第19話 自由な蟻蜘蛛殲滅戦
時刻は昼前。木々に覆われ多少薄暗い森の中であはるが、視認性はあり問題ない。
長期戦になるとは思えないが、この時間からの戦闘開始ならば時間的な余裕はある。焦らずゆっくりやればいい。
相手は雑兵、恐れるに値せず。個を成して全を蹂躙す。
そしてエミレアの奇跡詠唱により、開戦が告げられるのだった――――
「――――天上に住まう神に請う。小さき我らの願いを聞き届けよ。地上を焼き尽くす炎の奇跡を起こし、我が敵を焼き尽くせ!! 奇跡・灼炎!!」
エミレアが放った、人など軽く飲み込んでしまう程大きな炎の渦は、真っすぐに女王の巣へと進む。
その炎は着弾と同時に弾け、巣の半分近くを破壊する事に成功した。
「やるなエミレア、こりゃ予想以上だぜ……っと、来たぜシューマン。気合入れろよ?」
「お、おう!! かかって来いや! あの時の俺とは違うぜ!!」
強烈な熱気と衝撃に叩き起こされた蟻蜘蛛達が、ワラワラと巣から湧いて出てくる。ギチギチと不快な音を響かせ、相手を威圧する蟻蜘蛛。
その数は、シューマンの事を囲んでいた数など比ではないほどの大軍だった――――
――――
――
―
「――――シューマン!! 周りをよく見ろ! 囲まれるな! 一体一体は大した事はない、囲まれなければ問題ない!!」
「了解だッ!! おおりゃぁぁぁ!!!」
俺とシューマンは、蟻蜘蛛の大群をエミレアとルルゥに近づけさせないように行動していた。
後方からはエミレアとルルゥが炎の単発輝石を使い、巣の破壊と同時に湧いて来る蟻蜘蛛の殲滅も行っている。
その作戦は見事にはまり、開戦から僅か数十分で、蟻蜘蛛の大群の約半数を殲滅し終わっていた。
「ルルゥさん! 神力はまだ大丈夫ですか!?」
「大丈夫です! まだいけます!」
俺はここに来る前にクロウラで買った安物の片手剣を振るい、シューマンが蟻蜘蛛の注意を引き付けている間に周りを掃除する。
一匹たりともエミレア達には近づけさせない。そのように行動していると、ついに戦場に変化が訪れた。
「サ、サージェス!! あれをッ!!」
「出やがったか! クイーンのお出ましだ!!」
重役出勤よろしく、やっと姿を見せた女王様。その体はゆうに五メートルを超えており、普通の蟻蜘蛛とは比べ物にならないほど不快な泣き声も強かった。
そしてなにより、背中に生えている大きな羽。このクイーンは飛べるのだ。
「飛ばせはしないけどな。――――クイーンの相手は俺がする! シューマンは雑魚を牽制してくれ! 囲まれるなよ!? それと酸には十分に気をつけろ!!」
「了解だ! 頼んだぜサージェス!! ――――いくぜ!! 我が身を守る奇跡を起こせ!! 奇跡・硬化!!」
一歩後退したシューマンが、手に持ったメイスで盾を叩き、大きな音を出して蟻蜘蛛を威嚇する。
身体強化の輝石により、ある程度の攻撃にも耐えられるだろう。後は俺が手っ取り早くクイーンを倒せばいいだけだ。
「「――――我が敵を焼き尽くせ! 奇跡・灼炎!!」」
エミレアとルルゥが奇跡を放ち、シューマンを援護する。アイツらの神力もまだ大丈夫そうだ。
俺はクイーンの元へ素早く接近し、今まさに飛び立とうとしているクイーンと対峙した。
「さて女王様。悪いけど早々に終わらせてもらうぜ? ――――奇跡・灼炎」
≪ギィィィィィィィィィィ――――≫
――――後方より、サージェスがクイーンと対峙していたのを見ていたエミレアとルルゥ。その巨体の前では、背が高めであるサージェスですら小さく見えてしまう。
時々意地悪だけど、いつも優しい笑顔で私達を笑わせてくれる存在。安心を与えてくれる人ではあるが、今回ばかりは不安を感じずにはいられなかった。
鎧も盾も身に付けず、あろう事か片手はポケットに突っ込んでいるという有様。
そもそもエミレアは、漠然としかサージェスの強さを知らない。ルルゥにいたっては、同じ新人冒険者であると思っているほどだ。
