第12話 自由と悪魔行進






「――――隊長殿!!」



 撤退ルートを確保しに行っていたガハルドが、必死の形相をしながら戻ってきた。溢れ出した大量の悪魔の気配を察知したのだろう。



「ガハルド、お前はヘッケラーとノイマンを連れて、アザレスに戻れ」


「な、なにが起きたと言うのですか!? ミラード達の事は!?」


「ミラード達は俺が連れて行く。新兵の速度に合わせていたら間に合わん。最速でアザレスに戻ってレイシィに伝えろ、悪魔行進だと」


「悪魔行進……!? 馬鹿なッ!! そんな事が――――」

「――――ガハルド。命令だ、従え」


「し、承知ッ!!」



 ガハルド達三人は急いで馬の元へ戻る。撤退ルートを確保したガハルドであれば、問題なくアザレスまで戻れるだろう。


 ヘッケラー達には調査解析をすぐに行うように伝えた。もう間に合わないだろうが、言葉だけで信じられるほど悪魔行進は頻繁に起きるものではないからな。



「ったく、通信輝石くらい全員に持たせろよな。これも神の軌跡の影響か……」



 離れた者と通信を行える輝石:通信。様々な場所で活用される輝石だが、現在目にする事が出来るのは、ほとんどが単発輝石となっていた。


 一度しか起こせない奇跡、こんな大所帯に回せる余力はないのだろう。やはり神の軌跡が牛耳っているせいで、こうなっているのだろうか?


