第4話 自由と穿つ者

 





 神の軌跡での元同僚、序列七位のレゾート・レゾナンス。


 ついに現れた神の軌跡からの刺客は、昔よく面倒を見てやった男であった。


 刺客とは言ったが、レゾートにはサージェスを殺そうと言う意思はなく、神の軌跡の現状況をサージェスに知らせるのであった。



「――――ですので先輩……はいこれ」


「……なんだよ、どういうつもりだ?」



 レゾートが俺に渡した物、それは輝石だった。昔と比べて貴重となった、高ランクの永久輝石だ。


 上級や最上級の永久輝石なら、所持している奴も大勢いるだろう。しかし王ランク以上の永久輝石となると、話は別だ。


 まず数が少ない。高ランクかつ純粋な永久輝石となると、目にする事なく一生を終える者もいるはずだ。


 組織が集め出すようになってからは、更にお目に掛かれなくなっただろう。


 それに王ランクともなると、そもそも奇跡を起こせるだけの神力がない場合がある。奇跡を起こせない輝石は、ただの宝石だ。売って金にするしか使い道がない。


 高ランクの輝石は高く売れる。所持している事がバレたら、それを狙った者達から命を狙われてもおかしくない。


 そのため早々に売り払うのが吉だ。しかし一度売ると、中々市場には出回らなくなる。


 目の前のレゾートがいる組織が、色々と裏で手を回すからだ。



「だって先輩、その腰にある剣はなんですか? そんな粗末な物を使っているなんて、泣けてきますよ」


「冒険者たるもの、粗悪な武器で……まぁいいか。くれるのかよ? この


「元々先輩の輝石ですし。僕は武器を使わないので必要ないのですよ、それ」


「……どういう意味だ? なんで必要のない輝石を持っている?」


「なんでって、割り振られたからですよ。先輩が所持していた高ランクの輝石は、全て実行官エクスに割り振られましたので」



 組織に置いてきた輝石か。この王刃はよく愛用していた、主にカッコいいからという理由で。


 神力を使い、刃を持つ武器を喚び出せる輝石:王刃。これがあれば、神力が切れない限り武器には困らないからな。



「人が必死こいて集めた輝石をまぁ……――――集え王の刃。顕現せよ王剣」



 王刃を発動させ、レゾートの周りに大量の剣を創り出す。その刃は全てレゾートの心臓に向けられており、逃げられる隙間などない。



「……渡した刃を向けられるとは思いませんでした。ですが――――無駄ですよ?」



 展開した全ての刃が砕け散った。レゾートから一筋の光が走ったと思った瞬間、創り出した剣は壊れ、光となって消えてゆく。


 王ランクの輝石で創り出した武器を、一瞬で破壊した事は素晴らしいと思うが、まだまだ甘いようだ。



「僕には効きませんよ? 知っているで――――」

「――――目に見える物が全てじゃない。教えたはずだけどな、レゾート?」


「————ッ!?」



 地中に展開されていた、三本の王刃がレゾートに牙をむく。驚異的な反射神経でそれを躱すレゾートだったが、躱しきれずに頬に傷を作った。


 いくらを持つレゾートでも、足元が疎かでは矛を振るえまい。



「……地中展開は予想外でした。地中展開はないと思わせるために、わざと僕の足元には展開させなかったのですね」


「精進したまえ。視覚情報は最も信頼できる情報だが、最も騙しやすい情報でもあるのだ。では、私はこれで――――」

「――――待って下さい先輩。まだ話は終わっていません」



 強者の雰囲気を出して、そのままフェードアウトしようとしたが、普通に止められてしまった。


 いつの間にかレゾートの頬傷は消えており、真剣な目をしたレゾートと再び向かい合う。



「なんだよ? 組織が二分された事は分かったよ。気を付ければいいんだろ? 殺される前に殺す、それだけの事だ。じゃあな――――」

「――――神の恩寵にお入り下さい。神の恩寵は、保守派が支配する数少ない組織です。そこにいれば、保守派の庇護を受けられます」



 再び踵を返そうとした俺は、その言葉に足を止めた。


 えも言われぬ不快感。誰に向かってそんな口を利いているのか。



「……庇護?」


「輝石を失った貴方の弱体化は明らかです。組織を抜けた貴方が、冒険者になるだろうという予想はついていましたので、僕は先回りして――――ッ!?!?」



 目にも止まらぬ速度で、一本の剣がレゾートを掠める。それを放ったのはサージェスだと、やっと頭が理解した。


 王刃ではなく、腰に挿していた粗悪な剣を投合したようだ。動く素振りは見えなかった。見えなかったのか、本当に動いていないのか。


 先ほどと同じ場所、頬に再び傷を付けたレゾート。しかし先ほどとは違い、全く反応出来なかった攻撃にいささか恐怖を覚えた。


 この者の前で恐怖を覚える事、それは死を意味する。



「――――貴公、俺を誰だと思っている? 庇護するだと? 言ったはずだ。自由になる、その覚悟はしていると」


「……その自由を、貴方は守れないと言っているのです。お聞き届け下さい! 貴方は……貴方の自由を狩る死神達に追われているのです!!」



 珍しく語気を強めたレゾートに、若干驚いた。


 俺の身を案じての事だという事だが、俺は組織を辞めた時に覚悟した。


 死神に追われるのも覚悟の上。俺の自由を殺そうと言うのなら、逆に殺してやると。


 しかし、後輩に気を遣わせるなんて――――俺もまだまだだ。



「覚悟の上だ。自ら自由を望んでおいて、その尻拭いを他人にさせるつもりはない。俺の自由が散るとしても、それは俺の責任。それを守ってくれと言うのは、責任放棄、覚悟不足だ」


