第5話 自由と天使の憂鬱

 





 レゾートと別れた後、俺はエミレアを待っていた。


 エミレアが教えてくれた、もう一つの小規模組合に足を運んでみたのだが、数人の男女が和気あいあいと話している姿を見て、俺はそっと踵を返した。


 見えた男と女の数は同数だった。もう相手がいるのだろう。そんな中に入ってかき乱す……それも面白いが、それは面倒なのだ。


 単純に考えて、相手がいる女を落とすのは、相手がいない女を落とすより労力を使う。


 落とせたとしても後々面倒になる。切り捨てる時とか、相手の男の行動の対処も面倒だ。


 落としておいて捨てるの!? よくも俺の女を!! なんてのは考えるだけで面倒臭い。黙って相手がいない女を落とすのに労力を使ったほうがマシだ。


 ちなみに俺のポリシーは、遠くの一番より近くの二番だ。断じて、寝取られ属性がない訳ではないぞ?



「どうすっかなぁ……ったくレゾートの奴、余計な事しやがって」



 目ぼしい組合は全滅。まだ小規模な組合は沢山あるようだが、あの様子じゃ小規模組合に時間を割いても、無駄なような気がしてきた。


 神の恩寵なんてごめんだ。となれば、新しく任命される自由な片翼の組合長を、レゾートより先に抑えるのがベストだろうか?


 いや、アイシャは任命が通常より遅れていると言っていた。もうレゾートが動いたのだという事だろう。


 ほんっと邪魔ばかりする後輩ですね!!



「金がねぇ……煙草も買えやしねぇ……ってそうだ、この貰った輝石があったんだ」



 ほんっと役に立つ後輩ですね!! レゾートから貰った複数の輝石。それをポケットから取り出し眺める。


 王刃は便利だし、売るのは惜しい。これがあれば大抵の事には対処できるだろうし、何よりカッコいい。


 じゃあ他の輝石を売るか。他のも紛れもない純粋輝石だ。高ランクではないが、当面の生活費にはなってくれるはず。


 そして手に持った輝石を眺めつつ、売りに行こうとの思いを固めた時だった。



「――――サージェスさん。お待たせしました」


「おう、エミレア。用事は終わったのか?」


「はい! 大丈夫です!」



 別行動をとっていたエミレアが戻ってきた。こっちも今着いたところ! 中々いいタイミングで合流できたな。


 用事を終わらせたエミレアには、特に変わった様子はなかった。声色も表情も、服装や頭髪にも乱れはなくいつも通りだ。


 しかし、終わったのかという問いに対し、大丈夫……か。考えすぎかもしれないが。



「……サージェスさん。それって、永久輝石……ですか?」


「ん? ああ、ちょっと昔の知り合いにもらってな。売って金の足しにしようかと」


「…………そうなんですか。あの……この後はどうしますか? その様子だと、冒険者登録は……」


「全滅だな。悪いなエミレア、朝から付き合ってもらったのによ」


「いえ……それは全然構わないんですけど……」



 余計な気を遣わせてしまったのか、エミレアは暗い顔をしてしまった。


 目を伏せて何かを考えるような仕草を見せた後、顔を上げて俺の目を見つめだした。



「サージェスさん。ご飯……食べに行きませんか?」


「ご飯か。でも俺、金ないからよ。今日もアイシャの所に行こうと――――」

「――――ご馳走します。お話もあるので、付き合ってくれませんか?」



 エミレアにしては随分と強引で、力強いハッキリとした口調であった。


 俺と一緒にランチデートをしたいと言う訳ではない。大事な話があるから、付き合って下さいという明確な意思表示。


 それを裏付けるかのように、今まで見た事もないくらいに真剣な表情をしていた。



「奢ってくれるならどこにでも行きます」


「ありがとうございます。では、行きましょうか」


「あの、良ければですね……天使様の愛情も頂きたいのですが……」


「クスクス――――どうぞ、買ってありますよ? でも本当に、吸い過ぎはダメですからね!」


「ありがとうございます! 天使の愛情、大事に吸引させて頂きます!」


「ふふふ…………――――ごめんなさい」



 最後のエミレアの言葉は聞かない事にした。


 何に対する謝罪なのか。恐らく話の内容に関係がある謝罪なのだろうが、聞いてみない事には反応のしようがない。


 その呟きの後で、いつも通りの表情と様子に戻ったエミレアと共に、食事場所を探して歩き出す。



 ――――そして見つけた飲食店に入り、料理を注文する。


 傍から見れば完全に恋人同士のそれ。楽しそうに談笑し、些細な言葉に笑い合う。


 美味なる料理に舌鼓を打ち、会話そっちのけで食欲望に走り、走り終えた。


 程よい満腹感に満たされて、この店を選んで良かったという想いが頭を駆け巡る。


 さぁ、この感動を言葉にして共有しようかと声を出しかけた時。不満なんてどこにもなかったと言うのに、君は酷く辛そうな顔で俺に告げた。


 その言葉は、正直予想していた。だって君は、ずっとこれを見ていたからね。


 料理の感想を言い合う前に、その言葉を出すという事が少し悲しかったけど。


 君は、その事しか頭になかったんだね。それほどまでに、君は思い悩んでいたのだね。


 ならば、答えよう。抱かせてくれるなら何でもするよ? 本音は置いておいて、君の悩みは俺が吹き飛ばしてあげよう。



「その永久輝石、私に譲って下さい」


「いいよ」



 俺はなんのためらいもなく、エミレアにレゾートからもらった輝石を渡すのだった。

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