第26話 自由な確定した嘘

 





 一騒動を起こしたサージェスだったが、その後は打って変わって静かになり、組合内にある一角でアイシャ達組合職員に報告を行っていた。


 報告の内容は大きく分けて二つ。一つはミーズィ達がシューマンの事を置き去りにして、尚且つ嘘の報告を組合に行った事の自白。


 もう一つはアイシャに依頼されていた赤依頼の完遂報告である。


 少し大きめのテーブルを挟んで向き合う二つのパーティー。一つはシューマン達、もう一つはミーズィ達である。


 両者の雰囲気はお世辞にも良いとは言えない。上座に座るアイシャ達組合職員や、それを護衛するクロウラ守備隊の面々の表情も険しい物だった。



「――――それでは、お話を聞かせて頂きます。両パーティーとも、宜しいですか?」


「はい」


「あいよ」



 すっかりいつもの表情となったアイシャ仕切りの元、淡々と話が進んで行く。


 初めはシューマン達やミーズィ達の無事を喜ぶ社交辞令から始まったが、そんなのは早々に切り上げ、アイシャはついに本題を切りだした。



「では、朝霧の道からのシューマン様脱退騒動についてですが……今一度お二人にお聞きします。以前頂いた報告に、誤りがあった……という事がございましたらお聞き致します」


