第ニ章 ~冒険者組合を作ります・前編~

第1話 自由と就職活動へ

 





 窓から差し込む、心地よい太陽の光。


 柔らかな光は、俺を深い眠りから喚び醒ましてくれた。


 あれ以来ずっとお世話になっている、一夜の過ちという宿の一室で俺は今日も目醒めた。


 高級宿と言う訳でもなく、宿代が安いと言う訳でもない中途半端な宿屋だが、居心地は悪くない。


 飯は美味いし、店主のミネアは美人だし。何の文句もありゃしない。


 しかし、それも残り僅か。あと数日しかこの宿にはいられないかもしれないのだ。


 それは何故か、そう!! 金が尽きるのだ!!


 正確にはもう金がないのだ!! もう三日もツケの状態、本来そういう事は認めていないミネアの店。


 しかし追い出される訳にはいかない俺は、最終手段をとった。



「――――うぅぅ~ん…………あらぁ? もう、朝なの……? まだ眠いわ……」


「おはようミネア。清々しい朝だぞ? 早く服を着なさい、息子が起きてしまう」



 隣でスヤスヤと寝息を立てていたミネアが、欠伸をしながらも目を醒ます。


 朝日に照される彼女の姿は、裸という事もあってか神々しく見える。



「ふぅあ~ぁぁ……うふふ、昨日も立派な息子だったわよ? また過ちを犯しちゃったわねぇ~サージェス?」



 店主を落として泣きつく作戦!! 流石にモテるミネアを落とすのは大変だったが、感情を喚び醒ませる俺に取っちゃ朝飯前だ。


 言っておくが、人心掌握じゃないぞ? 本人が持っているが、普段は眠っていて中々起きてこない感情を喚び醒ましているだけだからな! ちょっと強めに。


 何が言いたいのかと言うと、俺はミネアの心を操ったり、弄った訳じゃない! 俺の隣でミネアが真っ裸で寝ていたのは、ミネア自身の判断だ。


 ドキドキの感情、吊り橋効果も自由自在よ! つまり、俺はモテるという事なのだ!!



