第6話 自由と新たな目的

 





 飲食店を出てエミレアと別れた俺は、当てもなくブラブラとクロウラを歩き回っていた。


 エミレアはシューマンの元へ向かい、依頼があったかどうか確認するようだ。


 俺はどこで時間を潰して帰ろうか。きっと仕事をクビになった事を言い出せないお父さんは、こんな気持ちなんだろうな。


 エミレアに永久輝石を譲ったため、金を作る事ができなくなった。あっさりと了承した俺に驚くエミレアだったが、別に大した事ではない。


 金がなくてもとりあえず生きていける。飯はシューマンに奢ってもらえるし、煙草はエミレアの愛情で、寝床はミネアに泣きついて、アイシャという最終手段もある。


 ……最低だな、俺。



「――――そうだアイシャだ。とりあえず、アイシャの所に行ってみるか」



 もしかすると新組合長が決まっていて、レゾートの息も掛かってないかもしれない。


 そうすれば何も問題なし。俺は自由な片翼の冒険者となり、皆と自由に面白くやっていけるはずだ。


 なんて薄い希望を抱きながら、自由な片翼で組合職員をしているアイシャの元へ足を運んだ。



 ――――

 ――

 ―



「――――次の方、こちらへどうぞ」



 アイシャの受付に並ぶ事、数十分。


 他の受付より混雑を見せるアイシャの列、ご丁寧に並んで待っていた事を激しく後悔した。


 やっとやってきた俺の番。アイシャは俺の姿を見ても、一切表情を変える事はなかった。流石に仕事中となるとちゃんとしているようだ。


 めちゃくちゃ犬耳がピョコピョコ動いているが、見なかった事にしてあげよう。



「本日のご用件はなんでしょうか? お腹が空いたのですか? お弁当なら用意してありますが」


「昼ならもう食べたよ。別件で来たんだ」



 その瞬間、物凄い殺気がアイシャより放たれた。


 表情も目つきも変わっていないのに、雰囲気だけ変えるとは流石である。



「……お金のない貴方様がどうやって? どこの女に餌付けされたのですか?」


「餌付けってお前な……ちょっと話があるんだが、待ってるから時間をくれないか?」



 その瞬間、受付にシャッターが下ろされた。


 俺を含め後ろに並んでいた奴も驚いたが、そんなに怒ったのだろうか? 確かにエミレアに奢ってもらったが……そういや弁当を用意しているって言ったか?


 俺は今日来るなんてアイシャに言っていない。そういえばいつも、伝えてないのに弁当があった気がする。



「――――サージェス様? お待たせ致しました」


「えっお、おうアイシャ。お前、仕事いいのかよ?」


「貴方様より優先する事なんてありませんから。行きましょう」



 まるでそれが自然であるように俺の腕を取り、流れるように腕を組み歩き出すアイシャ。


 周りの視線などお構いなしに、そのまま空いている応接室へと入って行く。


 向かい合った席があると言うのに、わざわざ俺の隣に腰を落とすのが可愛らしいじゃないか。



「それでサージェス様、用件はなんでしょうか?」


「あ~まぁいつもの事なんだけど、組合長は決まったのか?」


「いいえ、まだです。今は代理の組合長が派遣されていますが、新規登録を行える権限はありません」



 やはりまだ決まってはいないようだ。代理と言っていたが、このまま時間を稼ぐのがレゾートの狙いなのだろうか?


 このまま自由な片翼に拘っていては、いつまでも冒険者になれない。まぁ他の組合に行っても無理だったんだが。


 痺れを切らした俺が神の恩寵にやって来るのを、レゾートは待っているという事か。



「……なぁアイシャ。今日、他の組合に行ったんだよ。全滅だったわ」


「そう……ですか。貴方様の事を評価できないなんて、目の腐ったゴミどもですね」


「こら! 女の子がそんな言葉を吐くんじゃありません!」


「ご、ごめんなさい……」



 シュンとしてしまったアイシャの頭を撫でつつ、俺はどうしようかと頭を回す。


 回しても何も浮かばねえ!! どうすりゃいいんだ!? やはり神の恩寵に入るしかないのだろうか?



