第7話 自由と新たな仕事






 アイシャと別れた後、俺は再び目的もなくブラブラとしていた。


 金を稼ぐとは言ったものの、稼ぐ当てなどない。ほんの僅かばかり、アイシャに貢いでもらえば良かったと後悔していた。


 歩き回っても一切イベントは起こらない。暴走した馬車がいたら即座に助けるつもりで準備していたのだが、そんな都合のいいイベントは発生しなかった。


 助けた人物が都合よく金持ちで、お礼に金を与えよう!! なんて展開を期待していたのだが。


 歩き疲れたため、手ごろな場所に腰を下ろし街を眺める。


 なにも起きやしない。俺の目線はどんどん下がっていった。



「このままじゃダメだ……そうだ! レゾートから輝石を奪えばいいんだ! アイツは悪い組織の悪い奴だし、罪悪感なんかない!」


「――――奪う? 何やら不穏な言葉を発するではないか、サージェス・コールマン」


「イベント発生!? ――――なんだアルフレッドか、久しぶりだな? その節は世話になった」



 レゾートにもう一度輝石を貰いに行こうと意思を固めた時、視界に影が落ちた。


 目を向けるとそこには、太陽の光を遮るほどの巨体があったのだ。


 見覚えのある甲冑と、見覚えのある頬の傷。一度見たら忘れられない濃い顔。


 クロウラ守備隊の第二大隊長、アルフレッド・バイスがいた。



「なに、当然の事をしたまでだ。ところで貴公はここで何をしている? 一人だけ浮いておるぞ? そんな辛気臭い顔をして、気になって声を掛けてしまったではないか」



 日当たりのいい場所に腰を下ろして、幸せそうな人々を見ては溜め息をついていた所を見られていたようだ。


 どいつもこいつも幸せそうで、金には困っていませんって顔しやがって! 困ってないなら少しくらい分けてくれよ!!



「別に何も……金でも落ちてないかと思って地面を見てただけだ。金がないんでね」


「金がない……? はっはははは!! 高位結界を素手で壊せる強者が、金がない? 貴公ならいくらでも稼ぐ方法があろうに」


「俺だって仕事は選ぶ……でももうそんな余裕もねぇか……」



 アルフレッドと共にいた、数人の守備隊の者がザワつき始めた。


 恐らく上官であるアルフレッドに対して不敬な言動を取ったとか、高位結界を壊したとか、そこら辺に驚いたのだろう。


 そのざわめきを目で制したアルフレッドは、顎に手をやり何かを考える仕草を見せた後、俺に向けて口を開いた。



「金か――――では少々我らの仕事を手伝わんか? 元々冒険者に頼もうと思っていた案件だ。貴公一人ならば報酬も安く済む」


「え~守備隊の仕事ぉ? なんか汗臭そうで嫌だ――――」

「――――嫌なら結構。黙って冒険者に依頼するだけよ。そのために足を運んでいたのだからな」


「いいい嫌なんて言ったけど言ってないだろ!? 四の五の言っていられねぇ! 俺に仕事をくれェェェェ!!」



 こうして俺は守備隊の仕事を手伝う事となった。辛抱強く歩き回る俺を見かねて、神様が金稼ぎイベントという奇跡を起こしてくれたようだ。


 守備隊も同行するため、ある程度の戦力はあるという理由から報酬は少ないが。元々念のための戦力補強を考えていただけらしく、本来なら守備隊の戦力で事足りるらしい。


 まぁ報酬額に文句を言える立場じゃない。お堅い守備隊と一緒ってのが面倒だが、なんとかなるだろう。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



