第37話 自由な奇跡の真実

 





 組合長室に乱入してきた、クロウラ守備隊。


 組合連合会より貸し与えられた輝石で作られた、結界奇跡が壊された事により出動した法の番人である。


 その隊長であるアルフレッド・バイス。確かな目を持っていそうなアルフレッドではあったが、真実を判断するための証拠材料はない。


 そのため一先ず真実ではなく事実として、一番疑わしいサージェスに対し同行を求めるのであった。



「すまないが従ってもらえるだろうか? 話はちゃんと聞き、しっかりと捜査もする。しかし何かすぐにでも、この場で言いたい事があるのなら聞こう」


「アルフレッド殿!! さっさとそいつを連れ出してくれ!! 傷害罪、不法侵入罪だ!!」


「……ロードラン殿、申し訳ないが……少し口を閉じていてくれないか? この者を刺激しないでくれ」


「な、なにを言って……ッ!?」



 更に声を張り上げようとするロードランだったが、アルフレッドの一睨みで引き下がった。何かまだ言いたい事があるようだが、苦虫を潰したように顔を顰めている。


 ロードランが静かになったのを確認したアルフレッドは、再び俺に視線を向けた。



「この者、矢鱈に強し。この場にいる全ての者で掛かっても、恐らく……」


「ば、馬鹿な事を!? お前はクロウラ守備隊の大隊長だろう!? そんな若造一人に何を!!」


「衰えましたな、ロードラン殿。力量の誤判断は死を招きますぞ? そもそもあの結界を破壊したのは、誰だと思っているのです」


「そ、それは……なにか、特殊な輝石でも……」


「そんな簡単に高位結界が破れるのなら、世話ないでしょう。この者が何の目的でこの場にいるのかは存ぜぬが、もし本当に貴殿の命を狙っていたのだとしたら……」


「……なんだと言うのだ?」


「聞かずとも……貴殿に命がある事がおかしいと言っているのです」



 重く静かな声でロードランを威圧するアルフレッド。


 本当に馬鹿だなんて思ってゴメン。なんなら証拠提示しなくても、大丈夫そうな雰囲気すら漂い始めた。


 クロウラ守備隊は優秀だと聞いていたが、一隊長でこれか。


 いざこざが多い冒険都市クロウラの、法の守護者。なかなかどうして、高い壁である。



「それで、なにか貴公に言いたい事は? ないのであれば、ご足労願いたい」


「俺が言いたい事は一つだ、アルフレッド。アイシャが話した事が真実、証拠もある」


「貴様ッ!! 大隊長になんて口の利き――――」

「――――よい! 我等は上に立つ者ではない、敬語を求めるのは部隊内だけにしておけ! それで、証拠とは……?」



 いい部下をお持ちのようで。上官のために怒れる部下は早々いない。あの怒りを吐き出したのは副長だろうか? アイツの怒りは本物だった。


 尊敬すべき人、そういう事だろうか。俺にはそんな人、一人しかいない。



「これだよ、この中に真実がある」


「これは……何の輝石だ? 借りてもよいだろうか?」


「ああもちろんだ。発動させてみてくれよ。――――その輝石:映像の中に真実がある」


「え、映像だと!? ま……まさか……!? よ、よせェェ!! やめろッッ!!」


「リヒャルド、ロードラン殿がご乱心だ。静めてやれ」


「ハッ!! ――――ロードラン殿、落ち着いて下さい」



 ロードランは慌てふためき、輝石を奪おうと暴れ出した。


 それを取り押さえたのは、先ほど俺に怒りをぶつけてきたアルフレッドの部下だった。


 取り押さえたといっても肩を押さえているだけだが、それだけでロードランは動けなくなった。


 暴れ出すのは当然だ。まさか、録画されていたなどとは思わなかっただろうからな。



「映像の単発輝石か。――――皆の者!! 諸君らが真実の目撃者である!! 一度しか起こらぬ奇跡、しかと目に焼き付けよ!!」


「「「ハッ!!!」」」


「よせェェェェェェェェ!!!!」



 輝石:映像にアルフレッドの神力が注がれていく。


 そして起こった奇跡。その奇跡は人々に真実を知らせる。



 ――――

 ――――



 映像は、サージェスが組合長室に展開されていた結界を、破壊する所から映し出された。


 輝石:映像は、発動させた者を中心に、辺りの情景と音が記録される。よく冒険者が討伐依頼の際に使用する、ポピュラーな輝石だ。



≪――――なんじゃこの結界は!? クソかてぇ!! オラ、オラ、オラァ!! 早くしねぇと、俺のアイシャが、俺のアイシャが犯されるぅぅ!!!≫


