第2話 自由とお祈り

 





 途中でルルゥと別れた俺とエミレアは、今日の予定を話し合っていた。


 まずはどこの組合でもいいから、冒険者登録を成功させる事。もしそれがダメでも、日雇いの仕事でもなんでも見つけなければならない。


 今の俺の所持金じゃ、宿に泊まるどころか食事も行えない。


 昼飯はアイシャの所に行けば用意してくれるので問題ないが、どちらにしてもこのままじゃマズい。



「――――さて、他の組合に行ってみるか! なぁエミレア、知っている組合に案内してくれないか?」


「分かりました。ではまず、神の恩寵――――」

「――――ダメです、そこだけは。どの面下げればいいのか分からないので」



 冒険者組合、神の恩寵。それは俺の前職場である神の軌跡が出資し、運営している冒険者組合なのだ。


 退職届を叩きつけた手前、その下請け組織に就職するなんて事は出来ない。


 まったく何でもやっている組織だ。飲食店から宿経営。教会に娯楽施設。極めつけは冒険者組合、他にもまだまだある様子だ。



「よく分かりませんが……でしたら、強欲な天使か天啓はどうですか? やはり四大組合がおススメですし」


「そうだな。じゃあとりあえず、強欲な天使に行ってみるか。案内頼むぜ、エミレア」


「はい! お任せください!」



 人懐っこい笑顔で、俺の腕を取り歩き出すエミレア。まるでデートにでも行くのかという足の軽やかさだ。


 こんな無職に無償の愛をくれるマイ天使エンジェル。いつか恩を返さなければならないな。



「なぁエミレア、本当に俺なんかに付き合っていていいのか? 場所さえ教えてくれれば、一人で行くぞ?」


「いいんです。私もちょっと用事があるので、サージェスさんの試験中に済ませようと思っていましたし」


「そうか。ならいいんだが……用事ってなんだ?」


「あ~、気になります? 嫉妬しているのですか? 安心してください! 男性の所に行く訳じゃありませんから!」


「ほ~、言うじゃないか? だが俺の嫉妬心を喚び醒ます事は中々難しいぜ?」


「そうなんですか? では嫉妬してもらえるように、もっと女を磨きますね!」



 完全に話を逸らされたな。


 エミレアにとって話しにくい用事なのか、話せない用事なのか分からないが、これ以上の詮索はしないほうがいいか。


 ニコニコと笑う彼女はいつも通りに見えるが、実は出会った時からずっと思っていた事があった。


 彼女はどこか、無理をしているように感じる。もちろん俺やシューマン達と無理して一緒にいる、という事ではない。


 なんというか、焦っている? 彼女の言動に焦りは見えないが、俺は何故かそう感じてしまっていた。



「なぁエミレア。お前に言っておきたい事がある」


「はい? なんですか?」


「お前には良くしてもらっているよ。目の保養になるし、いい匂いするし、少し足は臭いけど、煙草買ってくれるし、色々と教えてくれるし」


「く、臭くないです!! どうして意地悪言うんですかぁ~……」



 半泣きになり、ポコポコと可愛らしい効果音が付きそうなエミレアのパンチを受ける。


 別に冗談を言ったつもりはないのだが。本当に感謝しているのだ。主に煙草とその愛らしさに。



「何かあったら言え。気に入った女の力になるくらいはする」


「な……なんですか? 急に……私は別に、なにも――――」

「――――いいな? 俺を頼れ。一人で抱え込む事はない」


「………………はい……って! なに言ってるんですか!? もうっ! 行きますよ!?」



 そう言うとエミレアは一人で先に行ってしまった


 とりあえずはこれでいい。エミレアに何かあるのかは分からないし、何もないのかもしれない。


 ただ何かがあって、どうしようもなくなった時、その時の逃げ場は作った。どうしようもないけど、どうにかしなければならない時用の場所だ。


 もちろん何もない事に、何も起きない事に越した事はないが……彼女が一瞬、暗い顔をしたのを俺は見逃さなかった。



 ――――

 ――

 ―



「――――うっし! じゃあ行ってくるぜ!!」


「頑張ってください! サージェスさんならきっと大丈夫ですよ!!」


「おう! 次に会う時、俺は冒険者となっている!!」



 ――

 ―



「――――落ちました」


「……えっ!?」



 ――――強欲な天使:不採用



「つ、次です! 天啓にいきましょう! あそこは実力より人柄、誠実さなどを重視すると聞いた事があります!」


「よっしゃ! 誠実さなら任せとけ!!」


「……誠実? あ……落ちるかも」



 ――

 ―



「――――性格に難ありだそうです」


「……やっぱり」



 ――――天啓:不採用



「こ、こうなったら手あたり次第です!! 四大組合以外にも組合は沢山あります!」


「お、おう!! 弱小組合を俺の力で盛り上げてやるぜ!!」



 ――

 ―



「――――貴方様の今後のご活躍とご健勝を心よりお祈り致します」

「――――益々のご発展を心よりお祈り致します」

「――――心よりお祈りします」

「――――お祈りデーース」

「――――祈ってやるよ」

「――――祈」



 ――――中堅規模組合:全不採用



 ――――

 ――

 ―



「――――もう嫌だ……」


「サ、サージェスさん……元気、出してくださいよ……」


「……出ませんよ。もう出せませんよ! 一日に何回祈られるの俺!? 最後の方なんかとても祈ってる顔じゃなかったぜ!? 心にもない事言いやがってェェェ!!!」


「……よしよし……そうだ! ちょっと待っててください!」



 グチグチと文句を言う俺を置いて、エミレアは去って行った。


 こんな面倒な男の事なんて、面倒以外の何物でもないだろう。ここまでよく付き合ってくれましたと、お礼を……捨てないでくれェェェェ!!



