第24話 自由な土下座

 





――――――――

――――――――



 エミレアとルルゥ、そしてシューマンの三人は、黒蜂に襲われている朝霧の道の様子を少し離れた所より窺っていた。


 すぐに参戦しないのはサージェスの作戦の一つ。黒蜂の攻撃は麻痺針のみで、それは体に強力な麻痺を及ぼすというもの。


 そのためすぐには死なない。体の自由が少しずつなくなり、最後には……といった形だ。



「……せめてもの復讐だ。少しくらい苦しめ!」


「シューマンさん、悪い顔してますよ?」


「あはは……まぁ、仕方がないよ。私が言える事じゃないけど……」



 現在の朝霧の道の状況は、四人のうち二人が倒れているという状況だ。


 まだ戦闘を続けているのは、リーダーのミーズィという兎耳種の女性。そしてカマロという人間の男であった。


 倒れているのはレクタとギリス。これはどちらも長耳種の男だ。この二人は様子から、体が動かなくなるほどに麻痺針を受けたのだろう。


 そしてそれを回復しないという事は、思った通り奴らには麻痺を回復させる手段がないという事だ。



「――――ミーズィ!! このままでは全滅だぞ!?」


「ったく使えない男どもね!! 黒蜂相手になにやってんのよ!?」


「救出隊と別行動を取ったのが原因だろ!! 輝石:解痺は救出隊が持っていたのだぞ!?」


「うっさい!! シューマン達がもし生きていたら、マズいって言ったのはアンタでしょ!! 救出隊より先に見つけなきゃならないって!! アンタ達がノロマだからこんな事になったのよ!!」



 同じ兎耳種だというのにルルゥとは大違い。凶悪な表情と言葉で男達を罵るミーズィ。


 先が細いレイピアのような武器で黒蜂を牽制しているが、この数に囲まれてしまっては針を避ける事に精一杯で、攻撃など出来ないであろう。


 逆に針などお構いなしに攻撃を繰り出しているのは、巨体のカマロ。朝霧の道におけるアタッカーの役職のカマロではあったが、それはヒーラーやサポーターの支援があってこそ発揮される。


