第32話 自由なアイシャの覚悟
ロードラン・マッケス組合長がいる室内に足を踏み入れた、アイシャ・ログレス。
彼がサージェスの不登録を指示した張本人である。この組合長を説得できない限り、サージェスが自由の片翼の冒険者になる事は出来ない。
全ての冒険者の登録には、組合長の許可が必要となっている。それはこの組合が特別なのではなく、全ての組合がそうであった。
しかし連日訪れる多くの新人冒険者、それを一人の組合長が捌くなど不可能だ。
そのため、組合長の許可は通過儀礼となっており、ほとんどが職員採用となっている。
今回のサージェスの不登録が、不自然であるのは明白だった。秘密裏に他の職員とも接触を図り情報を収集してみたが、サージェスの不登録に関わっているのはこの男だけのようだった。
冒険者達の願いであり、自由な片翼にとっても利のあるサージェスの冒険者登録。
アイシャは組合のため、冒険者のため、なによりサージェス本人のために、必ず登録させてみせると意気込んだ。
「――――組合長。サージェス・コールマンの件で参りました」
「……だろうな。随分と騒がしくしたものだ、この部屋まで聞こえてきたぞ?」
「申し訳ございません。しかしその騒動のお陰もあり、サージェス・コールマンがいかに有用であるのかを再認識しました」
「有用……か。冒険者としては役に立つかもしれないが、組合としてはそうは思えん」
「……どういう意味でしょうか? 組合にとっても利のある話です。サージェス・コールマンは赤依頼を難なく完遂しました。自由な片翼初の、
「ふぅ~……」
相変わらず、意味の分からない事を言うロードランに苛立つアイシャ。
表情も声色にも変化はないため、大多数の者は苛立っているとは思わないだろうが、分かる者には分かるだろう。ロードランが気づいているのかは定かではないが。
ただでさえ男性を苦手としているアイシャ。組合長との距離は机を一つ挟んでいるだけのため、アイシャは何かあった時のためにずっと気を張っていた。
そして何よりその煙草。風穴の輝石はある筈なのに、面倒だと言ってロードランは使う事をしなかった。
不快な匂いが漂う室内で、アイシャは今にも逃げ出したい気持ちに襲われるが、グッと堪えて話を続ける。
「先も話しましたが、この自由な片翼の情勢は芳しくありません。黒色冒険者の在籍はなく、金色冒険者の数も四大組合で最も少ないのです」
「それは分かっている。しかしそれとこれとは話が別なのだ」
「別だとは思えません。サージェス・コールマンは間違いなく金色以上の冒険者になります。いいえ、黒色になると断言してもいいです。そのような人物を、他の組合に取られてもいいと言うのですか?」
「はははっ! 随分とサージェスの事をかっているようだな? お前にしては珍しい。男に恐怖を覚えるお前が、惚れたとでも言うのか?」
「……ふざけないで下さい。私はこの組合のために動いているだけです」
ロードランの言った通り、アイシャは男性を苦手としているのではなく、男性に恐怖を覚えている。
それは尋常ではない恐怖感であり、彼女の根に植え付けられた忘れがたい日々が原因であった。
「この組合のためだと? 違うだろ? お前は組合のために動いているのではなく、パメラ・グレイスのために動いているだけだろう?」
「……パメラ様のためでもあり、組合のためでもあります。もちろん、あなたのためでもあります。嘘ではございません」
パメラ・グレイスとは、ロードランの前に組合長を務めていた人物。
数年前に病で亡くなったパメラの後を引き継いだのが、このロードランと言う訳だ。
「ふんっ! パメラ肝煎りのお前の言葉など信じられるか!! 忌々しい女だ……死んでもなお俺を苦しめるか!!」
「……パ、パメラ様の……事を悪く言うのは止めて頂けますか? 先代には……敬意を払うべきだと……思います」
声を荒げて怒気を露にしたロードランを見て、恐怖の感情が呼び起こされてしまったアイシャ。
体の震えを悟られないように抑え込むが、中々いう事は聞いてくれなかった。
このロードランという男は、先代組合長であったパメラとよく衝突していた。主にどちらが組合長になるかという衝突であったが、パメラを組合長にという声の方が大きかった。
「敬意だと? ふざけるなよアイシャ!! どいつもこいつも俺とパメラを比較しやがって! お前も俺を馬鹿にするつもりかッ!?」
「ひっ……そ、そういうつもり……は、ございません。ど、どちらも優れた……組合長です……から」
「……まぁいい。取り乱したようだ、謝罪する」
顔を険しくしたままロードランは深く椅子に座り直した。
ロードランとの距離が離れた事により、落ち着きを取り戻し始めるアイシャ。
体の震えが収まるのをまってから、ゆっくりと話を再開させた。
「……ともかく、サージェス・コールマンの登用は利と判断します。冒険者登録の許可を、お願い致します」
「…………許可できない。サージェスは不登録だ」
そして告げられる宣告。前回となんら変わりのない意味不明な言葉。
ここでなにか納得できる説明などがあるならまだしも、このロードランという男は腕を組み顔を顰めるだけで、とても話そうと言う雰囲気は感じられない。
しかし、前回のように簡単に引き分けにはいかない。約束したのだから。
「……理由をお聞かせ下さい」
「先も言った。お前が知る必要はない」
「申し訳ございませんが、今回ばかりは引く訳に参りません。どうしても、お教え頂けないと仰るのですか?」
「
これ以上は時間の無駄だろう。このまま問い続けても、ロードランは絶対に話はしないとアイシャは悟る。
しかし今回は引くつもりはなかった。それはサージェスの登録を目指す意味で引くつもりはないという事と、もう一つ理由があった。
ここらが潮時。もうロードランにはついて行けない。
これは先代組合長、パメラ・グレイスが愛した組合を守るために必要な事。
そしてアイシャは恐怖心を精一杯抑えながら、覚悟を決めロードランへと牙を剥く。
「……お話頂けないと言うのなら仕方ありません。こちらも切り札を切らせて頂きます」
「切り札だと……? お前は何を言っている――――」
「――――あなたが行ってきた
――――――――
――――――――
アイシャを追って組合の二階を彷徨っていた俺は、人の気配がする部屋の前で足を止めていた。
どうやらそこは組合長室のようで、アイシャが進言すると言っていた相手とは、組合のトップである組合長のようだった。
「流石に入らねぇ方がいいな。もしかしたら俺の最上司になるんだし」
入れないのなら、中の会話を盗み聞こう。
それなりに防音はしっかりしているようだったが、俺にはキチンと聞き取る事ができた。バレたらヤバイかもしれないが、バレなきゃいいんだ。
そして、それが起こったのはアイシャ達が話し合いを始めてすぐ、扉に背を預け聞き耳を立て始めた時だった。
廊下の先に不穏な気配を感じたのだ。即座に物陰に隠れやり過ごそうとしたのだが、いつまで経ってもその気配は動かなかった。
そうこうしている内に気配は消え、俺は物陰から部屋の前まで戻ったのだが……その時だった。
先ほど気配を感じた廊下の奥から、何かが転がってくるのが見えのだ。
流石に警戒したが、それはどうやら輝石のようで、真っすぐと俺の方へと転がって来て足にぶつかった。
「……この輝石……一体どういう……」
転がってきた怪しい輝石を疑いつつも、俺はアイシャ達の言葉に再び耳を傾けだすのだった。
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