第34話 自由な私の英雄様
提示した要求を全て跳ね除け、アイシャの命を狙うロードラン。
辺りに人の気配はなく、助けに来る者はいない。
アイシャは震える心を叱りつけ、なんとか抗おうと藻掻くのだった。
「わ、私を殺しますか?」
「ああ殺す。貴様、この証拠はパメラが集めたものだな? パメラの息がかかった、そんな奴を生かしておけん」
「……それを燃やした所で無意味ですよ? 写しがないとお、思っているのですか?」
「はっはっは……どうだろうな? 確かにパメラの入れ知恵なら、二の手三の手を用意しているはずだな」
殴られた頬の痛みは消えてきたが、心の震えが止まらない。動くのは口先だけ、足は動かず逃げる事は叶わない。
ロードランの言う通り、この証拠は先代組合長のパメラが集めたもの。病で亡くなる前に、この証拠はパメラからアイシャへと渡されていた。
「パ、パメラ様は……あなたが更生するのを望んでいました。糾弾するならもっと早く出来たのです。わ、私も、それを待ちましたが……あなたは……!」
「更生などするものか! やっと組合長まで登り詰めたのだ、手放すには惜しいのだよ」
「……不正を重ねて作った、偽の玉座ではないですか。本当に愚かな人です、パメラ様はあなたの事を――――」
「――――パメラパメラうるせんだよッ!! アイツはもういない、邪魔だから始末してやったのだ!! お前、本当にパメラが病で亡くなったと思っているのか?」
「ど、どういう……事ですか……? あなた、パメラ様に何かしたのですか!?」
「ククク……はははは……別になにも? 持病を抱えていたアイツが、いつも持っていた薬を間違って捨ててしまっただけだ」
「うそ……でしょう……?」
私にとって恩人とも言えるパメラ・グレイス。しかしロードランの言う通り、パメラは病に侵されていて、いつも薬を持ち歩いていた。
そして亡くなったあの日、パメラはしきりにロードランの事を気にしていた。その時初めてロードランの不正の話をパメラから聞き、証拠物を預かったのだ。
私はすぐにでも糾弾しようとしたが、それはパメラに止められた。
パメラにとって組合の者は家族同然。それは罪を犯していたロードランも同様だと言っていたが、私は正直……甘いと思っていた。
しかし恩人であるパメラの願いだ。
パメラの言葉、想いを受け継いだ私は、ロードランの更生を信じて待ったが、願いは届かなかった。
このままではパメラが愛した家族諸共、組合は衰退し無くなってしまう。私はパメラの愛したものを守るために、この男の前に立ったのだ。
そんな家族を、この男は――――
「……ふざけるな……ふざけるなロードラン・マッケス!! お前……なんて事を……!!」
「ほぉ、デカい声が出せるんだな? 驚きだが……その怒りも、再び恐怖に変わる」
「は、離しなさいっ!! お前は、パメラ様の想いを踏みにじ――――」
「――――黙れッッ!! 小娘が、誰に口を利いている!? もう遊びは仕舞いだ、精々あの世で後悔していろ!!」
床に転がっていた私に覆いかぶさるロードラン。必死に抵抗するも、体格も力も何もかもが違うロードランに抗う事など出来なかった。
己の無力さを痛感する。私を信じてくれたパメラ様の期待にも応えられず、冒険者達の願いも叶えられなかった。
「……この……屑が……――――ッく……!」
「ほら、もっと泣き叫んでみせろ! 安心しろ、この部屋には結界が張ってある。少しくらい騒いでも、誰も来る事は出来ないからな!! 怖いんだろ!? ほら、さっきみたいに怖がって見せろ!!」
ロードランは張り手でアイシャの頬を叩き始める。力を抜いたお遊びのような張り手だが、アイシャに恐怖を与えるには十分だった。
殴られても涙などは流れない、そんなものはとうの昔に枯れ果てた。
しかし怒りに支配されていた心が、徐々に恐怖側に傾いていく。さっさと殺せばいいのに、この男は私を弄んでいるようだ。
「ほら、泣けよ!? 叫べよ!? 喚けよ!! 怖いんだろう? 男がッ!」
「うっ……くっ……し、死ね……! ……し……や、やめ、て……やめて……怖い、怖いよ……」
「はっははははは!! そうだ、その顔だ!! ほら、泣け!! 泣けよ!!」
「はぁはぁ……ごめんなさいごめんなさい……やめて、やめてください……良い子にします……アイシャ良い子にするから……やめて……お願い……」
怒りで満たされていた心は、恐怖という抗いがたいものに支配されてしまう。
過去のトラウマ。そんなものに振り回される自分が情けないが、体と心が言う事を聞いてくれない。
子供の様に頭を抱え、ただただ恐怖に耐えるだけ。抗おうとも逃げようともせず、蹲って己の心を守るだけ。
誰も助けてはくれない。今まで手を差し伸べてくれたのはたった三人だけだった。
母とパメラ。そして、私を地獄から救ってくれた英雄様。母とパメラは死に、英雄様とはそれ以後出会う事はなかった。
「なんだよ、さっきまでの威勢はどうした!? ああ!?」
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……」
「ッチ、つまらねぇな。もういい。殺すには惜しい女だが、生かしておく訳にはいかん。馬鹿な正義感を振りかざした事を後悔しながら――――死ね!」
ロードランが言っている事など頭に入ってこない。しかし雰囲気から、終わりが近い事は経験から分かった。
あの目は昔、よく見た目。興味を失った目だ。
やっと恐怖から解放される。昔とは違い、ここでは本当の意味で終わりが訪れるのだろう。
パメラと冒険者には申し訳ないが、私には……無理でした。
昔、母が言っていた通り良い事もありました。助けてくれる人もいました。しかし、幸せにはなりませんでした。
パメラ様、申し訳ございません。今そちらに向かいます。
あぁ、でも最後に、一目でいいから……英雄様にお会いしたかったな。
「……ごめんなさい……――――」
「――――謝る必要はねぇよ。よく頑張った」
「な、なんだきさ――――グウぁぁぁぁッッ!?!?」
目の前で何が起きたのか理解できない。
今まさに私を殺そうとしていたロードランが、急に視界から消え去った。
直後に響く轟音、立ち上る埃。ロードランが吹き飛ばされ、執務机にぶつかったのだとやっと理解した。
その直後、抱き起こされる感覚が体を襲った。そして頭を包む柔らかな手の感触。僅かに漂う、ロードランとは違う優しくも苦い匂い。
それらは恐怖に支配されていた私の心を、眠りについていた感情を喚び醒ました。
「――――わりぃなアイシャ。ちょっと結界を壊すのに手間取ってよ」
「…………サ、サージェス……さん……?」
「おう、サージェスさんだ。なんだよ、もう忘れちまったのか? そんな量産型の顔じゃないと思ってたんだけどな……」
私を恐怖の檻から救ってくれたのは、サージェス・コールマンだった。
なぜここにいるのか、どうして助けてくれたのか、なんで貴方には恐怖を感じないのか。色々聞きたい事はあるのだが、そんな事はどうでもよくなった。
この人は私に恐怖を与えない。この人は私に安心をくれる。
それは図らずも、最後に会いたいと思っていた英雄様、そのものであった。
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