第39話 自由な恩返し
「なぁアイシャ、流石に離れなさい。階段だよ? 危ないよ」
「貴方様がそう言うなら、離れます……」
「そんな顔しないで!? なんか罪悪感が!」
先ほどまで盛大に涙を零していたアイシャ。
どうやったら、そんなに涙を流せるのかというくらい泣き続け、目元は真っ赤に、化粧も落ちてしまっていた。
化粧なんてしなくてもいいと思うのだが、本人曰くエチケットとの事。別に綺麗になりたいからしている訳ではないらしい。
そんな感じでかなり遅くなってしまった。早いところシューマン達と合流しないと、エミレアとルルゥがうるさいだろうからな。
「サージェス様? 今、他の女の事を考えていませんでしたか?」
「か……考えてないよ? なに言ってんの」
コイツ鋭いな。そしてその殺気はなんだ!? とてもさっきまで大泣きしていた奴とは思えん。
早い所、主導権を握っておかないと。女に首輪を付けられるなんてゴメンだ。
「そうですか……? まぁ貴方様が誰を愛そうが私は構いません。私の事も同じように愛してくれれば、なんの文句もありませんので」
「おや、首輪が付いたのは貴女のようですね? なんて都合のいい……それでいいのですか?」
「貴方様の自由を束縛したくありません。女たらしの難病を患っている事も、理解していますので」
「……病気じゃねぇよ」
もうすでに外は真っ暗だが、組合内には酒場が併設されている事もあり、明かりが消える事はないそうだ。
アイシャもまだ仕事があるらしいのだが、俺が頼んだら二つ返事で早退すると言ってくれた。
まぁあんな事が起こったばかりだ。今日と明日くらいは休んでもいいと思う。
その後、仕事の引継ぎを同僚に伝えに行ったアイシャの事を待っていると、知った声が俺に話しかけてきた。
「やぁサージェスさん! どう? 上手くいった!?」
「なんだガイエンか。なんだよ、上手くいったって?」
声を掛けてきたのは、救出隊のリーダーであったガイエンだった。
右手に酒を持っている事から、この組合内の酒場で仲間達と酒盛りでもしていたのだろう。救出隊の報酬も出たのだろうし、俺も早く行きたいものだ。
「とぼけっちゃって~! 君、アイシャちゃんのストーカーなんだろ? 職員以外立入り禁止区画まで行くなんて、流石に驚いたけど」
「ストーカー? 俺が? 飲み過ぎじゃないか? 救出隊士ガイエンよ」
「いつも救出隊をしている訳じゃないよ!? 僕のパーティー名は……いやそんな事よりさ!! 良い絵がとれたんなら~見せてくれよ~」
相当酔っぱらっているようだ。よろよろと近づいて来たと思ったら、徐に肩を組んできた。
別に肩を組まれるのは構わないが、普通に酒臭い。しかしコイツには恩もあるし、無碍には出来ないが。
「なんだよ、いい絵って? 俺は絵描きじゃないぞ?」
「だ、か、ら! 立入り禁止区画までストーカーする君を見込んで、渡したじゃないか!! ――――映像の輝石をさぁ!!」
「え、映像の輝石!? お、お、お前だったんか!?!?」
「そうだよぉ~! 流石に君みたいに入る勇気がなくて、輝石だけを放り投げたんだけど……その反応、撮ったんだね? アイシャさんを……撮ったんだね!?」
なんて奴!? コイツのお陰で事が上手く運んだと言うのか!?
ビックリだよ! もう出会う事はないと思っていたのに。また俺はコイツに恩をッ!!
