第21話 自由な組合職員

 





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 ――――自由な片翼の組合職員、アイシャ・ログレス。


 犬耳種の彼女はその美貌も相まって、冒険者のみならず他の組合職員からの評判も高かった。


 容姿だけではなく、仕事もそつなく完璧にこなす彼女。そんな彼女の姿に心惹かれる冒険者は数知れず。


 自由な片翼に所属したい理由の一つとして、彼女の存在があるほどであった。


 そんな彼女は現在、二つの悩みを抱えていた。


 一つは、男性から向けられる不快な視線と誘い。


 彼女の体形は言ってしまえば普通。出ている所は出ているしスタイルは悪くないが、外を歩けば似たような体形をした女性は大勢いる事だろう。


 彼女が人気の理由の一つは、その冷やげな視線。他者を寄せ付けない雰囲気を纏ったアイシャ。噂では男は誰も、彼女の笑顔を見た事がないという。


 そんな男性嫌いのアイシャを落とそうと冒険する者は多く、アイシャはそれに辟易としていた。



「――――確認致しました。こちらが報酬となります」


「ありがとうございます!! それでアイシャさん。金も入ったし今晩ご飯にでも――――」

「――――申し訳ございませんが、仕事がございますので。次の方、どうぞ」



 ハッキリ嫌だと拒否する事が出来ないアイシャは、仕事を理由に断りを入れる。


 冒険者からの心象が悪くなると、仕事に差し支えてしまうため下手な断り方は出来ない。


 慣れ親しんだ行動ではあるが、内心アイシャはウンザリしていた。


 そしてアイシャの悩みのもう一つが、シューマン達の脱退騒動。


 このような脱退騒動は珍しくない。パーティーと言っても所詮は他人。考えが違うという事もあれば、相性という根本的な問題もあるのだから。


 シューマン達の脱退騒動。アイシャは自分の中では大体の結論が出ていた。


 嘘を言っているのは、朝霧の道の人達である事は感づいていたのだ。


 しかしそこに現れた不穏分子。それがサージェス・コールマン。


 組合内のシークレットな部分として、危険者リストというものがある。


 そのリストに載る理由は様々で、素行不良や前科持ちなどが一般的だが、まれにどれにも当てはまらずリストに載る者がいる。


 今回で言うと、それがサージェス・コールマンだった。


 しかしアイシャはなにも、サージェスを危険人物像と認識していた訳ではない。危険者リストに記載されている者の事は記憶していたが、サージェスの名前は載っていなかったと記憶している。


 あの時アイシャは、冒険者登録を行っているというサージェスの情報を取り寄せた。


 しかし渡されたのは危険者リスト、そのリストの最後にはサージェスの名が記載されていた。


 つい先日までサージェスの名はなかった、それは間違いない。まるでついさっき、急いで記載されたかのような、殴り書きのサージェスの名前がそこにはあった。


 違和感を覚えたアイシャは、彼らに依頼を出した。サージェスの実力の把握、そして時間稼ぎが目的。申し訳ないが、シューマンの証言の証明などどうでもいい。


 危険者リストに載っている者達は、問答無用で不採用とする者もいれば、担当職員の裁量で採用する者もいる。


 しかしアイシャは、サージェスの危険度状態を確認せずに動いていた。


 シューマンとエミレアの表情や態度から、サージェスの採用を望んでいる事は明白。冒険者の望む事を、可能な限り叶えてやるのが冒険者組合だ


 どんな理由がサージェスをリストに載せたのか知らないが、組合は有能な冒険者を渇望している。


 そのため赤依頼という高難度の依頼を彼らに提示した。この依頼を問題なく完遂できる強者であれば、組合は是が非でも他の組合に取られまいと動くだろう。


 個人的な興味も多少あったが、全ては冒険者のため。


 シューマンが言った通りの強者であれば、赤依頼でも問題ないはずではあるが――――



「――――アイシャさん、組合長が呼んでいますよ」


「分かりました」



 同僚の組合職員からの言葉にアイシャは席を立ち、すぐに組合長がいる部屋へと足を運んだ。


 そこには気難しい顔をした、自由な片翼の組合長、ロードラン・マッケスの姿があった。



「マッケス組合長、お呼びでしょうか?」


「……ああ、まずは掛けろ」


「失礼します」



 対面の椅子に座り、ロードランと向き合ったアイシャ。


 ロードランは白髪と白髭を蓄えた、武骨なオジサン……というのがほとんどの者が持つ印象であろう。


 若くは見えるが実はそれなりに高齢。しかしそれを感じさせない肉体と眼光は、流石に元金色の冒険者と言ったところだった。



「それで組合長、私に何か――――」

「――――サージェス・コールマン。ウチに登録しに来た新人だ。知っているよな?」


「……はい、知っています。今現在、彼の登録権は私が保有させて頂いております」


「確かにお前には、新人の登録権を持たせてある。だが危険者リストを渡しただろう、見なかったのか?」


「拝見は致しました。しかし危険人物ではなく、要注意人物として対応しています。赤依頼で彼の実力を把握、素性や素行などは私が責任を持って――――」

「――――不登録だ」



 アイシャの言葉を遮るように発せられた、ロードランの声。


 一切の口答えを許さないといった威圧が含まれた、重く静かな声であった。


 普通の職員であれば、まず反論など出来ないであろう空気で満たされた室内。


 しかしこのアイシャ・ログレスという女性は、他の職員とは違うようだ。



「何故ですか? 優秀な人材の登用は、この組合の最優先事項。これは他ならぬ貴方からの指示ではありませんか?」


「優秀な人材だったとしても、危険人物を組合に所属させる訳にはいかん」


「彼が危険だという理由は記載されていませんでした。そのため危険かどうかは私が判断致します。いつもそうしてきたと思いますが、なぜ今回に限ってそのような事を?」


「……お前が知る必要はない」


「……失礼ですが、お話になりません。我が自由な片翼の情勢は、誰よりもご存じのはず。今、四大組合で最弱を誇っているのが我が組合です。このままでは依頼は他の組合に回され、仕事がなくなり冒険者達は離れていきます」


「……話は以上だ。退室しろ」


「…………失礼します」



 これ以上話をする気はないと言った様子のロードラン。


 アイシャは更に詰め寄ろうかとも思ったが、ロードランが煙草に火をつけ始めたのを確認し、ひと睨みのち退室した。


 サージェスの理解不能な不採用の動き。凄腕の冒険者を抱え、組合を活気づかせるチャンスだと言うのに、何を考えているのか。


 組合長の部屋を退室し、人気のない廊下の壁に背を預けアイシャは呟いた。



「これだから老害は。ほんとウザ、ですね。潮時……なのでしょうか? ――――パメラ様、私はあなたが愛した組合を守ります……」



 鋭く光るアイシャの目。不機嫌そうに服を手で払う動作を見せる。


 アイシャは服に付いた僅かな煙草の匂いに腹を立てながら、再び受付の業務へと戻って行った。



 ――――

 ――

 ―



「――――中々面白い人を雇っているようですね? ロードラン組合長殿。僕の組織……いいえ、組合にスカウトしてもよろしいですか?」


「アイシャは優秀な人材だ。引き抜かれるのは困る」



 アイシャが去った後の組合長室では、ロードランと一人の男が向かい合っていた。


 ロードランと対峙する、仮面で素顔を隠す男の胸には、冒険者組合の一つである神の恩寵を示すバッジが付けられていた。



「サージェスの事は上手くやる。その代わり……」


「ええ、分かっていますよ」



 ロードランの事を仮面の奥より見つめる目。その目は、利権にしがみ付く愚かな男だと嘲笑っているのであった。

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