 ――――バキッ――――バキッ――――ミシィ――――パリィーーン……


≪よっしゃ! 待ってろよアイシャ、お前の初めては俺がもらうッ!!≫



 高位の結界を素手で破壊した事も大層驚きであるが、更に驚くべきは室内の光景。


 アイシャに覆いかぶさったロードランが、短剣を振りかぶりアイシャを殺そうとしている。


 そして恐るべき速度で動く映像、次の瞬間にはロードランは吹き飛ばされていた。



 ――――

 ――

 ―



≪――――仕方がないなぁアイシャちゃんは。ほら、お手手を繋ぎましょう――――≫


≪――――うん……アイシャ大人しくしてる――――≫



 どうでもいいやり取りを挟みながら――――



≪なあロードラン、話は聞いていたんだけど……あんた不正してたんだって?≫


≪大した事ではない! 組合連合会より回される組合資金や、冒険者達の報酬を操作しただけの事。そして……有能な冒険者を他組合に高額で売っていただけだ!≫



 映像は真実を映し出す――――



≪抜かせッ!! 何を言おうとも俺は不正など認めんぞ!? 証拠がないのだからな――――≫



 そして終局へ――――



≪私はクロウラ守備隊、第二大隊隊長のアルフレッド・バイスである!! 結界破損の報を受けここに来た!!≫



 ―

 ――

 ――――


 ――――

 ――――



「――――…………残念です。ロードラン殿」


「う、嘘だッ!! 小細工だ! 映像に小細工をしたに決まっている!!」


「私が起こした奇跡です。この映像は本物、真実以外の何物でもない」


「そんな……なんで……こんなッ……ことにィィィィィ!!!」



 押さえつけられ動けないロードランは、頭を振り回し真実を否定する。


 決着はついた。これほどの目撃者がいて、これほど屈強な者達に囲まれ、自由な片翼を失ったロードランには逃げられない。


 片翼を捥がれた者は地に落ちる。大空を自由に飛び回っていた者は、地に落ち己の足で歩かなければならなくなった。


 残ったのは不自由な片翼のみ。再び自由な片翼を生む事が出来るかどうかは、これからのロードラン次第だ。



「連れて行け。リヒャルド、組合の幹部に報告を」


「「「ハッ!!」」」



 アルフレッドを残し、他の者は全て退室していった。


 これだけ騒いだのだ、扉の外には組合職員のやじ馬が出来ていたが、上手い事アルフレッドが散らしてくれた。


 映像輝石を手に入れられたのも、派遣されたのがアルフレッドであったのも幸運だった。


 守備隊が来るとは思っていなかったため、交渉というものは出来なくなってしまったが、これが一番いい結果なのではないだろうか? アルフレッドも力を貸してくれるだろうし。



「それで……貴公は一体何者なのだ? あの結界を素手で……信じられん」


「ただの無職だよ。就職活動中にここに来ていてな? 冒険者になろうと思ってよ」


「ふむ……冒険者にしておくには惜しい。どうであるか? クロウラ守備隊に入らないか? 貴公の腕なら大歓迎、安定した職業であるぞ?」


「……安定は魅力的だが、自由はあるのか?」


「ない」


「喫煙室は?」


「ない」


「休みは?」


「少ない」


「残業は?」


「な……ある」


「ブラック極まれり!! お断りだ!!」



 よくそんな環境で働けるものだ。修行僧かなにかか!?


 そもそもやっとここまで来たんだ。憧れの冒険者になるんだ!!



「はっはははっ!! いつでも拾ってやる。就職活動に失敗したら、いつでも来るがよい! ――――ではそろそろ失礼しよう。後ろのお嬢さんも、大層怖がっておられるしな」


「あれだけ大勢の男に囲まれたら誰でも怖いだろ。捕まって連行される所だったんだぜ?」


「手荒な真似はしないつもりだったが……人払いはしておく。慰めてやるのだ」


「……アルフレッド、助かった。恩には恩を、冒険者になったら恩を返しに行く」


「期待して待っておこう。ではな、サージェス」



 踵を返したアルフレッドが部屋を出て行った。


 騎士とかいう連中にはいい思い入れがなかったのだが、見方が変わればここまで変わるのだと思い知らされた。


 そして残った最後の仕事は……守備隊が押し掛けて来た辺りから、ずっと俺の背中にしがみ付いて震えている女の子をどうするかだ。

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