第11話 自由と調査活動






「――――奇跡・広域感知」


「――――奇跡・詳細探知」



 調査開始からどれくらいの時間が経ったか、俺は飽きていた。


 マリアの猫耳で遊ぶのも飽きたし、ヴィクター達に悪魔接近! と嘘を付いて驚かすのにも、ガハルドの甲冑の中に虫を入れるのも飽き飽きだ。


 煙草も残り少ない。大事に吸わなければ。暇そうに煙草を吹かしていると、ヴィクターが声を掛けてきた。



「隊長。煙草の匂いに悪魔って反応しないのですか?」


「悪魔が敏感な匂いは、悪魔が死んだ時に放つ灰臭だ。もちろん獣型のように匂いに敏感な個体もいるだろうが、全体を通せば大した事はない」


「で、でも隊長。作戦中に一服はどうなんですか……?」


「そうですよ、みんな頑張ってるのに」



 岩の上で煙草を吸う俺に、新兵から抗議の声が出始める。


 徐々に緊張感がなくなり、手持無沙汰となった彼ら。しかし大手を振って休む訳にもいかず、ダラダラしている俺が気にくわないのだろう。



「まぁそう言うなよ。反面教師とすればいいだろ。他の部隊の隊長はシッカリしているだろうから安心しろ」


「そうだぞお前達! これからお前達は多くの指揮官の元で動く事になる! 様々な指揮官がいるのだ、それに対応できて一人前よ!」



 ガハルドのフォローに納得した新兵達。コイツはダメ隊長なのだと思うようにしたようだ。


 そもそも俺は隊長であっても、守備隊の人間じゃないのだから、自由にやらせてもらうぜ。


 それより結構な時間が経った、そろそろ調査も終盤だろうか?



「ほんで調査隊の諸君、進捗しんちょくの方はいかほどかね?」


「二割……といった所でしょうか?」


「そっか~、二割か……にわり……二割!? まだ二割!? 五分の一!?」


「し、仕方ありません。二人ではこれが限界です。探知と感知、そして記録。本来は最低でも三人はいる作業ですよ」


「他の部隊は十人ほどの調査達がいるので、早く終わるでしょうが……」



 なんてこった。まさかそんなに時間が掛かるとは。


 しかし彼らは額に汗を流し、真剣に調査を行っている。実力がどれほどなのかは分からないが、彼らは精一杯やっている。


 それにこんな俺に付いて来てくれた調査員だ。感謝こそすれ文句などありはしない。


 なんか、ダラダラしていた自分が恥ずかしくなった。俺は過程より結果を重視するタイプだが、努力を無駄だというつもりはない。


 彼らは頑張っている、それは事実なのだ。



「よっと――――調査は俺がしよう。君達は記録を行ってくれ」


「え、な、なにを!? ちょっと!?」


「いいからいいから、貸してみ」



 岩の上から降りた俺は、強引に彼らから輝石を奪い取った。


 頑張りは認めるが……遅い!! この調子だと朝になってしまうよ! 努力は認めるけど結果が出なければダメなんだよ!! 悲しいけどそれが現実なのよ!?