「……責任、覚悟ですか。では僕も自由にやらせてもらいます。いいですよね?」


「もちろん、それはお前の自由だ。ただし――――俺の自由を奪うと言うのなら、お前の自由を奪い、お前を不自由にする」



 辺りに二人の強烈な殺気が溢れ出す。その圧は家屋の窓ガラスを震わせ、ヒビを入れるほど。


 二人の他に誰もおらず、ヒビ割れる音が聞こえるだけで静かなものであった。


 先に動いたのはレゾート。ゆっくりと右腕が上がり、その腕はサージェスに向けられた。


 それとは対照的に、サージェスは動く素振りを見せない。



「……余裕ですね。流石は先輩です」


「久しぶりに指導してやるぜ、来いよ――――【穿つ者】レゾート・レゾナンス」



 両者共に、笑みを零しながら殺気を飛ばす。


 過去に訓練と称して、よく拳を交えていた二人。しかしレゾートはサージェスを負かす事は一度も出来ないでいた。


 訓練をしなくなり久しい。レゾートは己の成長を見てもらおうと意気込んだ。



「一撃勝負といきましょう、先輩」


「そりゃお前の得意分野じゃねぇかよ」


「まさか、自信がないのですか?」


「……上等だ。当てて見せろ」



 売り言葉に買い言葉、なんていうほどではない。


 お互いにお互いを知り尽くした上での会話。微笑みすら見せる二人ではあったが、殺気は本物だった。



「……ふふ。本当に、相変わらずですね――――第七位奇跡・穿孔!!」



 レゾートより放たれた閃光。それは目にも止まらぬ速さ、というレベルを超えていた。


 そこに存在するあるものを全て穿つ力、序列輝石:穿孔。


 組織が創り上げた、単発輝石と同様の。しかし単発輝石と違い、その能力は純粋輝石に引けを取らない。


 認知した瞬間に、その空間は穿たれている。


 それはいとも容易く、目標の頭を撃ち抜いた――――



「――――……誰だこれ?」


「強硬派……組織の者ですね。先輩の首には賞金が掛かっていますから、それに目が眩んだ末端の兵でしょう」



 頭を穿たれ倒れた男。レゾートの穿孔はサージェスの髪を掠め、後ろにいた者の頭に大穴を開けた。 


 しかし賞金首か。金がない俺を殺して金を得るとは。自首すれば半額くらいもらえないかな。



「しかしまさか、避けられるとは思っていませんでしたよ」


「初めから当てるつもりなかった癖に、よく言うぜ」


「どちらにしろ、僕の負けです。今日は帰るとしましょう。でも先輩、僕は諦めませんよ? 先輩は、僕と一緒に冒険者になるのです。僕はそのために神の軌跡に残っているのですから」



 不敵に微笑んだレゾートは、ゆっくりと歩き出した。


 先の一撃、それは俺の予想を遥かに超えた一撃だった。力も学も無く、何も出来なかった孤児がよく成長したものだ。


 馬鹿みたいに俺の後を付いて来て、馬鹿みたいに俺の指示に従って。俺は馬鹿みたいにコイツの事を可愛がるようになった。


 そんなレゾートとも、いつかぶつかる日が来るのだろうか――――



 ――――



「――――待てよレゾート」


「なんですか? もしかして、神の恩寵に入ってくれる気になりました?」


「ならねぇよ。それよりお前、もっと輝石を寄こせ」


「……良い感じで別れたのに、呼び止めた理由がそれですか?」


「金がないんだよ! 手っ取り早く輝石を売って金にするから寄こせ」


「先輩、お金がない時はどうすればいいか、僕に教えてくれましたよね?」


「……そうだっけ? 武士は食わねど何とやら……的な感じだったか?」


「いいえ。女を落として貢がせろと言っていま――――」

「――――そんな最低なこと言ったっけかなぁ!? まったくもう、世の中そんな簡単じゃないと思うなぁ!!」


「……はぁ、まあいいです。あまり女に近づいてほしくないですし――――これでいいですか?」


「なんか言ったか……? ありがとよ! これで当面は大丈夫そうだぜ! じゃあまたな、レゾート!」


――――


「――――僕は悲しいですよ、先輩。こんなに愛しているのに、性別が男と言うだけで……。どこかに性転換の輝石でもないかな……」

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