 カマロが握っているのは大斧。動きが素早い黒蜂に、鈍重な斧の攻撃の相性はこの上なく悪い。



「……単発……輝石くらい……準備するのが……リーダーだろ……」


「うるさいッ!! 役立たずどもが!! 輝石の調達はエミレアがやっていたのよ!! 言われなければ何もしないアンタがなに言ってんのよ!?」


「……大体……俺達後衛職を守るのは……お前達前衛の仕事……だろ!! 俺達がこうなったのは……お前と……カマロの……せいだ……!!」


「そ、それは……いつも、アイツが……!!」



 麻痺による影響なのか、倒れているレクタがミーズィを途切れ途切れの言葉で非難する。もう一人は意識こそあるものの、声すら発する事が出来なくなっているようだ。


 パーティーの連携はボロボロ。とても中級と言われる緑色のパーティーとは思えなかった。


 冒険をするための準備をしていたエミレアも、後衛職をいつも守っていたシューマンもいなくなったパーティー。


 本来であれば、こんな黒蜂などに苦戦するパーティーではない。



「ゴチャゴチャ言ってるな!! なんとか黒蜂を退け、救出隊と合流――――ぐあッ!?」



 時間の問題だとは思われていたが、背中に麻痺針を受けたカマロがついに膝を折った。手は震え斧を持つのもままならない。


 カマロは他の者に比べ麻痺への耐性があったようだが、あれほどの数の針を浴びてしまえば無理もない。



「カマロ!? 立ちなさいよ木偶の棒!! アンタ、ふざけん……!?」



 罵りの言葉は最後まで発せられる事なく、驚きによって中断される。


 カマロが相手をしていた黒蜂の全てが、ミーズィに狙いを変更する。弱っている獲物は放置して、元気な獲物を全員で攻撃する狡猾さを見せた。


 全を持って個を踏み潰す。黒蜂は知っていた。一度膝を折った獲物が、いかに脆弱であるのかを。


 ――――そして今こそが、サージェスが指示したタイミングであった。



「クソッ!! せめて私だけでも――――」

「――――おいおいミーズィ!! お前、また仲間を見捨てて助かろうとしてんのか!? どこまでクズなんだお前は!!」



 仲間を見捨てて脱出の機を計っていたいたミーズィ。それを非難し制止させたのは、他でもないシューマンであった。


 もちろんミーズィに声は問題なく届くが、黒蜂に襲われないラインまで下がっての行動だ。


 サージェスの策の一つ。それは可能な限り、朝霧の道が行動不能状態になるまで待つ事。ベストは残り一人の状態だという事だった。



「んなっ……!? ア、アンタ……シューマン!? い、生きてたの!?」


「お約束だが……お陰様でな!! よくもやってくれたなミーズィ……お前もだカマロ!!」



 シューマンは精一杯の怒気をミーズィとカマロにぶつける。


 カマロはバツが悪そうに目を背けたが、ミーズィは苛立った様子でシューマンを睨みつけるのだった。



「リーダーとして当然の選択よ!! いいからさっさと助けなさい!! 命令よ!!」


「……嘘だろお前? まだ俺が、俺達がお前らの事を仲間だと思っていると思ってんのか!? お目出度い奴だ。助ける訳……ねぇだろ!!!」


「シュ、シューマン!! 俺達が悪かった!! だから……頼む!!」


「カマロ……お前だったよな? 俺を地獄に蹴り落としてくれたのは。他人を地獄に落としといて、自分を地獄から救って下さいなんて、虫が良すぎると思わないのか?」


「そ、それは……!! ミーズィの命令で……仕方なく……」



 力の入らない身体で、精一杯にカマロはシューマンに懇願した。


 シューマンはカマロの事が好きではなかった。非情な所はあるし、弱者に容赦ないと言う一面も持っている。


 しかしこの男は、何よりも先に謝罪した。自分が助かりたいがための謝罪かもしれないが、ミーズィとは違い謝罪を口にしたのだ。


 その事が若干でもシューマンを冷静にさせる。これは作戦、自分達の都合のいいようにミーズィ達を利用するのだと。



「……お前はどうなんだよミーズィ? リーダーを名乗るなら、お前が率先してやらなきゃならない事があるんじゃないか?」


「……なによ? 謝罪でもしてほしいっての!? だれがアンタなんかに!! 謝るくらいなら、コイツらを見捨てて逃げた方がマシだわ!!」


「なっ……ミーズィ!! お前本気で言っているのか!?」


「……最低……だな……こいつ……」


「うるさいッ!! 役立たずの分際でほざくな!!」



 ここまで性根が腐っていたとは。こんなリーダーのパーティーに所属していた事に、今更ながらに後悔するシューマンとエミレア。


 どこまで自分を落とすのか。これからの事を考えると哀れにも思えてくる。



「お前が逃げるのは勝手だけどな、お前はもう冒険者として生きては行けないぜ?」


「な、なに言ってんのよ? 生きてさえすれば、どうとでも――――」


「――――お前がコイツらを見捨てて逃げたら、俺達は即座にコイツらの事を助ける。そして組合に報告だ……ミーズィが仲間を見捨てて逃げましたとな。見捨てられたコイツらがお前の事を庇うと思うか?」


「ふ、ふざけんじゃ……あぐぅッ!!」



 まだ抗おうというミーズィの肩に、黒蜂の針が突き刺さる。


 麻痺した腕は力なく垂れ下がり、ついには武器も落としてしまう。この状態でも逃げられると言うなら大したものである。



「ミーズィ!! 助けてほしければ謝罪しろ!! そして組合に嘘の報告をしたと白状するんだ!!」


「だれが……アンタなんかに……ッがぁ!!」


「組合に報告して俺達の無実を証明するのなら、便宜を図ってやる。冒険者は続けられるように頼んでやるよ!」


「ミーズィ!! シューマンの言う通りにするんだ! 命を落としたら、全てお終いなんだぞ!?」



 カマロの言葉に、お前が言うなよと思う程には余裕があるシューマンであった。


 嘘は付いていない。便宜を図ると言ったのも本気だ。ただ罪を償って、俺達の無実を証明さえすれば後はどうでもいい。


 そして強気を保っていたミーズィの膝がついに折れる。両膝は地に付き、力が抜けた腰は前のめっていく上半身を支えられない。


 両腕も動かない。倒れ行く体を支えたのは、唯一力が入る頭部であった。


 その姿は図らずも、シューマンが望んだ謝罪。己の非をすべて認め謝罪する者が取る姿、土下座であった。



「くそ……!! ――――……たす………さい……」


「ああぁ!? 聞こえないな!?」


「助けて下さい……お願いします……」


「他に言う事があるだろ! そっちの方が重要なんだよ!!」


「アンタを裏切って森に置き去りにした事は謝罪する!! 組合にも白状する!! だから……助けて下さい!!」



 言質をとったシューマンはニヤリとしつつ、後ろを振り向きエミレアとルルゥに笑顔を見せた。


 二人がシッカリと頷いたのを確認し、シューマン達は素早く黒蜂の殲滅を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る