹介頂いた男が打ち立てた功績を、奪ったのですよ?」


≪それは――――本人が望んでいないだろうからな。サージェスが己の考えで動き、嘘を付けと貴公に言ったのであろう?≫


「……望んでいないと、なぜ分かるのですか?」



 彼がなぜ助けてくれたのかなんて、そんなものは分からない。


 お金に困っていたようだし、お金を稼ぐ事が目的なのだろう。それが理由で天魔の輝石はもらい受けると、条件を付けたのだろう。


 つまり、仕事だから助けてくれたに過ぎない。


 もうアザレスでの仕事は済んだ、それ以上は与り知らぬだろう。私を咎めないようにと望んでいる訳がない。



≪俺がアイツと初めて会った時、アイツは一人の女性のために動いていた≫


「女性……ですか。随分と女がお好きなようですからね」



 聞きたくない。サージェスが他の女のためになんて。ここまで自分は醜かったのかと、嫌になってしまう。


 助けてくれて救ってくれて、甘えさせてくれた男性に好意を抱かないはずがない。誘われた事で、勝手にサージェスの特別になったつもりでいたようだ。


 彼にとっては、囲う女の一人という事だろう。それでもいいと思ってしまっている自分がいる、これが惚れた弱みという奴なのだろうか。



≪とある事件があってな。サージェスに興味が湧き、色々と調査をしたのだ≫


「調査ですか。彼の強さの秘密……とかでしょうか?」


≪無論それも調査したが、何も分からなかった。素性も何もかもが不明、分かったのは冒険者になろうと動いていた事だけだった≫



 守備隊の情報網を持ってしても、何も分からなかったと? それだけ聞けば、とてもじゃないが近づきたいと思わない人物。


 なぜそのような人をアルフレッドは使ったのか。



≪だから私は個人的に奴を食事に誘い、話を聞く事にしたのだ≫


「食事ですか……」


≪そこで分かったのは……――――奴は筋金入りの女好きで、どうしようもない馬鹿だという事だ≫


「…………は?」



 分かっていた事ではあったが、アルフレッドがそんな事を言うとは思わず、つい呆けてしまった。


 女好きだという事は分かっていた。出会ったその日にデートして、次の日には大人の関係を築く事を約束したのだから。



≪男同士の食事会での会話など、下劣なものでな? 女を助けた理由など、その女が美人であったから、約束したから……それだけであった≫


「美人……約束……ですか」


≪下らぬであろう? だが奴は嘘を付いている様には見えんかった。それどころか、助けた女に近づくなと念を押されたほどだ……中々の殺気と共にな≫



 どんな事件なのか分からないが、大隊長であるアルフレッドが動くほどの事件。もしさっき言っていた、冒険者組合の結界破壊の事であれば大事件だ。


 そんな事件を起こしてまで、助けた理由が美人だから? 約束したから? 信じられない、そんな理由でなぜ動けるのか。



≪それは置いておいて……貴公は俗に言う美人であるな?≫


「は、はい!? な、なんですかいきなり!?」


≪そんな美人な貴公が、サージェスと何か約束なんてしていようものなら……どこかで聞いた事のある話だと思ってな≫



 約束はしたけど……え? あんな事のためだけに死地に飛び込み、助けてくれたというの? 


 こんな醜い私を許してくれると言うの? あんな傷だらけになって、己の功績を捨ててまで。


 一番重要とか言ってたけど……それってやっぱり――――



「……や、約束……しました」


≪ハッハハハハハ!! やはりか、咎めず良かったわ! 咎めていては、また奴に殺気をぶつけられる事になっただろうからな!≫


「……約束……」


≪奴の反感は買いたくないのでな、今回は……ううん? どうした? おい、聞いているか? だから今回の件は奴に免じて――――≫



 ――――外の馬鹿騒ぎも、アルフレッドの言葉も耳には入っていなかった。


 頭にあるのは一つだけ。早く会いたい、早く夜にならないかという事だけだった。

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