「――――なぁリヒャルド、この部隊に女っていないの?」


「……いない」


「守備隊本部には魔術師の女の子も治癒師の女の子もいたよな? なんで連れてこないの?」


「……今回の作戦には必要ないからだ」


「はぁ……むさ苦しいったらありゃしねぇ」



 クロウラ守備隊、第二大隊副隊長のリヒャルド・ディスケンス以下、数十名の男で構成された部隊は、目的地であるアザレスに向け馬を走らせていた。


 全員が物々しい甲冑に身を包んでおり、それを乗せているお馬さんも心なしか不満そうである。そりゃそうだ、男の尻より女の尻の感触の方が馬も良いだろうさ。


 アルフレッドはここにはいない。クロウラの守備隊本部で作戦の話を軽く聞いて、その指揮は副隊長であるリヒャルドに任された。


 初めは俺という得体のしれない人材を登用する事に、異議を申し立てていたリヒャルドだが、アルフレッドの頼みを渋々と聞いた様子。


 先ほどから話しを振るも、機嫌が悪そうに答えるだけであった。



「なぁ、なんで転移輝石を使わないんだよ? 守備隊ならあるだろ?」


「輝石:転移は第一大隊と第四大隊が使用している。昔とは違い、転移は貴重なのだ。そもそも馬で数時間の距離、部下の訓練にもなる」


「訓練ねぇ……? ケツを痛める事の何が訓練なんだ?」


「……慣れだ」



 そう言って黒髪を靡かせたリヒャルドは馬の速度を上げ、俺から遠ざかって行った。


 もう話したくないとの意思表示。これから一緒に作戦に当たると言うのに、先行きが不安である。


 後ろの隊員達も全く私語をしない。道は平坦であり、ある程度乗り慣れている者であれば舌など噛んだりしないだろうに、黙々と馬を走らせている


 多少気を抜く事は良い事だと思うのだが、指揮官であるリヒャルドが真面目であるように、その部下達も大真面目なようだった。



 ――――

 ――

 ―



 馬を走らせる事、数時間。【アザレスの街】に辿り着いた。


 夕日に照らされたアザレスの門を潜った俺達は、アザレスに駐屯している守備隊の詰め所へと向かった。


 このアザレスを含め、ここら一帯は中継都市クロウラが治めている。そのためクロウラの周囲にある街や村には守備隊が配置されているのだ。


 アザレスもそれなりに大きな街だが、クロウラに比べると小さく見えるな。


 あまり来た事がない街なため、キョロキョロと辺りを見回していた俺に、リヒャルドから鋭い声が飛んできた。



「――――ここまでだ。この先は守備隊の詰所、一般人であるお前を入れる訳にはいかない」


「はぁ、そうですか。では私はどうすればいいですか?」


「作戦開始は明朝、それまでは自由にすればいい。明日の朝再び、ここに来い」


「……え? 自由行動ですか? あの……僕、お金ないんですけど」


「知らん。安宿でも探せばいいだろう」


「え、いやだから……お金が――――」



 バタンッ――――問答無用で詰所の扉を閉められた。


 もう日が暮れようとしており、今から宿を探せというのだろうか。そもそも夕飯はどうすればいいのでしょう。


 冷たい風が頬を撫で、焦りが募ってくる。ここには俺を甘やかしてくれる女性達も、俺に情けを掛けてくれる友人もいない。


 なんとかしなければ。黙っている事に耐えられず、無駄だと分かっていたがキョロキョロと辺りを見渡し、解決策を模索する。


 しかしここは守備隊の詰所の前。街の端に位置し、こんな殺風景な場所に人が来る訳がない。



「ど……どどどどうしよう!? こんな事になるならシューマンの一人でも連れて来れば良かった――――」

「――――おや? こんな所でどうしました? 守備隊に何か御用でしょうか?」



 突然聞こえた綺麗な声に振り向くと、そこには美しき女性の姿があった。


 高身長であり、身なりから高収入、理知的だし高学歴……かどうかは分からんが、凛々しい顔立ちをした美しい女性。


 風で乱れた美しい金髪を耳に掛け直し、女神の如き優しき微笑みを俺に向けてくる。


 ここで出会ったのは運命だ。こんな辺鄙な所でこんな美人と会うなんて。神はこの女性の庇護を受けろと仰っている。


 ……落として泣きつこう。


 俺は今さっき受けた酷い仕打ちを、盛大に脚色して女性に話した。

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