 慌てる二人の調査達を横目に、俺は調査に使う輝石に神力を流し込んだ。



「――――奇跡・探知、感知」


「ちょっと隊長! 隊長って……ば……?」


「複数奇跡!? それに……この調査範囲は!?」



 調査隊以上に強力かつ広範囲に展開された調査奇跡。瞬く間に周囲の情報が輝石から溢れ出す。


 呆気に取られる調査員達だったが、サージェスの言葉を思い出し、即座に記録輝石に情報を記録していく。


 そこから僅か数十分後、この地で行う予定の全ての調査が終了するのだった。



 ――

 ―



「――――隊長って、ただのスモークジャンキーじゃなかったんですね」


「ほんとほんと! 寝転がって煙草吸ってた時は、ダメだコイツ……って感じだったのに!」


「ふ、二人ともそんな事を言ったらダメだよ!? 隊長は凄い人なんだから!」


「なに言ってんだよマリア。さっき、くせェんだよ煙草野郎ってグチグチ言ってたじゃないか?」


「そ、そこまは言ってないよぉ!! ただ髪に煙草の匂いがつくのが嫌だっただけで……」


「でも複数奇跡なんて初めて見ました。本当に凄いです! サージェス隊長!」



 新兵からの羨望の眼差しが凄い。というか俺の事をスモークジャンキーのダメ人間、臭いから近づくなって思っていたのか。


 複数奇跡とはその名の通り、二事象以上の奇跡を同時に起こす事をいう。集中して力を注がなければ奇跡を起こせないため、大抵の人間は一つしか起こせない。


 頑張ったんだよ俺、褒めてよ。才能じゃなく努力で使えるようになったんだから。二事象なら比較的努力せず使えるようになったけど。



「あの、サージェス隊長。我々でも二事象の奇跡を起こせますでしょうか?」


「ぜ、是非ご教授頂きたい!!」


「あ~まぁ探知と感知は似ているからな。それだけでよければ何とかなると思うが」


「「ほ、本当ですか!? 是非にとも!!」」


「あ~分かった。ところでさ、お前達の名前って何ていうの?」


「「…………えっ!?!?」」



 ――

 ―



 調査隊の二人、ヘッケラーとノイマンに調査の複数奇跡を指導する。その時間でガハルド達には撤収作業をお願いしていた。


 撤収作業と言っても、簡易な拠点を解体し、撤退ルートを確保するだけの事。悪魔がいる撤退ルートの方はガハルドにお願いしたし、問題ないだろう。


 安全な東側を新兵に任せ、南側をガハルドに。西側には向かう必要はなし、北には神宮があるだけだ。


 何も問題はないと、調査隊に複数奇跡のコツを教えていた時、その変化は訪れた。



「――――まぁこんな感じだな。性質は似ている奇跡だ、それを理解し集……中……」


「……どうしました? 隊長?」



 急に説明が止まった俺を不思議に思ったのか、ヘッケラーとノイマンは顔を上げて俺の顔を覗き込んだ。


 顔を顰める俺の様子を見て、何かが起きたのだと判断した二人は身構える。



「……でけェ気配が急に現れやがった。神宮から出て来たか?」


「じ、神宮から!? そんなっ……神殿ならまだしも、神宮から悪魔が出てくるはずが……」



 だだっ広い神殿とは違い、神宮の内部は迷宮のようになっている。


 迷宮は刻々と姿を変えているらしく、中で生まれる悪魔は外に出てこないと言うのが定説だ。


 もちろんそれは正しいのだと思う。しかしある一定の条件下においては、それは覆される。



「……か」


「て、天魔ですって!? そんな、それこそ天魔は外に出てこられないのでは!?」


「天魔は外に出られないのではなく、出てこないだけだ。出ようと思えば出てこられる」



 まるで神宮や神殿を守護するかのように鎮座している天魔。


 悪魔とは比較にもならないほどの強大な力を持つ天魔は、小さい国なら一体で相手取る事ができる。


 外で目撃される天魔は、ある例外により外へ出た、出るしかなかった個体という事だ。


 天魔が外に逃げ出すしかなくなる理由、それは――――



「自分より強大な天馬が生まれ、住処から追い出された場合。その際、いくつかの悪魔が共に外に溢れ出す場合がある」


「悪魔が……あ、溢れ出す……? それって、もしかして……!!」


「そう。それが――――悪魔行進デーモンパレードだ」



 突拍子もなく始まる、大群の悪魔による死の行進。


 町などを容易く飲み込んでしまうその行進で、滅びた国や街はいくつもある。


 そのため遥か昔から、悪魔行進デーモンパレードを予測しようと定期的に調査が行われる事となった。


 しかし平和に慣れ長い年月で風化してしまった、調査の本当の目的を知らない者は多い。ヘッケラーやノイマンのように、ただ悪魔の状態を調査しているだけと思っている者は多かった。


 しかし知っている者は知っていた。


 新たな天魔が生まれる時は、周辺の悪魔が狂暴化するというデータがあるという事を。


 悪魔の狂暴化は、新たな天魔誕生の前触れ。新たな天魔誕生は、悪魔行進の予兆。


 その理由から悪魔行進デモパレを予測し、準備する。準備するとしないとじゃ大違い。準備が無駄になるコストより、準備をしなかったせいで発生する被害の方が遥かに大きいのだから。


 ただ今回は、なんとも運が悪い。狂暴化を確認した当日に悪魔行進が発生するなど。


 しかしそれは仕方のない事なのだ。


 運が悪いだけで人は死に、国が亡びる世界なのだから。

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