「はっはっは。モテる男はつらいぜ……」


「朝から何を悦に浸っているのぉ? それより今日の宿代は?」


「……すまんミネア、ツケで頼む。安心しろ、必ず払うから」



 目を擦りながら、未だ眠たそうにしているミネア。頭が完全に覚醒する前に頼まないと。



「もう、ずるいわね~。いいわ、待ってあげる――――じゃあ私は行くから、また夜に……ね?」


「ああ、またな」



 ミネアを見送った俺は、煙草に火をつけ朝のお勤めを行う。


 宿代払えないのに、なんで煙草は買えるの? とミネアに問い詰められたが、俺には俺の事を甘やかしてくれる天使がいるからな。


 大天使エミレア様、ありがとうございます。


 シューマンはヒモになるなと抗議してくるが、俺は別にエミレアに頼んでなどいない。


 天使が俺の禁断症状を見かねて、救いの手を差し伸べてくれているだけなのだ。


 大事に吸わなければならない。天使の愛情が籠った有害物質を摂取し、俺はシューマンがやって来るのを待った。


 ――――そして、数十分後。



「……はよ、サージェス……」


「辛気臭ッ!? なんだよお前! こんな清々しい朝にその顔は!?」


「……お前が……お前が言うなぁぁぁぁぁ!!! 誰のせいでこうなっていると思ってんだ!?」


「だ、誰のせいって……俺のせいだって言うのか!?」



 なぜか怒っているシューマン。怒りたいのはコッチなのに、朝から負のオーラを撒き散らしやがって。



「お前のせいだよ!! 俺の部屋はお前の部屋の隣なの!! 分かる!? 壁、薄いの!! 分かる!?」


「……つまりなんだ? ミネアの嬌声を聞いて、悶々としていたと?」


「そうだよ!! 悶々悶々もんもんもんだよ!! 初日はありがとうございます!! って思ったけどな!! 連日連日やられちゃぁ……眠れんのよ!?」



 確かにちょっと、アイシャとかに比べたら声がデカイですね、ミネアさんは。そこがいいんだけど。


 しかしミネアに声を抑えさせるのは不可能だ。であれば方法は一つしかない。



「……宿変えたら?」


「君が変えてくれる!? ここ馴染みの宿なんだよ!! なのに、あのミネアさんが……なんでこうなった!?」


「お前が金貸してくれないからだよ。最高権力者を落とすしかなかった」



 シューマンには何度か金を無心したのだが、ついぞ貸してくれなかった。まぁ金の貸し借りは友情の終わりの始まりだから、俺も心苦しかったのだが。


 他に頼める奴もいないし。俺の小さなポリシーで、女に金は借りないというのがあるからな。


 まぁミネアには金を借りているようなものかもしれないが、お金自体を借りている訳ではないので良しとしよう。


 そもそもこの宿に拘る必要はない。アイシャの家に転がり込めば万事解決だが、流石にそれは出来なかった。


 とことんダメになりそうだったから、俺もアイシャも。



「……らけ」


「なんだって?」


「働け!! 冒険者でも守備隊でも組合職員でも、なんでもいいから働いて金を稼げ!!」


「わ、分かってるよ。今日も就職活動に行くよ」



 あれから何日も待ったのだが、自由な片翼の新たな組合長は決まってない。


 アイシャが言うには、組合連合会の承認が下りないのだとか、なんとか。何度もアイシャに謝られたが、アイシャが悪い訳ではないし、そのたび頭を撫でて黙らせている。


 しかしもう限界だ。そんなに経っていないのに、金が底をついたのだ。


 理由はただ一つ、預金が全てなくなっていたからだ。


 まあ、それはそうだと思う。だって預金先が神の軌跡なんだもん。あの組織が俺に金を残してくれている訳がない、見事に全てなくなっていた。


 こんな事なら預金先を変えておくのだった。誰にも文句を言えないものだから、泣き寝入りするしかないのだが。



「シューマンは今日、予定は?」


「俺とエミレアは組合に行って、依頼を探すつもりだ。ルルゥは昇色試験に挑むらしい」


「昇色試験か。そういやルルゥの事、パーティーに誘ってないのか?」



 あの子は優秀だぞ。とてもこの前まで初心者の白色冒険者だったとは思えんよ。


 純粋奇跡も持っている、他のパーティーに取られる前に動いた方がいい。



「誘ったよ。でもまだ実力がないからって、断られたな」


「……お前がいらしい目でルルゥの事を見るからじゃないか? あの子、そういうのに鋭いぞ?」


「み、見てないよ! 可愛い子だなとは思うけど……妹みたいなもんって言うか……」



 鋭いどころかルルゥは人の感情が読める。それなのにあの容姿なんだ。男の感情や下卑た視線に晒されて、可哀そうだと思ってしまう。


 今は制御できてないから、否応なしに感情を感じ取ってしまうだろう。そういえば、制御の方法を教えてやるって約束したっけな。約束は守らねば。



「そろそろ行こうぜ? エミレアも下で待ってると思うしよ」


「そうだな。朝飯……奢ってくれる?」


「……分かったよ。安いのにしておけよ?」



 このままじゃ本当にイカン! 呑気に煙吸っている場合じゃねぇ!!


 せっかく出来た友人も失ってしまう。こんなのは俺が求めていた自由ではない。


 その後、部屋を出た俺達はエミレアと合流するため、宿の一階へと降りた。


 するとそこには優雅に珈琲を飲みながら、輝石を使った情報誌を呼んでいるエミレアと、なにやら緊張している様子のルルゥがいた。



「おはようエミレア、ルルゥ。どうしたよ? 緊張してんのか?」


「おはようございます、サージェスさん、シューマン」


「お、おはようございます……べ、別に緊張なんてしておらんです」



 誰がどうみても緊張していると思うが、仕方のない子だ。頭を撫でてやろう。


 ルルゥは現在、青色の冒険者。


 聞いた話だと、通常は依頼をこなして昇色していくものらしいが、黄色までは試験を受ける事で昇色できるらしい。


 白色と青色の依頼なんてのは、悲惨らしいからな。誰でもできるが重労働、それなのに報酬はかなり少ないとの事。


 そこで挫折する冒険者を救うための処置が、昇色試験。


 依頼という形の試験だが、報酬はでない。それどころか試験料金を払わなければならないし、不合格でも試験料は払い戻されない。当たり前だが。


 リスクはあるが、ルルゥなら問題ないだろう。実戦経験も十分、なんと言っても赤依頼を達成したのだから。



「うみゅ……サージェス、少し撫で方が乱暴です」


「そうか? 気合入れてやってんだけど、やめておくか?」


「い、いえ! それは困ります! もう少し、もうちょっとだけ……」


「大丈夫だよ、自信を持て。蟻蜘蛛や黒蜂の大群を難なく撃退したんだ。大したもんだと思うよ」


「は、はい。ありがとうございます」



 嬉しそうに目を細めるルルゥを見て、俺はもう大丈夫だろうと思った。不安に支配されていた心は晴れ、それは自信に変わってく。


 そういえばいつの間に呼び捨てになっているな、別になんの問題もないのだが。


 ――――その後、朝食を食べ終えた俺は、職を探しに動き出す。



「さて、それじゃ俺は行くぜ? 昨日言った通り、他の組合に行って来る」


「私も、そろそろ試験時間なので」



 昨日シューマン達には伝えていた。自由な片翼を一先ず諦めて、他の組合試験を受けると。


 初めは反対やら泣かれたりで大変だったが、落ち着いたら自由な片翼に移籍するという話で纏まった。



「じゃ俺達も行くか、エミレア?」


「…………」



 シューマンも立ち上がり、エミレアに行動も促すも彼女は立ち上がらなかった。


 疑問に思ったシューマンは、目で真意を問う。



「ねぇシューマン。私、サージェスさんについて行ってもいい?」


「……え? な、なんで?」


「だって……サージェスさん一人じゃ、可哀そうじゃない?」


「……え? 俺が一人になるのは可哀そうじゃないのか?」



 ああ、可哀想だ。でもシューマンだからな、大丈夫だろ。



「自由な片翼はシューマンのホームでしょ? でもサージェスさんはこれから、アウェイに行くんだから」


「それは……そうだけど」


「何かいい依頼を見つけておいてよ! ね? 決まり! 行きましょ、サージェスさん!」



 俺の腕を引っ張り宿から連れ出したエミレア。


 その横には浮かない顔をしたルルゥもいたが、シューマンがいつまで経っても宿から出てこなかった。


 痺れを切らした俺達は、放っておいて歩き出す。宿から何か聞こえた気がするが、聞こえなかった振りをする三人の歩みは止まらなかった。



「なぁんでだよぉぉぉぉ!?!? なんで俺だけ……なんでなんだよぉぉぉぉぉ――――」

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