第18話 自由と王の力

 





 ――――――――

 ――――――――



 危機一髪という所で、なんとかレイシィ達を守る事ができた。


 カイルから預かった物資の中に結界輝石がなければ危なかったな。使わないと思っていた輝石だが、アイツは将来凄腕の支援師サポーターになるかもしれん。



「サ、サージェス、どうやってここに……? 結界が張ってあったはず……」


「あんな薄い結界なんざ簡単に破れるよ。よくあれで天魔の奇跡を防ごうと思ったな? 流石に無謀すぎるぜ」



 展開されていた結界は、全て上級の輝石を使って作られたものだった。


 いくらなんでも王ランクの天雷を相手に、上級の結界では話にならん。薄い紙を何枚か重ねた所で何も変わらない。


 王の力に対抗するには、最低でも最上級の結界が必要だ。



「まあとにかく無事でよか――――いぃぃ!?!?」


「だ、だってぇ……あれしか方法が……なかったんだもんんん……」



 ヒィィィィ!?!? 泣かせた!? 俺が!? ちょっと言い方がキツかっただろうか!? でもお前そこまで弱い女じゃないだろ!?


 おかしい、そんな訳がない。喚び醒ましたのは安心感で、悲しみなどはお喚びではないのに!? そんなに追い詰められていたのだろうか?


