第17話 自由と無慈悲な奇跡
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「――――姉上ッ! 結界が再び破られたッ!!」
「
前門の悪魔、後門の天魔。
それに挟まれたレイシィ達アザレスの守備隊は苦戦を強いられていた。
後退していた悪魔は再び狂ったように突撃を始め、逃げ場のない守備隊は立ち止まり迎え撃つしか出来ない。
せめてもの救いは、新たに現れた天魔の行動がほとんど様子見であるという事。
結界を張れば即座に破壊しようとブレス攻撃をしてくるが、それ以外は大人しいものであった。
「何を考えて……この個体はやはり天魔、なのでしょうか……?」
悪魔と天魔の違いは認知されている。天魔は悪魔と違い、可視化された神力のオーラ纏っている事と、奇跡を起こせるという事は有名だ。
この翼竜にも似た赤黒い天魔も例外ではないだろう。
しかし目の前に鎮座する天魔は、光のオーラも見えなければ奇跡を起こす様子も見られなかった。
「一か八か、結界を解除し全隊で突撃……でも、もし天魔なのであれば……」
全滅は免れない。
そもそもそれが天魔の狙いなのかもしれない。結界だけを壊す攻撃は、私達をおびき寄せる餌なのかもしれない。知恵ある天魔なら有りうる話だ。
門内に残った僅かな兵が壁上より攻撃を行っているが、悪魔はまだしも天魔は意にも介していない。
やはり壁上部隊の殲滅力では、天魔は元より悪魔の殲滅すら難しい。その前にこちらの神力が底をつき、結界が消え失せる。
「このままではジリ貧……であるのであれば、ここで」
険しい顔をするレイシィは覚悟を決める。
結界を解除し、天魔と悪魔に突撃を仕掛ける。それが現状における最善であると。
クロウラからの援軍は間に合わない。サージェスやリヒャルド達も、あれだけの戦力であれば前線の維持で精一杯であろう。
「ぜ、全隊……結界を解除し、突げ――――」
≪…………≫
今まさに反撃の狼煙を上げようと、レイシィが号令をしようとした時。
レイシィの目と天魔の目が交差する。
その瞬間に芽生える感情。絶望と恐怖、不安と後悔。
「あ……あぁ……そんな……」
≪グルルルルル……≫
今まで見えなかったオーラがハッキリと見える。
この個体はオーラを隠していたのだ。その黄色味がかるオーラは、レイシィの心を絶望で染め上げ、恐怖を呼び覚ました。
――――勝てる訳がない。
全をいとも容易く蹂躙する個は存在する。
それは卑怯で理不尽な、圧倒的存在。抗う事すら許されない、それが弱者と強者の構図。
世界はどうしてこうも、不条理なのだろうか――――
「――――ミストリア様ッ!! 後方より援軍です!!」
「あれは……リヒャルドの部隊!? まさかこんなに早く!?」
悪魔が群れている方角から、リヒャルドの部隊が向かって来るのが見えた。
観測手の話ではサージェスと同様に、西側から押し寄せる悪魔の群れと戦っていたと聞いていたため、こんなにも早く戻って来れるとは思っていなかった。
絶望に染まっていたレイシィの目に、希望の灯がともる。
どんな絶望的状況でも、希望はあると教えるかのように、リヒャルドの部隊は悪魔の群れを葬り始めた。
「――――レイシィ!! この悪魔どもは俺達が片付ける!! お前達は万が一の時、俺達を結界で守ってくれ!!」
「わ、分かったわ! お願い!!」
奮起するリヒャルド達を心強く思う反面、不安もある。
結界は強力な防御奇跡だが、万能ではないのだ。
簡単に言えば、結界は内と外の干渉を遮断する壁のようなものである。
そのため外側からの敵の攻撃を防ぐ事が出来る反面、内側から敵に攻撃を加える事も出来ない。そんな事をしては、自分達の結界を壊してしまうだけなのだ。
例外は、同一の神力ならば結界に干渉せずに通せる事。
例えばレイシィが作った結界ならば、レイシィの神力で起こす奇跡であれば内側から外に攻撃できる。逆も然りだ。
しかし今展開されている結界は、複数の者で作られた結界。混ざり合った神力は唯一無二のものとなり、如何なる者の神力も通す事はない。
「見ている事しか出来ないとは……全員準備を!! リヒャルド達が悪魔を殲滅のち、全力で天魔を攻撃します!!」
「「「オオオオッ!!!」」」
残った悪魔はそれほど多くはない。精鋭であるリヒャルドの部隊であれば、そう時間は掛からず掃討し終えるであろう。
