第16話 自由と新たなる驚異
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狼型の天魔との戦闘は、相変わらず代わり映えしない攻防が繰り広げられていた。
サージェスの隙を伺い、隙あらば攻撃を仕掛けてくる天魔に対し、それを防ぎ押し返す事だけを行っているサージェス。
傍から見ればそれは超絶した戦い。これがサージェスではなくリヒャルドなどであれば、すでに戦いは終わっている。
サージェスも天魔も体には無数の傷を作ってはいたが、致命傷とはなりえていない。
攻撃が当たる事に気をよくしている天魔と、何かを待っているようなサージェスの動き。
その状況はついに変わろうとしていた。
「――――よしッ!! あと数体だ!! 早々に始末しサージェスの援護に回る!!」
「「「了解ッ!!」」」
アザレスに駐屯する守備隊より上の力を持つクロウラの守備隊は、たった数十人で左右に割れた悪魔の群れをほぼ掃討し終わっていた。
何体かの悪魔はリヒャルド達をすり抜けアザレスへと向かったが、それはごく僅かなもの。
リヒャルド達は完璧とも言えるほどに、その役目を全うして見せた。
そして、その様子を横目で見ていたサージェスが動き出す。
「……終わったか、流石は精鋭部隊だな。もっと時間が掛かると思ったんだけど」
≪――――ガアァァアアアッ!!!≫
「おっと……お前も辛抱強く付き合ってくれたけど――――遊びはお終いだ」
リヒャルド達に意識を逸らした隙を見逃さない天魔は、俺の自由を奪おうと強靭な前足を振り下ろす。
あんなものに抉られたら一巻の終わり。防御する結界も傷を癒す輝石もこの場にはないのだ。
先ほどと同じように、最低限の動きでその攻撃を躱し……先ほどとは違い、ここからは行動を変えた。
振り下ろされた前足に王剣を突き刺し、天魔を地面に固定する。
≪グギャァァァァ!! ガアァァァァッ!!!≫
何度も同じ攻防を行ってきた事で、まさかこのような行動に出られるとは思わなかったのだろうか。
ただただ凶悪だった表情には、焦りと驚きが見て取れた。
「頭も足りないのか。そんなんでよく外に出て来れたもんだな」
≪グルルルルルル……≫
この天魔は、言っては何だが弱すぎる。存在が天魔と言うだけで、碌な奇跡も起こせないし身体能力も低い。
更には頭も悪い。あまり効果が見込めないというのに、馬鹿みたいに同じ行動を繰り返して、これではまるで――――子供だ。
天魔に大人子供の概念があるのか知らないが、いくらなんでも未熟すぎる。こんな雑魚が神宮や神殿の外に出てくるなんて聞いた事がない。
「あまりに出来過ぎだな。調査当日の
≪ガアアァァァァァッ!!!≫
となれば可能性としてはアレしかないが、今は別にいいか。
天魔が暴れ出した。深く突き刺さった剣ごと、己の足を犠牲にして引き抜こうとしている。
このまま王刃で始末してもいいが、返り血で服が汚れるのは嫌だしな。低位の輝石も残っている事だし、それを使おう。
「――――奇跡・雷帝ノ炎」
≪ギギャァァァァァァ――――≫
雷の如き炎を天より撃ち落とす。
複数奇跡の応用で、別々に奇跡を起こすのではなく複合させて奇跡を放つ。
増幅しあう奇跡は、低位の輝石を用いたとしても上位奇跡に匹敵する威力になる。単純な複数奇跡と違って行使するのは難しいが、有名どころの魔術師などであればできる事だろう。
複合奇跡で丸焦げになった天魔は、不快な匂いを漂わせながら地に倒れ行く。
そして悪魔と同様に身体は灰となって消えゆき、残ったのは小さな輝石だけとなった。
「未熟な天魔の輝石……まぁこんなもんか――――」
「――――サージェス!! 無事か!?」
輝石を拾い上げ眺めていた俺に、悪魔の群れを殲滅し終えたリヒャルド達が声を掛けてきた。
ほぼほぼ同時に討伐を終えた形。リヒャルド達にも大きな怪我は見られず、一安心だ。
「お前……大丈夫か? その傷……」
「ああ、問題ねぇよ。天魔相手にこの程度の怪我なら、よくやった方だろ?」
「そ、それはそうだが……おい!! 誰か、治癒の輝石を所持している者はいないか!?」
見た目だけは派手な傷を心配したのだろう。リヒャルドらしからぬ慌てようで、治癒輝石の所持を部下に確認し始めた。