 と、ともかくイカン。周りの目も集まり始めている。部隊のアイドルであるレイシィを泣かせたとあっては、後で何をされるか分かったものじゃない。



「ななな、泣くんじゃないよ!! ほら、よぉぉしよし、よぉぉしよしよし」


「な、泣いてなんかない……! ら、乱暴に頭を撫でないでよ、髪が乱れるから……!」


「あっ悪い……と、ともかくだな! 泣き止みなさい、天魔はなんとかしてやるから!」



 慌てて手をレイシィの頭から離し、周りの様子を窺う。


 当然ではあるがリヒャルドを含め、部隊ほとんどの目が集まっていた。


 しかしそれは俺に対する怒りや嫉妬ではなく、レイシィに向けられている驚きの目であるようだった。


 恐らくここまでレイシィは崩れた事がないのだろう。このままでは今後の指揮にも関わるかもしれない、それではあまりに可哀そうだ。



「レイシィ、ちょっとこっちに来なさい」


「ど、どこに行くの!? こんな時になにするの!?」


「ナニもしねぇよ! しっかり結界を張った、もうあの天魔は干渉できないから大丈夫だ」



 未だ動揺を隠せないレイシィの手を引き、結界の端の方に進む。


 こんな悠長な事が出来るのは、すでに王の奇跡に対抗できる結界を展開しているからだ。もちろん使用したのは上級の結界輝石である。


 本来、上級の奇跡は王の奇跡に勝る事はできない。


 いかに偉大な術師でも、強大な神力を持つ者でも、その絶対的な関係は変わらない。輝石が力に耐えられず砕けるのだから、強力な奇跡を起こそうにも起こせない。


 しかし何事にも例外はある。今のは輝石の上下関係の話で、奇跡の話ではない。



「ここら辺でいいか――――いいかレイシィ、よく聞けよ?」


「な、なに? こんな隅に連れて来てもみんな見てるから、するのは無理だよ……」


「何をするつもりなのか知らんが、俺だって時と場所は選ぶぞ」



 真っ赤になり恥じらいを見せるレイシィは放っておいて。


 例外とは、純粋奇跡である。輝石を用いない純粋奇跡であれば、上級程度の奇跡でも込める神力次第では、王の力を超える事は可能だ。


 そんな事が出来る奴がどれだけいるかは分からないが。そもそも防御系の純粋奇跡持ちでないと意味ないしな。


 ルルゥのような感情把握では、物理的に防ぎようがない。


 もう一つの例外は輝石:覚醒。


 この力があれば輝石の力を覚醒させられる、眠る力を喚び醒ます事が出来るのだ。



「いいから聞けって! このままじゃ泣き虫レイシィちゃんって呼ばれるぞ?」


「な、泣き虫!? 私は泣いてなんかっ」


「分かったから! そこまで時間はないんだ、黙って聞きなさい!!」



 いくら覚醒させた結界奇跡でも、所詮は上級。そう何発も王の奇跡に耐えられるものじゃない。


 まったく、顔に涙の痕を付けている癖によく言うぜ。恥じらいは何処へ行ったのか、今は頬を膨らませ抗議の目をしているレイシィ。


 これはレイシィのためでもあるが、俺のためでもある。こんな傷だらけになったんだし、ここまで来て目立つのはごめんだ。


 それにレイシィはいい女だからな。上手く助けて、ご褒美を貰わないと。



「――――ええっ!? た、倒せるの? あの天魔を、一人で……?」


「なんだよ? 俺の事が信じられないのか? こんな状況で冗談なんか言わねぇよ」


「それは、そうだけど…………分かったわ、言う通りにする」



 そもそもこの結界は俺が作ったのだ、俺の奇跡以外は内側から外に放つ事はできない。


 この結界の隅に来たのも、レイシィの背後に隠れれば、奇跡を起こす姿を見られないだろうと思ったからだ。



「なら約束だ! 俺は天魔をぶっ飛ばして、街とお前を守る……そうしたら」


「そ、そうしたら……?」


「天魔が落とした輝石は俺が貰う。それと倒したのはレイシィって事にしてもらう」



 本当は輝石はいらない。しかしそのくらい言っておかないと、断られるかもしれないからな。金稼ぎだと思わせた方がいいだろう。



「わ、私が倒した事に!? い、意味が分からないわ!?」


「いいからいいから、目立ちたくないんだよ。あともう一つ、これが一番重要、ていうかこれだけでもいいよ」


「ま、まだあるの!? と、とりあえず聞いておく……」



 そしてこれが最も重要。手っ取り早くレイシィちゃんを落としちゃおう大作戦だ。


 まず男性経験は少ないだろうし、時間を掛ければ落ちそうだけど……手っ取り早いから。



「天魔を倒して無事に生き残れたら……――――今夜、部屋の鍵開けとけよ?」


「部屋の鍵…………って!? ええっ!? そ、それって……」


「そういう事。分かるだろ? 大人なんだから。約束だぞ?」


「わ……分かった……約束……」



 ワザと耳元で囁いてやった。予想通り顔を真っ赤にして慌てておる。


 さぁもういいだろう。レイシィだって簡単には約束を反故にはしないはず。そしてこんな状況であれば、拒否できるはずもなし。


 悪い笑みを浮かべながらも、俺は真っ赤になっているレイシィにこの後の動きについて説明を行った。



「――――さ、じゃ言った通りにやってくれる?」


「わ、分かったわ。――――み、皆の者! 聞きなさい!! これから私が、アザレス守備隊に古くから伝わる、こ、高位の輝石であの天魔を討ちます!!」


「はぇ~、そんな輝石があるんだぁ? 信じらんなぁ~い、嘘っぽ~い」


「あ、貴方が言えって……――――コホン……リヒャルドとガハルド、こちらに来て頂けますか?」



 ご指名されたリヒャルドとガハルドがこちらにやって来る。両者共に眉間に皺を寄せているが、特に何も言葉を発することなくレイシィの両側に並び立った。


 リヒャルドはレイシィを泣かせた事に、カハルドは高位輝石などあったのか? といった辺りの感情を抱いたのではないだろうか。


 なんにせよ、この二人が加われば万が一にもバレはしない。二人の体は大きい、後ろで俺が奇跡を起こす姿を隠してくれるだろう。



「――――という事です。二人ともいいですね?」


「承知!! 我が巨体の影に入って下さい!!」


「今更、サージェスの実力を疑いはせん。先ほども天魔を討ったのだからな」



 準備は整った。


 それではレイシィには国を守った英雄となってもらおう。


 コイツらは守備隊だし、それなりに口も堅いだろう。バレても今後の俺の生活に影響はないはずだ。



「それではいきます! その目に神の奇跡を焼きつけなさい!!」


「――――神の座を狙う人の王。その手に掴みしは天上切り裂く王の一振り……」



 両手を天魔に向けたレイシィを確認した俺は、詠唱を開始する。


 圧倒的な神力を感じ取った三人は顔を引きつらせるが、レイシィはなんとか言葉を発し続ける。



「な、なんて神力……えっと……裂け貫け射貫け、叩き割れ!!」


「王の名の下に奪え略せよ。集え王の刃、顕現せよ王器」



 天を埋め尽くすほどの、何百という煌びやかな剣や槍が突如空中に現れた。


 それは暗雲を吹き飛ばし、眩いばかりの光で地上を照らす。



「「――――奇跡:略奪王ノ刃ッ!!!」」



 何百もの王の刃が天魔に振り下ろされる。


 流石の天魔も慌てて回避し、避け切れないものは奇跡を起こして防御する。


 しかし時すでに遅し。


 一本一本に大きな神力が込められている王の刃は、易々と天魔の体に突き刺さり始める。


 逃げようにも逃げられない。防ごうにも防げない。抗おうにも抗えない。


 断末魔を上げた天魔は、数瞬後には肉片の一欠片も残さずに消失した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る