 ブツブツと前職場の愚痴を吐いていると、四足歩行をしている獣型の悪魔と対峙しているミラード達の姿が見えてきた。



「アイツら、あれほど戦闘するなっつったのに……おいお前ら!! 撤退だ!! 下がるぞ!!」


「あ、隊長!! でもコイツ、しつこくて――――」

「――――下がれと言ったんだッ!!!」



 怒声に肩をビク付かせながらも、ミラード達は急いでこちらに駆けて来る。


 これだから新兵は……と思ったが、幼い頃のレゾートもこんな感じだったか。


 逃げた獲物を追う悪魔を王刃で始末し、事の顛末を説明しながら俺達は急ぎ馬の元へと走り出した。



 ――

 ―



 馬の元へ辿り着いた俺とミラード達は、後ろより迫って来る悪魔の気配を感じながらも、急ぎアザレスに向け馬を走らせていた。


 しかし彼らは、お世辞にも馬の扱いが上手とは言えず、中々速度が上げられない。振り落とされてしまえば、それこそ一貫の終わり。


 悪魔達に追いつかれるのは時間の問題だった。



「――――カイル、単発輝石を全てよこせ」


「は、はい! 隊長!」



 馬上にてカイルより輝石の入った袋を受け取った。


 支援師のカイルは、基本的にパーティー内の物資管理を担当する。今回は調査目的のため、輝石の数は多くはない。


 今回はカイルが選別した輝石。しかし一つも使用していないため、これだけあれば何とかなるだろう。



「俺が悪魔の足止めをする。お前達は振り返らずアザレスを目指せ」


「「「「……了解」」」」


「そんな顔するな、俺を誰だと思ってんだ? 死にはしねぇよ」



 悪魔進行デーモンパレードの話を聞いてから、コイツらはずっと暗い顔をしていた。


 それも仕方のない事。悪魔進行を確認した国や街には、少なからず被害が出る。


 アザレスにいる家族も、友達も、贔屓にしている飲食店の店員も死ぬかもしれない。そう思ってしまうのも無理はない。



「ヴィクター。お前に指揮を任せる。必ず皆を連れて戻れ」


「は、はい」



 頼りない小さな声で了承するヴィクター。


 後ろを走る三人に目を向けると、同様にその顔には影が落ちていた。



「お前達には人を守れる力がある。その力は人々の暮らしを守る力、人々の笑顔を守る力、人々の未来を守る力だ」


「「「「…………」」」」


「答えろ。お前達はなんだ?」


「「「「……隊です」」」」


「聞こえねえーーー!!!」



「「「「守備隊ですッ!!!」」」」



 俺には発破をかけるのには向いてないようだ。しかしレゾートという前例があるため、下手に適当にやったら大変な事になるかもしれないからな。


 しっかりとした考えを持たせなきゃならない。そんな事を全く考えていなかったから、レゾートは俺に依存してしまったんだ。



「ヴィクター。お前は強くなれる、優れた統率者になれるだろう。もう少し冷静になれればな」


「はいっ!!」


「ミラード。お前は剣より槍が向いているな。槍闘師ランサーになれよ、後で扱いを教えてやる」


「はい!!」


「カイル。お前は少し視野が狭い。冷静なのは流石だが、一点に集中し過ぎだ。肩の力を抜いて周りを見ろ」


「はい!!」


「マリア。デートしない?」


「はい……ってなんで私だけ!? そ、そんな事を急に……」


「お前は逆に慌てすぎ。お前の事は皆が最優先で守ってくれる。慌てず落ち着けば、皆を救える」


「は、はい!!」



 隊長らしくあろうと皆を観察した結果だ。俺だってノンビリと煙草を吸っていただけじゃない。


 他の奴らとは違い、コイツらは俺を選んでくれたのだ。実はこっそりガハルドから聞いたのだが、コイツらは余ったのではなく、進んで俺の隊に加わったらしい。


 可愛い奴らじゃないか。ガハルドとヘッケラー達は、どちらかと言われれば嫌々だったらしいが。



「それでは童貞諸君!! 無事にアザレスまで辿り着け!! 生き残ったら俺が大人の店に連れて行ってやる!!」


「「「はいっっ!!!」」」


「さいて~……隊長? デート、楽しみにしてますからね!!」



 速度を緩めた俺と、ミラード達が遠ざかっていく。


 このまま森を抜ければ、広大な草原地帯が広がる。そこに悪魔がなだれ込めば扇状に広がる事だろう。


 出来ればこの森の中の、街道沿いで始末したいのだが。



「炎が六……雷が六……大規模奇跡が起こせそうなのはこのくらいか」



 どちらにしろ森の中で使うのは憚られる。間違いなく火事になるな、街を守れるなら安い物だろうが。



「単発の結界輝石も一つあるが、これは使わねぇな」



 後は火起こし用の輝石:火や、飲水のための輝石:水を始めとした攻撃に向かないランク:一般の輝石しかない。


 少人数の行軍かつ、討伐ではなく調査なのだから当然の物資量ではあるが。



「森の切れ目で迎え撃つか。出口さえ押さえりゃなんとかなるだろ」



 ご丁寧に列をなして、街道を突き進む悪魔の群れ。


 広範囲に影響を及ぼせる輝石はないため、この森と草原の切れ目で出て来た奴らを順番に叩くのが最善だろう。


 まず撃ち漏らしは出るだろうが、数十体程度であればどうとでもなる。取り逃がした悪魔はレイシィ達が何とかするはずだ。


 馬を止め輝石を準備したのち、森の奥に目を向ける。


 最初に感じたのは大地の鼓動。そして風を切る咆哮。大群の悪魔の行進は地を踏み叩き、大群によって発せられた狂声は大気を震わせた。


 そしてついに、先頭を走る悪魔が街道先に姿を見せる。



「俺なにやってんだろ? たった一人で悪魔行進の相手とか……割に合わねぇぞ? アルフレッド」



 この仕事を紹介してくれた、遠い地にいる男に悪態をつく。


 これはオーバーワーク。仕事量に対する対価が釣り合っていない。



「あとでキッチリ請求するからな。俺はボランティアじゃねぇんだよ――――我が敵に神の鉄槌を……奇跡・豪雷!!」



 悪魔の群れの最奥に、天魔であろう気配を感じつつサージェスは殲滅を開始する。



 ――――――――

 ――――――――



 サージェス達に先駆け、アザレスに戻っていたガハルド達。


 外壁を警護する守備隊に事の顛末を話し、通信輝石によって詰所にいるレイシィと連絡を取った。


 ヘッケラー達調査隊は、輝石:記録に記録された調査の解析に取り掛かる。


 そしてやって来たアザレス駐屯部隊長、レイシィ・ミストリア指揮の元、悪魔行進に対応するべく準備が行われた。



「――――アザレスにいる冒険者にも要請を。万が一に備え、西門の防備を固めてもらいます」


「ハッ!!」



 レイシィの的確な指示と迅速な行動により、悪魔行進に対する準備が急ピッチで進められていく。


 このアザレスのような中規模以下の街には、街全体を覆えるような高ランクの結界輝石はない。


 そのため重要となるのはマンパワー。使える者は老人だろうが女だろうが使わなくては生き残れない。



「姉上!! クロウラへの援軍要請は!?」


「すでに済ませてあります……が、援軍は間に合わないでしょう。転移輝石は遠征軍である第一と第四大隊が使用中、そもそも悪魔行進に対応できるだけの戦力は、転移では送れませんが」



 転移輝石は、個人や小規模の者達しか一度に送れない。一人を転移させるだけでも、相当な神力を使用するからだ。


 色々な事情はあれど、つまる所この悪魔行進にはアザレスにいる者達で対応するしかない。


 圧倒的な準備不足。欠かさず調査は行っていたというのに、なぜこのような事になるのか。


 運が悪い、なんていう言葉では済ませられない。



「住民の避難はどうなっています?」


「現在、守備隊や冒険者先導の元、クロウラとクロウガーデンへ移送中です!」



 人は宝。最優先で守らなければならない。


 あとはその宝達が愛している街を守る。多くの先達が眠る土地、多くの思い出、多くの未来が育まれる場所を死守する。


 人を全ての害から守る存在。それが守備隊なのだ。



「ミストリア様! 西側で大規模な奇跡を確認!! 始まったようです!!」


「……サージェス、無理はしないで……――――皆の者、開戦ですっ!! 愛する人、愛する土地、愛する未来のために……剣を取りなさいッ!!!」


「「「「オオオオッ!!!」」」」



 切って落とされた戦いの火蓋。


 各々覚悟を決め、全てを守るために剣を取る。その強き覚悟の目線の先には、奇跡を逃れた飛行型の悪魔の影が迫って来ていた。


 運が悪い。それだけで人は死に国は亡びる。


 しかし運が良い事にこのアザレスには、元序列三位の最高戦力が味方してくれているのであった。

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