隊員の数人が治癒輝石を持っていたようで、俺に駆け寄り奇跡を起こしてくれる。
徐々に引く痛みと塞がる傷口を感じながら、ボンヤリとこの後の事を考えていた時に、それは起こった。
「――――た、隊長!! アザレスより光煙!! 緊急色、赤です!!」
「なんだと!? あれはッ――――全員、アザレスまで急げ!! サージェス!! お前もだ!!」
「……この気配」
「サージェス!! 急げ!! アザレスの部隊は悪魔の群れに対処できなかったのだろう! 先に行くぞ!!」
俺の反応に痺れを切らしたのか、切羽詰まった様子のリヒャルドは急ぎアザレスまで走り出した。
アザレスの方向に感じる気配、これは間違いなく天魔だ。それも、いま倒した天魔とは比べ物にならないほどに強大な個体。
とてもではないが、ここにいる守備隊にどうこう出来る相手ではない。
「確定だな、自然に起こりえる事じゃない。となれば――――俺のせいか」
このままでは、リヒャルドもレイシィも死ぬ。ガハルドやミラード達、守備隊の面々も全滅か。
――――それでは寝醒めが悪い。
これは仕事だ。これは女を守るためだ。これは冒険者になるための布石だ。これは自分のためだ。
そうだろ? もう昔の俺じゃないんだ――――
「って、俺は誰に言い聞かせてんだか。自由にやればいいんだよ……思うように思うが儘に」
誰に何を言われようが関係ないだろ。それが自由であるという事のはず。
だよな――――先生。
リヒャルド達に遅れる事少し、俺も急ぎアザレスへと走り出した。
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「――――やはりアレは早すぎたか」
サージェスと天魔の戦いを、森の奥より観測していた一人の男。先の戦いの様子を思い返しては頭を捻っていた。
男の肩にはネズミのような生き物がおり、男の声に反応するかのように首を動かしていた。
「もういいでしょ~ぶっ殺してしまえばさ~」
その男の隣でそう言うのは、小柄な体型をした男。
声色から男だとは推測されるが、どちらかといえば声変わり前の子供の様な声色と言った方がシックリくる。
「念には念をだ。それに、レゾートが接触したという情報もある」
「あ~レゾートかぁ~。あの人は保守派だもんねぇ~」
二人が並び立つと、まるで親子のようであった。
大きい体をした長身の大人と、その体の半分ほどしかない子供。
体型や声、雰囲気も何もかも違う二人だが、共通した点が一つだけあった。
仮面。素顔を隠すために身につけているのであろうが、この森の中では異質そのものである。
「輝石をほぼ失ったという話だが、その状態でレグナントとアライバルを圧倒したのだ。何かがあるのだろう」
「それはあの二人が弱かったからでしょ~。あれ、そういえばあの二人ってどうしてるんだっけ?」
「先日、序列落ちした。今はただの実行員だ」
この二人は神の軌跡の
レグナントとアライバルは、サージェスが組織を抜ける時に戦った二人。
レグナント達は、力を失ったサージェスにも劣る者として、実行官の序列から位落ちしていた。
「あ~そうそう。それでアンタが
どこか飄々としていて、まさに子供っぽかった男の雰囲気が変わる。
滲み出る凶悪な圧力と、隠そうともしない殺気。そんなものがこの小さな体のどこにあったのかと思う程だ。
「戦闘力が全てではない。位を上げたければ貴様も努力する事だな? 序列下位が」
こちらも負けじと殺気を放ち始める。傍から見れば大人げない威圧ではあるが、それは第三者の感想である。
当人達がぶつけ合っているのは本物の殺気。大人だからと胡坐をかけば足元を掬われ、子供だからと臆すれば食われる。そういう世界だ。
「……ふん。行くぞアラキスタ、もう一体の天魔で力量を図る」
「……はいはい。ほんとディードは慎重だね~。じゃ~行こっかぁ~」
問答に興味を失ったディードと、再び子供の様な無邪気さを見せるアラキスタ。
二人は現在のサージェスの力量を図ろうと、激戦化しているアザレスを見下ろせる高台まで移動するのであった。
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