「――――お待たせしました、サージェスさん!」


「お……おおお!! 天使様! 戻って来てくれたのですね!?」


「は、はい? ちょっとこれを買いに行っていただけですよ? ――――はい、どうぞ!」


「これは……クレイプ?」


「はい! 甘いもの食べて、元気出してください! ――――はい、あ~ん」



 どうやらエミレアは食べ物を買いに行っていたようだ。


 買ってきた物はクレイプと呼ばれる、女子受けがいい甘い食べ物。俺は甘い物大好きという訳ではないが、あ~んとなれば話は別だ。


 うっかりした振りをして、その綺麗な指をナメナメしてやるぜ!



「うひょひょひょひょ! あ~ん……ムグムグ……」


「……食べましたね? それ、青貨四枚ですよ」


「ムグムグ……ムグ……ム……グゥ……? お金ない……」


「あはは、冗談ですよ」



 冗談抜きで血の気が引いた。まだ口の中に残っているクレイプを吐き出して、お返ししますと言って逃げようかと思ったくらいだ。


 とても元気づけようとする者の行動ではないと思うが、甘い食べ物と可愛い笑顔に癒されたのは事実。いつの間にか怒りと悲しみは吹き飛んでいた。


 一つのクレイプを二人で食べ終えた俺達は、再び今後の行動について議論を交わした。



「――――えと、まだ組合はありますけど、ほとんどが身内や親しい者同士で運営している小規模なものとなるので……」


「……厳しいか? 俺も仲間内でワイワイやっている所に行くのはなぁ……」


「そう……ですね。ごめんなさい、小規模組合に関しては、私もあまり知りません……」



 申し訳なさそうに目を伏せてしまったエミレアの頭を撫でつつ、俺は今後の事に頭を回していた。


 正直この展開は、強欲な天使にお祈りされた時点で予想していた。


 何故かと言うと、どの組合もお祈りした後に、やたらと神の恩寵を進めてくるのだ。


 神の恩寵、ひいては神の軌跡の息が掛かっているのだろう。


 という事は、自由な片翼もそうだったという事。ロードランに神の軌跡の圧力が掛かっていたに違いない。


 神の恩寵で俺を飼い殺しにするつもりなのか、人目のない場所で俺を始末するつもりなのか。恐らく後者だろうなぁ。


 どこまでも邪魔して来やがる。まぁ俺を殺そうと、実行官エクスをぶつけられるより遥かにマシだが。


 中堅ならまだしも、四大組合にまで影響を及ぼせるとは予想外だった。


 問題は小規模の組合にも息が掛かっているのかどうか……という所か。



「とりあえず、いつくか知っている小規模組合に行きますか?」


「そうだな、ここまできたら行ってみるか。案内してもらえるか?」


「あ……ごめんなさい。私ちょっと用事があって……少しだけ外してもいいですか?」


「そういえばそうだったな。分かった、場所だけ教えてくれ」



 ――――

 ――

 ―



 用事があるという俺はエミレアと別れ、紹介された小規模組合の前まで来ていた。


 が、中に入りたくない。


 外見はボロボロで今にも倒壊してしまいそうだし、曇った窓の奥に見えるのは男ばかり。こんな昼間から酒盛りをして、ゲラゲラと笑っている。


 組合の受付に座っている者でさえ男だ。もうそれだけで、お断り。



「――――なんだ兄ちゃん? うちの組合になんか用か? 新規登録か?」


「いえ、違います。貴方達の今後に幸ありますよう、お祈り致します」


「はぁ? おい! どこ行くんだよ? おーーい!!」



 こんな組合、こっちからお祈りだ。


 俺は女の子と一緒に冒険がしたいのだ。気心知れたシューマンとかならともかく、あんな酒臭い男と冒険なんてごめんだね。


 それにこんな人気のない路地裏にある組合なんて、なんか悪い事をしているんじゃないだろうな。



「ったく……エミレアの奴、なんて組合を紹介しやがる。次はもっとマシな冒険者はいる所がいいな――――」

「――――では、僕と冒険しませんか? サージェス先輩」



 その瞬間、俺の全身が警告音を発し始めた。


 背後から聞こえた静かな声。殺気などまったく感じないが、背後に立たれた事に気づかないとは、気を抜き過ぎていたようだ。


 背後の者の気配に注意しながら振り向くと、そこには見覚えのある仮面を身につけた男が立っていた。

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