第8話 自由とナンパ成功
「――――リヒャルド! どこにいるのです? 出てきなさい、リヒャルド!!」
詰所に入るなりそう声を張り上げたのは、レイシィ・ミストリアという女性。
よくよく考えればそうであるが、詰所の前で出会った美しい女性は、なんと守備隊の人間だった。
どうしようもなかった俺に声を掛けてくれた救世主。俺はその人の背中に隠れてブルブルと震える演技をしていた。
辺りの隊員が何事かと慌てていると、人集りの奥から名指しされていたリヒャルドがやってくる。
「――――レイシィ? どうしたと言うんだ、そんな大声を出して」
「リヒャルド! 貴方がそんな非情だったなんて、私は残念でなりません!!」
「ひ、非情……? な、何のことだ?」
怒りを露にするレイシィの様子に、驚きを隠せないといったリヒャルド。
俺の事を寒空の下に放り出した報い、受けてもらおう。別に寒くはなかったが。
「貴方、サージェスさんの事を外に締め出したそうじゃないですか? こんなに震えて可哀そうに……貴方はそれでも守備隊の人間ですか!?」
「し、しかしサージェスは守備隊の者ではないだろう!? 部外者を内部に入れるのは――――」
「――――部外者? 彼の事は通信輝石にて、アルフレッド隊長より聞いていました。私達に助力いただける存在を、貴方は部外者だと外に蹴り出すと言うのですか!?」
「け、蹴ってはいない!! 元よりサージェスは冒険者のようなもの。いくら協力者と言えども、詰所に泊まらせる訳には……!」
第二大隊の副隊長であるリヒャルドに、動じる事なく話すレイシィ。聞いた所によると、レイシィはこのアザレスに駐屯する部隊の部隊長らしい。
女性が活躍できる素晴らしい職場だと思います。権力者が女性で助かった。
「……もう結構です。私の権限により、彼の宿泊を認めます」
「なっ……何を言う!? そもそもこの詰所には、もう寝る所はないぞ!? 今から隊士宿舎の部屋を準備するつもりか!?」
「……私の部屋のベッドは大きいので、二人くらいなら問題ありません」
「…………は? 今……なんと?」
「私の部屋に泊めると言ったのです! 全ての責任は私が持ちます!」
そう言い放ったレイシィは呆けているリヒャルドを押しのけ、俺の手を引っ張り奥へと進んで行く。
よもや部隊長の、それも美人と同じ部屋に泊まれる事になるとは思わなかったが、いい方向に進んでくれてなによりだ。
しかしレイシィは少し他人を信じすぎるというか、もう少し疑うという事を覚えた方がいいな。
別に騙した訳でもないし、今は手を出すつもりもないけど。
――
―
「――――この部屋を使って下さい。あまり綺麗な部屋ではありませんが」
通された部屋は確かに綺麗な部屋ではなかった。もちろん汚いと言う訳ではなく、女性が寝泊まりするにしては、という意味だ。
物も少なく、最低限生活するための部屋と言った感じ。まぁ隊士宿舎ならともかく、詰所にある寝所ならこんなものなのだろう。
「なんか俺のせいで悪かったな? 明日から作戦だと言うのに、ギスギスさせてしまってよ」
「構いません。リヒャルドとの関係は昔からあんな感じですから。頭が固いのですよ、彼は」
「昔から? リヒャルドはクロウラ勤務だろ?」
「彼とは一応、同郷……幼馴染というものです。同じ守備隊を目指す者として共に隊士学校に通い、一緒にクロウラの守備隊に入隊したのです」
「それがなんでアザレスに? 左遷か?」
「あはは、ハッキリ言いますね? 守備大隊の長となるには、見分を深めるという名目で各地を回らなければなりません。ここにいるのは左遷と言うより、昇進を望んでの事ですね」
守備隊にも色々とあるようだ。結局は組織である以上、実力だけがものをいう訳ではないのだろう。
個として戦闘力があっても、全を率いる力がなければ無能と判断される。むしろ守備隊のような大所帯では、個の力ではなく全を有用に使えるかどうかの方が重要だろう。
しかしレイシィ。機密とまではいかないにしても、そんな事をポンポン話していいのだろうか。
「ならレイシィは隊長を目指しているのか。レイシィのような美しい女性が隊長となれば、部隊の士気も上がるだろうさ」
「ふふ、ありがとう。リヒャルドに先を越されはしましたが、私もあと数か月で本部に戻ります。第三大隊副隊長として」
「そうなのか。そりゃおめでとう! レイシィの部下なら守備隊に入るのも悪くないな」
入る気など更々ないが。あんなブラック組織、冗談じゃありませんよ。
しかしそうと分かったのなら行動しよう。理由も出来た事だし。