「サージェス様? どうしてもすぐに冒険者になりたいのであれば、一つ方法があります」


「え!? 本当かよ!? どんな方法だ、それ!?」


「キスしてくれたら教えてあげます」



 アイシャがわざとらしく口を突き出してくる。あの男嫌いのアイシャがよくもここまで変わったものだ。


 男性への恐怖心を抑えようと、最近は頑張っているようだし。褒美と言う訳ではないが、ここは答えてあげないと。



「早くしてください。恥ずかしがっているのですか?」


「言うじゃないか。もっと凄い事をしている仲なのに、そんな事で俺が恥ずかしがると思ってんのか?」



 俺はこんな事で狼狽える男ではない。合意があるというのなら、欲望のままにいくらでも手を出す男だ。


 ちなみに僕は、本人達の合意があるのであれば、ワンナイトラブおっけー派です。少なくとも周りがとやかく言う事じゃない、本人達がいいと言っているんだから。



「でも俺は止まらないぜ? ここで最後までするけど、いいよな?」


「え……あ、あの……さ、最後まではちょっと……ここ、冒険者組合ですよ? 恥ずかしいよ……」



 問答無用と言わんばかりに、顔を真っ赤に染めたアイシャに顔を近づける。


 冷静だったアイシャは取り乱し、ついに覚悟を決めたと言ったように目を閉じた。



「…………はい俺の勝ち~!! なんだよ、恥ずかしがってんのか?」


「……嫌いです。貴方なんか、大っ嫌いです」



 あと僅かで触れるかという所で止まり、俺はアイシャおデコを指で弾いた。


 揶揄からかわれたから揶揄い返したんだが、嫌いと言う言葉は頂けないな。ちょっと悪戯してやろう。



「あっそ。じゃ俺も嫌い」


「ぇ……う、嘘ですよ? 嫌いじゃない……好きなの。そんな事……言わないで……」


「…………ップ、あっははは! はいまた俺の勝ち~! 俺がお前を手放す訳ないだろ?」


「もうっ、どうして意地悪するの!? わ、私の気持ち……知っているくせにぃ……」



 ゲゲゲのゲッ!?!? 揶揄いすぎたようだ。まさか涙を流してしまうとは思ってもいなかった。


 いかん、これはいかん!! 女性に悲しみの涙を流させるのはポリシーに反する。


 アイシャなら大丈夫だろうと、勝手にアイシャの事を分かったつもりでいた。



「ア、アイシャちゃん!? 違うんだ! 泣かせるつもりは……そうだよ! 男は好きな子に意地悪したくなるもんなんだ! つまり俺が悪いんじゃなくて、男をそういうふうに作った神が――――」

「――――ふふっ。今度は私の勝ちのようですね?」



 流した涙はどこに消えたのか、いつも通りのアイシャの姿がそこにはあった。


 いつも通り……ではないかもしれない。こんな小悪魔的な表情をするアイシャを初めて見た。


 俺はまだまだアイシャの事を知らないな。



「や……やるじゃないかアイシャ。完全に騙されたぜ」


「嘘じゃないですから。悲しかったのは本当です。次は本気で……泣きますからね?」


「……もう泣かせません……」


「よろしくお願いします――――それで、なんの話でしたか? まったく、話を脱線させないで下さい」


「……アイシャが脱線させた気が…………なんでもないです」



 完全にいつも通りのアイシャだ。あのキツイ目、ゾクゾクするじゃないか。


 その後話を戻し、アイシャから冒険者になる方法の説明を受けた。


 確かにその方法なら、レゾートも手を出せないかもしれない。いや、手は出せるのかもしれないが、全てにおいて行動の主導権を握る事ができる。



「――――冒険者組合を自分で作る……か。流石に考えてなかったな」


「各地にある小規模組合のほとんどは、個人が出資して設立された組合です。組合連合会が認めさえすれば、誰でも組合を作る事ができます」



 流石に俺が自分で作り上げる組合に、レゾートといえども介入できまい。


 組合連合会に申請している時に、事務処理の間だけでもレゾートを押さえればこっちのもんだ。


 方針は決まったようだ。さっそく――――



「――――しかし組合を作るには登録手数料が掛かります。他にも色々と条件がありますが、まずはお金ですね」


「……おいくら?」


「金貨三枚です」


「たっかーー!? なにそれ!? たっかー!?!?」



 金貨三枚!? 煙草なんて青貨五枚、ミネアの宿代が黄貨五枚。この前のシューマン達との大宴会ですら緑貨五枚だったのに!?


 えっと……緑貨十枚で赤貨一枚、その十枚分が金貨だよな。それが三枚!?!? ボッタクリすぎだろ!? 煙草いくつ買えんねん!!



「煙草六万箱も買えるじゃねぇか!?」


「……六千です」



 うるせぇな、いちいち突っ込むなよ。



「組合が乱立する事を防ぐための措置らしいです。生半可な気持ちで作っても、簡単には回収できない額ですので」


「なんじゃそりゃ!? 組合作るのも難しいじゃないかよ!」



 前途多難どころではない、不可能だ。俺の所持金知ってんのか? 青貨二枚だぞ!?


 しかし、やるしかないか。いくら時間が掛かろうが、自由な冒険者になると決めたんだ。金くらい、すぐに稼いでやるよ。



「……私が出してもいいですよ? 少しなら蓄えがありますし、貴方様のためなら……」


「そりゃダメだ。昔なら兎も角、俺には自由になる覚悟と責任がある。俺はもう昔の俺じゃないんだよ」


「貴方様は昔から変わっていません。今も昔も、変わらず私の英雄様です」



 体を俺に預けながらそう言ってくれるアイシャだったが、それはアイシャの中にいる俺が、いい所しか見せていないからだ。


 昔の俺は……いや、今はいいか。


 ともかく、アイシャに頼りすぎる訳にはいかない。飯などを奢ってもらうのとは訳が違うのだ。



「アイシャ、金はなんとかするよ。それより――――弁当食わせてくれよ」


「え……? でもさっき食べたって」


「お前が作ってくれた飯が食べたいの! 早くちょうだい、食ったら金を稼ぎに行くんだから」



 アイシャから渡された弁当を頂き、英気を養う。


 俺が来ようが来なかろうが弁当を準備するなんて、いい女すぎてビックリする。


 俺が食べる様子を隣でジッと見つめるアイシャ。その頬には僅かに赤みがさしていた。

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