第13話 自由とそれぞれの守りたいもの






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「――――奇跡・扇炎!! 顕現せよ王槍ッ!!」



 また一つ砕けた単発輝石。残りは炎と雷が一つずつ。


 威力より範囲攻撃に優れた奇跡を選択し、なるべく多くの悪魔を殲滅していく。それを逃れた悪魔を王刃で始末し、出来る限り動いてはいたが。


 もうすでに、数十体の悪魔を取り逃がしていた。



「くっそ、神炎や神雷があれば一瞬なんだけどな……――――王剣ッ!!」



 数十本の王剣を創り出し、周りの悪魔に飛ばしそれを滅ぼすも、やはりその隙間から数体の悪魔が抜けていった。


 その悪魔達を追う時間はない。すでに次の悪魔の群れが迫っているからだ。


 手数不足、殲滅力不足。いくら規格外の身体能力や神力を有そうが、それに耐えられるだけの輝石でないと強力な奇跡は起こせない。


 王刃のような王ランクの輝石であれば問題ないが、残念ながら王刃は殲滅戦向きではない。



「まぁあの数ならレイシィ達がなんとかすんだろうが……何体かヤベェのも抜けてったんだよな。翼竜とか、アイツら倒せるよな――――」

「――――サージェス!!」



 悪魔が迫る逆方向から、馬で駆けて来る数十人の守備隊の姿が見えた。


 その先頭にいるのは、リヒャルド・ディスケンス。北側の調査に向かっていたはずの、アルフレッドの部下だ。



「こんな最前線に来るか普通? 飲み込まれて死んじまうぞ?」


「ふんッ! そんなに軟ではない、俺達を舐めるな――――殲滅陣形だ!! サージェスが愚かにも逃がした悪魔を叩く!!」


「「「「ハッ!!!」」」」



 リヒャルドの指揮の元、撃ち漏らした悪魔を守備隊の者が屠っていく。この者達はクロウラの守備隊の人間だ。


 アザレスの守備隊に比べて、コイツらの能力は高いように感じていた。やはり本部の守備隊というのは、この中央諸国を守る要なのだろうか。


 その連携は見事なもので、アザレスに向かっていく悪魔の数を大幅に減らし始める。



「愚かって……これでも頑張ってんだけどな?」


「……分かっている。まだ終わってはいないが、正直お前がいなかったらと思うとゾッとする――――受け取れ」



 リヒャルドが投げて渡した物、それは赤く輝く永久輝石であった。


 ランク:上級。半永久的に使用する事の出来る、炎の輝石だ。


 単発輝石と効果は変わらないが、一度しか起こせない奇跡と何度でも起こせる奇跡とでは、戦場における意味は大幅に違う。


 しかしあのリヒャルドが俺に永久輝石を渡すとは。嫌悪という程ではないだろうが、俺に良い感情を持っていないのは明らかだ。


 まぁ恐らく、レイシィを寝取ったからだろう。



「言っておくが、まだ寝取ってないぞ? お前にもまだチャンスはある」


「ね、寝取られ!? お、お前はな、何を言っているんだ!? こんな悪魔の群れの中で!?」



 何をって、それはこっちのセリフだ。何をそんなに慌てているんだ?


 確かに場違いな発言だったが、緊張感を解すための冗談だったのだが。それが証拠に、リヒャルド以外の守備隊が纏う雰囲気が柔らかいものに変わった。


 リヒャルドとレイシィの事は、皆が知っている事のようだな。



「まぁいいや。じゃあありがたく頂くぜ? すり抜けた悪魔の始末を頼む。逃した悪魔は無理して追わなくていいだろ、レイシィがなんとかするだろうからな」


「分かっている! それと、輝石は貸しただけだ! 必ず返してもらう! いいなサージェス。必ず生き残って、必ず返してもらう!!」



 そう息まくとリヒャルドは後方に下がり、他の隊員と共に悪魔を討伐し始める。


 通常、悪魔行進デーモンパレードに防御柵もなく挑むのは無謀以外の何物でもない。大規模な防御陣や、頑強な城壁などで身を守りながら攻撃するのが常套手段。


 死の波に抗うには、人間は矮小すぎる。波を跳ね返す頑丈な壁が必須なのだ。


 そんな中に、無謀にも飛び込んできたリヒャルド達。いくら精鋭とはいえ、数十程度の戦力で数千に抗うのは、自殺行為と変わらない。


 ならば俺が波を跳ね返す壁となろう。共に死の波に抗い、乗りこなして見せようではないか!!


 ……いいな、この感じ。なんか、自由な冒険者っぽいっていうか、冒険している感じがする。



「何をニヤニヤしている!! さっさと奇跡を放て!!」


「……うるせーな。戦場をどう思ってどう楽しもうが俺の勝手だろ」



 男のロマンが分からない奴だ。このような逆境を跳ね除けてこその冒険、心躍るじゃないか!!