「じゃあお祝いさせてくれよ? 部屋の事も助けられたし。流石に何かさせて欲しい」
「お気持ちと言葉だけで十分です。貴方は私達に力を貸してくれる、それだけで――――っ!?」
レイシィの両手を取り、握る事で一瞬でも感情を動かす。
守備隊には女性も多くいると言っても、まだまだ男社会。それにレイシィは故郷を出てすぐに守備隊の道に進んだようだし、男との情事などほとんどないだろう。
どんな男でも女でも感情はある。それを制御できるかどうか、隠すかどうかは本人次第。
でもそこには揺れ動く感情が、眠っている感情が確実にある。
感情を眠らせてしまう人はいるだろうが、人は感情を失う事はない。まぁ一人だけ、感情を持たない化け物を知っているが。
レイシィだって例外じゃない。強い女性ではあるのだろうが、女性として経験の少ない行動を取られては、多少なりとも驚くだろう。
その感情が僅かでも浮かび上がったのなら、残りを喚び醒ます事は容易い。
「頼むよ、レイシィ。俺は凄く感謝しているんだ。そんな人の祝い事だ、祝わせてほしいんだけどな」
「で、ですから、お気持ちだけで……それに、この後は作戦会議が……」
恥ずかしそうに目を逸らすレイシィを見て確信する。やはりほとんど男性経験がない、どう対応していいのか分からないと言った感じだ。
分からないからとりあえず分かる方向に向かう。自分は部隊長、遊んでいる暇はないと。
しかし揺れ動く感情は喚び醒ました。申し訳ないけど付き合ってもらおう。だってまだ日が高いし、暇なんだもん。
「な? 頼むよ、レイシィ? 二人でお祝いしようぜ?」
「で、でも……明日は忙しいので……」
俺は次なる一手を打つ。俺の手はレイシィの手を握ったままだ。つまり拒否されていないという事、それであるならば前へ進める。
レイシィの腕を引き寄せると、レイシィは抗う事を忘れたのかのように、簡単に俺の胸に収まった。
「な? 少しだけだから」
「……随分と強引だね? どうせ、他の女の子にもしてるんでしょ」
「レイシィだけだ……って言ったら信じる?」
「信じる訳ないよ。でも――――今日だけは騙されてあげる」
ふははは、ゲットだ!! 完全にレイシィの抵抗がなくなった。流石に抱き寄せた時は体を強張らせていたが、もう完全に力が抜けている。
好きだ惚れただのという感情ではないだろう。今までの経験から察するに、気を許した相手への好奇心、といった感じか。
ルルゥのように感情が読めれば苦労しないのだが、俺に出来るのは感情を引っ張り出して認識させる事だけだからな。
「じゃあ作戦会議の後に、ご飯食べに連れて行ってくれる?」
「おう! 店はレイシィに任せるよ。この街の事はあまり知らないからな」
「それ連れて行ってくれるって言うのかな? まぁいいや――――では、作戦会議に行きますよ? 貴方にも参加して頂きます、サージェスさん」
仕事モードに戻ったレイシィとともに、俺は作戦会議に参加した。
相変わらずリヒャルドは苛立ったような顔を見せていたが、作戦会議は
内容はアザレスの街の周囲にいる悪魔の調査。最近なにやら悪魔どもの動きが活発らしく、小さいながら被害も出ているらしい。
俺の仕事は調査隊の護衛兼、討伐。実に楽な仕事である。
そして作戦会議を終えた俺とレイシィは約束通り、二人だけで夕飯を食べに向かった。リヒャルドが激怒して詰め寄ってきたが、レイシィは無視して俺の腕を取り外へと出た。
気のせいか、心なしかリヒャルドがソワソワしていたような気がした。幼馴染と言っていたし、もしかするとレイシィに気があるのかもしれない。俺には関係ないが。
夕飯から戻った俺に告げられたのは、詰所の寝所を空けたからそこに移れという、非モテ男達からの余計なお世話であった。
――――
「――――え!? お金……ないの? まったく?」
「はい……」
「えっと、じゃあここの支払いは誰がするの?」
「レイシィさん……ですかね」
「私のお祝いの席なのに? 私が支払うの?」
「そういう事に……なりますね」
「……サージェス、私より沢山食べたし飲んだよね?」
「いえ、少しは自重……しましたよ?」
「……サージェスの報酬、なしにしようかな」
「そ、それは困るっ……のですが」
「はぁ……よくそれで女性を誘えたね?」
「まぁその……忘れていたと言うか」
「…………ふふ、もういいわ。正式に副隊長になったら、今度こそご馳走してもらうからね?」
「はい……必ず」
「はぁ……人生初のデートだったのに……サージェスのばか」
「ごめん……なさい」
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