「で? で? で!? 撮れたんでしょ!? 僕もアイシャさんの大ファンでさ! でも彼女、本当にガード固くて……パンチラすら見た奴はいないんだ!! あんなにスカート短いのに!!」
「……お前は、なんて奴なんだ!! 流石にこれ以上、恩を受ける訳にはいかねぇ! お前に恩を返させてくれ! 俺の友情を受け取ってくれ!!」
「我が友よ!! そうこなくっちゃ!! ……で? どんな映像が撮れたんだい!?」
「――――サージェス様! お待たせ致しました!」
天使の如き微笑みでやって来たアイシャ。すぐ隣にガイエンがいるというのに、まったくそちらに目を向ける気配がない。
本当によく笑うようになった。もちろん、女性に対しては普通に笑っているらしいが、男性で笑顔を見た奴は少ないだろう。役得だな。
「……え? アイシャさん今……めっちゃ笑ってなかった? 酔ってんのかな……」
「サージェス様。では行きましょうか?」
「……せめて反応くらいしてやれよ? 俺と肩を組んでいる男が見えないのか?」
「見えません。他の男の事なんて視界にも入れたくありません」
サッという効果音が相応しい、一瞬で表情から温かみを消して見せたアイシャ。
見慣れた顔だ。初めて会った時もこんな顔をしていたと思う。
「まぁそう言うなって! コイツは良い奴なんだ! 映像の輝石をくれたのは、コイツなんだぜ!? お礼を言いなさい」
「ば、ばかなのサージェスさん!? なぜ盗撮の事をバラす!?!? 大体、盗撮のお礼ってなんだよ!?」
「……ありがとうございました、ガイエン様」
これで宜しいですか? といった目で俺を見るアイシャ。
なぜかアイシャがどんどんと、おかしな方向に進んでいる気がしてならない。これは手を打っておかないとマズいかもしれないな。
「盗撮されたのにお礼!?!? よ、よく分からないけど……ど、どういたしまして……?」
「我が友よ、実は……映像の輝石はもうないのだ。砕け散った」
「く、砕け散った!? き、貴様!? 一人で楽しんだのか!? あれが単発輝石だって事は分かっていたはずだよな!?」
「ああ、すまない。とある事情で使ってしまった……! だが安心してほしい!! 俺は友情を裏切らない!!」
ポカンとするガイエンを置いて、俺は隣で俺の事を見つめていたアイシャに向き直った。
軽く首を傾げる仕草が可愛い。目が合うとぴょこぴょこと犬耳が動く様子も、以前では考えられなかった仕草だ。
「アイシャ、頼みがある」
「はい、なんでも仰って下さい」
「実はだな……――――ゴニョゴニョ……ゴニョゴニョ……」
「……分かりました。しかしサージェス様が捲って下さい。私から動いては、私の意志で見せたようで嫌です」
「いい女やなぁ。俺、結構最低な事言ったのに……」
「好きな人のお願いは……聞いてあげたいです」
好きな人の願いであっても、普通は聞いてあげられないと思うが。
下手したら嫌われても仕方がないと言うのに、アイシャはかなり盲目的になってしまっている。
ここまで好意をぶつけられるのは悪い気はしないが、ちょっとアイシャの将来が心配だ。
「ず、随分とアイシャさんと仲良くなったんだね? 今、耳打ちした? あれ……? 夢か?」
「我が友よ、準備はいいか?」
「準備……? えっと、なんの準備だい?」
「これから奇跡が起こる。その瞬間を目に焼き付ける、その準備はいいかと聞いたのだ」
「あ、ああ……よく分からないけど、準備オッケーだ!!」
「よろしい!! ではカウントダウンだ!! 五! 四! 三!」
俺はアイシャの背後に回り、彼女のスカートに手を掛ける。
チラッとアイシャの様子を確認したが、いつも通り冷静な顔をしていた。これからスカートを捲られるというのに、なんでそんな冷静でいられるのだ?
――――二!
そう、俺がガイエンに返す恩は……アイシャのパンチラだ。随分と貴重なもののようだが、俺はさっき飽きるほど見た。チラどころかモロに。
――――一!
ありがとうガイエン。冗談抜きでお前のエロは組合を救ったのだ。これから起こる奇跡を、しかと目に焼き付けよ!!
恩返しだッ!!
――――零!!
――――ふぁさ~
「…………………………え」
「じゃあなガイエン! 世話になった! また会おうぜ!」
「……失礼致します」
その後、数十分に渡り固まったガイエン。中々戻って来ない事を心配した仲間が探しに来るまで、ずっと仁王立ちしており、白……白とブツブツ呟いていたらしい。
その表情はなんとも言い難く、表現し難いものだったという。その中で、一番それに当てはまる言葉が語り継がれる事となった。
曰く、奇跡を目撃した表情。これ以降数年に渡り、ガイエンは奇跡を目撃した者と呼ばれるようになったとか、ならないとか。
――――
「――――え!? あれ見せパンなの!?」
「はい、覗こうとする冒険者が多いので。マジパンは、サージェス様以外には見られたくないですし」
「マジパン!? そんな言葉あんの!? って事は、これも見せパンなの!?」
「……サージェス様。流石にこんな往来で、スカートを捲られるのは恥ずかしいです」
「そんな……ガイエンは偽物を……!? 言わんほうがいいな……」
「マジパンを見たいのなら……ベ、ベッドの上で、見せパンを脱がして下さい」
「……いや、見せパン履かなきゃいいだけじゃね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます