第22話 自由な人らしさとは

 





――――――――

――――――――


 蟻蜘蛛殲滅作戦の次の日、サージェスは不快な音に耐えられなくなり目を醒ました。


 昨日は夜遅くまで四人でバカ騒ぎをしていたため、他に起きている者の姿はなく、静かなものであった。



「ふぅ~……最高の目醒ましありがとよシューマン。これで隣に寝ている奴がお前じゃなきゃ、文句なしなのにな」


「んが~ゴゴゴ……んが~ゴゴゴ……」



 煙草をふかしつつ隣を見ると、盛大な鼾をかいて眠りこけるシューマンがいた。よくこんな固い地面で爆睡できるものだと思う。


 天幕は一つしかないから、エミレアとルルゥに使ってもらっている。当たり前のように俺は天幕に潜り込むつもりだったが、羽目を外してシューマンと酒を飲みまくり、気が付いたら寝てしまっていた。



「――――あ、サージェスさん。おはようございまふぅ……」


「おう、おはようルルゥ。眠いならまだ寝てていいぜ? それとも添い寝してやろうか?」



 目をこすりながら起きてきたルルゥ。兎耳が力なく垂れ下がっており、髪には寝癖もついていた。


 昨日の野営時に分かった事だが、ルルゥは朝が苦手な様だ。


 冒険者として、朝が弱いのは頂けないとエミレアに聞かされたせいなのか、今日は頑張って起きてきたようだな。



「添い寝は……魅力的ですけど……もう眠くないもん……」


「今にも寝てしまいそうだけどな? ほら、顔洗って来いよ」



 小さく返事をした後、ルルゥはフラフラとした足つきのまま水場へと向かって行った。


 ルルゥが動いたのを見届けた俺は、ルルゥが戻ってきた時に渡そうと飲み物の準備を始めた。調理はできない俺でも、珈琲を入れる事くらいはできるのだ。


 スモーカーのお友達、それが珈琲だ。組み合わせ最強だが口臭最凶となるこのコンビは、取り扱いに注意が必要だ。どんなイケメンでも口臭が酷いだけでお終いだからな。



≪――――グゥァァァ!!!≫


「……ん? まさかルルゥ!? ……な訳ないか。あんな野太い声がルルゥだったら嫌すぎる」



 飲み物を準備していた時に聞こえた大声。この野営地からは少し離れているようだ。


 まぁ焦る必要もあるまい。ルルゥが近くにいるのは気配で分かるし、何があってもすぐに駆け付けられる距離だ。



「今日もまた、誰かが自由な翼を失い地に落ちる。悲しいけどこれ、戦争なのよね!! 自由を勝ち取る戦争なのよ!?」


「いやサージェスさん!? 意味分からないです! た、大変なんです! あっちで、冒険者の人達が襲われています!!」



 いつの間に戻ったのか、血相を変えたルルゥがすぐ傍にいた。


 すっかり眠気など醒めたようで、焦った様子で見た事を伝えてくる。



「た、たくさんの悪魔に冒険者の人達が襲われていました! 怪我人も出ているようで……」


「そうか! それは大変だ!!」


「は、はい! 大変なんです! サージェスさん!」


「そうか! 大変なんだな!? ルルゥ!!」


「え……は、はい。あの、助けには行かないのですか……?」


「行かないけど」


「……え?」


「え……?」



 言っている意味が分からないといった表情をするルルゥ。


 俺は正義の味方じゃない。困っている人がいたら、とりあえず手を差し伸べる勇者様でもない。


 根本的には自分で何とかするのが筋だと思っている。俺が他人を助けるのなんて、言ってしまえば打算あり。メリットがなければ基本的に助けようなどとは思わない。


 気分という時もある。気分が乗らなければ美人でも助けないし、気分が乗れば男だって助けるだろう。


 そういう自分勝手な存在が俺、全てにおいて自由でありたいのだ。


 仲間ならまだしも、他パーティーを助ける必要性を感じない。他の奴らを助けている時にルルゥやエミレア、シューマンに何かあった時は後悔する。それを避ける事の方が俺にとっては重要だ。


 仲間のためというのはあるが、基本自分のため。気に入った奴らの事を失いたくないというだけの事。



「で、でも助けないとあの人達は死んでしまいます! お願いですサージェスさん! 助けてあげて下さい!!」


「分かった、いいよ」


「そんな事言わな…………いい、のですか?」


「うん、いいよ。ルルゥのお願いならなんでも聞くぜ? デートしてくれるならな」



 ……とまぁ、そんな自分勝手な存在が俺よ。分かるだろ? 狙ってんだよ、ルルゥの事。


 だったら心象をよくしようとするのは当然だ。それは打算的行動であり、メリットの上に成り立つ行動である。


 俺は歪んでいるのかもしれないよ。特殊な環境にいたせいだと言い訳をする事はできるが、これが今現在の俺だ。


 どんな聖人か善人か知らないが、男も女も少なからず下心があるはず。少なからず欲があるはず。それが人なのだ。



「デ、デートならいくらでも! 冒険者が冒険者を見捨てるのはダメです!」


「冒険者を目指している俺には耳が痛いな、普通に見捨てようとしてたぜ。でも俺、まだ冒険者じゃないんだけど……」



 困っている人を放っておけない? 助けるのが当然だって? 打算なく? なんの見返りも求めず? 強者だから? 勇者だから? 聖女だから?


 ……反吐が出るね。


 お前、その困っている人が可愛いから気分が乗ったんだろ? 仲間にいい人だと思われたいからって理由もあるだろ? 圧倒的な力を誇示して、弱者を救って英雄視されたいんだろ? 施す者の立場で優位に立ちたいんだろ?


 俺はそうだ。でもそれの何が悪い? そんな想いを腹の裏に隠して、表向きだけ繕う連中よりよっぽどマシだと思うけどな。


 綺麗な物語の、綺麗な主人公を見るのはウンザリなんだよ。そんな奴、組織にいた時たくさん見てきた。そんな事を言う奴らの事なんか、信用できるはずがない。


 ……ってなんか俺、悪役っぽいな。もう組織は辞めたんだ、これくらいにしておこう。



「それで、一応聞くけど……ルルゥがそいつらを助けたい理由って、冒険者だからってだけか?」


「冒険者は冒険者を尊ぶ、助けるのはそれだけでも理由になります。でも……」


「……でも?」


「……自分のためです。見てしまいましたから、私に助けを求める者の目を。だから私は女の武器を使って、私のために貴方にお願いしました。見なかった振りをするのは、気持ち悪いですから……」


「……なるほどな。少なくとも聖都の聖女様より信用できる言葉だ」



 どことなく、バツが悪そうな顔をするルルゥの頭を撫でる。


 そんな顔をする必要はどこにもない。それが人なのだから。


 自分のために行動するのは当然で、それを偽善で作った仮面を被り隠す必要はない。


 ルルゥのように他者の感情が分かると言うのなら、嫌というほど感じたはずだ。


 本当の意味で、他者のために生きている者などいない。俺は認めない。


 それが人。神に創られし人形。不完全な存在。


 ――――だからこそ、この世界は面白いのだ。



「じゃ、じゃあ早く行きましょう!」


「行かないけど」


「……え?」


「え……?」



 言っている意味が分からないと……ともかく色々驚くルルゥだが、あれは別に助けに行かなくてもいいと思う。


 なんか色々と教えを説いた気がするが、相手が悪人であれば別だろう。俺は自業自得という言葉が大好きなのだ。


 ルルゥの気持ち悪さも、悪人であれば消えるだろ。



「サ、サージェスさん……? あの、さっき助けるって……」


「いや、そう思ったんだけどさ? あれはちょっと特殊と言うか、少なくとも判断はアイツらに任せた方が――――」

「――――なに言ってんだサージェス!! 冒険者が襲われているなら助けないと!!」


「あっおいシューマン! 行くと後悔するぞ!? もっとよく考えて……――――あの馬鹿! ルルゥ、エミレアを起こしてきてくれ。俺はシューマンを追い掛ける」


「はい! 分かりました!」



 いつの間に起きたのか、俺の横を走り抜け冒険者達の元へと向かうシューマン。


 俺の言葉では止まる事なく、一目散に襲われている冒険者達を助けに向かっていく。


 それは冒険者として立派な行動なのかもしれないが、もっと自分の命を大事にした方が良い。


 なにより、襲われている者達を見たらお前は――――



「――――サージェス! 来てくれたのか! 信じてたぜ!!」


「……信じてくれるのは悪い気がしないが、ちょっと冷静に考えた方が――――」

「――――いくぜサージェス!! うおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


「……この広い世の中には、損得勘定抜きで直走ひたはしる奴もいるんだな。馬鹿ならあり得るという事か……」



 シューマンに追いつき並走し、冷静を促すも馬鹿は止まらなかった。


 さらに勢いを増し、走っていく馬鹿の背中を見て俺は思った。


 ――――いるのかもしれない。


 この広い世界には、自分の事など二の次で、他者のために走り続けられる者がいるのかもしれないと。


 それは勇者でも聖女でも、善人でも偽善者でもない。


 ――――馬鹿だ。世界を救うのは大馬鹿者なのかもしれないな。



「――――んがっ!?!? あ、あいつら…………朝霧の道じゃねぇか!? なんであんな奴らを助けなきゃならないんだよ!! 走り損じゃねぇか!? 助けようとして損したぜ!!」


「……期待を裏切らない奴だ。お前は好感がもてる馬鹿だな」



 再び俺は、なんて人間らしい奴なのだとシューマンの事を見直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る