第25話 自由な融氷伝説
シューマン達は蟻蜘蛛の時と同じように連携しつつ、全ての黒蜂を撃退していた。
針の攻撃を何度か食らったシューマンだったが、エミレアが準備していた単発輝石:解痺により麻痺を治し、即座に戦線に復帰する。
シューマンが敵の攻撃を引き付けている間に、エミレアとルルゥが遠距離から敵を一気に殲滅していく。
それは特別優れている光景ではない。普通のパーティーであれば出来て当然の連携であった。
「――――シューマン。解痺の輝石はもうないのか? 俺達の事は……その……」
「悪いなカマロ。もうないんだ。もう一人の仲間が救出隊を呼びに行っているから、少し待ってくれ」
「わ、分かった……しかし、ギリスの奴が危ない。そう長くはもたない」
「大丈夫だ、来たみたいだぜ?」
少し離れた所から、手を振り向かって来るサージェスの姿が見えた。
その後ろには数人の救出隊の姿もある。カマロ達の麻痺は即座に回復されるだろう。
先ほどシューマンは解痺の輝石はもうないと言ったが、それは嘘であった。
なぜカマロ達の麻痺を回復しなかったのか。それはサージェスの指示があったからだった。
サージェス言っていた。麻痺を治せば襲われる可能性があると。そうなれば分が悪い。シューマンとエミレアは黄色の冒険者、ルルゥに至っては白色だ。
それに対し、ミーズィとカマロは一つ上の緑色冒険者。地力ではシューマン達の上を行く。
しかし今回の作戦は、当初サージェスが描いた作戦とは大幅に変更されていた。
それは他でもない、シューマンの頼みがあったから。そのシューマンの頼みを受けて、サージェスは作戦を変更した。
シューマンは言ったのだ。ミーズィ達に、チャンスをあげたいと――――
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――――――――
ミーズィ達の麻痺を救出隊の輝石で癒やした後、俺達は冒険者組合へと戻って来ていた。
救出隊とは組合内で別れ、俺達とミーズィ達は受付へと向かっていく。
そこで受付をしていたアイシャの姿を見つけたシューマンは、彼女に依頼達成の報告をするのであった。
「――――アイシャさん! 戻りました! 依頼達成です!」
「……ご苦労様でした。それでは応接室……は今一杯なので、あちらでお話を伺わせて頂きます」
シューマンの報告を受けたアイシャが若干の驚きを見せた。
いつも冷静な彼女にしては珍しかったが、赤依頼が僅か二日程度で完遂された事に対する驚きであった。
ぞろぞろと組合の端に設置されている、簡易なテーブルがある場所に移動する面々。
その光景は物々しい雰囲気もあって、組合内にいた冒険者の興味を引いていた。
「おっほ! あの人マジ美人じゃん! やっぱ俺も自由な片翼がいいな~……ちょっと挨拶してくるね!」
「アイツ、ほんと緊張感ないよな……」
「まぁ、サージェスさんですから……」
「サージェスさんですからね……」
意気揚々とアイシャに向かって行くサージェスを見て、苦笑いを浮かべるシューマン達。
エミレア達はあまり面白くなさそうではあるが、あの女好きを止められる訳がないと諦めていた。
「初めまして! 私、サージェス・コールマンと申します! あなたのお名前もお伺いしても?」
「……アイシャ・ログレスと申します。以後お見知りおきを、サージェスさん」
「そ、そんな怖い顔しないで下さいよ~……そうだ、仲良くなるには握手から始めるものだと思うのです! そんじゃ、握手――――」
「――――ひッ!? い、いやぁっ!!! 触らない……で……あ、あれ……?」
「そ、そんなに嫌でした……? ちょっとショック……ちゃんと手は洗ってるのに……」
シューマン達は急に声を荒げたアイシャの様子に驚くが、それ以上に驚いたのがミーズィ達や、組合内にいた一部の冒険者達であった。
アイシャは男嫌い、それも極端に男性との接触を嫌がるとの事で有名だった。知らない者も多いが、アイシャは雰囲気でそれを伝えるためにすぐに気づくのだ。
書類の受け渡しの際でさえ、相手が男性だとアイシャは細心の注意を払って受け渡しする。そんな事をされて気づかない男性はあまりいない。
そんな彼女に果敢にも挑んだ愚か者。しかしその愚か者の手は、アイシャの手を掴んで離さなかった。
それどころか、アイシャは驚きつつも頬を染めるだけで、嫌がっているようには見えなかったのである。
「し、失礼致しました。あの……それで、いつまで握手しているのでしょうか?」
「せっかくなのでこのままテーブルまで行きません?」
「普通、私が嫌がった時点で離すものではないですか? よく掴み続ける度胸がありますね」
「離したくなかったものですから。では参りましょうか、お嬢様。お足元にお気を付けください」
「……不思議な人ですね」
そのまま手を繋ぎながら歩いて行く二人。
辺りはシーンとなり、アイシャの男嫌いに気づいていない冒険者は、周囲の異様さに気づき騒めき始める。
開いた口が塞がらないのは、アイシャの男嫌いを知っている冒険者達。接触どころか、隣に男性が立っている所すら見た事がないほどだったのに。
そのアイシャが今、自由な片翼のアイドルであるアイシャが今、男性と手を繋いで歩いていた。
「……あの、貴方は女性……だったりしますか?」
「は? あんたなに言って……っと失敬。私は男性ですが……見ますか?」
「な、なにを見るのでしょうか……? なにか怖いので、止めておきます」
「しっかり男性ですよ? あなたの美しさに心奪われた、ただの男です」
「あ、ありがとう……ございます……」
開いた口が塞がらない冒険者、ついには目まで言う事を聞かなくなり見開き始める。
目がおかしくなったのだろうか? あのアイシャが……照れているなど。
「「「「「う、うそだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」
「随分騒がしい組合なのですね、ここって」
「……はい、うるさいです……」
「「「「「お、俺達のアイシャちゃんがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」
「あんなうるさい人達を相手にするのは、さぞ大変でしょうね。頑張ってください!」
「……はい、大変です……」
「「「「「なんなんだあの野郎はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」
「ところで、今晩ってお暇ですか? お食事でも行きませんか?」
「……はい、行きたいです……」
「「「「「死ぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」」」」」
暴動を起こし始めた冒険者を治めるべく、組合職員達が動き始めた。が、女性職員ばかりで、男性職員は冒険者と同じように騒ぎ始めていた。
そんな喧騒の真っただ中にいる二人は、そんな事お構いなしに自分達の世界を展開。
テーブルに付くまで繋いだ手は離さず、さながら付き合いたての恋人のような雰囲気だったと言う。
この事件は後に、融氷伝説として語り継がれる事になる。氷の女王の心を融かした愚か者の話。
盛大な脚色、尾ひれが付きある事ない事様々だった。
しかしどの話にも共通して登場する者達がいる。鬼のような表情をした女性が二人と、笑いながら泣いている男性の姿。
その目はいずれも、恋人達へと向けられていた……というお話。
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