 ――――いいんだよな、こんな感じで。上手くやれているはずだ。


 しかしこれは本当に自由と言えるのだろうか? 俺には、よく分からない。



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「――――対空砲撃の手を緩めるでない!! 悪魔どもを取り付かせるな!!」



 サージェスやリヒャルドの部隊が取り逃がした悪魔からの攻撃を防いでいる、アザレスの守備隊。


 壁上に布陣した部隊の指揮はガハルドに任され、大声が響いていた。


 迫る悪魔は飛行する個体が主で、地を駆ける悪魔は僅かしかアザレスに到達していない。


 悪魔行進にしては拍子抜けするほど。しかしそれはサージェス達が最前線で悪魔の数を減らしてくれているからだ。


 彼らの頑張りを無駄にしないように、必ず守り抜くとアザレスの守備達は奮起していた。



「――――はぁ、はぁ……ガハルド様!! い、いま戻りました……」


「おおヴィクター!! お前達も、無事であったか!!」



 ガハルド達に遅れる事少し、ヴィクター達四人もアザレスに無事戻っていた。


 馬に乗り慣れていない彼らは、飛行型の悪魔がアザレスに辿り着くギリギリで戻った。


 地を駆ける悪魔も迫っているため、先ほど西門は完全に封鎖された。もう少し遅ければ、ヴィクター達は外に取り残されていたかもしれない。



「ガ、ガハルド様……サ、サージェス隊長が一人で……」


「ああ、分かっている。輝石:遠視で状況は把握している。隊長殿は……殿を務めているのであろう?」


「僕達が遅いせいですッ!! 僕達のせいで……隊長はッ!!」



 悲愴する者、涙を流す者、己の力不足を嘆く者。


 彼らは戦場を知らない新兵。初作戦が悪魔行進なんてものになってしまった彼らの心情を考えると、何と言葉を掛けていいのか分からない。


 心のケアも必要なのかもしれない。しかし今はそれどころではない。


 彼らの様子から疲れているのは明らかだ。一先ず休んでもらい、戦いが終わった後に考えようとガハルドは思案した。



「悲観するでない。隊長殿なら大丈夫だ! それよりここは危険だ。お前達はヘッケラーとノイマンの様子でも――――」

「――――僕も戦います!! 僕達は……守備隊ですッ!!」


「俺もです!! 戦います!!」


「私も……戦わせてください!」


「逃げません。戦います!!」



 ガハルドは勝手に勘違いをしていた。もう新兵達の心は折れていると。


 しかし彼らは折れてなどいなかった。全員が力強い目で、確かな意志のもと戦いを切望している。


 新兵だろうが老兵だろうが、守りたいものはある。力がなくても力があっても、それは変わらない。


 ならその想いを無碍にはできない。同じ想いを抱く者として。



「お前達の気持ち、よく分かった! 志を同じくする者として、我らは――――」

「――――楽しみだな~、大人の店」


「ぼ、僕は……別に……」


「なんだよカイル! 一番嬉しそうにしてたくせに」


「デート、どこに連れて行ってもらおうかな? 色々おねだりしちゃおっ」



 流石は新兵、流石は若人。目先の利、甘美な誘惑に飛びつくのは当然である。


 実に分かりやすい行動動機であった。



「不純な動機であったか!? もはや頼もしくすら感じる……ええいお前達!! お前達は西門に向かえ!! 門が破られた時は街を死守するのだ!!」


「了解です! 大人の店は死守します!!」


「あと大人のお姉さんも!!」



 強き眼の奥がピンクなヴィクターとミラード。



「ぼ、僕は……別に……ふへへ……」



 ただのムッツリだったカイル。



「でも隊長ってお金持ってなさそう……シケモク吸ってやがったし」



 シケモクとか……この娘が一番怖い。



「なんか、お前達の印象が変わったぞ……――――ええい!! さっさと行かんかッ!!」



 ワーワーキャーキャーと駆けて行く新兵達。その後ろ姿を見ていると、将来とんでもない大物になるのではないかと期待すらしてしまう。


 どんな理由であれ、彼らは守りたいものをその力で守ってゆくのだろう。


 それが如何に不純な動機であったとしても、彼らは守り人なのだ!! 


 ……そうだよな?



「ガハルディード隊長!! 翼竜が三体、こちらに向かって来ます!!」


「まったく、隊長殿のような者になっては困るぞ……――――攻撃を翼竜に集中!! 魔術師ソーサレス弓射師アーチャーは掃射せよ!!」



 アザレスを守る守備隊が死力を尽くす。皆が皆、己の守りたいものを守るために。


 その甲斐あって現在、アザレスの街に被害は出ていない。

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