第10話 自由と新兵の行軍






「よし、ここからは徒歩だ」



 アザレスの街を出発して数刻、俺達は調査ポイントの近くまで来ていた。


 しっかり街道は整備されていたため、順調にここまで来れた。途中で悪魔との戦闘はあったものの、新兵にしては特に問題のない動きだったと思う。


 この先には神宮があるため道はまだ続いているのだが、お馬さんはここまでだ。



「隊長。どうしてここで馬を降りるのですか? もっと進みましょうよ」


「まだ馬で進めるように見えるけど……」



 長耳種のヴィクターが疑問の声を上げると、それに続きミラードも呟くような声を出した。


 出発してから今までの時間で、彼ら二人の緊張はほとんどなくなっていた。ぽつりぽつりと会話が増え、俺に意見するまでになっているのだから。



「ヴィクター、ミラードも。隊長の指示には従わないと」


「そ、そうだよ。隊士学校でも習ったでしょ? 怒られるよ!」



 そんな二人とは対極に、カイルとマリアは真面目が服を着ている様だった。


 行軍中も、私語をしていたヴィクター達を窘めるカイルと、猫耳種のマリア。


 ヴィクター達が何かするごとに、マリアの猫耳が伏せられていたのが印象的だった。俺が怒り出すとでも思ったのだろう。



「俺は別になんとも思わないけど、そこのゴリラは怒るかもな」


「私の事ですか? 隊長が認めているのであれば、叱責したりしませんぞ?」



 こう見えてもガハルドは、アザレス守備隊の副隊長らしい。姉弟そろって優秀な様だ。


 俺は守備隊の人間じゃないし、そういう事に口を出すつもりはない。そういうのはガハルドに丸投げしていたつもりだったのだが、コイツも俺に丸投げだったようだ。



「た、隊長! ガハルド様! ヴィクター達を怒らないであげて下さい! 初作戦で、浮かれているだけですから……」


「マリアはコイツらのお姉ちゃんみたいだな? 別に怒りはしねぇよ。コイツらもいざとなれば、ちゃんとするだろうさ」



 コイツらは役職だけでなく、性格的にもバランスが取れているようだ。


 マリアやカイルのような者がいれば冷静になれるし、ミラードやヴィクターのような者がいれば果敢になれる。


 しかし一歩間違えれば冷静は臆病となり、果敢は無謀となる。そこさえ気を付ければ問題ない。


 というかコイツら、初任務かよ。新兵の中の新兵じゃねぇか。



「いいか? 私語をしようが俺にタメ口を利こうが、ガハルドをゴリラ・ゴリラと呼ぼうがどうでもいい。俺が望むのは一つだけだ」


「隊長殿。ゴリラ・ゴリラ・ゴリラと呼ばれるのは困りますぞ?」


「黙れゴリ。口を挟むな、人語を喋るな」


「…………ウホ」



 カハルドのせいで緊張感がなくなってしまったが、意外にも四人は真剣な目で俺を見ていた。


 俺はマリアの頭を撫でながら話を続ける。真剣には真剣で答えなくては。


 しかし猫耳種ってほんと可愛いな。犬耳種や兎耳種に比べて小さめの耳だが、最も敏感だという話を聞いた事がる。


 肌触りもいいし、ずっと触っていたくなる心地よさだ。



「マリア、俺とデートしない?」


「……はい?」


「……間違った。俺の望みは一つだけ。俺が下がれと言ったら下がれ、これだけだ」



 真剣な思考が猫耳に上書きされてしまったようだ。頭を撫でられて嬉しそうにしていたマリアだったが、急な言葉に得体のしれない者を見た様な顔になっていた。


 危うく隊長としての威厳を失ってしまう所だったが、なんとか軌道修正できただろう。



「えっと……それだけ、ですか?」


「それだけだ。もちろん指示は飛ばすが、基本的に己の判断で動いてくれて構わない。ただし、下がれと言う言葉には絶対に従ってもらう。ガハルドも、調査隊の君達もいいな?」


「承知!!」


「「分かりました」」



 重要なのは突撃より撤退だ。命を最優先、レイシィから預かった部下を死なせる訳にはいかないからな。


 新兵は無茶をしたがるものだ。若気の至りという言葉があるが、見誤ればそこまで。


 若気のまま、後悔と絶望を抱き死んでいく。


 無関係な奴ならどうでもいいが、これは仕事だし。レイシィを悲しませたくも、アルフレッドの顔に泥を塗る訳にもいかない。



「分かったな? カイル、マリア。ミラードとヴィクターもいいな?」


「「「「わ、分かりました!」」」」


「よろしい! ではガハルド君!!」


「ハハッ!!」


「アザレスまで下がりたまえ」


「ハハッ……はは……本気ですか?」


「冗談だ馬鹿。物資確認をしておけ。終わったら神宮に近づく」



 あまり見せない呆けた顔をするガハルドを見て、笑い出す面々。


 いそいそと物資の確認を始めたガハルドを、いい雰囲気のまま皆が手伝い始める。


 そんな様子を見ながら俺は、奥に感じる悪魔の気配に警戒するのだった。



 ――

 ―



 物資の確認を終え、すぐさま俺達は神宮へと足を運ぶ。


 俺を先頭に木々や草木で身を隠し、注意深く辺りの様子を窺っていた。



「――――それで隊長。さっきの続きなんですけど、どうしてあそこで馬を止めたんですか?」


「馬の呼吸や歩く音は大きすぎる。今回の目的は調査なんだ。悪魔どもに気取られると面倒だからな」



 ヴィクターに問いに答えながら、辺りの様子を探る。悪魔どもの気配はそこら中にあるが、囲まれないようにと俺は進んでいた。


 悪魔は死ぬと数分で体が灰となる。残るのは何もないため、素材を剥ぎ取るなんて事はできない。輝石を落とすかどうかしかないのだ。


 しかし灰となる時、特有の匂いを発する。それは人間の俺達にはなんでもないが、悪魔達はそれに釣られて集まって来る。


 そのためここでは戦闘は極力避けたい。新兵がいるなら尚更だ。



「悪魔は音や匂い、気配に敏感だって言いますけど……この辺りにいるんですか?」


「気づいてないのか? 周りにウジャウジャいるぞ? 見つからないように避けて進んでいるだけだ」



 その言葉に顔を青くするマリアとカイル。悪魔を滅ぼす力が小さい彼らには、当然の反応かもしれない。


 ガハルドの様子に変化は見られない。気配には気づいているようだ。ミラードとヴィクターは……なんか勇んでしまっている。



「……ミラード、ヴィクター。忘れるなよ、これは調査だ。討伐じゃない」


「わ、分かってますよ」



 ばつの悪い顔をした二人を見ていると、後方にいた調査隊が声を掛けてきた。



「それでサージェス隊長。どこか、いい調査ポイントはありますか?」


「この先に岩陰がある、そこにしよう。いいかお前ら、万が一の時は東側に撤退する。そっちには悪魔の気配がないからな」


「「「「了解!」」」」



 目的地に着いた俺達は、さっそく調査を開始し始めた。


 あとは悪魔達が襲ってきた時に対処するだけ。索敵はガハルド達が、調査は調査隊がやってくれる。


 俺はノンビリとマリアの頭でも撫でながら時間を潰すとしよう。

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