サージェスに渡した輝石:火炎は、ランク:上級ではあるが使い切りの単発奇跡。それを一つ持っているだけ。
とてもではないが、その奇跡程度ではクイーンを倒せるとは思えなかった。
そして放たれた、私達が起こした奇跡と同じ奇跡。
しかしその奇跡は一瞬でクイーンの体を包み込み、瞬きした次の瞬間には燃え尽き灰となっていた。
「あの……エミレアさん。サージェスさんが起こした奇跡って、本当に私達と同じ奇跡ですか……?」
「そのはずだけど…………あれ? あの奇跡を巣に放てば、一瞬で終わったんじゃ……」
クイーンを一瞬で葬ったサージェスの奇跡。同じ輝石を用いたとは思えないほどの高威力、広範囲に展開された奇跡。
しかも恐らく無詠唱。略式詠唱でもなく無詠唱。無詠唱で輝石を使う事は、大多数の者に出来る行為ではあるが、完全詠唱や略式詠唱に比べるとその威力は格段に落ちる。
つまり、単純に考えればあれでも手を抜いている。本気を出したらどれほどのものなのか、想像すら付かない。
そんなサージェスは周りを蟻蜘蛛に囲まれている中、燃え続けている灰に顔を近づけ煙草に火を付けた。
感情を持たない低位の悪魔である蟻蜘蛛が、完全に引いている。満足そうに煙草をふかすサージェスに、悪魔でさえも引いていた。
そんな放心状態の私達とシューマンの意識を喚び醒ましたのは、悪魔以上に悪魔たらしい力を見せつけたサージェスの怒声だった。
「――――おらお前らーー!! なにボケっとしとんじゃーー!! まだ蟻蜘蛛は残ってんだぞ!!」
「「「は、はい!! すみません!!」」」
その後はただの虫駆除作業。完全に戦意を失った蟻蜘蛛は逃げる事も忘れたようで、微動だにしなかった。
震えて最後の時を待つ蟻蜘蛛に、多少同情しつつも私達は依頼を遂行していった。
――――
――
―
「――――やっぱクイーンが落としたのは一般の輝石だな。鑑定するまで何の輝石か分からねぇが……」
「でも見ろよ! ダストの輝石がこんなに沢山!! 十分な報酬代わりになるぜ!!」
巣を完全に破壊した後、俺達は蟻蜘蛛が落とした輝石の回収作業を行っていた。
この輝石は全て冒険者のもの、危険に対する正当な報酬という事だ。俺はこの輝石がどのくらいの値で売れるのか分からないが、シューマンの反応からそれなりだという事は分かった。
「エミレアさん! あっちにも沢山落ちています!」
「あ、本当だね! 行ってみよう、ルルゥ!」
まるで仲の良い姉妹を思わせるような二人。人種は違えども、そんなのは関係ないほどに仲良くなったようだ。
しかしエミレアの奴、ルルゥに対して敬語じゃなくなっているし呼び捨てだ。後から出会った者達が仲良くなるなんて、若干の疎外感を感じてしまう。
「まったく……寂しいじゃねぇかエミレア」
「なんだお前? もしかして嫉妬してんのか? 俺は呼び捨てで呼んでもらっているし、たまにだが敬語も使われなくなるぜ! 羨ましいだろ!?」
「……お前らの付き合いがどれほどか知らないが、たまに使われなくなるって……お前ってどんな存在――――」
――――その瞬間、俺は強烈な殺気がもの凄いスピードで迫って来るのを感じ取った。
その殺気がする方角は、先ほどエミレア達が向かって行った方角。
急いで彼女達に目を向けるが、彼女達に気づいている様子はなく、小走りで俺達から遠ざかって行った。
「クッソ……エミレア!! ルルゥ!! そっちに行くんじゃない!! 戻って来い!!」
彼女達が俺の声を聞き、振り向く前に俺は動き出した。そこまで距離は離れていないが、彼女達が戻る前に殺気は彼女達に辿り着く。
その瞬間、森の木々をなぎ倒しながら現れる巨大な影。彼女達は殺気と巨体に驚き腰を抜かし、その場に座り込んでしまうのだった。
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