第33話 自由な第四の選択肢
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「――――なんだと? 貴様、もう一度言ってみろ。今なら減給で済ませてやる……もう一度言ってみろッ!!」
「っ!? あ、あなたの不正を糾弾すると申しました。もちろん証拠もございます」
アイシャは手にしていた書類を机の上に放って見せた。
そこにはロードランが不正を働いた証拠、他の組合や組合連合会からの金や物資の流れなどが、事細かに記されていた。
この不正は完全なる犯罪行為。通常であればクロウラ守備隊などを引き連れて糾弾するものであるのだが、アイシャはこれを切り札としてロードランに提示した。
「き、貴様……これを、どこでッ!!!」
「入手経路などどうでもいい事、問題はここからです」
「な、なんだと!? 何をしようと言うのだ!!」
「私はこれを、クロウラ守備隊に渡すつもりは現時点ではございません。あなたと交渉がしたいのです、ロードラン組合長」
「こ、交渉だと? 貴様、何を考えている!?」
ロードランが動揺しているのは誰の目から見ても明らかであった。
それが意味する事は言うまでもない。この男はハッキリと罪だと認識していたのにも関わらず、私腹を肥やし続けたのだ。
動揺しアイシャの言葉に反応しながらも、ロードランはキョロキョロと辺りを見渡す素振りを見せた。他の者がいないかどうか気配を探っているようだ。
残念ながらこの場に私の味方はいない。クロウラ守備隊はおろか、ロードランの不正を認知している他の組合職員もいない。
この不正は、職員全員で動くつもりで画策していた。今回のこれは完全にアイシャの独断による暴走。
サージェスを始めとした冒険者のために、糾弾の日を早めたのだ。
「ロードラン組合長。私の要求を飲んで頂けるのであれば、この不正の証拠は廃棄します」
「…………」
「私は別に悪を裁く正義ではありませんので。この組合と、冒険者達を守れると言うのなら法を犯しましょう」
「……証拠はこれで全部だと? 写しがあるのではないか? そんな要求はのめん」
それはアイシャにとって思った通りの反応であった。出来ればそこに気づいてほしくはなかったが、この男も馬鹿ではない。
しかし覚悟は決めた。もし最悪の状況になっても、私が我慢すればいいだけの事。
「先ほど辺りの気配を窺っていましたよね? 誰かいましたか? なんなら時間を差し上げますから、見てきても宜しいですよ?」
「……馬鹿にするな。これでも元上色の冒険者だ。この付近に誰もいないのは分かっている」
「ならなぜ私が一人でここに来ると思うのですか? それは貴方と交渉したいからです。写しがない事の証明は出来ませんが、他に知っている者がいれば連れてきています」
「……なるほど。男が怖いお前が一人で来る訳ないと? 写しはあるかもしれないが、この事実を知っているのはお前だけという事か」
「仰る通りです。この様な不正が外に漏れれば、組合にとって大打撃。それは私の望む所ではありません。こちらの要望を飲んでくれると言うのなら、証拠は全て破棄するとお約束いたします」
「……ッチ。まずは話を聞いてからだ」
ロードランは舌打ちをし不快感を露にするも、聞く耳を持たないという状態ではなさそうだ。
腕を組みアイシャの言葉を待つロードラン。先ほど火を付けた煙草は、ほとんど吸っていないのに燃え尽きていた。やはり動揺はあるようだ。
「私の要求は二つです。一つは先ほど申しました、サージェス・コールマンの冒険者登録の許可を」
「……もう一つは?」
「――――組合長の座をお降り下さい」
それが狙いの全て。アイシャにとって、この組合にとって最も重要なのは、頂点に君臨する癌の排除。
このロードランが頂点に座している限り、自由な片翼に未来はない。
二つも要求を提示したのは、本人にとってマシな方を選択してもらうため。
要求が一つだけならば、飲むか飲まないかの究極の二択になってしまうが、要求が二つならば片方の要求だけを飲むという、第三の選択肢が生まれる。
ベストは組合長を辞めてもらう事だ。そうすれば新たに組合長となったものが、サージェスの冒険者登録を許可する事だろう。
しかしこの強欲な男が、それを飲むとは思えない。であるのならば妥協案として、サージェスの登録だけは許可するという方向に舵を取るはず。
二つともに無下にする訳がない。そんな事をすれば不正を暴かれてしまうのだから。
写しがないとも思っていないだろう。登録許可をして、時間を稼ぐといった考えもあるかもしれない。
サージェスが自由な片翼の冒険者となれば、力になってくれるだろう。時間は要するかもしれないが、彼の助力があれば組合長を引きずり下ろす事は出来るはず。
「……組合長を辞職しろと。俺にこの組合から去れと言うのか?」
「そこまでは申しません。組合幹部でも組合長の相談役でも、なんにでもなるといいでしょう。しかし組合の全権を握る、組合長の椅子からは降りて頂きます」
「そうか。なるほどな、そういう事か……」
ロードランは立ち上がり、執務机の方に歩いて行った。
その行動に一瞬恐怖を覚えるが、ここで下手に出る訳にはいかなないと、気を張りロードランの行動に目を向ける。
机から何かを取り出したロードランが戻って来る。しかしソファーには腰かけず、アイシャすぐ傍で仁王立ちをしている。
手を伸ばせば届いてしまうそうな距離、そして漂う不快な匂い。無意識に体がロードランから離れようと動いてしまう。
しかしロードランは手に何かを持っていた。それは組合長しか使用する事を許されない、輝石を用いた特殊な印。
今回で言うと、サージェスの冒険者登録には、あの輝石を使った押印が必要だ。
それを見たアイシャは、予想通り第三の選択肢を選んだのだと確信した。
「組合長の座を降りる訳にはいかん。その要求は飲めない」
「……そうですか。交渉決裂という訳でしょうか?」
「俺は組合長の椅子に座り続ける。しかし、サージェスの登録だが……」
ロードランは机に置いていた、サージェスの冒険者申請用紙を手に取った。
後はその用紙に押印をすれば終わりだ。その用紙に押印をした瞬間、お前の組合長人生終了のカウントダウンが開始される。
いいや、この組合から去ってもらう。この組合にお前の味方はいない。更にサージェスという強力な断罪者を、お前は自ら作る事になる。
早く押せ。一刻も早くお前から離れたい。次の組合長は女性がいいものだ。
――――なんて事を考えていた時だった。
「――――サージェスの登録も認めない」
申請用紙は破かれ、燃やされた。
そしてその足で、不正の証拠が記載されている書類に近づくロードラン。
あろう事か、証拠書類を燃やし始めるのだった。
「――――ッ!? ど、どういうつもりですか!? あなたは何を――――うっ!!」
慌てたアイシャが書類を守ろうと動き出した時、ロードランから鋭い張り手が飛んできた。
それを避けられるはずもないアイシャは、強烈な痛みと共に床に倒れ込む。
そして込み上がって来る恐怖心。体は震え、声を出す事すらままならなくなる。
「アイシャ、選択肢はもう一つあった。お前を殺し、証拠を全て始末する。俺が選んだ選択肢は、それだ」
第四の選択肢を選び、証拠を燃やし尽くしたロードランが、ゆっくりとアイシャに近づく。
引退したとはいえ、元金色の冒険者。体は多少衰えたが、現役の冒険者ですらロードランに勝つ事は難しい。
それがアイシャならなおの事、抗う事は不可能だった。
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