第31話 自由な気になるあの子
アイシャの口から出た言葉は三人が予想していない言葉であった。
登録はできない。サージェスの冒険者登録を、自由な片翼は認められないと言ったのだ。
サージェスの実力に疑問があったからこその赤依頼だったはず。隠した理由が不明瞭で、それは災いを
しかしこうも言っていた。いきなり現れた新人が、赤依頼という高難度の依頼を達成する事が出来たのならば、目立ちたくないから実力を隠したのだと判断すると。
その通りだろうとシューマン達は思った。実力はあっても、冒険者じゃない奴なんて大勢いる。
サージェスもその一人。新人が規格外の強さを持っているという噂なんて、あっと言う間に広がるだろう。
それを知られたくないというのは本人の自由。サージェスは知られたくないから隠した、別におかしな事ではないと思う。
シューマン達の疑惑もあって、絡み合ってしまったサージェスの実力隠蔽だが、もう問題は解決したはず。
シューマンは事実を言っていた。サージェスが実力を隠したから証言が食い違っただけの事。隠したのは目立ちたくないから、それだけの事。
登録できないなんて、納得できるものではない――――
「登録できないって……どういう事だよ!? アイシャさん!」
「納得できません! サージェスさんは赤依頼を完遂したんですよ!?」
「朝霧の道との騒動も、サージェスさんが解決したようなものです。それなのに組合は、認めないと言うのですか?」
アイシャに疑義を呈するシューマン達三人。いずれの表情も焦りというより怒りが浮かんでいた。
その目を受けたアイシャではあったが、いつも通りの冷やげな目で彼らの視線を受け止める。そして静かに語り始めた。
「まだ出来ない、そう言ったのです。詳しくはお話しできませんが、サージェスさんは一度、当組合において不登録処理が施されました」
「ふ、不登録……? ど、どいう事だよ!? あんたストップをかけるって……」
「はい、ですから私が不登録にストップをかけました。もう通知はされてしまっていましたが、組合内での処理には私がストップをかけています」
淡々と話すアイシャ、嘘を言っている雰囲気はない。
しかし処理にストップ? なに言ってんだコイツ。ストップどころか、ガッツリお祈りされたんですけど。
「なるほど。つまりアイシャは、俺の事をどうしても組合に就職させたかったと。愛されてるなぁ~俺」
「……まだ愛していません。それは間違いですが、サージェスさんの事を当組合に登録させたかったのは本当です」
「まだって言いましたよ、この女」
「まだって言ったね、この女」
「お前ら、ちょっと黙っとけ……」
やはり俺は、一度不採用になったのは間違いないようだ。
組合としての決定は不採用。しかしアイシャはそれに待ったをかけた。赤依頼を受けさせ俺の実力を把握、報酬なしという試練を与えて俺の人なりを調べたといった所か。
「私には新人に対する登録権限が与えられています。最終的に組合長の許可は要りますが、余程の危険人物でもない限り、私の判断で登録させる事はできます」
「えっと……つまり?」
「サージェスさんの事は、あなたが登録してくれるという事ですか……?」
「はい。私の権限で、サージェスさんの登録を組合長に進言致します」
「ほ、ほんとうですか!? 良かったですね! サージェスさん!」
「……ああ、そうだな」
ルルゥの言葉を皮切りに、シューマン達が喜びの声を上げ始める。
他人の事をまるで自分の事のように喜んでくれるコイツらに好感を覚えるが、俺はどうしてもアイシャの様子が気になってしまった。
アイシャの目が一瞬、下を見た。それは本当に一瞬で、周りはもちろん本人ですら気づかない本能的行動であった。
何かを隠している……というよりは――――
「――――それでは、これからサージェスさんの登録を進言して参ります。時間は掛かると思いますので、明日またお越し頂いても宜しいですか?」
「分かりました! 宜しくお願いします、アイシャさん!!」
「……では、失礼致します」
そう言って彼女は応接室から出て行った。
扉が閉じられる前、再び俺は見てしまった。
目の前に俺達がいた時とは違い、繕う事をする必要がなくなったアイシャの表情は、見た事がないほどに重く沈んでいた。
「……あいつ、なんであんな顔――――」
「――――よっしゃサージェス!! 今日はパーッといこうぜ!? 報酬も輝石も手に入ったんだ! 少しくらい高級店でも問題ない!」
「そうしましょう! 赤依頼の達成記念と、サージェスさんの冒険者登録記念!」
「賛成です! でもその前に……お、お風呂、入りませんか?」
宴会の事で盛り上がる三人に空返事をしながら、俺はアイシャの事を考えていた。
あの暗い表情は間違いなく俺のせいだろう。間接的にではあれ、俺が原因の一部なのは間違いなさそうだ。
別に放っておいてもいいんだが……約束したからな。メシに行こうって。
「悪いシューマン! ちょっとだけ野暮用があってよ? 先に行っててくれないか?」
「そうなのか? なら俺達は輝石を売ってから……一夜の過ちに集合でいいか?」
「ああ、それでいい。じゃあエミレアとルルゥも、また後でな?」
「分かりました、お待ちしてます!」
「なるべく早く迎えに来てくださいね!」
手を振り離れていくシューマン達を見送った俺は、アイシャが向かっていった組合の二階に忍び込もうと画策する。
職員以外立ち入り禁止とある区画だが、輝石による結界などが張られている気配はない。この程度であれば忍び込むのは容易い。
「さて、じゃアイシャを迎えに行くか」
――――――――
――――――――
サージェスの事を組合に登録させようと、アイシャは書類を持って組合長室まで足を運んでいた。
組合長にサージェスを不登録にしろと言い渡されてから、完全に独断で動いていたアイシャ。
組織の一職員としては考えられない行動であったが、組合の事を第一に考えての行動だった。
アイシャはとある事情からこの組合やってきた。そのとある事情により、男性に恐怖の感情を抱いており、彼女の事を苦しめていた。
いつも冷静に見えるが、実は男性が近くにいる時はかなり我慢している。接触なんてもってのほか、接触されれば心が恐怖に支配され発狂してしまう。
そんな時に現れたのがサージェスだった。サージェスも他の男と同様に恐怖の対象だったのだが、なぜか触れられても恐怖が呼び起こされる事がなかった。
とても不思議な感覚だった。手を握られるどころか抱きしめられたと言うのに、恐怖も不快もまったく感じなかったのだから。
そこから更に特別視するようになったが、今のこの行動はサージェスのためではない。
もちろん多少は含まれるが、それよりも自由な片翼のため。そして冒険者のために、サージェスは必要な人材だと確信していたからの行動であった。
サージェスの登録を喜ぶ、三人の冒険者の顔が頭から離れない。そしてサージェスも優しく私に微笑んでくれた。
そして一番は、私を助けてくれたあの人達との約束のため。いつまでもこの組合を、あの男の好きにさせておく訳にはいかない。
失敗は許されない。失敗した後の事を考えるととても胸が苦しくなり、冷静さを保てなくなる。
頭を軽く振って感情をリセットしたアイシャ。大きなプレッシャーを背負いながらも組合長室の扉をノックした。
「――――アイシャ・ログレスです。お話がございます」
「…………入れ」
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