問題はその後、あの強大な気配を放つ天魔のみ。
多少の犠牲は出るかもしれないが、このアザレスを守れるのは私達の他にいない。
そう意気込むレイシィの目に移ったのは――――最悪の光景であった。
≪キキャーーーーーッッ!!!≫
ほぼ様子見に留まっていた天魔が、大きな両翼を天に掲げると同時に、耳を劈くような雄たけびを上げた。
その瞬間に変わる環境。まだ明るい時間帯にもかかわらず、辺りには暗い影が落ちる。
次の瞬間には、結界に守られているというのにピリピリと不快な感覚を肌に覚えていた。
天を見上げると、そこには黒い雲の塊。快晴とまではいかなくとも、先ほどまではほとんど雲なんてなかったはずなのに。
「これは……ま、まさか……!?」
自然をも変化させる奇跡は、王ランク以上の輝石に見られる力。
そんな強大な奇跡など、高名な魔術師が扱えるかどうかというレベル。昨今ぱったりと見なくなったというのに。
そんな奇跡が、よもや自分達に向けられるとは露にも思っていなかった。
「け、結界を解除!! 悪魔を始末しつつリヒャルド達と合流しますッ!!」
「た、隊長!? いま結界を解除しては――――」
「――――命令よッ!! 従いなさいッ!!!」
見た事もない表情のレイシィに気圧された隊員達が、言われた通りに行動する。
結界を解除した事で、レイシィ達にも悪魔が襲い掛かる。
それを屠りながらもレイシィ達はリヒャルドの部隊と合流し、再び結界を創り出せとの命令を出す。
「神力が残っている者は全力で結界を展開しなさいッ!! 持たぬ者は悪魔の殲滅を!! 術師を守りなさいッ!!!」
「レイシィ!? これは一体どういう事だ!?」
「説明は後よ!! 貴方も結界を展開させて!! 私よりも神力は高いでしょう!?」
無理やり結界の単発奇跡をリヒャルドに渡したレイシィは、すぐさま悪魔の殲滅に取り掛かる。
この場で結界を作り出せば、悪魔と共に結界内に籠る事になる。
しかし背に腹は代えられない。悪魔の脅威など、これから訪れる脅威に比べれば可愛い物なのだ。
「防げるの……? 分からない……私の判断は……正しいの……?」
部隊を包み込むように展開された結界奇跡は、展開する範囲が広がるにつれて強度が落ちていく。
展開範囲を狭めれば防げるかもしない、しかし範囲外に残された者は間違いなく命を落とすだろう。
全のため個を犠牲とす。それは確かに大規模軍隊における戦略の一つ。
指揮官としてはそれを選択するべきだったのかもしれない。非情な決断を下すのも、その重荷を背負うのも指揮官の責務なのだ。
「そんなの……耐えられない……ここにいる者全てに家族がいて、愛する者がいるのに……」
「レイシィ!? 何を呆けている!? 悪魔が――――」
リヒャルドの声は届かない。迫る悪魔に気づく事なく天を見上げている。
空に架かる黒雲のように、心に暗雲が立ち込める。間違いだったのかもしれない、部隊が全滅する最悪の選択をしたのかもしれない。
もう間に合わない、不安に圧し潰される。こんなの、指揮官の器ではない。
≪キィィィィギャーーー!!!≫
暗雲よりついに撃ち落とされた、凶悪無比な一撃。
それは展開した結界に落ちると、瞬く間に無数のヒビを生み出していった。
不協和音を響かせながら、容易く葬られる人の盾。抗う事の出来ない無慈悲な一撃と、己の選択の間違いを悔いるレイシィ。
目を瞑り最後の時を待つ。
「だめだな……私――――」
「――――なんだよ? もっと強い女かと思ってたぜ?」
急に背中に温もりを感じると同時に、優しい声が耳元で囁かれた。
左手を取られ、強制的に振り向かせられたその先には、身体中に傷を作りながらも笑顔を作る、サージェス・コールマンの姿があった。
生きている。あまりに突然な事に呆けていると、頭に何かを乗せられた感触が走る。それは乱暴に私の頭を撫でまわした。
他人に頭を撫でられた経験などほとんどない。守備隊に入ってからは皆無と言って良いほどだった。
「サージェス……」
「これで貸し借りなしな? ちゃんと追加報酬も貰うぜ?」
意地の悪い笑顔を見せるサージェス。抱いた事のない感情が芽生えると同時に、いつの間にか不安な想いなどどこかに消え去っていた。
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