第3話 自由と序列七位
異様な気配を漂わせた、俺の事を先輩と呼んだ仮面の男。
いつの間にか周りに人の気配はなくなっており、タイミングを見計らった接触だという事は明らかであった。
見覚えのある仮面、そりゃそうだ。形は違うがこの前まで、俺も似たような仮面を付けていたのだから。
「……人違いですよ? なんですかその恥ずかしい仮面」
「相変わらずですね、先輩。でも昔その恥ずかしい仮面を付けて、言っていたじゃないですか。我は混沌より生まれし邪悪、世界を恐怖のどん底に――――」
「――――だあァァァッはっははは!! 思い出したよ! その声はレゾートじゃないか!! 元気だったかぁ!?」
「はい、元気です。先輩もお元気そうで安心しました」
そう言って仮面を外し素顔を見せたのは、神の軌跡で同僚だった男、レゾート・レゾナンス。
そっちこそ相変わらずのイケメンぶりだ。俺には劣るが。その金髪翠眼、中性的な容姿で一体何人の女を泣かせてきたのか。
コイツは俺よりずっと後に組織に入ってきた。面倒な事に俺が教育係を任されたため、レゾートは俺の事を先輩と呼んでいた。
そして、俺の痛い過去を知っている数少ない人物の一人。この場で始末しておいた方がいいかもしれん。
「先輩はやめろ。俺はもう組織を辞めたんだ」
「組織を辞めたとしても、先輩は先輩です。戦闘技術から輝石の使い方、女の口説き方まで色々と教えてくれたのは、先輩なのですから」
「ッケ!! 口説き方教えたその日に、何十人も女を連れ込みやがって!! 始末書を書いたの俺なんだぞ!?」
「最終試験だと言って、とにかく多くの女を連れて来いと言ったのは先輩じゃないですか……」
無駄にモテるのだコイツは!! コイツの傍にいるとシューマンの気持ちがよく分かる。
天然ジゴロ。その無駄に爽やかで無駄に優しそうな笑顔、騙される女の多い事多い事。
まぁコイツは、俺とは違って真正面からの正攻法。そこがまたムカつく、俺よりブサイクなくせに。
「――――ってんな事どうでもいいんだよ。なんだお前、何の用だ? 俺は忙しいんだよ」
「冒険者になるのに忙しい……ですか? 無理ですよ、貴方の登録を認める組合はありません」
「……やっぱりお前らの仕業か。俺に意地悪してんのか?」
「子供じゃないのですから、そんな訳ないでしょう。というか、お前ら……ではなくて、僕の仕業です」
そう言って軽く微笑むレゾート。男の笑顔なんて見ても嬉しくない。
レゾートが単独で動いた? コイツにそんな力はないと言うつもりはないが、なんの目的でそんな事をすると言うのか。
お前達が俺の事を殺そうとしているのは分かってる。いくらレゾートとはいえ、俺を殺そうと動くなら返り討ちにして殺すつもりだった。
俺を殺すのではなく、冒険者になる事を阻止した? 意味が分からない。分からないのなら聞けばいい、吐かせればいい。
「なんでそんな事すんの? 絶対虐めじゃん」
「虐めじゃありませんよ。僕はただ、先輩を神の恩寵の冒険者にしたかっただけです」
「はぁ? 何言ってんだ、お前」
冒険者にしたかった? 一体なにを考えているのだろうか。本心かどうか分からないが、予想の斜め上をいく答えだった。
レゾートからは殺気を感じない。何度かわざと隙を見せたのに動く気配もなかった。
俺を殺す気であれば、間違いなく動くはずの隙を見せたのだから。
それを見逃した以上、少なくともここで殺そうというつもりはないようだ。
「言葉通りですよ。先輩が冒険者になりたいというのは知っていました。ですので僕が、相応しい場所を用意したんですよ」
「……そういう事を聞いたんじゃない。お前達、神の軌跡は俺を始末しようとしているはずだ。そんな回りくどい事をする連中じゃない。お前は何が目的なんだ?」
正直、遅いと思っていたくらいだ。組織を抜けてから結構経つが、今の所は俺に接触してきた奴はいない。
このレゾートが初めてだ。遅い行動もそうだし、接触してきたと思ったら冒険者にしたかったとか言い出すし、よく分からない。
「先輩言っていたじゃないですか、冒険者になりたいって。敬愛する先輩のやりたい事を応援するのが、後輩の務めですから……という本音は置いておいて、お知らせしたい事があります」
「普通は冗談を置くもんだぞ?」
「僕には神の恩寵の冒険者という、表の顔があるんですよ。在籍しているだけで、特に何をする訳ではないですが」
「な、なんだと!? お前冒険者なのか!? 先輩を差し置いて冒険者になるなんて、どういう事だ!?」
俺はこんな苦労していると言うのに、サラッとした顔で言いやがる。