「特にありません」


「…………」



 アイシャの厳しい目がシューマンとミーズィに向けられる。嘘を付いたのならここで白状しろと、誰が見てもその目はそう言っていた。


 ある意味ここで白状するのが最も自然な流れであり、最も傷が少なく済む弁明の場。


 下手に嘘を重ねてそれが露見してしまった場合、最悪の結末となるのは間違いない。


 しかしミーズィは、ギラつく目でシューマンを睨むだけで何も語ろうとはしなかった。



「……シューマン様、ミーズィ様。両者ともに、特に言う事はなにもない……それで宜しいですか?」


「はい」


「……特に何もないね」



 この期に及んで何を考えているのかと、シューマンはミーズィを睨みつける。


 それを受けてもミーズィは自信満々。土下座をしてシューマンに謝罪した姿はどこにもなかった。



「……ではエミレア様、そしてカマロ様達。あなた方からは何かございますか?」


「私からは特にありません」


「お、俺達は……俺達も……何もない」



 ハッキリと言葉を口にするエミレアに対し、弱弱しい口調と態度で言葉を発するカマロ達。


 その様子に何か言いたい事があるのかと、アイシャは短い時間沈黙するが、それ以降カマロ達からは何の言葉も出てこなかった。



「……では、再度確認させて頂きます。シューマン様、あなたが朝霧の道から輝石を盗んで逃げたとの証言がございますが、本当ですか?」


「俺は盗んでいない」


「ミーズィ様。あなた達がシューマン様を裏切り、悪魔の群れの前に置き去りにした……本当ですか?」


「…………」


「ミーズィ様? あなたにお聞きしています。沈黙は事実を認めると判だ――――」

「――――そんな事する訳ないでしょ? シューマンは輝石を盗んで、自分から悪魔の群れに突っ込んだだけよ」



 確定してしまう。ミーズィは自白するつもりはないと。


 ミーズィの発言に、どこか伏し目がちなカマロ達ではあったが、特に何も異議を唱える事なく黙っていた。ここに来る途中に打ち合わせでもしたのだろう。


 そしてその言葉で行動を決めたシューマンが、言葉を発する。



「……お前、助けてやったよな? もう忘れたってのか? 自白するって言ったよな!?」


「助けた? 自白? 何の事かしら? 私達はアンタを助けるために森に戻った、そしてアンタを見つけてクロウラに戻っただけじゃない。何を言ってんのよ」


「……ミーズィ。最後のチャンスだぞ? いいんだな?」


「……っはん! チャンス? なんのチャンスだってのよ!? アンタこそさっさと白状しなさいよ!!」



 何がここまでミーズィに自信を与えるのか、シューマン達には理解不能であった。


 カマロ達と違い一切ブレる事がないミーズィ。


 その器は大したもので、リーダーの器ではあるのだろうが、その方向性は残念としか言いようがなかった。



「大体エミレア! アンタもパーティーの物資を盗んだわよね!?」


「そ、それは……はい、盗みました。でもそれは――――」

「――――ほらやっぱり! 盗人と一緒に行動する男の言葉なんて嘘に決まっているじゃない!! コイツらは盗人よ!? さっさと裁きを――――」

「――――論より証拠。そうだろ? 気の強い姉ちゃん」



 しばらく黙って事の成り行きを見守っていたサージェスが口を開いた。


 口を出すつもりはなかったようだが、いつまでもウダウダとする場に痺れを切らしての発言のようだ。


 サージェスの静かな声はミーズィの勢いを殺し、場は落ち着きを取り戻す。



「な、なによアンタ? 部外者は黙ってなさいよ」


「部外者がこんな所に座ってるかよ。さっさと証拠を出せ。俺は早く終わらせて、アイシャとメシ食いに行きたいんだよ」



 サージェスの言葉にピクリと反応を見せるアイシャではあったが、すぐにサージェスから視線を外しミーズィへと移動させた。


 ワザと紳士を装っている事には気づいていたが、ここまで変化すると思わなかったし、いきなり呼び捨てにされるとも思ってもいなかったが、今はそんな事を考えている場合ではない。



「大体お前、シューマンを助けに戻ったと言ったが、俺が駆けつけた時に転がっていたのはお前達じゃないか? それは救出隊も見たんだぞ?」


「あぁあれはね、情けないけど不覚を取ったのよ。全滅しかかっていたシューマン達に輝石を全て使ってしまったから、自分達の回復が出来なくてねぇ……」


「ミ、ミーズィさん!? よくもそんな嘘が付けますね!?」


「嘘? 私が嘘を言っているというの? 証拠はあるのかしら?」


「しょ、証拠は……だって、助けたのは……私達じゃないですか……」


「誰も盗人の言葉なんて信じないわよ? それにね……私にはちゃんと証拠を提示する事が出来るのよ!?」



 そういって不敵な笑みを浮かべるミーズィ。その目はシューマンを向いていた。


 ミーズィ達が証拠を提示できると言うのは予想外。サージェスに動揺は見られなかったが、シューマンは明らかに動揺していた。



「しょ、証拠だと……? な、なんだってんだよ?」


「あっははは! アンタ……解痺の輝石を持っているだろ? 私はねぇ、見てたんだよ。輝石を隠すアンタの姿をねぇ!!」


「そ、それは……」


「おかしいねぇ? 私達の麻痺を回復できたのに、なんでしなかったのさ? ギリスは危ない状態だったんだよ? せめてギリスには使うべきだったんじゃない?」



 完全に動揺してしまったシューマン。助けを求めるようにサージェスに視線を送るが、当の本人は知らん顔して明後日の方向を向いていた。


 サージェスの策が裏目に出た。


 襲われる事を危惧して麻痺を回復させなかったが、そんなのは仮定論でしかない。誰がそんな妄言を信じると言うのだろうか。



「お、お前達に……襲われる事を危惧して……回復させなかっただけだ」


「私達がアンタ達を襲うぅ? あっはははは!! なによそれ? ばっかじゃないの!? 救出隊の申請までしてアンタを助けに行った私達が、なんでアンタを襲うのよ!」


「……シューマン様。お体を改めさせて頂いても宜しいですか?」



 アイシャの言葉で動き出した男性職員。シューマンが本当に輝石:解痺を所持しているのかの確認をするため、近づいていく。


 その行動を手で軽く制したシューマン。絶望的な表情をした彼は、懐からゆっくりと輝石を取り出しテーブルに置いた。


 それは紛れもなく、解痺の単発輝石であった。



「ほぉらやっぱり!! 持っていたのにアタシ達を回復させなかった! ギリスは死ぬところだったにも関わらず!! その理由は一つでしょ? 邪魔だったのよね? 私達が……真実を話す私達の口を塞ぎたかったのよねぇぇぇ!?!?」


「ち、違うッ!! お、俺は……!!」


「何が違うのよこの人殺し!! 救出隊が間に合わなければギリスは死んでたのよ!? 冒険者の命よりも優先させる理由があると言うのかしらぁぁぁ!?!?」


「……救出隊の方々をここに。救出時の状況を確認します」



 冷静なアイシャの言葉を聞いた職員が、奥で控えていた救出隊の元へと向かって行った。


 救出隊にも解痺の輝石はないと伝えたのだ。それが本当はあったという事がバレてしまう。


 ついに確定してしまった嘘。


 今まではどちらも嘘を付いているのかいないのか判断できなかった状況だったが、確定した最初の嘘はシューマン達の嘘であった。

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