第35話 自由な組合長
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組合長室前で聞き耳を立てていた俺は、アイシャとロードランのあまりよろしくない言い合いと雰囲気を感じ取り、間に割って入ろうと扉に手を掛けた。
しかし組合長室は、輝石の力によって結界が張られていたのだ。それもかなり高位の結界、恐らくランクは王以上の輝石だろう。
そんな強力な結界を、たった一部屋を守るだけに展開していたため、少々壊すのに手間取ったが何とかなった。
急いで部屋に入るとそこには、今まさにアイシャに手を掛けようとしているロードランの姿。
ついカッとなってしまった俺は、ロードランの事を思いっきり蹴とばしてしまった。
「――――しかし間一髪だな。もうちょっとで俺のアイシャが犯される所だったぜ」
「ありがとう……ございます。あの、サージェスさん? ど、どうして……ここに……?」
「迎えに来たんだよ。約束しただろう? メシ行こうって。シューマン達も待ってるぜ?」
「約束……ですか。そんな事のために……あなたは……」
悲しそうに目を落とすアイシャの視線は、俺の両手に注がれていた。
結界を破るために無茶をしたため、俺の両手は潰れてしまったのだ。中々見るに堪えない状態だと言うのに、アイシャは目を逸らそうとしなかった。
もちろん時間があれば自然に治癒する。俺は常人とはかけ離れた自然治癒力を覚醒させられるが、もちろん痛いのは痛い。
しかし下手をすれば、この部屋ごと吹っ飛んでいただろうからな。都合のいい輝石も持ってないし、一番安全なのは物理的にゆっくりと壊す事。そう、拳骨よ。
「ほっときゃ治るよ。それとも舐めて治してくれる?」
「舐めれば治るのですか……? それであれば……失礼します……」
「ごめん、冗談。黴菌入るかもしれないから止めてくれる?」
正直アイシャに舐められたい気持ちはあるが、どうせ舐められるならアソコがゲフンゲフンッ!!
ほんの僅かに頬を膨らませた表情と、上目遣いに睨みを利かせるアイシャの様子を見れたし満足だ。
「――――ッガフ……ッくぁ……き、貴様……!! どうやって入ってきた!?」
「おや、意外にタフだな? 内臓吹き飛ばすつもりで蹴ったんだけど」
「ふざけ……やがってッ!! 貴様は誰だ!? 誰の許可でここに来た!?」
「俺は……いえ、私の名前はサージェス・コールマンと申します。前職場をとある理由で退職し、現在就職活動中です。宜しければこの組合で雇ってもらえませんか?」
「雇います、採用です」
「ありがとうございます! 誠心誠意、皆様のお力になれるよう励む所存で――――」
「――――ふざけるなッッ!!! お前がサージェスか!! 何度言ったら分かるアイシャ!! そいつは不採用だ!!!」
胸を押さえながらも大声を張り上げるロードラン。あの様子だと骨も数本逝っていると思うが、元気なオジサンだ。
アイシャはもう大丈夫なようだな。こんな場で採用通知をしてくれるくらいだ、少し離れても大丈夫だろう。
「ロードラン、だったか? お前に話がっ…………アイシャさん? 離してくれませんか? あの人とちょっと大事な話があるのです」
「…………嫌です。置いてかないで下さい」
「置いてくって……ちょっと離れるだけ――――」
服の裾を掴んだアイシャの手は震えていた。
確かに怖い目にあって、恐怖心が芽生えたのは仕方のない事だと思うが、それはもう消え去ったはず。そうなるように俺は力を使ったのだから。
また恐怖が蘇った? だとしたら尋常ではないほど恐怖心が根強い。根本的な何かがアイシャにはあるのかもしれない。
「……仕方がないなぁアイシャちゃんは。ほら、お手手を繋ぎましょう。ね? これで怖くないでしょう? お兄ちゃんはあのオジサンと話があるから、大人しく出来るね?」
「うん……アイシャ大人しくしてる。お兄ちゃんの邪魔はしないよ? ……これで満足ですか?」
「完璧だ。最後のセリフがなければな」
「お前ら、俺を舐めているのか? ふざけやがってェェェ!!!」
アイシャは想像以上に出来る子だった。あの冷静で温かみのない表情から、天真爛漫な幼女の笑顔に大変身。そこから再び氷の女王だ。
調教すれば素晴らしい女性にゲフンゲフンッ!! 流石に妄想は後にするか。
「なあロードラン、話は聞いていたんだけど……あんた不正してたんだって?」
「小僧がッ!! 呼び捨てとはいい度胸だな!? 口の利き方に――――」
「――――黙って答えろ。それとも、もっと強い恐怖を喚び醒まされたいか?」
「あ……な……なんなのだ……き、貴様は……」
人の感情を喚び醒ます事など造作もない。少しでも俺に隙を見せれば、その僅かに浮かび上がった感情を絡めとる。
ロードランは少なからず俺に恐怖を抱いた。強固な結界を破られ、あれほどの攻撃を受ければ無理もない。
しかし流石は組合長か。普通なら腰を抜かして失禁でもするものだが、足を震わせてはいるものの、立っていられているのだから。
「ふ……ククク、はははは……不正か。確かに俺は罪を犯したな。しかし証拠はもうない! 写しとやらもハッタリであろう!!」
「そうか……具体的には何をした? 多少興味があるのだが……」
「大した事ではない! 組合連合会より回される組合資金や、冒険者達の報酬を操作しただけの事。そして……有能な冒険者を他組合に高額で売っていただけだ!」
「……冒険者を売る……? あなたはこの組合を潰すつもりなのですか!?」
「まだ潰れはしない! そこは上手くやっている! 冒険者というのは存外高く売れるものでな? いい財を築き上げてくれたものよ!!」
これが冒険者を束ねる組合の長だと言うのか。その醜悪な笑みは、まさに欲望の塊だった。
資金の着服や報酬操作はなんとなく分かる。しかし冒険者を売るとはどういう事であろうか?
まるで冒険者の事を物のように言うロードランだが、組合を選ぶのは冒険者のはず。そう簡単に他の組合に売れるとは思えない。
「まさか……サージェスさんの事も……?」
「そうだ、よく分かったな! まあその小僧は特殊だがな? 欲しいって言ってきた組合があるのだ。それも破格でだ!!」
「すげぇな俺。やっぱ滲み出る才能は隠せないのか? 俺も罪なおと――――」
「――――意味不明な不登録の理由はそれが原因ですか。そしてここ数年、上色冒険者の移籍が多いと思っていましたが、それもあなたが……」
「第一に金って奴もいるんだよ!! 誰も損はしていない、冒険者も俺もな!!」
「……組合は……この組合はどうなると言うのですか!?」
「それも話がついている。いずれ俺も移籍する予定だった!! こんな組合の事なんざ知った事ではない!!」
金に目が眩んだ冒険者の末路、といったところだろうか。
組合長になるほどの実力はあったのに、間違った方向にそれを注いでしまったと。
実に人間らしくて結構だ。欲望を持つのが人、他者の事など二の次。自分が一番良ければそれでいい、なんて自由に生きる奴なんだろう。
まぁその自由の翼も、俺の天使を傷つけた事で捥がれる運命にあるが。
そろそろ十分に溜まっただろう。後はコイツを始末して、アイシャを連れて皆の所に行くだけだ。
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