そんな表の仮面があるなら、俺は喜んで付けただろうに。よもや後輩に出し抜かれていたとは、思いもよらなかった。
「先輩にもこの話はあったはずでしょ? かなり前の話になりますが……先輩、興味がないって切り捨てたじゃないですか。だから僕に話が回って来たのですよ?」
「……え、嘘。そんな話あったっけ?」
「ありましたよ。面倒臭いからお前やっとけって、僕に押し付けたのは先輩じゃないですか」
「……マジかよ。俺は自ら自由になるチャンスを捨てていたのか……」
「自由……ではないと思いますけどね。冒険者組合を操り、冒険者が得た輝石を牛耳るための配置ですから」
悪びれもなく喋るレゾート。輝石を牛耳るという事が、この世界にどれほどの影響を及ぼすと思っているのだろう。
まあ俺には関係ないが。生活に必要な輝石は潤沢らしいし、単発輝石の供給が増えているため問題はないだろう。
「……それで、知らせたい事ってなんだ? 冒険者って事を自慢しに来たのか?」
「違いますよ。僕が先輩の組合入りを阻止したのは、先輩の身の安全を守るためです」
「身の安全……? お前が俺の? 随分と……言うようになったな。俺に守られていた存在がよ」
身の程を教えてやるぞと、先輩の矜持として凶悪な殺気をレゾートに放った。
多少目を細めたレゾートではあったが、特に動じている様子はない。すぐさま話の続きをし始めた。
「先輩には感謝しています。ですので恩返しですよ。神の恩寵に与すれば、神の軌跡……
「余計なお世話だ。言ったはずだぞ? 邪魔する奴は全部潰す、それが俺の自由の覚悟だ」
「自由の覚悟……ですか。覚悟はあっても、力がなくてはどうする事も出来ないのではないですか? 貴方は力を、多くの輝石を失ったのですよ?」
「輝石がなければ何も出来なくなる奴が、序列三位なんて呼ばれるかよ?」
「……
「さぁな。でもまだまだ……後輩に後れを取るつもりはないぞ?」
さっきとは違い、本気の殺気をレゾートに送り込む。これからお前を殺すと言う、宣戦布告だ。
レゾートは序列七位、実力は申し分ない。今の状況では気を抜ける相手ではない。
しかしいくら後輩だろうが、弟子と呼べる唯一の存在だろうが、俺の前に立ち塞がると言うのなら消す。
俺の自由のために、お前の自由には死んでもらう。
「……はぁ。先輩と殺り合うつもりは、現時点ではありません。今日は話をしに来ただけです」
「ならさっさと話せ。忙しいと言ったはずだ」
両手を上げ、戦闘の意思はないという事を告げたレゾートに、俺は殺気を放つのをやめた。
コイツが邪魔をしているせいで冒険者になれないのなら、早々に殺そうとも思ったが、中々どうして俺にも良き過去の思い出というのはあったようだ。
レゾートはガキの頃から、馬鹿みたいに俺の後を付いて来た。何度突き放しても、何度見捨てても、俺の背中をずっと追いかけてきた奴だ。
いつの間にか、コイツに背中を預ける事が多くなっていた。基本的に実行官は単独行動だが、複数行動となった時に俺が選んだのは、コイツとアイツくらいだ。
「先輩は今の神の軌跡がどういう状況にあるか、ご存じですか?」
「ご存じな訳ないだろ。興味もない」
「……先輩が組織を抜けてから、組織には改革が起こりました」
「改革? それが俺に何の関係がある?」
前職場がどういう改革を行ったかなど、本当にどうでもいい事だ。喫煙室が増えたとか? 給金があがった? トップが変わり、経営理念が変わったとかか?
なんにしろ興味はない。どんなに変わろうが、俺はあの組織に
「組織は今、二分されています。便宜上、保守派と強硬派……という形になっていますね」
「保守派と強硬派ねぇ……どうでもいいけど。あ、煙草吸っていい?」
「どうぞ。私は一応、保守派という事になっています。本当はサージェス派なんですが、同志が一人しかいなかったので諦めました」
「ふぅ~……勝手に人の派閥を作るな。もう一人は……やっぱアイツか……」
一呼吸のち、レゾートは続きを話す。それは多少なりとも、俺の今後の生活に影響を及ぼす事ではあったが、どちらにしろ俺の行動は変わらない。
「保守派は、サージェス・コールマンを連れ戻そうと動いている者達で構成されています」
「戻りませんよ。ほっといて下さい」
「そして強硬派は……サージェス・コールマンを殺そうと動いています。数にすると七対三。圧倒的に強硬派の数が多いです」
「殺されませんよ。返り討ちっすわ」
「そして僕の他に二名ほど、
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